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諸塚ダム

堤高59m
HG/P 1961年 九州電力

2010.3.21見学


九州唯一の中空重力式コンクリートダム。それがこの諸塚ダムである。
塚原ダムの下流数キロの地点から、耳川水系柳原川に沿って峠道を進む。

この峠に限らないが、宮崎の地元車両はとても速い。
農協のキャップを被った軽トラのオベ・アンダーソン(古い)や、割烹着を着たワゴンRのミシェル・ムートン(やはり古い)がぶっ飛んでいくので、宮崎の山道は注意が必要だ。

国内にわずか13基しかない貴重な中空重力式、その中でも諸塚ダムは独自のルックスの持ち主だ。それは下流面に鋭く、そして深く刻まれた5本のスリット。



中空重力式は、コンクリートの使用量を極力少なくする為の形式である。
堤体内部は、六角形の平面形状を持つ幾つかの大空間に仕切られている。

この特徴的なスリットは隣り合う空間の間仕切り部分にあたるとにらんでいる。
通常はこの様な窪みを設ける事は無いが、省コンクリートをより追求し、極限まで肉をそぎ落とした結果がこのスリットなのではないだろうか。



スリットばかりに注目してしまうが、クレストのゲートピアも、特徴的なデザインとなっている。
幾何学的な形状の内部構造を持つだけに、外部に露出する部分も直線的なクールな造形を魅せている。
天端通路の下、扶壁側面のドアーはラジアルゲートへ繋がっているのだろう。

天端の高欄の下からバケットカーブ無しに始まる下流面も、ホローグラビティらしいディティールだ。



天端は立入禁止だが、仕方ないだろう。
管理棟は、天端を渡った対岸にある。



ダムサイトから少し離れて、なるべく正面から望める場所を探したが、この角度からの眺望が限界であった。

手前に見える建物は、ダム関連の宿泊施設として使われていたのだろうか。
この場所にも行ってみたのだが、木々に阻まれ、堤体はあまり良く見えなかった。



高倍率ズームレンズの望遠端で観察すると、左岸のフーチングが、スリットの中まで入り込んでいるのが見える。
巡視用の階段からの通路が、スリット内に通じているようだ。
スリットの奥にはホローへの入口が隠されているのではないだろうか。



希少なダム形式に加え、このルックス。
下流の真正面から見上げる事が出来たら、卒倒するほどスタイリッシュな堤体のはずだ。

極限まで肉をそぎ落とした発電用ダムは、ボクサーのような男らしさを秘めていた。

諸塚ダム
★★★★

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宮の元ダム

堤高18.5m
A/P 1961年 九州電力

2010.3.21見学

耳川支流の七ツ山川に位置する宮の元ダムは、とても小柄なアーチダムである。
またもや、敷地はフェンスに囲まれて見えない部分が多いダムである。

副ダムもちゃんとアーチ形してますね。



すぐ横を通過する国道脇の斜面をよじ登って見る。

堤高18.5m、ダムの中では低いものだが、その姿は正真正銘のアーチダムである。
また、両岸の非越流部は、重力式コンクリートダムのように下流面に勾配を持っている。

重力式コンクリートダムの場合、15m未満の取水堰堤も数多く存在するが、アーチダムの場合、この宮の元ダムの大きさが最小サイズの様だ。
そもそも、省コンクリートを目的としたアーチダムは、堤体の規模が小さくなると、メリットは目減りしてしまうのかもしれない。

手前側、左岸に発電用の取水設備。



小柄な堤体なので、ダム湖もそれなりの広さしかない。
堆砂も多いようだ。



堤体の直ぐ脇にあるバス停留所。宮の元ダムなのに何故か「学校下」バス停。
国道を挟んで左岸の山を見上げると、なるほど、林の中に講堂のような建物が見える。

それにしても、バスの本数が少ない。
まあ、僕の自宅周辺も似たようなものだけど。



宮の元ダム
★★

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塚原ダム

堤高87m
G/P 1938年 九州電力

2010.3.21見学

耳川の皇帝。


塚原ダムは、上流の上椎葉ダムと並び、耳川水系におけるもう一つのキングと呼ぶべきダムである。
威風堂々、気品すら感じる堤体は、王よりも、皇帝の称号が良く似合う。

天端及び、ダム敷地内はフェンスにより立入禁止。
敷地の入口には登録有形文化財と、近代産業遺産のプレート。
塚原ダムは、戦後になって丸山ダムが完成するまで、堤高のタイトルホルダーであった名堤である。

その姿から「バットレス!」と、反射的に口から出てしまった背後の構造物は、バッチャープラントの遺構。



敷地に入る事は出来ないが、左岸の国道からその雄大な姿を鑑賞する事が出来る。

大きな下流面。
その巨大さも然る事ながら、コンクリートの表面に、継ぎ目の様なギャップがほとんど無く、とても平坦で滑らかに見える。
施工を請け負ったのは上流の岩屋戸ダムと同じく間組。



クレストゲートは、近年改修工事が行なわれた。
手が加えられた場所は、コンクリートが真新しいのでよく解る。
垂直に立ち上がるゲート部の扶壁が特徴的だが、オリジナルの形状は岩屋戸ダムに近いようだ。



両岸を護岸される減勢工。
ダム直下に降りる道があった様だが、現在は完全に崩壊し、ガードレールだけが無残に横たわる。



険しい表情の下流、今日は黄砂に霞む。


フェンス越しにクレストの細部を観察すると、取水口の辺りに面白い形のパイプが見える。
エアー抜きだろうか。

それよりも、古城の様な意匠を発見し驚く。



中世ヨーロッパの城壁か、それとも万里の長城だろうか。
凹凸が刻まれたデザインは、クレストゲートの両端以外にも、天端の高欄などに施されている。



ちなみに、塚原は「つかばる」と読む、宮崎県知事の東国原(ひがしこくばる)と同じ読み方である。
もし、このダムが僕の地元の岐阜にあれば「つかはら」、福井にあれば「つかばら」だったかもしれない。ダム名の読み方にも地域性があり面白い。

国道327から脇道に入った、ダムサイト付近のトンネルは現在も活きており、堤体の下流側から抜けるとダム湖側を望める場所に出る。

こちらから眺めても、塚原ダムの堤体は堂々と威厳に満ちており、微塵の隙も感じさせない。



耳川のもう一つのカリスマ。
敷地に踏み入れ、直接堤体に触れて味わう事は出来ないが、その巨大で滑らかな下流面を鑑賞するだけでも充分過ぎる魅力に満ちていた。

塚原ダム
★★★★★

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岩屋戸ダム

堤高57.5m
G/P 1942年 九州電力

2010.3.21見学

沢山のダムが連なる耳川、最上流の上椎葉ダムの次は、この岩屋戸ダムです。
竣工は戦時中の1942年。

堤体は国道のすぐ脇にあるのですが、フェンスに囲まれ少々鑑賞しづらい。

金網にへばりついての観察です。
オールド系の重力式ダムらしい、クレスト一杯に並ぶラジアルゲート。一番手前の2門は、クレストゲートでは無く、発電所への取水口のようです。



天端はやんわりと立入禁止。
物理的に立入るのは容易いのですが、現地の指示に従います。



クレストが恰好良い岩屋戸ダム。
天端に突起物がなく、一直線にスッキリとしています。正統派の男前です。



国道に沿って下流面が見えそうな場所を探します。

フェンスの向こうは木々も茂っていて、僕の身長では良く見えません。
いつもならこういう時の為に、トランクにアルミ脚立を積んでいるのですが、今回は寝袋とトレードして家に置いて来てしまいました。
仕方がないので、両手を頭の上に伸ばし、万歳ポーズの山勘撮影を試みます。
何枚も撮り直してようやく、下流の様子が判るカットが撮れました。

導流壁に色気が漂ってます、男の色気です。
そして、導流壁はそのままダムの下まで伸びています。

軽いすり鉢状の減勢工は、先日訪れた高知県 長沢ダムに良く似ています。
ちなみにどちらも施工は間組。



面白いのはその下で、副ダムらしきものがある様です。

それほど高くありませんが、ダム本体の距離感からすると、ジャンプ台の雰囲気もあります。
何れにせよ、戦前・戦中のダムで副ダムがあるのは、案外めずらしいのではないでしょうか?。

岩屋戸ダム
★★★

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上椎葉ダム

堤高110m
A/P 1955年 九州電力

2010.3.21見学

九州のカリスマ。


熊本県の市房ダムを後に、湯山峠で宮崎県に入り、飯干峠で空が白み始め、上椎葉ダムに到着する頃には予定通り朝を迎えていた。

左岸の展望台からの力強い堤体。
日本初の本格的アーチ式ダムと呼ばれる上椎葉ダムである。

このダムを含め5基のアーチダムを有する宮崎県は、基数では奈良県(7基)に譲るものの、アーチダムの聖地としていつかは訪れたいエリアだった。
聖地としての魅力は、より堤高が高い一ツ瀬ダムの存在もあるが、この上椎葉ダムのカリスマ性にはかなわない。



右岸のダムサイトに車を停め、朝の上椎葉ダムを散策する。

力強い上椎葉のアーチ。
アーチ式コンクリートダムと聞くと繊細で流麗な姿をイメージするが、上椎葉ダムは重力式ダムにも劣らない重厚な表情を持っていた。

両岸に築かれた巨大なジャンプ式洪水吐。
これも、是非実物を見たかった上椎葉ダムを特徴付けているパーツである。

下流の河川はアーチの中心にある。こういった場合、洪水吐も中心に配置するのが今日では常識ではないかと思うが、何しろ当時、我が国初のダム形式である、アーチの中心に洪水吐を設けるには、実績があまりにも無かったのかもしれない。



また、通常アーチダムのクレストゲートにはジャンプ台を設けない。水を垂直落下させる事自体に減勢の役目があるのだろう。
上椎葉ダムのジャンプ台を良く観ると、クレストゲート部分と、ジャンプ台のスロープが連続せず、離れた形状となっている。
クレストからの放流はそのままダム下に落としても良いが、両岸の岩盤を洗掘から守る為にジャンプ台を設ける。と、言った設計が伺える。
また、重厚極まりないジャンプ台は、地山の上に乗っており、巨大な円筒アーチを両脇からサポートする役目も担っているのかもしれない。

1955年の竣工は、実は島根県三成ダムの方が上椎葉ダムより2年ほど早い。
ダム便覧によると着工は両者1950年とされるので、どちらが先かという議論もあるが、この両岸の重厚なジャンプ台は両者に共通するものであり、この2基のダムが建設中に着工した福井県 雲川ダムも片岸だけであるが同じような重厚なジャンプ台を持っている。

上椎葉、三成、雲川の3基こそ、日本のアーチダムの先駆けであり、その後、ジャンプ台を廃した鳴子ダム、極薄アーチの佐々並川ダム、ドーム型アーチの殿山ダムなど、枝分かれする進化系統図の様にさまざまなタイプのアーチダムが次々と産まれていく事となる。



両岸のジャンプ台の上には、各2門づつのラジアルゲート。
天端通路は、ゲート部分で重力式ダムの天端の様にクランクしており、大きく開いた穴から下流を見る事が出来る。



すっきりとした天端の様子。
初となる形式でありながら、とても洗練した印象を受ける。
いや、初めてだからこそ、細部まで拘った意匠が施されたのかもしれない。

丸い船の窓のような照明は、実は高欄の裏側(下流面)と貫通しており、天端の足元を照らすと同時に、下流から見上げたクレストを印象的にライトアップする役目がある。



天端からの眺め。
下流右岸に校舎が見える、椎葉中学校である。

僕の地元でも、横山ダムや、高根第二ダムなど、真下に学校があるダムが幾つかある。
自分の子供時代を思い起こし、どこか情緒的なものを感じてしまうが、実際は、そこに感情的な要素はまるで無く、ダム建設に伴う水没集落からの移転という現実を、忘れてはいけないと感じた。

この校舎の窓から、校庭から、子供達の目にダムはどの様に映っているのだろう。
今日の校舎は満開の桜に囲まれ、幸せそうに見えた。



広大なダム湖の様子。
昨日からの強風に乗り、大陸から運ばれた降砂に霞んでいた。



最後に下から見上げる場所に行ってみた。

九州を代表するアーチダム。
上椎葉ダムは堂々とした姿を見せてくれた。



上椎葉ダム
★★★★★

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