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養福寺堰堤

G/I 1927年 新日本製鐵株式会社

2010.11.3 見学 / 2011.4.5 再訪

河内堰堤の妹。


今回のレポート、本題の前に、振り返っておきたいダムがあります。
このブログで過去に紹介しています、福岡県北九州市の河内堰堤です。

堤高44.1mの立派な石積堰堤は、官営八幡製鐵所へ水を送る為、1927年に完成しました。
当時の国内最大級のダムであり、40mを超える堤高は、現在でも石積ダムでは最大規模の堤体です。



この河内ダムの特徴として、クレスト全体に施された繊細な石張の装飾が挙げられます。
これほど装飾に拘った事例は他に無く、ダムファンだけに留まらず、訪れた多くの人を魅了しています。

この河内堰堤に関しては、ダム便覧のコンテンツでもレポートを書いていますから、興味ある方はご覧ください。
http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranB/TPage.cgi?id=493



さて、ここから今回のレポートの本題に入ります。
(今回のレポートはかなり長編です、覚悟してください 笑 でも、石積ダムに興味がある方は是非最後までお付き合い下さい、絶対に損はさせません!!)


実は、ロマン溢れる石積の美学・河内堰堤には、「双子の妹」が存在しているらしいのです。

日本ダム協会のダム便覧にも載っていない、その謎のダムの情報を得たのは、河内堰堤から帰って、自宅で河内堰堤について調べていた時の事でした。
場所も河内堰堤から西へ5〜6キロと近く、事前に判っていれば訪問できたと後悔しました。しかし自宅の岐阜の田舎からは、北九州は流石に遠く、気軽に行ける距離でもなく、もんもんとした日々を過していました。


そして、2011年11月3日。

山口県で、幻の石積ダム・大谷堰堤を訪れた後、九州まで足を伸ばして来ました。
ここは北九州市八幡西区、都市高速4号線黒崎ICから直ぐの所です。
目的のそのダムは北九州市の街の中にあり、駐車できる場所もなく近くの的場池公園に車を停めます。

写真は的場池公園入口の信号交差点。
目の前の林の向こうに、目的の「河内堰堤の妹」の貯水池が広がっているはずです。



交通量の多い幹線道路の脇を、貯水池の外周に沿って歩きます。
貯水池の敷地は厳重なフェンスに囲まれ、入る事は不可能です。
仮に入る事が出来たとしても、茂った林に阻まれ、貯水池を観る事は出来ません。



しばらく歩くと、フェンス脇の立木が途切れた一画がありました。
事前情報で、外部からその姿が見えると言う唯一の場所です。

フェンスの向こうに黒い石の壁が見えました。



250mm望遠端でクレストを観察します。

びっしりと天然石が貼り込まれた取水塔が見えます。あの河内堰堤と同じ装飾が施された外観。
間違いありません。
河内堰堤と同時に建設された、八幡製鐵の工業用ダム、「養福寺堰堤」です!。

ついに会えた!フェンス越しですが、ちょっと涙腺が緩むほどの感動です。

しかし、この後も周辺を散策しましたが、ここより他に堰堤が見える場所はなく、幹線道路のガードレール上で背伸びをして、取水塔を遠巻きに眺める他はありません。



現在は新日本製鐵が管理している養福寺堰堤は、ダム本体を含め敷地全体が立入厳禁であり、その為かネット上にも極端に情報が無く、全容は謎に包まれています。

ダムの堤高の値さえも不明で、日本ダム協会のダム便覧にも未掲載である事から、堤高は15m未満の堰堤クラスではないかと思われました。

そして、調べを進めていくと、養福寺堰堤には、年に一度だけ、直接出会えるチャンスがある事がわかってきました。

堰堤の周辺には多くの桜が植樹され、桜が開花する2週間だけ、敷地の門が一般にも開放されると言う情報をキャッチしたのです!。



と、言う事で、
およそ5ヶ月後の、2012年4月5日午前7時。

僕は、新幹線岐阜羽島駅のホームの人となっていました。



京都からのぞみに乗り換え、デミオ号では丸々一日掛りとなる九州上陸ですが、たった3時間で小倉に到着。新幹線、なんて快適なんだ〜!と、カルチャーショック(笑)。

今日は、養福寺堰堤1基に狙いを絞って、日帰りで観てきます。
堤高さえ解らない堰堤1基の為に、我ながら酔狂だと思ふ・・・。



小倉からJR鹿児島本線で西へ数駅の黒崎駅へ、そこから可愛い黄色い電車の筑豊電鉄に乗換え。
レンタカーやタクシーも考えましたが、新幹線は早いけど高く付くので、現地での旅費は最小限に切詰めます。

筑豊電鉄の永犬丸駅で下車。
車掌さんに190円の運賃を直接払い、ここからは徒歩で向かいます。



永犬丸駅から住宅地の中を歩きます。
途中のコンビニでお弁当とお茶を買いました、後で堰堤を観ながら食べるつもりです。

しばらく歩くと幹線道路の向こうに土盛りの斜面が見えて来ました。



5ヶ月前にも来た、的場池公園入口の信号交差点です。
目の前には例の土盛り、実は、養福寺堰堤は石積の重力式コンクリートダムの他に、アースの副ダムを持ってるのだとか、目の前の土盛りの斜面は、その、副堤なのではないかと思われます。



そして、前回も来たフェンス越しに取水塔が見える場所に来ました。

前回同様、石積の優美が外観が見えました・・・。

ところが、天端に工事車両と思われるトラックが停まっています、ひょっとして工事中なのでしょうか?。
堤体の写真が撮れたとしても、クラシックな天端に、工事車両のトラックは似合いません。遥々岐阜からやって来たのに、運がありません・・・。

(実は、この後、この工事のお陰で・・・)



フェンス越しに敷地の外周をぐるっと歩いてきました。
敷地の北側にポンプ場の建物があり、敷地の入口はその近くにありました。

今年(2012年)の開放期間は4月1日から15日まででした。
開放期間は、曜日の関係や、開花状況で毎年違うので、遠方から訪問される時は事前に問い合わせた方が良いと思います。



前々日、列島を台風並みの春の嵐が通り過ぎていました。
もしかして散ってしまったかと心配していたのですが、ほとんど影響が無かった様です。

以前は何千本もの桜が咲き誇る名所だったそうですが、最近はだいぶ本数が減ってしまったそうです。
貯水池設備が無人化されてから、常駐の管理人が居なくなった為事もあるそうですが、桜の木の寿命は50〜60年だそうで(品種にもよる)、完成から85年も経っていますから、桜の木が減ってしまったのも無理もないと思います。

平日とあってか、花見開放の敷地内は閑散として、人の気配すらありません。



今日の僕の目的はお花見ではなくて、堰堤の見学です。
すぐ近くに趣のある階段がダムファンを誘っています。



これ!これですよ!!。
細かい割石をびっしりと貼り込んだ表面。河内堰堤のクレストと同じ装飾です。



その後に続く階段も同じ造りになっています。
やたらとピッチが狭く、ちょこちょこ登る感じが時代を感じさせます。

多少の修復はあると思いますが、85年も前に造られた階段としては、良い状態が保たれています。
普段、一般人が入る事がなく、それほど使われていない事もあるのかも。



階段を上り切ると、森の中に、まるでグリム童話の世界のような小道が伸びていました。
石畳みの緩やかな坂道を登って行きます。



小道の突き当りに現れたのは、丸い不思議な外観の建物でした。
野面石がびっしりと貼り込まれた外壁、同じ物を河内堰堤でも見たことがあります。

これは、昔使われていた、貯水池の監視塔だそうです。

たしかに、敷地の一番小高い所にあるのですが、現在は周辺に木々が生い茂り、建物の外観さえ覗う事は出来ません。
かつては此処から、堰堤をはじめ、くまなく貯水池を監視する事が出来たのでしょう。



監視塔は、丸い円筒形の鉄筋コンクリート造りで、天井は高く、がらんとしていました。

当時はまだ陸屋根(平屋根)さえ珍しかった時代なので、この建物の形や、内部の空間は、さぞかし珍しいものだったと思います。



由一壁に残っていたのは神棚でした。
流石に神様は居ませんでしたが、鉄筋コンクリートの超モダン空間に神棚の組合せが素敵です。



もう一つ、壁に残されていたのは貯水池の図面でした。
細い線はほとんど消えてしまって、図形と何かの数値?しか読めません。



監視塔の角を曲がり、今度は緩やかに坂を下ります。
脇の木々はどれも太く、85年という歳月を嫌でも感じます。



小道の坂を下って行くと、急に視界が開け、コンクリートの門柱が見えました!。

養福寺堰堤の天端に到着したのです!。
門柱には、赤錆色をした門が備わっていましたが、大きく開放されていました。



クレスト中央に凝った装飾の取水塔、河内堰堤と正に同じ物です。

吸い込まれるように天端に足を踏み入れました。
天端の上には、さっき見えていたトラックもあります。

トラックの人に挨拶をすると、
「もう帰るから、門を施錠するよ」と、言われました。
実は、花見解放期間であっても、天端は常時立入禁止で、今日は、たまたま取水口の清掃作業で、天端入口の門を開けていたそうです。

作業の事を少し伺ってみると、取水口の清掃方法は、なんと「水に潜って掃除する」のだそうです(!)。定期的にダイブして、芥等を除去しているそうで、大変な仕事だと思いました。
既に本日の作業は終了し、着替えて帰られる所だったので、もう少し早く来ていれば貴重な作業風景が見えたはずです。ああ、残念。

話ついでに、「今日は、この堰堤を観る為だけに岐阜から新幹線で来た」という事を話すと、作業員の方は、驚き半分、呆れ顔半分で、「それじゃあ、折角なので、天端の写真も撮って行かれますか?」と、言って下さいました。

なんと言う幸運!お礼を言って、天端の上でひとます別れました。
作業員の方は、トラックを天端から移動して、木陰で「休憩のフリ」をして下さっています(大感謝です!)



と、言う事で、トラックが移動した後の天端です。
天端は年間を通じて常時立入禁止ですが、許可を頂き撮影させて頂いております。



改めて見る高欄。
河内堰堤の全面石細工貼りの重厚な物に比べると、かなり素っ気ない気もしますが、コンクリートの柱には、アールデコ調の装飾が覗えます。

アールデコで有名なクライスラービルや、エンパイアステートビルは、それぞれ1930年、1931年に完成していて、この堰堤が完成した1927年当初はまさに最先端のデザインだったと言えます。



そして、目を引く取水塔の外観。

この養福寺堰堤の設計は、河内堰堤を手掛けた沼田尚徳が行っており、工事も同時進行で進められ、同じ年に竣工を迎えています。

河内堰堤と、養福寺堰堤は、まさに双子の姉妹ダムなのです。
(兄弟ではなくて、姉妹なのは僕の個人的な印象・・?好み・・?です 笑)



さまざまな大きさ、形、貼り方・・・取水塔の壁面をキャンバスとした絵画の様です。

もしくは、石で造ったステンドグラスと言ってもいいでしょう。

装飾の規模からすると、クレスト全体に装飾が施されている河内堰堤の方が立派ですが、丁寧で緻密な造作は、全く引けを取りません。



天端中程の取水塔を過ぎると、、左岸がくの字に折れている事に気が付きました。
実は、養福寺堰堤は、本堤体から連続する副堤体を持っていたのです。



本堤体の左岸端まで来ました。

副堤体との角には三角点のような柱が設置してあります、堤体の測量に使われるのかと思います。
柱の周りはコンクリートで丸く囲われていて、測量機器を立てるのかなあ?と想像。



三角点の位置から副堤体です。

副堤体の堤高は数メートル程度と思われますが、堤頂長は結構あります。
僕の歩幅約80cmで、端まで145歩でしたので、およそ116mもありました。



歩数計算で145歩目の眺めです。

副堤体の端は、門柱と、鋼管溶接の素敵なデザインの門がありました。こちらの門は、ほとんど開けられる事が無いのだと思います。
「S」マークは「製鐵」のSでしょうか??。



門から先も、土堰堤の堤体が続いています。
およそ100m先に貯水池の角があり、そこが的場池公園入口の、信号交差点辺りのはずです。



広大な養福寺堰堤の貯水池。

地図で見ると、貯水池の周囲はおよそ1500mくらいです。
北西の角に重力式コンクリートの堤体があり、西側の岸はコンクリートの副堤体、そこから繋がる土堰堤は、ぐるりと貯水池の南岸まで長く伸びています。

周囲1500mの、およそ半分は、コンクリートの堰堤と人工的に盛られた土堰堤と言う事になります。
貯水池を造る工事は、重力式コンクリートの築堤だけでなく、かなり大規模なものだった事が伺えます。



貯水池の中には、ぽっかりと小さな石灯篭が浮かんでいます。
水神様を祀っているのでしょうか?

同じような物を、呉の軍港水道として旧海軍が建設した、本庄水源地でも観ました。
元々の自然の地形を利用したのか?それとも神様の為に人工島を造ったのかは不明ですが、貯水容量よりも信仰心を大切にした証と言えます。

神様の恵みの雨があってこそ、貯水池に水を貯える事が出来るのです。



振り返って、副堤体を引き返します。
岸際から盛大に樹木が進出しています。

注意すると樹木の向こうから車の騒音が聞こえて来ます。
副堤体のすぐ横を、併走して幹線道路が走っている事に気が付きましたが、茂った樹木で何も見えません。(さっき歩いて来た歩道です、道路側からも副堤体は見えません)



副堤体の上から観る取水塔は、レア中のレア写真かもしれません。

背景の木々に桜も混じって、趣があります。
竣工から何十回と繰り返して来た、春の光景です。



例のアールデコ調の欄干、その下は堰堤の下流方向です。
赤錆の浮いた鉄パイプの向こうにも、広い水面が見えました・・・!?。



なんと、堰堤の下には池が広がっていました。
貯水池が上下2段になっている感じです。

そして、驚くのはそれだけではありません。
堰堤の直下には・・・。

なんですか!この色っぽい建物!!。
不思議な丸い塔が、堰堤下の水面から顔を出しています!。



クレストの取水塔と同じ、繊細な石造りの装飾。
円形の陸屋根には、ティアラのような縁飾りが、やはり石の細工で施されています。

今迄、古いダムは幾つも見て来ましたが、この様な構造物は初めてです。
これは流石に姉の河内堰堤にもありません。



養福寺の貯水池と、下の池、クレスト上の取水塔、それに下の丸い塔の位置関係です。

二つの水面と、独特の設備には、この養福寺堰堤の生立ちが深く関っています。



この場所の地名ともなっている「養福寺」、現在は、そういった名前の寺はありません。
かなり古い時代に廃寺になったらしく、その後、1911年に、この場所に灌漑用の溜池が作られました。廃寺跡は、その溜池に水没したと言われています。

そして、その灌漑用の溜池を、八幡製鐵が買収し、製鉄所に送水する工業用水専用ダムとして再開発を行いました、それがこの養福寺堰堤です。

およそ7.7haだったという灌漑用の溜池は、現在の貯水池の面積とほぼリンクしますが、貯水容量を増やす為、重力式コンクリートの堰堤、副堤、さらには外周を土堰堤で取り囲み、ベースとなった灌漑用溜池から大幅に嵩上をしたものと思われます。



堰堤下の池について、あくまで僕の推測ですが、買収した溜池の敷地内で堰堤を築く必要があった為、溜池内部の端をダムサイトとした結果、下の池は「既存の灌漑用溜池が取残された」一画ではないかと想像しています。

つまり、下の池の水面は、1911年に造られた灌漑用溜池の水面そのものであり、養福寺貯水池との高低差は、再開発の嵩上分を示しているのではないかと思っています。

下の池が取残された一画であれば、埋立てる事も出来たと思うので、何故池の状態のまま残したのかまでは解りませんが、少しでも貯水容量を確保できる様に、ここの水も使える仕組みになっているのかもしれません。



さて、問題は堰堤下の池から顔を出している丸い塔。
まさか揚水発電でもしているのか・・・???。

今日は、本当に幸運続きの日です、この塔の事を、先程から「長めの休憩のフリ」をして下さっている作業員の方に聞く事が出来ました。

現在も、当時と変わらず現役で八幡製鐵に送水している養福寺堰堤ですが、送水先との高低差がなく、ポンプで水圧を掛けて送水しているそうです。
堰堤下の丸い建物は、そのポンプの建物(弁室と言う)という事でした、なるほど〜!!。

ちなみに、双子の姉の河内堰堤は、ここより標高の高い山の中にある為、高低差のみで送水する事が出来るので、よって、この様なポンプ設備はありません。



上の貯水池と比べ、下の池は小さく、水溜り程度といった感じです。
池の向こうの大きな四角い建物は、この貯水池施設の心臓とも言えるポンプ場です。

堰堤下の弁室で水圧をかけた水は、まずここに送られて、さらに高い圧力をかけで八幡製鐵の工場に送られるのではないかと思います。
先程見た、監視塔にあった古い地図には、他にもこのポンプ場に水を送っているルートがある様でしたが、詳細は不明です。

ポンプ場の向こうには北九州の街が広がっています。
市街地のど真ん中にあるというロケーションも、この養福寺堰堤の特徴です。
正しくは、堰堤が出来た後に街が発展し、貯水池が街に囲まれる事になったのだと思います。



さらに面白いのは、この場所は元々平野の低い土地であり、そこを外周ぐるりと嵩上した為、貯水池を水で満たすには、西に流れる遠賀川の水をポンプで汲み上げ、人為的に溜める必要がありました。
現在の貯水池の水も、当時と同じく、遠賀川からポンプで汲み上げた水です。

遠賀川から汲み上げた水は、堰堤右岸の奥に水の出口がある様ですが、ここからはよく解りませんでした。

川から水をポンプアップして貯留した後、再びポンプを使って送水している事は、現代の感覚では少々無駄とも思えますが、当時の富国強兵の国策で建設が進められた施設です。
それほど八幡の製鐵が、当時の国にとって、いかに重要であったかを物語っていると思いました。



天端を満喫した後は、堰堤の真下にも行ってみる事にしました。

天端入口の門の外で、「いつもより、少し長めの休憩のフリ」をしていて下さった作業員の方に、お礼を言うと、門を南京錠で堅く施錠し、次の現場へ向かわれました。

天端の右岸脇から、堤体の端に沿って階段があります。
こちらの階段は、花見開放期間中は自由に立ち入る事が出来ます。



左手で御影石の間知石に触れながら、階段を降りて行きます。

美しいバケットカーブは石積ダムの醍醐味です。
バケットカーブなど全く必要なくなった、現代のコンクリートダムでさえ、未だ多くのダムがバケットカーブを持っています。
バケットカーブは、重量式コンクリートダムの様式美として、受け継がれている部分なのだと思います。



堰堤下の弁室も良く見えて来ました、側面から観て、結構大きな建物と言う事が分かりました。

ぐるり全周を石の細工が施され、中世ヨーロッパの古城そのものです。
屋根部分の窪みも、敵の矢から身を守りながら、窪みから応戦する「狭間」そのものです。
今にも正面の入口から甲冑を着た衛士が出てきそうです。



堰堤下部には、弁室に向かう為のノッチがあります。

アーチダムならキャットウォーク、アースダムなら犬走り。
それなら、重力式コンクリートなら・・・ウサギ跳び?キツネ小走り???。

いやいや、無理して動物にしなくても、「人が歩く所」で良いか(笑)。
いずれにしても、他のダムにはない特徴的な部分です。



ちなみに、姉の河内堰堤には弁室はありませんが、実は「人の歩く所」は、ちゃんと持っていたりします。(写真は河内堰堤)

堰堤下を移動するとき、結構便利だと思います。
養福寺堰堤の設計を参考に、河内堰堤でも採用されたのかもしれません。



残念ながら、施錠されていて、実際に歩く事は出来ません。

あちこち散策して、流石にお腹が減ってきました。
堰堤を観ながら、コンビニで買ってきたお弁当を食べる事にしました。



見上げる養福寺堰堤。

すごく立派です、どっしりと重厚な表情。
同じ高さなら、通常のコンクリートダムよりも、石積の方が断然立派に見えます。
布積の目地もとても丁寧に仕上げられていて、とても85年も前に造られた建造物には見えません。

クレスト部分は、デンタル(歯飾り)の様な装飾はありませんが、太い突起状の装飾が真直ぐ伸びています。



階段を一度戻ってみて、装飾部分を確かめました。
円柱状のコンクリートブロックが埋め込まれていました。
シンプルな装飾ですが、クレストの飾りとして充分に機能を果しています。



再び真下から見上げます。

立派だ、それにしても立派な堰堤だ・・・。

日本ダム協会のダム便覧に未掲載なので、ここに来るまで堤高は15m未満だと思っていましたが、明らかに15mは超えています。

石積堰堤では、堤高15.8mの千本ダム(島根県)を観た事があるのですが、千本ダムよりも高い事は、目測であっても疑う余地はありません。
さらに、「人が歩く所」より下が、下の池に没している為、見た目以上に堤高があるはずです。

過去に見た事のある石積堰堤を、頭の中で思い出してみると、猪ノ鼻ダム(兵庫県)よりもずっと高く、小ヶ倉ダム(長崎県)を見上げた時のイメージに近く感じました。



しばらく堰堤下で物思いに耽った後、天端の入口に戻って来ました。
厳重に施錠された天端への門。

今日は本当に幸運に恵まれました、そして、ありがとうございました。



木々が茂るグリム童話の小道を戻って、最後は下の池のほとりに来ました。
堰堤を観るポイントは少なく、この写真の場所で管理歩道も行き止まりです。

水面に浮かぶ重厚な石積の壁は、まさに古城そのものでした。

下の池を残したのは、貯水量を増やす為?
さっきは、天端の上でそう思いましたが、ここへ来て、それは間違いだと思いました。

下の池は、きっとこの美しい水辺の景観を造る為に残された、あるいは、もしかしたら、わざわざ造ったものなのかもしれません。
美観を追求した、あの河内堰堤の妹です、養福寺堰堤も観る人を魅了する美しさに拘って設計された事は間違いないと思います。

「水の古城」 養福寺堰堤は、そんな趣が溢れる、大変すばらしい堰堤でした。



水の古城 養福寺堰堤
★★★★★


さてさて、
やはりまだまだ謎の多い養福寺堰堤。

気になるのは、堤高が何メートルあるか、と言う点です。
いろいろ調べてみて、結局この資料に辿り着きました。
(この為に買ってしまった)



土木学会が出している「日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2800選」
(以前まで2000選でしたが、改定され2800選になっています)

これによると・・・。

堤高33.5m(!!!)
堤頂長159.8m

うわあ、やっぱり本当に立派な堰堤なのでした。


| あつだむ宣言!(清水篤) | ダム福岡県 | comments(22) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
2012/05/01 6:41 AM posted by: 夜雀
おはようございます。

メイソンリーに対する執念にも似た深い愛はダムの神様に届いたんですね。
現場でのラッキー続きはきっとダムの神様がウインクしてくれたに違いない。

事例として大変レアで面白いダムですしダム便覧に乗ることに期待期待。

   夜雀 拝
2012/05/01 12:18 PM posted by: あつだむ宣言!
こんにちは。

長編レポート、最後まで見ていただきありがとうございます〜。

ダムの神様・・・ひょっとして、天端で出会った作業員の方がっ???

地元の人には有名な物件らしいのですが、全国区レベルの希少なダムだと思いました。

来春は是非!
2012/05/07 11:50 PM posted by: zinzin
ご無沙汰しております

すばらしいダムです ちょっと感動しました
羽島からわざわざと、一般お方からすると、ちょっと理解できないと思われるかもしれませんが、実物を見たら納得する構造物と思います

取水塔、弁室だけを写真で切り取ったら、中世の建物と言ってもわからないかも です

当方、こういった物件は大好物です(^_^;)
2012/05/08 10:03 PM posted by: あつだむ宣言!
zinzinさん、毎度です〜。

なかなかのものでしょ、養福寺堰堤。

こういった古風な物件はzinzinさんのような廃チャンネルがある人なら好きなハズ。

しかし、廃チャンネルの人って、オフローダー率高いよね。
(これって、ダムマニアあるある??)
2012/05/08 11:29 PM posted by: zinzin
>しかし、廃チャンネルの人って、オフローダー率高いよね。
>(これって、ダムマニアあるある??)

ダムを回ろうとすると、一般的な車ではたどり着くのに苦労します。砂利道が延々続くなんてのもよくあること。
「OFF車だったらなぁ〜」
このような理由で、OFFに転向する人もいらっしゃるかと思います

当方のような者は逆のパターンで、元々OFFの人は、
・林道探して山に入る
・山奥には廃村、廃鉱山があり、一目ぼれをする
・そういったものを探す
・山にはダムがある
といった具合です(^_^;)

あつだむ様も、そろそろOFFの移動手段を手に入れては?
2012/05/09 12:28 PM posted by: あつだむ宣言!
なるほど〜
OFFからスタートしてるのですね。

>あつだむ様も、そろそろOFFの移動手段を手に入れては?

車は手が出ませんが、ダム周り初めてからトレッキングの道具が充実しました。

今後のダム巡りに備えて、昨日は草刈りカマを購入しました(どこ行くんだ〜笑)
2013/04/26 7:20 PM posted by: 旅人です。
これって約、一年前の記事なんですね!
私は最近このダムを車で移動中に見つけまして(笑

明日、行こうかと思っています♪
長らく近くに住んでいたのに気が付かず^^;

明日がたのしみです\(^o^)/
2013/04/26 10:46 PM posted by: あつだむ宣言!
旅人さん、こんばんは。
レポート読んで頂きありがとうございます。

今年の花見開放は終わっていると思うので、記事のようには見れないかもしれません。

企業所有のダムってなかなか情報もなくてあまり知られていない物件も多く、養福寺もそんなダムの一つです。

養福寺堰堤の5キロ東にある河内堰堤はご覧になりましたか?こちらは通年開放されているとても美しいダムです。
その他、福岡には素敵なダムが沢山ありますね。
ご自宅からは近いのでしょうか?羨ましいです。
2013/10/23 6:04 PM posted by: 中川原 ゆうじ
素敵な資料ありがとう御座います。近くに住んでいます。子供の頃何度か、花見に行った事はありましたが、詳しいことは知りませんでした。
今 中間市の観光ガイドの研修を受けています
平成27年の世界産業遺産に申請中です。遠賀川の水をこの養福寺の貯水池に送る為のポンプ場です。1910年当時のままの建物が残っています現在も稼働中です(中のポンプは電動に変わっています)また遠賀川より汲み上げる取水用ポンプ建家も当時のまま残っています。
2013/10/24 12:42 PM posted by: あつだむ宣言!
中河原さん
はじめまして、レポご覧頂きありがとうございます。
世界産業遺産への登録!凄いですね。
八幡製鉄所の関連施設としてでしょうか?
ポンプ場はしっかりと観ていないのですが、築年数の割りに綺麗に保たれていた記憶があります。
桜の木々と一緒に大切にされて来た事が解ります。
お住まいの周辺は素晴らしい産業遺産が他にも沢山ありますよね、羨ましい限りです。
2013/11/10 10:31 PM posted by: 中川原 ゆうじ
返信ありがとう御座います。遠賀川水源地ポンプ場は、八幡製鉄の一次増産計画で1910年(明治43年)に稼働しています。このポンプ場のボイラーと蒸気ポンプは、1950年(昭和25年)に電動ポンプに変わっていますが、外側のレンガ構造物は現在も建てられた当時のままの姿で健在で、今も八幡製鐵所の約3割の水を送っています。この産業遺産にも関わらず現在も建物が使われているのが認められ産業遺産の推薦を受けた訳であります。養福寺貯水池は1913年(昭和2年10月)に完成しました。養福寺の貯水池が出来る前は、ポンプ場から八幡まで直接、以降は養福寺に送り八幡まで自然流水で送っています。H27年世界遺産に決まる事を関係者一同待ち望んでいます。
2014/02/25 9:32 PM posted by: アキ
初めまして。二年近く前の記事なのに、コメントがつらつらと続いていて、ちょっとした感動を覚えました。
実はわたしも中川原氏と同じく近くに住んでいます。あまり書くと住所がばれますが、養福寺貯水池の土手のすぐそばです。
わたしは夕方、散歩をしているのですが、最近、気になる場所がありまして、どうもそれが製鉄所と関係があるらしいことが分かって、いろいろ調べているうちに、このサイトに辿り着いた次第です。
わたしが子供の頃は、付近は空地や林ばかりでしたが、今は住宅地になってしまいました。しかし、少し前にそこだけ昭和、しかも、戦前のような(と言っても、わたしは戦後生まれなのですが)風景が広がっている場所に遭遇したのです。ただのあぜみちのような道(しかし、私有地のような雰囲気なので、わたしはそこで引き返します)なのですが、夕日を見ながら、その場所に立つと、ちょっとタイムスリップしたような気分になります。
地図を見たのですが、どうもそのあぜみちのような道の下は遠賀川から養福寺貯水池までの工業用の水道になっているようです。
2014/02/26 5:45 PM posted by: あつだむ宣言!
アキ様
はじめまして、コメントありがとうございます。

お近くにお住まいで土手のそばでしたら付近の住宅地でしょうか。

この貯水池はとても古いものですが、現役の施設と言う事もあり手入れが行き届いていて、当時の雰囲気をよく残していますので、仰るとうりタイムスリップした感覚と言うのもよく解ります(私もそう感じました)

近くの河内堰堤の方がずっと有名ですが、魅力としては負けず劣らすとても美しい産業遺産だと思います。(そんな所に気軽に散歩に行けるアキさんが羨ましいです)

記事は2年前ですが、訪れたのは3年も前になります、それでもつい最近訪問したかのようにとても鮮明に記憶しています。
お近くでしたら桜シーズンの開放日にはすでに行っておられるのでは?と思いますが、まだでしたら是非お勧めしたいです。
2014/08/17 2:41 AM posted by: セイコー
はじめまして。
私はこのダムに隣接する家で育った人間です。
是非お教えしたい情報があったため、コメントさせていただきます。
実は、一年中いつでもこのダムのフェンスまで行くことのできる道が存在します。(中には入れません)
道までのアクセスは以下の通りです。
・まず、的場池公園のある200号線が、すぐそばにある11号線と交差しているので、その交差点に行きます。
・すると、割子川という川があります。右手を向くと、割子川が11号線と細い道に挟まれているので、細い道の方を進みます。
・すると、右手に「ふきのとう」と書かれた黄色っぽい建物が見えてきます。(車で行けるのはここまで。車の場合は適当に脇に駐車してください。)・その建物の裏には山があります。その山への入口がその建物のすぐ横にあるので、徒歩で入ります。
・入ると、すぐ左に神社がありますが無視して直進します。
・後はいくつか道が分かれていますが、基本的に右に曲がっていけばフェンスまで着きます。あまり複雑な山道ではないので、迷うことは多分ないです。
以上です。また北九州市にいらっしゃるなら、良ければ試してみてください。
2014/08/17 9:24 PM posted by: あつだむ宣言!
セイコーさま
はじめまして、貴重なコメントありがとうございます。

養福寺堰堤は情報が少なく、ダムファンもあまり訪れていない謎の多いダムだと思います。
なので、現地をよく知る方の情報はとても助かります!

神社とは登日別神社ですね、ストリートビューで「ふきのとう」も確認できました。(便利な世の中ですね〜)

北九州は貴重な産業遺産が多く、是非また訪れたいと思っています。
参考にさせて頂きます!
ありがとうございました!!
2015/02/01 9:03 AM posted by: 行く価値ありですか
2月17日に現在閉鎖中の八木沢ダムの見学会がおこなわれるようですが。行く価値ありますか。
2015/02/03 12:42 PM posted by: あつだむ宣言!
矢木沢ダムの冬季見学会ですよね!
もちろん、行く価値ありです!!
たぶん抽選になると思いますので、参加可能であれば行くべし!だと思います。
2015/05/05 11:03 PM posted by: あつだむ宣言!
以前、こちらの記事にコメントをお寄せ下さいました中川原さま、

遠賀川水源地ポンプ場の世界遺産への登録勧告、おめでとうございます!!

コメントを読み返しまして、感動しています!
2015/05/27 2:30 AM posted by: satoneko
はじめまして
養福寺堰堤の記事拝見しました。
遠賀川水源地ポンプ場の世界遺産の件で、
少しは名が知られる様になるでしょうか?
なお遠賀川ポンプ場から養福寺そして八幡東区大谷まで、グーグルの航空写真をみると
、導水路が直線的にわかります。次回来訪時には、ぜひ調査をおねがいします。
2015/05/28 5:52 PM posted by: あつだむ宣言!
satonekoさま
コメントありがとうございます。

この辺りのエリアは宝の宝庫ですよね、
ポンプ場もまだ観ていないので、機会があれば是非とも訪問したいです!
2016/07/19 1:34 AM posted by: ito
近くに住む者でダムマニアとかでは、ないんですが昔話をしていて養福寺の謎を思い出し検索してみていました。
というのが、私たちが中学生の頃(20年前)までは金網をやぶって、釣りをする人が増えていて簡単に立ち入り禁止に入れていました。旦那が釣りに通ってた頃、水難死亡事故が増えていて、警備員がいたそうです。当時は有刺鉄線を切って中に入ってバレると、警備員から石を投げられ警察に通報され両方から追っかけられるというイタチごっこをしていたみたいです(笑)先ほどまでその頃の記憶を辿っていて、どうしてあの塔って牢屋みたいになってるの?って話から当時中に入った時にみた映像が、壁からチェーンの様なものが出ていて、その先に手錠(太めの)がついてたそうです。嘘の様な話ですが、あれは何だったんだと思って検索していました。今は中に入れないんですね、残念。謎のままになりそうです。。誰か他にも見た方がいたら嬉しいのですが、、、
他にも池に繋がる階段など複数の謎があります!
ダムに詳しければ少しは解明できるのかもしれませんが、手錠の様なものは何だったのでしょうか。
2016/07/19 5:52 PM posted by: あつだむ宣言!
itoさま、コメントありがとうございます。
当時のお話、微笑ましい(?)ですね、私も釣りをしますのでわかるような気がします(今はそんな事しませんが 笑)
壁のチェーンと手錠、なんなんでしょうね??
ちょっとホラーです、普通に考えてポンプで使う工具を無くしたり、盗難されない様に繋いでいた金具を見間違えた?とかでしょうか??
謎がまた謎を呼んでしまいそうです!
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