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明谷ダム

堤高19.6m
G/P 1931年 四国電力

2011.10.8見学

トランスフォーマー。


石貼の洪水吐を持っていた高西ダムを観た後、再び徳島道を走り美馬インターで降りて、国道438で明谷ダムへ向かいます。

明谷ダムの竣工は古く1931年。
愛媛の柿原水源地第一貯水池堰堤と並び、四国で最も古いコンクリートダムであり、オールドダムファンとしては、必ず見ておきたいダムのひとつです。
(柿原水源地第一貯水池堰堤は廃ダムの為、ダム便覧には未掲載)

僕がどうしても明谷ダムを観たいと思ったのは、ただ古いというだけでなく、特徴溢れるその姿に、謎めいた魅力を感じていた事もありました。

インターから延々と山道を30kmくらい走ってようやく現地に到着しました。
かなりの山の中ですが、まだまだ民家も多く、ダムは集落の外れにありました。



ダムの右岸に到着。

堤高19.6m、堤頂長51.3m。
谷も狭いので、それほど大きなダムではありません。

下流面に並ぶ重厚なコンクリートの塊。
この巨大まマス感を持った下流面が、明谷ダムの外観上の大きな特徴です。



山奥の発電用ダムですが、意外にも天端は解放されていました。

天端を渡った左岸に民家があり、地元の方の利便性を考えて解放されているのかもしれません。
その民家は、ダムのすぐ隣なので、その昔はダム守のような方の住まいだったのかも(未確認)

クレスト上でクランクした天端。
ダムから下流の川はゴツゴツした岩が転がる四国らしい谷です。



天端から貯水池。
左岸に発電所への取水口があります。

少し堆砂の多い貯水池。
水が澄んでいるので余計に砂が溜まっているように見えるのかもしれません。
上流を観ればすぐ近くにインレットも見えて、とても小さな貯水池です。



僕か明谷ダムに特別な興味を持っていたのは、この巨大なブロックです。

これはダム本体なのか?それともゲートピアなのか?もしかして導流壁?
今まで覚えたどのダム用語にも当てはまらないその形状は、富山の宇奈月ダムに良く似ています。

しかも、このダムは1929年着工、1931年完成という、とても古いダムなのです。
この形状が竣工当初からだとすると、とんでもない異端児と言えます。
バージェス動物群のように、ダムデザインの進化の過程で突然現れ、そして、消えてしまったデザインなのでしょうか???

シャープなエッジの効いたブロック自体、1931年完成のダムとしては異様な造形であり、違和感もあります。



いろいろと空想を膨らましながら左岸に渡ってみました。
木々が邪魔をして眺望は良くありません。

対岸に見える建物は管理事務所や車庫など。



再び、天端に戻ってきました。

3門あるクレストのスライドゲート。
左岸の1門だけ二段式のゲートとなっていました。

二段となっている分、越流面が他の2門より低くなっています。
取水口が左岸にある事もあり、この1門は排砂ゲートだと思います。

褪せたグリーンのゲート。
真下に目をやると、少し意外なものが見えました。

石?・・・石貼りだ!。



排砂ゲートからの下流面は切石できっちりと石貼が施されていました。

ちなみに、垂直に近く石を並べる事を「石積」、水平に近く石を並べる事を「石貼」と言います。
何度の傾斜までが石積で、何度から石貼であるかは、明確な決まりは無いようです。
一般的に考えて45°くらいが境界の気もしますが、勾配が途中で徐々に変わる場合もあるので、下流面の途中で呼名が変わるのも不自然だと思うので名前の境界線は無いと思います。

ともかく、この排砂部分の勾配は重力式コンクリートダムとしては異例になだらかで、僕の目には「石貼」に見えました。

両脇の大きなブロックの勾配が、通常のダムの下流面勾配よりも緩いくらいなので、石貼部分の勾配の緩さがイメージできると思います。



それでは、センターと、右岸の2門の下流面はどうなのか?。
例の巨大なブロックの間を覗いてみます。

これはセンターのゲート。
コンクリートのスロープの先、軽いジャンプ台の所にのみ石貼が見られます。



排砂の石貼と違い、未整形の野面石が、こってりとした目地で貼られています。

高西ダムの洪水吐と同じで、表面の耐摩耗性を上げる為、コンクリートの上に貼りつけられている印象を受けました。

などほど、この明谷も耐摩耗の為に天然石を貼っているのか。
そう思って隣の右岸ゲートも見たのですが・・・。



いかにも上から石を貼りつけましたというセンターのゲートと比べ、右岸のそれは、石を上から貼ったと言うよりは、石貼の上を一度コンクリートで覆い、後に、コンクリートが削られて再び石貼が露出した様に見えました。

形がまばらなセンターの石と比べて、右岸の石は形も揃っているので、施工された時期を含め、センターとはまた違った経緯でこの様になっている感じを受けました。



疑いの目でつぶさに観察すると、いろいろと気になる部分が見えて来ます。
排砂ゲートの右側のブロックですが、垂直な壁面に繋ぎ目の様な跡が感じられます。

やはり、この巨大なブロック部分は竣工後に大改修され、後付けされているのではないでしょうか?



これは明谷ダムを後に、県道32沿いで観た祖谷川の取水堰堤。

管理所には「四国電力栗寄取水ダム」とありました。若宮谷ダムに水を送っている施設ではないかと思います。若宮谷ダムも四国では有数のオールドダムで、明谷に送れることわずか4年、1935年の竣工です。

この栗寄取水ダムは、ほぼ明谷ダムと同時代に建設された堰堤と推測できます。



澄んだ水が印象的な栗寄取水ダム。
注目したいのは、石貼の石の形や、なだらかな勾配です。

この栗寄取水堰堤の姿に、一風変わった巨大ブロックが並ぶ明谷ダムの、竣工当時の姿を観るような気がしてなりません。

なだらかな石貼堰堤に3門のスライドゲートを追加する為、ゲートを支えるピアと、満水位が上昇する事で不足するダムの質量(重量)を補う為に、導流壁を兼ねた巨大なブロックを築いた。

左側のゲートは排砂ゲートとし、オリジナルの石貼下流面に手を加えず利用。
センターと右側は、排砂ゲートよりも越流面を上げる為、オリジナルの石貼の上にコンクリートを打設。こうして現在の明谷ダムの姿となる。

その後、センターのシャンプ台はコンクリートの摩耗が激しい為、擦り減ったコンクリート上に石貼を追加し補強。
右岸のゲートは使用頻度が少なく、センターほど摩耗が無かったが、現状、やはりコンクリートが摩耗して、オリジナルの石貼が露呈して来た状態にある。



以上が、明谷ダムが四国最古のコンクリートダムでありながら、時代性にまるでそぐわない、異様な姿に至ったヒストリーではないかと僕は考えています。
(あくまで、あつだむ宣言!の仮説です。正解かは判りません)

但し、ここから直接送水している切越発電所の事を少し調べてみたのですが、明谷ダムの嵩上工事が必要となる様な設備の変更は解りませんでした。
切越発電所で使われた水は、さらに下流にある別の発電所にも使われているので、かなり広範囲で調べてみないと、この明谷ダムが本当に嵩上工事をした姿であるのかは謎が残ります。



徳島のトランスフォーマー。明谷ダム
★★★★


ちなみに、レポの中で「石積」と、「石貼」の違いについて説明しました。

さらに言うと、石積の最上部の事を 「天端(てんば)」 と言います。
そうです、まさに、

「全てのダムは、石積堰堤に通ず。」 

と、言えるのです。

またひとつ、あつだむ語録が生れてしまった(笑)。

| あつだむ宣言!(清水篤) | ダム徳島県 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
2012/02/29 12:50 PM posted by: 東日流人
このいかついデザイン、曲面の鋳造砲塔の上に角張った複合装甲をかぶせた英国のチャレンジャー1みたいですね(←久しぶりに出てきてまたそれか)
2012/02/29 3:07 PM posted by: あつだむ宣言!
わははははは。

そういう目で観ると排砂や吐の石貼は、リアクティブアーマーに見えてくる。

うわあ、明谷ダム、めっちゃかっこいい!!
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