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旧大湊水源地沈澄池堰堤

堤高7.9m
W(取水終了)/G(A?、GA?) 1909年 むつ市

2012.7.15見学

重文という勲章。


浅虫ダムを訪れた後、延々陸奥湾沿いに下北半島を北上、目指すはむつ市にある旧大湊水源地です。
下北半島は初めて訪れますが、広い平野と大きな空、それに遠慮なく伸びた真っ直ぐな道路は、既に海峡の向こうの北海道を思わせ、本州の最果ての地である事を感じさせます。

むつ市の市街地を抜けると目的の旧大湊水源地はあと少しです。
案内看板に導かれて坂道を登り、振り返ると、軍艦らしき艦船が見えました。

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大湊水源地は、1909年、大日本帝国海軍の軍艦への給水を目的とした軍事施設として建設されました。
ロシアのバルチック艦隊に備え、北海道の防衛の要所として大湊に水雷団が設置された事がルーツという、100年を越える歴史ある名堰堤です。

二度の大戦を経て、海軍の解体後は施設が大湊町に引き継がれ、1976年までむつ市の上水道水源としれ使われた後、給水を終了した現在は市民の憩いの場となっています。
水源地公園への坂道、同じ軍港水道出身の本庄水源地と同じように、周辺は現在も自衛隊の土地になっています。

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狭いながらもよく整備された駐車場、そこから先は綺麗な公園となっています。
地元の方が犬の散歩、辺りの木々は桜かなと思います。

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公園には四角い蓮池がありました。
実は、使用しなくなった浄水施設(濾過池・配水池)を利用したものなのだそうです。

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蓮池から公園を山手に入ると古めかしい建物があります。八角形の不思議な小屋は、乙水槽という当時からのものです。
堰堤から取水した水を、浄水施設と、艦船へ直接送水するルートへ分岐させる施設で、外観上は小さな小屋ですが、およそ4mの深さのある地下施設です。

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公園の上を分断する新しい橋。
水源地大橋は2007年に完成した国道338号の新しいパイパス道路です。

堰堤の真下を通過するこの橋は、景観検討委員会を設置し、公園と調和し景観を損なわないように設計されました。

橋の下をくぐると、視線の先に石張の小さな堰堤と、赤い取水塔が見えました。

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旧大湊水源地沈澄池堰堤。

堤高は7.9mに過ぎませんが、石張の重厚感ある造形は、鮮烈なオーラを水源地の森に放ち、数値以上の存在感を示しています。

石張ダムが好きになって、何年もこの堰堤を観たいとずっと思っていました。嗚呼、感無量!!。

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堤頂長はわずか26.5mというコンパクトなもの、しかし、クレストはゆったりと優美なカーブを描き、観る者を魅了します。

クレストの4門の洪水吐、アーチ橋を模した形状が特徴です。
輪石の中心に要石も有り、構造的にもアーチ橋と呼べるかも知れません。

日本初のアーチダムと紹介される事の多い大湊堰堤ですが、下流面には通常の重力式ダムと同じような勾配があり、外観上は曲線重力式といった印象です。

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築堤当時の文献を紹介した記事によると、ダムサイトは「軟弱な砂礫と粘土層であり出水も多い」と記録があるそうです。
地盤が軟弱であった為、水圧を分散できるアーチ式を採用したとも言われていますが、正真正銘のアーチ式ダムと呼べるかは、素人判断ですが少々疑問符が付きます。

但し、時代背景としては当時既に、神戸の布引水源地の雌滝取水堰堤や締切堰堤等のアーチ式ダムの施工例もありますがら、大湊堰堤がアーチ式だとしても不思議ではありません。
軟弱地盤への荷重の分散を狙い、下流面に勾配を付け敷幅を広げたとも推測できますので、実際の所はもう少し調べてみなと解りません。

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非常に丁寧に張られた間知石、モルタルの目地も細く、みっちりと張込まれています。

なんと言っても、海軍の軍事施設として建設した堰堤です。
100年を経た現在でも、緻密に整った石張は高い建設技術を感じさせます。

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そして、石張堰堤ファンとして、最高の驚きと感動を感じたのはこの下流面です。

両岸を天端レベルまで覆ったアバット。
堰堤本体の石張と滑らかに一体化をしているのです。

アーチダムの基部としての役割(?)。
確実な事は岸の土止めと、放流水からの保護を目的とした「石の鎧」である事です。

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堰堤下に覗く放流管(排砂用だと思う)。
その周囲も、石の鎧で完璧に覆っています。

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天端から真下を見下ろします。

隙間なく張り込まれた石材。
生物のような有機的な曲面は、恐竜のウロコをイメージさせます。

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石張をくまなく観察するとさらに面白い事に気が付きました。
堰堤本体は間知石の布積ですが、岸のアバット部分は谷積なのです。

谷積と布積の境界線がはっきりと良く見えません。
二つの積方が自然に溶け込むような切替部分はまさに職人技です。
事実、この堰堤の築堤は遠く九州から石工達を呼び寄せて造られたそうです。

さらに特徴的な事は、どうもこの大湊堰堤は「コンクリートダム」ではなく、石張の内部も石材を詰めた正真正銘のメイソンリーダムではないかと思われる事です。(僕個人の推測です、いろいろと調べたのですが明確な解答には至りませんでした)

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すっかり見事すぎる石張に目を奪われていましたが、改めて堰堤の他の部分を見学します。

堰堤中心には赤い取水塔があります。
遠くから観てもよく目立つ、シンボリックな取水塔は、実は木造である事が分かりました。
桟の入った年季ものの窓の中には、湾港設備らしいマリーンな浮き輪が吊るされています。

天端の柵は公園化した時に増設した物だと思われます。
現地で良く観ると膝丈の極端に低い手摺が当時のまま残されています。

鋼管の細く簡素な手摺は軍艦のデッキ上と同じ物かもしれません。
いずれにせよ当初は軍用施設として造られただけに、民間人が通行する事は想定外だったのかもしれません。

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小さな堰堤なので、貯水池も相応のコンパクトなものです。

下流面のアバットに見られた石張(谷積み)は、上流側の貯水池内の両岸や底面にも張りめぐらされているのだとか。

市民の憩いの場として余生を送る現在は、鯉の泳ぐ池となっています。

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貯水池のインレットは石張で覆われた水路状になっています。

「大湊ダム」
「大湊第一水源地堰堤」
「旧大湊水源地堰堤」
さまざまな名前で呼ばれている堰堤ですが、現地の案内看板には、「旧大湊水源地水道施設」「沈澄池堰堤」と記されていました。

沈澄池(ちんちょうち)という名称から察すると、貯水池は沈砂池の役割も担っているようです。

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さらに上流は幾つもの砂防堰堤が連なり、公園として整備されています。
せせらぎの聞こえる心地よい散策路です。

砂防堰堤群は改修工事が入っていると思いますが、基本的に当初からのものだと思います。
これらの砂防堰堤群は、貯水池(沈澄池)への土砂の流入を抑える役目もあり、とても良く出来た水源地だと思いました。

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小さく静かな水面に、赤い取水塔が写っています。
早朝からの雨は下北半島を北上する途中で上ってくれました。

堰堤の向こうの構造物はバイパス道路の水源地大橋の橋脚です。

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その橋は公園から直接歩道へアクセス出来るようなっていました。橋の上から堰堤を見下ろします。

しばらく眺めていると、ひとりの男性が天端に現れました。堰堤をあらゆる角度からカメラで撮影されています。
効率よく非常に手慣れた感じ、それにレインコートと長靴で武装した姿は、明らかに観光客とは異なるオーラを放っています。

学術調査に訪れた大学教授に違いない。

そう思って声を掛けてみると、全国の石アーチ橋を訪問されている「石アーチ橋ファン」の方でした。但し、その訪問件数や深い考察は学者レベルの凄い方です。
この大湊堰堤のクレスト洪水吐がアーチ橋状になっているので、はるばる関東からバイクで訪れたとの事でした。

そしてなんと、この方のホームページに、ちょこっと登場させて頂きました!。
http://18.photo-web.cc/~miyasama2748/HOME/P84mutushi.html

(「宮様の石橋」HP内、「ねじりまんぽ」のコーナーは必見です!!)

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石アーチ橋ファンの宮様と別れた後、堰堤の下流側を散策しました。
堰堤の下流も貯水池内やインレット部分と同じように石張の水路状となっています。

細部まで丁寧な造形、軍港の建設に関連しているので、この様な造作はお手の物だった事でしょう。

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堰堤の下流約30mにある「仕切堤」
堰堤の洪水吐から溢れた水も、この仕切堤から浄水場へ取水できるようになっています。

また、逆に渇水時には堰堤下部の排砂管を空ければ、わずかな水でも取水できる仕組みとなっています。

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仕切堤脇にある取水口「第一引入口」(現地の案内看板より)、訪問時は改修工事(保存の為の工事)の最中でした。

この取水口は文献によっては「第二取水」の名称になっています。
その場合、主堰堤が第一取水と解釈する事も出来るので「大湊第一水源地堰堤」とする呼び名と合点がいきます。

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この美しい堰堤と周辺の水道施設群は、取水終了後の1984年にむつ市文化遺産、1985年 近代水道百選、1993年 青森県文化遺産、2001年には土木学会の「日本の土木遺産」と、次々に文化財の認定を受け、ついに2006年には近代水道施設史上での価値が高いとして、国の重要文化財の指定を受けます。

軍港施設として産まれた大湊堰堤は、人間に例えると海軍を退役した元軍人といった感じでしょうか。
100歳を超える御大の胸には、誇らしげに数々の勲章が並び、その中でも国の重文と言うひときわ大きな勲章が輝いている事でしょう。

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旧大湊水源地沈澄池堰堤
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