無料ブログ作成サービス JUGEM
←prev entry Top next entry→
幸口ダム

堤高20.6m
G/W(機能停止)1926年

2012.11.24見学


今回のダム巡りの旅、夜の間にしまなみ海道を渡り、3日目は愛媛県に上陸。

松山道伊予ICから、伊予灘を右手にJR予讃線にそって延々走ること1時間、大洲市長浜港の手前、長浜町拓海の石油基地のすぐ裏手に到着。
目的のダムは予讃線下の暗渠を潜った先にあると聞く。

この穴か・・・。


IMGP0353.JPG

暗渠を抜けると風景が一変。
藪の中に廃屋が見える。その昔は浄水施設に係る施設だったのだろうか。

昨夜からの雨は小降りになったものの、茂った雑草を冷たく濡らしている。
雨合羽、長靴、手袋、それにクモの巣払棒のフル装備で藪の中を進む。

この先にある「幸口ダム」は、大正時代に建設された、愛媛県で最初の水道水源地であるらしい。

IMGP0355.JPG

そんな幸口ダムも、時は流れ現在は廃ダムとなってこの山の中でゆっくりと余生を送っているのだとか。

今はほとんど人が入る事が無いのだろう、今まで何度かこの様な道を歩いたが、なかなかの荒廃具合。
しかし、坂の勾配は大したことがなく、順調に足を進める事が出来る。

IMGP0357.JPG

JRの暗渠から歩くこと10分。

そろそろ・・・。
そう思って藪の中に目を凝らす。

石張りの壁!あった!幸口ダムだ!!。

IMGP0359.JPG

坂を登りきり無事ダムサイトに到着。
しかし、あまりにも木々が茂り視界が全く効かない。

透き通った緑色をした水面がちらちらと見えるも、肝心の堤体はほとんど見えない。

IMGP0366.JPG

そしてこれが幸口ダムの天端。
2日前の谷山ダムを含め、今まで何基かの廃ダムを訪れたが、これほど荒廃が進んだ物件は記憶に無い・・・。

慎重に足元を確かめながら一歩一歩前進。

IMGP0363.JPG

と、言うものの、廃ダムとなった現在の幸口ダムの天端には欄干が無い。
これがデフォルトなのか、廃ダムへの改良工事によって撤去されたのか。

岸から離れるにつれ、次第に足元に進出した雑草が切れ気味になり、コンクリートの地肌も見えてきた。
しかし、依然と下流面は爆発するように茂った木々で天端の境目が解らない。

反対の上流側はまだ視界が利くが、堤高20.6mの立派なハイダムである。
転落したら只では済まない。

IMGP0389.JPG

天端の中程まで来た。
ここで天端は途切れ大きくえぐられた「水通し」に行きあたる。

推測であるが機能を廃止するに際して、砂防堰堤のように堤体の一部を切り取ったのだと思われる。
水通しの側面には元々の堤体の形状が残る、また、天端付近には竣工当初からと思われる石張りが見られ、元々の洪水吐の部分をカッターで深く切り取ったようだ。

IMGP0382.JPG

天端付近に残る石張り、四角い石材の布積みである。

右岸寄りに取水設備、左岸よりに洪水吐、たぶん洪水吐上には元々管理橋も無かったものと思われる。
どことなく宇和島市の柿原第一水源地堰堤との類似性を感じる。
柿原第一水源地は、愛媛県下でほぼ同時期に建設された水道水源地で、水道の通水は何カ月の違いでこちらの幸口ダムが先のようだ。

IMGP0372.JPG

足元にぽっかりと口を空けている取水設備。
穴は深く、堤体の一番下辺りまで続いていると思われるが、真っ暗で底は見えない。
手摺りの基部だったのだろうか、点々とボスのようなコンクリートの突起が縁に並ぶ。

穴の堤体側には梯子が備わるが、この幸口ダムの完成は今から87年前の1926年である、その間に改修が入っている可能性は多分にあり、現状が竣工時からの状態であるかなど、詳細は不明。

と、言うのも、この幸口ダム、下流面は石張りと言われているが上流の堤体表面には石張りが見られない。
普通に考えるとスタンダードな総石張りダムとして完成し、何十年か経た後、改修により上流面にコンクリートが打ち増しされたと考えるが、初めて型枠を用いて建設された、大井ダムの完成から2年後と言う微妙な竣工年代からすると、型枠を使いやすい上流面のみ型枠を用いたのではないか?そんな仮説も脳裏に浮かぶ。
もしそうだとすれば、ダム建設技術の過渡期を残す大変貴重な堤体と言えるだろう。

(ちなみに、手摺りの基部と思われる突起の断面に鉄筋が見られない・・・コンクリートを扱い慣れていない様な印象を受けた)

IMGP0384.JPG

小さな貯水池。

グーグルの衛星写真では枯れているよいうにも見えていた。
廃ダムの貯水池は、枯れたり溜ったりを自然に繰り返しているのだと思われる。

IMGP0377.JPG

振り返って下流方向を眺める。
山の間、すぐ近くに伊予灘が見えている、日没が美しいという伊予灘、ここから眺める夕日もさぞ素晴しい景色なのだろう。

この幸口ダムが水道専用のダムであった事は、ネット上の少ない資料からも確認出来るのだか、具体的な送水先についてはよく解っていない。
数キロ西の長浜港辺りか、もしくはダム直下の工業団地の水道水源であったのだろう。

IMGP0374.JPG

再び天端を慎重に戻り右岸に帰還。
やはり気になるのはダムの顔と言うべき下流面の姿である。

少し下流側に戻って目を凝らす・・・。

谷積み・・???
石張りの目地は土砂や苔等が覆いはっきりと確認できないが、どうやら石材の積み方は谷積みであるようだ・・・。(天端付近は布積・・?)

もう少しなんとか見えないのか・・・出来る事なら真正面から石張りを見上げたい。

IMGP0408.JPG

ほとんど道として体をなしていない道を進む。
そして、藪の中に埋もれるようにあった段差をひとつ降りてみる・・・。

IMGP0413.JPG

段差を降りた途端、ぱーっと眼の前が明るく開ける。

お!
思わず短く声が漏れた。

真正面どころか、降り立った所はなんと減勢工の中なのであった。

堂々たるその姿。
まさに90年近い歳月の重みと言うべきか。

IMGP0414.JPG

むせ返るような苔と土の匂い。
いつの間にか雨はすっかり上がっている。

切り取られた水通しから、四角い空が白くけだるい表情を除かせていた。

IMGP0426.JPG

特徴的な幸口ダムの導流壁、いや、壁と言うよりも洪水吐の越流部は堤体表面から薄く段差が付けられた形をしている。

そもそも、まだこの時代のダムにはたいてい導流壁が無く、越流部と非越流部を区分けしている事自体とても珍しい。
この低い段差で効果があったのかは疑問もあるが、当時として新しい試みが行われたと感じる。

IMGP0424.JPG

左岸側も右岸同様の段差、そして非越流部を飲み込むようにダム表面まで進出した樹木。

この幸口ダムを訪れるには、木々の葉が少ない晩秋から春先しかないだろう・・。
そう思い訪問する季節を調整して訪れてみたのだが、その読みは正しかったと感じる。
多分に木々が勢いを増す時期はさらに視界は制限され、訪問も困難だと思われる。

IMGP0425.JPG

その姿、両岸から木々に覆われ、天然の岩盤に還ろうとしているかの様にも見える幸口ダム。

誕生からわずか110年程しかない日本のコンクリートダムの歴史の中で、産まれ、そして静かに消えていく・・・これもまたダムの一つの姿なのかもしれない。

ありがとう幸口ダム。
別れ際、無意識にそんな言葉が口からこぼれ落ちた。

IMGP0429.JPG

幸口ダム
★★★★

尚、訪問時は服装、装備を整え、安全に充分配慮して見学下さい。

| あつだむ宣言!(清水篤) | ダム愛媛県 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
name:
email:
url:
comments:
Trackback
http://side-way.jugem.jp/trackback/984