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布引五本松ダム

堤高33.3m
G/W 1900年 神戸市営

2011.06.04 見学

バロン五本松。


立ヶ畑と共に、神戸で忘れてはいけない重要なダムに布引五本松があります。

1897年着工、1900年竣工。日本最初のコンクリートダムとして、神戸どころか、日本ダム史に燦然と輝く巨星であり、忘れるどころか会いたい想いはつのるばかりでした。

今まで30基以上の石張ダムを観てきて、石張ジャンキーを自称する僕ですが、ひょっとして布引五本松に出会ってしまったら、自己完結してしまい、急速にダムへの興味が無くなってしまうのではないか?そんな危険性も感じていました。

布引五本松に会いに行く。
それは、ダムファンの僕にとって、審判の日に等しいものなのです。

2011年6月4日、ついにその日はやって来ました。


布引五本松へのアクセスはとても変わっています。
まずロケーションが新神戸の裏山であり、市街地とは目と鼻の先にあると言う事。
さらに、ダムまでは麓から登山道を登るか、観光用のロープウェイで行くというのも他のダムにはない面白みと言えます。

神戸の街。
大阪で働いていた頃、市場調査で行った以来で少し懐かしい。



布引五本松ダムへのエントランス、神戸布引ハーブ園 ロープウェイ。
111年前に造られた日本で最も古いコンクリートダムへ誘うタイムマシンなのである。



ロープウェイの設備は真新しく快適。
スタッフの明るい笑顔に送り出されるダムファン。
4人乗りのゴンドラ、ちょっと寂しい。



山麓駅と山頂駅を結ぶロープウェイ。
布引五本松に向かうには、その間にある「風の丘中間駅」で途中下車となります。

別に「中間駅」でもいいのに、「風の丘」を付ける辺りが神戸っぽい。



乗車してすぐに眼下には手付かずの山が広がっていました。
滝なんかも見えてきて、ちょっと得した気分です。



そして、おもむろに彼は姿を見せ始めました。

布引五本松だ!!。



緑豊かなダムサイト。
樹木に埋まるように渋い色の堤体。
並々と水を湛えるオールドダム。

ダムサイトの高く茂った樹木は、一世紀を軽く超える歴史の証人と言えます。



一人スタンディングオベーションのゴンドラはダムの見える左に傾きますが、足をふんばって撮影続行。

非越流のシンプルな堤体。
中央に取水設備、クレストには歯飾りが並ぶ石張ダムの王道。

これは真近で観るのが楽しみです。



風の丘中間駅で下車し、散策路を進みます。

向かう先は貯水池のインレット。
布引五本松に会う前に、行って於きたい場所がありました。

国指定重要文化財の登録を受けている「布引水源地水道施設」は、メインの布引五本松ダムの他に、上流に分水堰堤、締切堰堤、下流の雌滝取水堰堤など複数の施設群から成っています。



散策路脇の林の中に注意しながら進むと、石積の堰堤を見つける事が出来ます。
布引水源地水道施設 締切堰堤です。

堤高8.5m、堤頂長30.5m、堤頂幅1.4m。
布引五本松ダムと同時期に造られた砂防堰堤を、後に嵩上した石積堰堤で、型式はなんとアーチ式コンクリートダム(堰堤)です。

この締切堰堤の上流に、分水堰堤と呼ばれる別の堰堤が、布引五本松ダムの完成から数年の後に造られました。
川の上流からの水は分水堰堤で取水された後、人工の隧道を通り、この締切堰堤の下流で布引五本松の貯水池に放流されます。
これは濁った水や土砂を貯水池に入れない為のシステムで、濁流は分水堰堤でカットされ貯水池を迂回して下流へ送る別の放流路へ送られる仕組みです。

砂防堰堤だった締切堰堤は、分水堰堤の完成に伴い、隧道を通って流れ込む水が川を逆流しない為の設備へと役目を変える事となりました。

写真を観ての通り、現在はダムの上流は堆積物で埋まり、水は下流側に溜まっている状態となっていて、ダムでありながら下流面で水を受け止めている(逆流を阻止している)、とても不思議な状況となっています。



ダムファンの目からは落とす事の出来ない希少な堰堤も、一般にはそれ程でもないのか案内看板もなく、散策路脇のフェンスには事務的に立入禁止のプレートがあるだけでした。

フェンスを避けて道路脇の林に登って撮影を試みますが、通り過ぎる他の人の視線が痛い・・・。



そんな締切堰堤とは裏腹に、しっかりとした案内看板もありアピールされているのが上流にある分水堰堤です。

堤高4.3m、堤頂長14.0m、堤頂幅0.9m。
アーチ式コンクリートダム(堰堤)

竣工はなんと1907年、我が国初の「アーチダム」なのではないかと思っていましたが、布引五本松ダムの下流にある雌滝取水堰堤も同じアーチ式コンクリート造で、竣工は布引五本松と同じ1900年。
どうも、この雌滝取水堰堤こそ我が国初のアーチダムなのかも。

締切堰堤と同じでフェンス越しの見学となります。薄い石積のアーチ・・・。
厳重なフェンスと茂った木々でその姿がほとんど見えないのが残念。



さらには、分水堰堤の真下には橋が架かっていて、さらに眺望が良くないのです。
この橋自体も分水堰堤付属橋という名称で国の重文の登録物件となっていますから、邪魔だとかあまり邪見にもできません・・・。



両手を上げて山勘撮影を試みます。
なんとか分水堰堤右岸の取水施設を見る事が出来ました。

ここで取水した水は、隧道を通って締切堰堤の下流に放流されます。
かつては、河川の流量で自動で開閉する弁が設置されていたそうですが、現在は電化されているそうです。

時代の変化に合わせ、少しずつ改良を加えながら、造られてから100年以上経った現在も現役で活躍中の施設です。



ここまでで、上流の施設は終わりですが、散策路はまだ上流へと続いていて、ちょっとだけ散策してみました。

味のある建物。
今年、スプライトがリバイバルしましたが、コーラとファンタの下の看板は勿論当時モノ。

これはいったい何の建物?
と、思って看板を見る・・・。



神戸市 投輪連盟
あけぼの茶屋専属 布引道場

初心者 経験者 歓迎

僕の知り合いでは、投げ輪は初心者も経験者もいませんが、みなさんの周りには居ますか??



布引道場の横を、クーラーボックスを持ったグループが上流へ歩いて行きました。
まだこの先に何かあるのかな?

グループが消えていった先を覗いてみると・・・。

わ、なんだこりゃ、人がわんさと居ます。



布引五本松の上流に大きな砂防堰堤があり、その周辺には若者を中心に沢山の人がバーベキューや川遊びをしているのです。



よく見ると、若者だけでなく、結構いろんな年齢層の人が居ます。
神戸の裏庭みたいな感じで、神戸っ子の恰好の遊び場所になっているみたいです。



バーベキューの匂いを嗅いで、早朝に自宅を出てからまだ何も食べていない事に気が付きました。
布引道場の近くに茶店があり、アイスを買って分水堰堤からの水の音を聞きながら食べる事にしました。

うんうん、爽やかでいいね。美味しい、楽しい。

・・・あ、溶けたアイスがカメラに落ちた。
でも大丈夫、防塵防滴仕様だから。(ペンタックスのエンジニアが泣いてるぞっ)



さあ、ひと休みしたら、いよいよメインの布引五本松へ。
貯水池左岸の散策路を行くと、樹木の向こうに白い石積の壁が見えました。



白い石張のクレスト部、とても落ち着いた佇まいです。
でも、荘厳な感じではなくて、青空をバックに明るく爽やかな印象を受けました。

その向こうには行き交うロープウェイも見えます。



散策路の眺めのいい場所にはベンチも用意されています。
のんびりとしたいい風が吹いてます。



そしてついに布引五本松に接近遭遇です。

ここで驚いたのは、手前の余水吐です。
この余水吐の辺りは、山の影になってロープウェーからは全く見えません。
どんな余水吐を持っているか予備知識が無かったので、ナチュラルに驚いてしまいました。



越流部に架かる管理橋の上も自由に歩く事が出来ます。
左岸の山の形に添ってカーブを描く余水吐。



鋼製トラスの管理橋は、ダム建設時の資材運搬用トロッコのレールを部材に再利用したとも言われています。
竣工時はもう少し長い橋でしたが、左岸端が土砂の堆積で埋没され少し短くなっているそうです。

また、橋脚の真っ白な石張(改修により石積風の石貼)で解る通り、近年の改修で手が加わっています。



意外な管理橋の存在と共にまた驚いたのが、越流した水の流れる溢水路です。
一部コンクリートが張られていますが、基本、左岸の岩盤を掘って出来ていました。

クラシック&ナチュラルなオールドダムのディテール。



狭い管理橋の上を小学生の列が通過します。
子供会のハイキングとかでしょうか?。至る所でいろんな人に出会う布引五本松。

管理橋を渡った先は、いよいよダム本体です。



白さが映える上流面。

1900年完成の日本で最も古いコンクリートダムですが、1995年の阪神淡路大震災にも見事耐えて見せました。
そして2001年、神戸市水道100年を契機に貯水池の堆積土砂の撤去、歴史的構造物であるダム本体の保全を目的に2005年まで補修工事が実施されました。

堤頂から少し下の段になっている所から下部が、耐震化補強工事で追加された部分です。
石張の高欄や、クレストの石張は竣工当初からの部分ですが、補修工事の時に100年の汚れを落とされたのでしょう、スッキリとした白さを取り戻しています。

また、基礎のグラウチングを追加するなど、見えない部分にも手が加えられています。



水道水源地でありながら非常にオープンな布引五本松ですが、天端へは立入禁止でした。



堤体中程に半円形の取水設備。

たぶんあの辺りの高欄の内側に、竣工時に係った技術者の名前が刻まれた石板があるらしいのですが、ここからは確認する事は出来ませんでした。



ダムサイト左岸の散策路はそのまま下流側へと続いています。
先程、ロープウェーから観た堤体下流面が見えて来ました。

非越流型の風格ある横顔。



明治になり開国からわずか数十年、この時代は都市部の人口増加や、諸外国から入ってくる伝染病を防ぐ目的で衛生的な水道が求められ、日本各地の港町を中心に近代水道が造られ始めます。

また、1820年代にイギリスで発明されたポルトランドセメントは、日本では1873年に官営の摂綿篤(セメント)工場が完成、さらに1881年に山口県に民営のセメント会社が設立され、日本でも混凝土(コンクリート)製の建造物を造る事が可能となりました。

この二つの時代背景の融合により、日本最初のコンクリートダムが産声を上げる事となります。

それが、布引水源地 五本松堰堤(布引五本松ダム)です。
堤高33.3m、堤頂長110.3m、堤頂幅3.6m



神戸の近代水道は、日本初の近代水道である横浜の水道を設計したイギリス人H.Sパーマーにより、最初の設計書が描かれました、1888年の事です。

その後、神戸でもコレラの流行や、人口の増加を背景に、内務省の雇技師W.K.バルトンの手で現在の水道施設群の原案が作られます。

1893年のバルトンの原案から日清戦争により計画は一時中断、4年後の1897年に起工する時には、著しい人口の増加に合わせ、布引五本松ダムはバルトン案のアースダムから現在のコンクリートダムに大きく設計が変更される事となります。

この時、バルトンに代って現在の重力式コンクリートダムの設計を行ったのが、吉村長策、佐野藤次郎ら日本人技師でした。

布引五本松の設計者についてまとめると、ダムサイトの選定がバルトン、工事長として全体を監督した吉村長策、実際にダム本体を設計したのが、バルトンを師としていた主任技師の佐野藤次郎という事になる様です。

ちなみに、バルトンはダムの完成を見ずに1999年に他界。佐野藤次郎は吉村長策が退任後工事長を引き継いでいます。



クレストの歯飾り部分のクローズアップ。
今世紀の補修工事で全体的に洗浄された事もありますが、緻密でしっかりと積み上げられた間知石は、とても100年以上も前の施工とは思えないしっかりしたものです。

石材の間を埋める目地は、内部にコンクリートを打設した後、目地の表面から1インチの深さを剥ぎ取り、その後モルタルを打ち、硬化後に再びモルタルを盛るという入念な施工が施されています。

これら日本初のコンクリートダムの施工技術は、後のダムの貴重な石杖となっていった事は言う間でもありません。



白いクレスト部と比べ、ゆるやかなバケットカーブから下は雑草も芽を出し、重鎮らしい表情です。

非越流式のスッキリとした姿は、背筋を伸ばした姿勢の良い紳士を思わせます。
明治生まれの趣ある神戸紳士は、男爵ってイメージがぴったりです。

布引五本松男爵。

バロン・五本松。



左岸の散策路を歩いてダムの下まで来ました。
堤体の直下は水道施設と言う事もあり立入禁止となっています。

アイアンのデザインが可愛いですね。



ダムの下に来たら、何処からともなく急にザバザバと言う大きな水音が聞こえて来ました。

いったいどこから聞こえるのか?と振返ってみると、ダムサイト左岸の少し下流に滝が流れ落ちていました。結構な水量で、滝の粒子が辺りに漂っています。
何処から来た水だろう?
滝の一番上の岩盤を見ると、人工的に岩を削って作られた滝である事が解りました。

え??

これってひょっとして・・・。

慌てて、今歩いて下って来た左岸の坂道を走って戻ります。



息も絶え絶え管理橋まで戻って来ました。

これです!滝の正体はなんと余水吐からの放流だったのでした。
左岸の岩盤を掘られた溢水路は、数十メートル下流で滝になっていたのでした。

この人工の滝は、余水吐から越流している時にしか見れない為、五本松かくれ滝という名前が付けられているそうです。



以上で、日本最古のコンクリートダム 布引五本松ダムの見学は終了です。

さて、冒頭のダムファンとしての最後の審判はどうなったのか?。
もうお分かりかと思いますが、ダムについて自分の中で完結してしまう何処か、さらにどっぷりと肩まで浸かってしまった気がします。

日本には観たい石張ダムがまだまだあります。

石張ダムだけでなく、日本のコンクリートダムは全てこのダムの子孫たちです。これからも、どんどんダムを観に行くぞっ。

帰りのロープウェイからバロンにお礼を言いつつ、そんな思いを新たにした布引五本松でした。



バロン五本松。
★★★★★


さてさて、またもや長編となったダム見学記ですが、おまけとしてもう少しお付き合いください。

えーっと。
日本人の風習と言うか、物の味方には面白いものがあって、同じ物が二つ並ぶと何でも夫婦(めおと)にしてしまうという趣味があります。

茶碗が二善あれば夫婦茶碗。
岩が二つ並んでいれば夫婦岩。滝が並べば夫婦滝。
(何故だか漁船だけは兄弟船ですが?)

なぜこんな関係の無い話をするかと言うと、前回レポの立ヶ畑ダムで、クレストゲートの謎は推理したのですが、何故ゆえ立ヶ畑は曲線重力式なのかという素朴な疑問が湧いて来たので、考えてみた訳です。

立ヶ畑の曲線重力式は、アーチダムや、重力式アーチとは異なり、力学的な要素は無さそうに見えます。
また、ダム軸を上流に湾曲させる(アーチダム状にする)事で、少しでも河床の標高が高い位置となり堤体積を少なくする効果もあると言われていますが、どうもすっきりしません。



今回、布引水源地を訪れて、本体の布引五本松は直線重力式ですが、付随する堰堤達が揃ってアーチ式なのには驚きました。
セメントが最新の新建材であった時代と言う事も関係すると思いますが、ダム設計の理想形として、技術者として「造ってみたい」という考えもあったのではと思います。

その、アーチダムへの思いが立ヶ畑ダムの堤体をアーチ状にカーブさせ、あの貴婦人のような美しい姿となって現れたのではないかとも思えて来ます。

貴婦人のような立ヶ畑。
そして、男爵・布引五本松。



あれ?ちょっと待てよ・・。
ひょっとしてこの神戸の街に並ぶ二つのダムは・・・。

「夫婦(めおと)ダム」

として設計・デザインされたのではないでしょうか???

神戸の裏山、生田川に雄ダム・布引五本松。
そしてわずか2キロ西の烏原川に雌ダム・立ヶ畑。
仲睦まじく並ぶ二つのダム、それは夫婦ダム。

近代水道の父・吉村長策と、バルトンを師としていた佐野藤次郎が、そんな和風な志向の持ち主であったかは謎ですが、立ヶ畑が曲線重力式という理由として、面白くて、個人的には案外しっくり来るのですが?。

みなさんはどう思いますか??。

おわり。
 

| あつだむ宣言!(清水篤) | ダム兵庫県 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
2011/10/20 3:57 PM posted by: 小チョウゲン坊
またしても素晴らしい記事。そして、またしても呟いてしまいましたw
2011/10/21 3:06 PM posted by: あつだむ宣言!
小チョウゲン防さん

こんにちは、恐縮です。

あまり長編になると、ちゃんと最後まで読んで頂けるか心配です・・・。

次回以降はもう少し軽い感じになりますが良かったらまたご覧ください。
2012/08/10 8:50 AM posted by: denwaban@川西
懐かしいです・・・まだおしめをしていた頃からこのダムには行ったことがあります(って親が言ってましたw
古ぼけた石の壁、ってのが付近住民の認識である一方で老若男女問わずここにハイキングに行くのが付近住民のレクリエーションだったります。
ダムマニアになってこのダムを見ると、クレストもオリフィスもない均整がとれたこの姿は値千金の価値を感じます。
水路関係も結構歴史的なものだ、ってことで神戸市の関係者が盛んにPRしています。
よくこれだけ取材された事に元地元民として嬉しく思います。ありがとうございます。

p.s ブログ引っ越しました。勝手ながら貴ブログもリンクさせてもらいました。これからも宜しくお願い致します。
2012/08/10 12:29 PM posted by: あつだむ宣言!
denwaban@川西さん
こんにちは、まいどです。

やっぱり布引あたりは地元の憩いの場なんですね。
近場に良い所があって羨ましいです。

五本松ダムの姿に価値観を感じるとは、なかなかディープなマニアですね(笑

メカニカルなクレストゲートはかっこいいけど、ゲート無しの非越流式の重厚感も捨てがたい!

ブログ拝見しました。
クールでかっこいいですね!

こちらこそ宜しくお願い致します。
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