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藤倉水源地堰堤

堤高16.3m
W(取水終了)/G 1911年 秋田市営

2012.7.14見学

越流は和紙の肌触り。


7月の連休を使って、ちょっと遠くまで遠征してみる事にしました。
自宅のある岐阜から東海北陸道を北へ、富山から北陸道でさらに北進。目指すは青森県です。
3年くらい前に青森まで行った時は、新潟から常磐道を通り東北道を走ったのですが、今回は新潟から北陸道を直進し、日本海北陸道を使ってまずは秋田へ向かう事にしました。

秋田にはどうしても観てみたい、いや、石張堰堤ファンなら外す事の出来ないダムがあるのです。
そうです、大分の白水堰堤、愛知の長篠堰堤と並び、日本三大美越流堰堤と称される秋田市営の水道水源地、藤倉堰堤です。

秋田自動車道秋田中央ICから15kmほど、道路脇の案内看板を頼りに車を進めると、川沿いの空地に到着しました。

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導かれるままに駐車場に車を停めましたが、既に藤倉水源地は始まっています。
明治40年(1907年)に東北初の本格的な上水道施設として整備された藤倉水源地。
役目を終えた現在は静かな余生を送っています。

この駐車場や芝生が広がる公園は、沈殿池や事務所の跡地が利用されており、ここは既に水源地の敷地内なのです。駐車場に数台の先客がいましたが、全て魚釣りの車のようです。

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1973年の取水終了以降、しばらく「忘れ去られた水源地」となっていましたが、1985年に近代水道100選に選ばれ(それをきっかけに?)、昭和の終わりに設備の改修工事が実施されました。
そして1993年、近代化遺産として国指定の重要文化財の指定を受ける事になります。

2007年には通水から100年を迎え、現在は水道水源として使われていないものの、秋田市上下水道局の手で、大切に管理、保存がされています。
かつての沈殿池の隅に建てられた真新しい記念碑は通水100年を記念したものかと思います。
マスコットキャラクターは秋田市水道局の「カンちゃん」(管ちゃん?)です。

刻まれた「源流」の意味は、水源の意味と、近代水道の発祥の地の二つの意味が込められているのだと思います。

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沈殿池跡地の芝生広場から上流へ道は続いています。
道の左からはせせらぎが聞こえ、川沿いの林の上からヤマメ釣りの釣竿の穂先が揺れて見えていました。

踏みしめる青い草の匂いの中に水の匂いを感じ、目指す堰堤が近い事を感じます。

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視界が開け、冷たい水の粒子とともに眼の前に白いカーテンが見えました。

藤倉水源地堰堤です!。

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堤高16.3m、長さ65.1m。
1907年の水道通水の後、改良を加え、堰堤は1911年の完成となっています。

水道の整備は明治のコレラ、天然痘の流行を受けたものですが、同時期に起きた大火災の教訓として、市内に防火用水を供給する目的も持っていました。

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堰堤を滑り落ちる水とのコントラストも鮮やかな赤い鉄橋(堤上架橋)。
水源地の管理橋として架けられたトラス橋も、堰堤や付属する設備と共に近代化遺産の指定を受けています。

世の中にダムマニアと橋マニアではどちらが多いか不明ですが、ひょっとして堰堤本体よりも橋の方が有名かもしれません。

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今まで写真でしか観た事の無かった藤倉堰堤ですが、実際に現地を訪れてみるとなかなか洒落たディテールを持っている事に気がつきました。

橋の袂の親柱の基部、なかなか凝った上品なデザインです。

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左岸の下にはアーチ状に開いていた暗渠の跡があります。
堰堤直下のプールは暗渠の部分だけ仕切られていて、たぶん排砂設備の跡ではないかと思います。

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堰堤直下の広いプール、幅およそ28m、上下は20mほどあります。
堰堤本体と平行に造られた副堰堤は、ウォータークッションにより堰堤基部の洗掘を防ぐ為に造られました。

そうです、なんと藤倉堰堤は副ダムによる減勢工を既に持っていたのです。
1930年の江畑溜池堰堤あたりが、日本初の副ダムによる減勢工だと考えていたので、これには本当に驚きました。

外観からは解りませんが、減勢工は副堰堤から下流よりも深くなっていて、およそ3.2mの水深があります。

排砂設備(?)とを仕切る壁の先端は丸く、丁寧な造作となっています。

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越流部の向こうは直ぐに垂直の岩盤となっています。

全長64.1mの堰堤のうち、越流部は半分以下の29.7mとなっていますから、岩盤から右岸にかけて、もう少し堰堤本体が続いているのかもしれません。

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こちらの左岸には堰堤上へ続く石の階段がありました。
模造木の手摺は、取水終了後の改修によるものと思いますが、石段はもっと古い物だと感じます。

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ゆるやかな石段を登ると天端です。
ダムサイトがコンパクトで、天端への入口がダム軸と直行した向きで繋がっています。

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これより先は立入禁止です。
管理橋と同じ赤色で塗られた門で閉ざされていました。

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門の隙間から観る管理橋と天端です。
手前の青いハンドルは排砂ゲートのハンドルではないかと思います(取水設備かも)

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取水の役目を終えた貯水池は砂が溜まり、岸辺には草が茂っています。
すぐ上流に防災専用の旭川ダムが出来ているので、大雨でも荒れる心配は無さそうです。

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石段の途中から堰堤を観ます。

1911年に完成した堰堤は、日本のコンクリートダムとしては最古参のグループに属します。
取水終了でダム便覧に未掲載と言う事もあり、その印象が薄いのですが、布引五本松、西山、本河内底部、立ヶ畑に続き、実は日本で5番目に古い堤高15m以上のコンクリートダムでもあります。

さらに驚いたのは表面の石張表面の仕上げです。
極端に細く、空積みに見えるほど細い目地で張られた表面は、まるでタイルのように平坦に磨かれた石材が使われています。
北海道を除くほとんどの石張堰堤を観て来ましたが、これほど真っ平らに磨かれた石材はとても珍しいものです。

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越流部の巻天端も滑らかで、とても100年を経過した物とは思えません。
とても丁寧な施工であった事を伺わせます。

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そして、そこから堰堤の表面を舐めるように静かに滑ってゆく純白のレース。
折り重なるように現れては消えるウロコ模様。
それは見事な転波越流です・・・。

・・・!。

訪れてから驚いてばかりの藤倉堰堤です。
現代のコンクリートダムでは時々みかける転波越流ですが、それは型枠成型によるコンクリート表面に限った現象です。

タイルのように磨かれた石材の藤倉堰堤は、石張堰堤にして綺麗なウロコを見せる越流だったのです。

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磨かれていない通常の間知石で張られた副堰堤との違いは歴然としています。
凹凸の多い副堰堤は越流する水が跳ねてしまい、転波によるウロコ模様は起きません。

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一旦車に戻り、県道からやや俯瞰できる場所に来ました。

石張ダムとして思わぬ越流を観てしまうと、最初の印象よりもさらに美しいものに見えてきます。

何にも逆らわない柔らかな水流を魅せる白水堰堤。
ナイアガラの滝を思わせる豪快な長篠堰堤。

そしてこの藤倉堰堤は、立体的な白水堰堤とは対照的に平面的で、下流面を滑る水は薄く透き通って見えます。

薄くすかれた繊細な和紙を思わせる、美しい水のスクリーン。
日本的な情緒を持つ、見事な越流美です。

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静かで滑らかな堰堤の隣に、対照的にざわざわと音を立てて盛大に水が落ちる斜面がありました。
この流れも堰堤と同じ貯水池からの水です。

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堰堤右岸の岩盤を丸く囲うように、人工の水路が造られています。
これはかつて木材の切り出しの時に行われていた流木を流す為の水路で、流木から堰堤を守る為の施設でもありました。

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水路の上流は板を落として水量が調整できるようになっています。
以前は流木を水路に導く流材防備工という設備が貯水池内にあったそうですが、残念ながら現存していません。

藤倉堰堤のシンボルである堰堤上の赤い堤上架橋は、この水量調節を行う為に架けられたものだと思いました。

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日本で5番目に完成した高さ15m以上のコンクリート堰堤。

威厳に満ちた長崎や神戸の石張ダムとは違う藤倉堰堤の表情は、どこか女性的でもあり、純白のスクリーンの裏に感じる凛とした芯の強さは、秋田美人をイメージする素晴らしい名堤でした。

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藤倉水源地堰堤
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