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生見川ダム

堤高90m
G/FNIP 1984年 山口県営

2010.11.6見学


弥栄ダムを後に急いでやって来たのは山口県営の生見川ダムです。

弥栄湖から国道186で上流に向かえば小瀬川ダムがあるのですが、中国自動車道の吉和SAで車中泊をする都合で、手前の六日市ICに乗り易いこちらのダムを本日の〆としました。

生見川ダムは洪水調節や工業用水の確保などを目的に作られた県営のコンクリートダムです。



11月の日没は早く、到着する頃には太陽は西の山に沈んでしまいました。
夜を告げる風も既に止んでいます。

黒く沈んだ湖は一足先に眠りについていました。



天端から見下ろします。

堤体中程のゲート室。
上部が赤く塗装してあったのかな?剥げてしまっていますが。

それよか、左岸側に土砂が・・・。



法面が一部崩れていて、補修工事の最中でした。
早い完治をお祈り・・・。



右岸にある管理所です。
堅牢な造りが印象的、防災最前線ですからね。



管理所の裏手を通って、横顔を撮影。
堤高90mと、立派な体格の生見川ダムですが、手前の樹木に邪魔されて下の方まで上手く写りきらないですね・・・。



タイミングよく管理所の裏口から職員さんが出て来られました。
当直お疲れ様です。
お願いして管理所の敷地内から撮らせて頂きました。



ばたばたと走り回っている間に、すっかり夜になってしまいました。
じっくりと見学する間が無くでなんだか申し訳ないと思いつつ、宿泊地へ向かう事にしました。

生見川ダム
★★★

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一の坂ダム

堤高42.1m
G/FN 1983年 山口県営

2010.10.11見学


阿武川ダムからの帰り道、立ち寄ってみたのが一の坂ダムです。
山口市内に流れ込む一の坂川にあって、洪水調節と河川維持を目的とした県営ダムです。

クレストゲートは越流式のシンプルなものですが、V字に開いた導流壁が粋な男前です。



ユニークな外観の放流設備の建物。
モンゴルの遊牧民の家ってこんなんじゃなかったっけ?



ここにもありました、おなじみの森と湖に親しむ旬間のトレードマークです。
山口の県営ダムは、何故このマークを大々的に掲げているのかは不明ですが、365日いつでも親しむ旬間というイメージでしょうか。
一の坂ダムの貯水池は錦鶏湖と名付けられていますが、そういやこれは親しむ旬間での公募で名付けられたはず・・・。



シンプルな天端を歩きます。



天端から下流を観ます。
河川維持の放流中。じゃばーっ。



左岸にある管理所です。
巡視艇の格納が秘密基地っぱくてカッコ良いです。



上下に長い錦鶏湖。

網端が何故上流に向かってカーブしてるんでしょうね?。
普通に考えると川下に流れてカーブすると思うのですが、水中で吊ってあるのかなあ?。



一の坂ダム
★★

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佐々並川ダム

堤高67.4m
A/P 1959年 中国電力

2010.10.11見学

タイトロープ。

極薄のアーチダムとして有名な中国電力佐々並川ダムは、阿武湖に流れ込んでいる佐々並川を遡った先にあります。
直線距離では阿武川ダムからそれほど離れていないのですが、渓谷を縫うような曲がりくねった道なので、道程だと10キロ程走る事になります。
見通しの悪い狭道が永遠と思えるほど続きますが、舗装の状態が良いのでそれほど怖い道ではありません。



そろそろアーチダムの匂いがしてきました。
急峻な険しい岩山の風景から、アーチの匂いがプンプンします。



と、思った矢先、いきなりドバーッ!と丸見えで登場しました。
これが佐々並川ダムです。

極薄アーチで有名な佐々並川ダムは、ネット上での写真が薄さが表現できる斜めからのアングルが多い事もあって、真正面からは観えないダムだと思っていました

だからいきなりこの姿が見えた時は、本当にド肝を抜かれたのでした。



驚きが冷める間もなく、ドキドキしながら堤体観察をします。

ダムの真下は申し訳程度の小さな副ダムで、減勢工と呼べるものではない様です。
クレストからの放流は、空中で水が分散してしまうのかと思います。
また、アーチダムのダムサイトなので岩盤も良いのでしょう。小さな副ダムの中にも岩盤が露出しています。



ダム本体にはクレストゲート以外に放流設備がなく、とてもシンプルな表情です

キャットウォークを目で追うと、枝分かれした先が行き止まりだったりします。
何かの測定機器があったり、置いたりする場所かなと想像。
極薄アーチなので多分監査廊も無いと思うのですが、その分、必要な機能が外部に露出しているのかもしれません。



さらに目を引くクレストゲートと天端通路。
薄いアーチに合わせて、こちらも見た事ない驚きの超極薄構造。

よく観ると吐の真下にもキャットウォークが・・・。



さらに道を進んで右岸のダムサイト真上に来ました。
天端へは途中で脇道へ分岐するのですが、立入禁止となっています。

凄い眺めです。
これを見ればアーチダムが水圧を両岸に掛けて踏ん張っている事が一目瞭然です。

それになんと言っても堤体のこの驚異的な薄さ。



薄いアーチなので天端も本当に細い。
高所恐怖症の人は逃げ場がありませんね。

正にタイトロープ。



対岸に発電所への取水設備が見えます。
アーチダムらしいダムサイトの狭さ、この取水口も含め、周辺の関連する建物は岩盤に貼り付くように立てられています。



阿武湖に続き、こちらも霧が立ち込める貯水池。
深い山の中にあり、しんと静まり返っています。

網端の先、岬にある白いものは小さな巡視艇です。
あまりにも急峻なダムサイトなのでダム本体の近くでは湖面に降りる事も困難なのでしょう。
インクラインがダムとはまるで違う場所にある坂本ダムを思い出しました。



非常に狭いダムサイトは手前の右岸も同じで、ほとんど敷地と呼べる場所はありません。せり出した岩盤の棚の上にあるのは竣工記念碑です。

この岩盤を巻き込んだ形、まさに岩盤の「ツボ」にアーチダムが連結してる感じがします。
ちなみに、僕の好きな中部電力の最高峰・高根第一ダムもこれに近い感じだと思うのですが・・・。



これは帰り道に立ち寄った佐々並川発電所です。
阿武川ダムの下流1キロくらいにあり、ダムの水はこの発電所に送られます。



道路に面した発電所の案内看板に湛水前の佐々並川ダムの正面写真がありました。
バランスの取れたV字の谷が印象的で、グラマーなアーチと言うよりも、シャープな印象だと言えます。

うーん、素晴しい。



戦後になって生まれ、急速に発展した物にはさまざまな物があります。
日本のダムの歴史の中では、アーチ式コンクリートダムもその一つと言えるでしょう。

1953年に産声を上げた日本のアーチは、直ぐにドーム型という新たな形を手に入れます。
それはちょうど同じ頃、超音速を突き破る為にジェット戦闘機が手に入れた、後退翼やデルタ翼のような物かもしれません。

どんな物も進化発展の中であらゆる方向への展開が試行され、そして淘汰される運命にあります。
ジェット戦闘機の世界では最大速度の追求の時代はいつしか終焉し、現在は多目的で汎用性の高い機体が主流となりました。

ロッキード F-104 スターファイター。
極限までにスリムな機体と小さな翼の組合せは、驚異的な高速性と上昇能力を誇り、最後の有人戦闘機とまで呼ばれました。
しかし、コンパクトすぎた機体や翼では武装や増加タンクの搭載に余裕が無く、米軍の主力機になる事はありませんでした。

佐々並川ダムの素晴しく薄い堤体を眺めながら、ふと子供の頃よく田舎の空を飛んでいた、ロケットのように細く尖ったジェット機を思い出すのでした。



佐々並川ダム
★★★★★

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阿武川ダム

堤高95m
GA/FNP 1974年 山口県営

2010.10.11見学


今日は朝一に県営の多目的ダム、阿武川ダムに来ました。

堤高95mは重力式アーチダムとして新成羽川ダム(103m)に続き、二瀬ダムと並ぶ同立2位の大きな堤体です。
二瀬ダムとは堤頂長もほぼ同じ大きさの堤体です。



クレストに間隔をあけて配置した計4門のローラーゲート。
大きな堤体に埋まるように収まっているので小さく見えますが、幅12.74×高さ8.55mと決して小さなゲートではありません。



ダムサイト左岸のパーキングより。

阿武川の湖だから阿武湖。うん、解りやすい。
阿武湖は中国地方最大のダム湖で、総貯水容量は1億5350万㎥は都道府県が管理するダムとして、かなり大きな湖です。

看板のハートマークは「独占!女の60分」ではありません、念のため。



クレスト部分はダム軸よりも正面にオーバーハングした形になっています。
こちらから見ると、まんまアーチダムですね。



ちょっと凝った外観の管理所。
ダムカードはこちらで頂けますが、まだ朝の7時前だったのでパスしました。



GAの湾曲した天端。
手前の左岸が少し高くなってるのか、より複雑なカーブを描いています。



霧に霞み、ネッシーでも居そうな阿武湖。

いや、阿武湖なのでアッシーかな?。
とりあえず1970年代の人造湖なので恐竜の子孫は居ないと思います。



天端を歩きながら下流を観ます。

ダムの直ぐ下には温泉施設があります。
なんでも、ダム建設中に偶然発見した温泉なんだとか。

また、その温泉に付随したバンガローなどもあります。ダムマニアのお泊りオフには最高のロケーションです。



遠くから観た時は気が付かなかったのですが、二対のクレストゲートの間にはガントリークレーンがありました。
天端はクレーンの手前から先は立入禁止となっていました。



天端を散策した後、下流に戻って違うアングルから狙います。
阿武川ダムの下流は川原に降りる事が出来るのです。



かなり低い位置に配置した3門のコンジット。
手前は発電所からの放流口かと思います。



川原で気になったのがこれ。
沢山のワイヤーが張り巡らされていました。
まさか川鵜対策でもないだろうし、用途は全く不明・・・。

現地ではダム関係でなはくて、近くの温泉やバンガローのイベントとかの関連かと思っていましたが、山口国体のカヌーコースの目印なんだそうです(情報ありがとうございました)



バンガローの宿泊客の親子でしょうか?
ダム下の川原を散策されています。



立ち塞がる巨大な黒い壁。

ほぼ100mという巨体なのに、阿武川ダムには何故か不思議と威圧的なものを感じません。
それよりも、優しく大らかな印象だったのは、アーチダムの優雅さと、重力式の頼もしさを併せ持った、重力式アーチならではの表情なのかもしれません。



阿武川ダム
★★★★

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桂ヶ谷貯水池堰堤

堤高13.4m
G/W 1923年

2010.10.10見学

秘密の楽園。


羽根越貯水池に向かう手前、集落の片隅に重厚なコンクリートの建物ポツンとあります。
羽根越堰堤と同じ「水」マークが示す通り、かつての上水道施設の遺構で、以前はこの建物の脇には濾過池があったそうです。

目指す桂ヶ谷貯水池堰堤は、この建物の裏山にあります。



遺構の裏からの道。
歩道と言うよりも獣道と言った方が似合います。

長靴に履き替え入山します。



時々道を失いそうになるガレた足元。
時には倒木に阻まれますが、とにかくこの先にダムがあると信じて進むのみです。

佐賀県の北山ダムで夜明けを向かえたこの日ですが日没が近づいていました。
入山して30分経ってもダムを発見できなかったら安全の為に引き返す事にしていました。



倒木と共に行く手を阻むのが大量のクモの巣でした。
避ける為にカメラ用の一脚を上下に振りながら前進するのですが、タイミングが合わないと顔面で蜘蛛の巣を受けてしまいます。
一脚もあっと言う間に女郎蜘蛛の巣でドロドロになっていました・・・。

薄暗い夕暮れの山中で心が折れそうになった時、視界が開け道の表情も変わりました。
廃ダムとなり現在は水が抜かれている貯水池の岸に到着したのです。



岸の道を水平に移動すると見えてきました。
これが桂ヶ谷貯水池堰堤です。

水道水源として造られたこのダムの竣工は古く1923年、大正12年に遡ります。
その後、水道需要が高まり近くに羽根越貯水池も造られますが、戦後別の大規模な水道設備が整備され羽根越貯水池と共に役目を終える事となりました。



赤レンガで造られた取水設備。
今まで見た事のない優美な姿は、河内ダムに匹敵する風格と品のある佇まいです。



桂ヶ谷貯水池堰堤は、堤高13.4m、堤頂長わずが23.6mという、とても小さな堰堤です。ダム正面の石積は珍しく谷積みの様です。

取水口の口金のデザインに、リアルな大正時代を感じます。



さらに堤体に向かって進みます。
取水塔と同じ赤レンガで造られた親柱が見えて来ました。



桂ヶ谷貯水池堰堤の天端です。
堤体は直線ではなく、天端には軽くアーチが付いている様です。
廃ダムは天端まで木々が進出していました。

天端は立入禁止となっています。



市松模様に赤レンガが積まれた高欄。

耐震性から現在では造られないだろう仕様ですが、完成から90年近く経った現在も、ほとんど欠ける事なく美しい姿を保っているように見えました。



その先に赤い取水設備が見えます。

かつては森の中の静かな湖に、この赤レンガの取水設備が眩く映えていた事と思います。
鳥がさえずり、湖面に映った赤いレンガが風にゆらぐ・・・美しい水源地。



天端には入れないので左岸の道を進める所まで進んでみますが、直ぐに道は落葉や木々で無くなっていました。

下流面は、つる植物や雑草が隙間なく茂りダムを飲み込もうとする勢いです。
これでは雑草の枯れる真冬に訪れても、石積の表情を見る事は出来ないと思います。

ダムの下流面がどの様なものであったかは、永遠の秘密なのかもしれません。



植物に覆われた赤レンガの高欄は、まさにイングリッシュガーデンの趣です。
これで茂った植物がつるバラだったら、本当に最高のワイルドガーデンとなるに違いありません。



ダムの左岸をよく見ると、小さな洪水吐が残っていました。
小さな堰堤なので、越流部も水路も本当に小柄で可愛いものです。

森の木々に飲み込まれようとしている桂ヶ谷貯水池堰堤ですが、当時の設備はどれも欠ける事なく現存している様に見えました。



山間の集落の山中に、ひっそりと余生を過ごす枯れたダムがありました。
名前は桂ヶ谷貯水池堰堤。

きっと人々の記憶から消えてしまうのも、遠い先の事では無いでしょう。
でも、ダムを被う木々は知っています、天端に根付いた雑草も。

それは美しい秘密の庭。
桂ヶ谷貯水池堰堤



桂ヶ谷貯水池堰堤
★★★★

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羽根越貯水池堰堤

堤高18m
G/W 1928年 小郡町営

2010.10.10見学


山口の山中に、曲線重力式のカーブした天端が美しいオールドダムがあると言う。

集落の奥、フラットダートな林道を車で分け入り、長靴に履き替え徒歩で山中に入ります。
うっそうとした杉林、土と苔の匂いに混ざって、水の匂いを感じます。

50mもしないうちに道は怪しくなり消えてしまいましたが、沢伝いに林の奥に進みます。



杉林の向うに、突如人工の大きな壁が現れました。
これが羽根越貯水池堰堤なのでしょうか?。

実はダムの天端を狙って入山したのですが、ルートが違ったのか?何処かでミスコースしたのか?
思ってもみない場所に突き当りました。



茂った木々の隙間から望遠ズームで天端を狙います。

天端上の建物に「水」のマークがあります。
間違いありません、小郡町の水道水源として建設された羽根越貯水池堰堤です。



傾いた午後の日差しは、ダムの真下をより薄暗くしていました。

落葉と苔。
湿ったコンクリート。
冷たい空気。



美しい曲線の天端を持つという羽根越貯水池堰堤ですが、ここからは天端辺りが僅かに湾曲しているように見えるだけで、スタンダードな直線重力式のように感じます。

下流面は根元から平面で始まり、クレストに向かって湾曲を強めていくような形状なのかもしれません。



現在は新しく別の水道設備があり、羽根越貯水池は実質的に廃ダムになっていると思われます。
ここから貯水池や天端の様子を知る事は出来ませんが、直下の周辺は荒廃が進んでいます。



石ころと同化しつつある金属パーツ。
ダム建設時のものか?それともダムとは関係なく林業関係の何かか?。



堤体にぽっかりと開いた暗渠。
這わないと入れない大きさですが、たぶん取水設備に通じているはずです。



一旦、引き返して、再び天端を目指して別ルートから入山しましたが、15分ほど山を登り、たどり着いた先から見えたのは、水の抜かれた岸部と思われる荒地でした。

ここから岸沿いにダム本体まで道が続いているようにも思えず、時間的にも、体力的にも限界が見えてきたので下山する事にしました。

帰宅後に調べてみると、天端へは最初の入山口辺りから、左岸へ道があるらしいのですが・・・。



羽根越貯水池堰堤
★★★

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江畑溜池堰堤

堤高14.4m
G/A 1930年 山口市営

2010.10.10見学

可愛い石積ダム。


中国道下関JCTから山陽道に入り、宇部JCTから今度は山口宇部道路に入ります。
阿知須ICで高速を降りて、ほんの2〜3分で江端溜池堰堤に到着しました。

ゴルフ場脇の小さな農業用ダムと聞いて、発見するまで苦労するかと思っていたのですが、それは全くの肩透しで、今まで訪問したダムの中でインターから最短時間で到着したダムとなりました。

ダム下から坂道を登ると、行き止まりの手前に立派な石碑が出迎えてくれました。
この石碑の脇を奥に進むと江畑溜池堰堤の右岸です。



右岸からの堰堤。
江畑溜池堰堤は、灌漑用水を溜める小さな石積ダムです。

対岸までスッキリ伸びた高欄は程よい重厚感、いい感じです。



天端を散策。
両手を広げれば両側に手が届きそうな狭さが、もうなんとも言えない心地よさなのです。



ダムの下を見ると、水深2.4mほどの深い減勢池があります。
1930年と、石積ダムとしてはやや後期に造られた江畑溜池堰堤は、どことなく近代のダムの匂いも感じます。

右岸下部の堤体に開いた穴から水が送り出されていました。



広い青空が広がる、天端からの江畑溜池。

現在の堰堤が造られたのは昭和のはじめですが、溜池の歴史はそれ以前にさかのぼります。
最初の溜池は1889年(明治22年)灌漑用の土堰堤として完成。しかし翌年の豪雨により決壊してしまいます。
直ぐに再建の計画が立てられましたが、決壊により被害を受けた下流の反対により実現しませんでした。
その後、昭和に入り国庫の補助により再建されたのが現在の江畑溜池堰堤です。



70m足らずの短い天端なので、あっという間に対岸に到着しました。

堰堤の左岸には、なんと竹林が広がっていました。
竹林はダム竣工後に広がったものかもしれません。



境界線がはっきりしないほど竹の葉が堆積した左岸の天端。
江畑溜池の文字は味のある銅版がはめ込まれていました。



再び右岸に戻ってきました。

満水の小さなダムは水面まで近く、堤体の脇に降りる事ができます。
取水設備の建物が不釣合いな感じですが、後から改修したものかもしれません。

四角い切石がみっちりと布積されています。
小さな堤体なので、一つ一つの石材が大きな石のようにも見え、ちょっとした錯覚を覚えます。



残念ながらこの可愛い石積堰堤は、下流から全貌を眺める事は難しいようです。
天端から下流を眺めた時、正面の車道にお地蔵さんが並んでいるのが見えたので、それを目当てに向かいました。

農業用の灌漑ダムは、住民の手によって築堤される事も多く、その事が土堰堤(アースダム)が多い事の要因ではないかと思います。
コンクリートによる灌漑用のダムは、この江畑溜池堰堤が最も古いものになるのだそうです。

ちょっと恥ずかしげに林に身を隠す小さな石積ダム。
平野の広い空と、美しい集落の景観。とても心地よい江畑溜池堰堤でした。



江畑溜池堰堤
★★★

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