無料ブログ作成サービス JUGEM
←prev entry Top next entry→
真壁ダム

堤高26.1m
G/P 1928年 東京電力

2011.5.21見学


秘密の要塞。


鍛冶屋沢ダムを観た後、やって来たのが真壁ダムです。

ずっと以前から気になっていたダムなのですが、何故かチャンスに恵まれず今まで未踏となっていました。

堤体の中央辺り、ダム碑や慰霊碑があったのでこの辺りが真壁ダムの中心かと思います。植栽で庭になっていたと思うのですが雑草に占拠されていました。



煙突の様な謎の設備。
堤体の貯水池側に取水設備がある場所なので、たぶん水圧鉄管のエアー抜き?。

脇の階段は登りきった所にフェンスなので、ちょっとだけ上がってみました。




階段から左岸方面・・・。


長ーーーい!

そう、真壁ダムは堤高は26mと高いダムではありませんが、堤頂長はなんと535.6mにも及び、とんでもなく長い長いコンクリートダムなのです。


竣工は古く1928年まで遡ります。

そんな時代に築かれながらも、日本のコンクリートダムの中では未だにベスト5に入る堤頂長を誇っています。
(フィル複合は除く、1位は下久保ダムの600m。真壁は有峯よりも長く、弥栄よりもちょっとだけ短い)




付近にあった案内看板です。

南北に異様とも思える長さの真壁ダム。


この図面を観て、腰を抜かしそうになりました。(本年度最高の驚きかも?)


そして、その長さと共にこの真壁ダムの特徴となっているのは、
下流面の多くは盛土に埋め戻され、堤体の全容はだれも観る事が出来ないというミステリアスな構造です。
(基盤に深く入った遮水壁も特徴的)




縦断面図の薄いグレー部分が地表から出ている部分、

その下の少し濃いグレーは地中なので、ほとんど埋まっているといった感じです。


それにしても長く複雑な監査廊です。

行けるなら見学してみたい監査廊ランキング1位に認定。




長い堤体の2箇所に、この様に大きく堤体が露出した部分があります。
これは右岸寄りの露出場所です。

真壁ダム周辺の地形からすると、元々この場所にはそんなに大きな河川は無く、何も無い所に築いたダムである事が推測されます。

ダム建設の為にはまず、地表の土壌を掘り起こし、堅い地盤を露わにしてから重力式コンクリートの堤体が築かれました。


ダム自体はそれで完成ですが、地盤まで掘り起こしたので下流側は堤体に沿って長い窪地になっていたと思います。

で、そのままでは雨水が溜って都合が悪いので残土で埋め戻した・・・。

と、いう成立ちなのではないかと推測します。


この、写真の部分は堤体下部に監査廊の入口がある為、埋め戻す事が出来ず窪地のまま残されたのだと思いました。




長い堤体に沿って歩いて右岸端に来ました。

ダムの端っこは随分そっけ無い感じ。




フェンス越しに見る真壁ダムの天端。

向こう岸は遠すぎて見えません。




貯水池側の欄干は鋳物の柱が視界の先までずらっと並んでいます。500mを越える長い堤体なので、1mの間隔を取ってもその数500本以上です。

真壁オリジナルの型を作っても十分採算が合う・・・。

と、言うか鋳物で量産しないととても追いつかない数です。




柱のひとつひとつにマークが入っていました。

何処のマークでしょうか?。

関東水力発電?




フェンスから少し離れて撮影。

堤体から突き出ているのは発電所に水を送る取水設備です。



広い空が広がる真壁ダムの調整池。

右岸には公園があり、子供たちの明るい声が聞こえてきます。




次に、右岸から左岸に向けて散策します。

この辺りも比較的露出してるなあ〜なんて観ながら歩くと・・・。




クレスト辺りに不思議な模様を見つけました。


白と黒のゼブラ模様・・・

最初は天端からの雨だれかと思いましたが良く観ると明らかに人為的にペイントされた物に見えます。


迷彩塗装!?


以前、戦前のダムの中には堤体に迷彩塗装を施したものがあると、何処かで読んだ事があります。

真壁ダムは戦前のダムで、尚且つこのダムで発電された電気は、近くの火薬工場にも送電されていたという事を思い出しました。




天端近くまで埋め戻された辺りにも、ゼブラ塗装が残っていました。

明らかに刷毛で描かれた感じ、天端の隅が雨を避けペイントが剥げる事なく残っている様です。


「迷彩を施したダムを発見か!」


これは世紀の大発見と喜び勇んで、親しいダム仲間に連絡したところ、


「迷彩模様ではなくて、注意喚起のトラ模様なのではないか?」との回答。


落ち着いて考えると、発電設備を攻撃するなら、発電所建屋、サージタンク、水圧鉄管・・・もっと有効な攻撃目標はいくらでもあるので、わざわざコンクリートのダムを爆撃するまでもなく・・・。納得。


(何処か読んだ迷彩ダムは、海岸沿いにある町外れのダムなので、米軍機が位置確認に利用しない為の迷彩塗装なのかも・・・)




バケットカーブから下が埋まっている不思議な光景。

堤体を埋めた盛土の上は沢山の松の木が植えられ、長い年月を経て立派な林に成長しています。




そんな松の木達も、立派な施設の一員なのか、1本1本識別され、害虫の消毒記録などが添付されています。




楽しい発見や妄想を膨らませつつ、ようやく左岸近くまで来ました。

これまた個性的な余水吐です。




端の大きな2門は排砂ゲート風ですが、取水設備から遠く真意は不明。

階段状のスロープの上に小さな角落としが入った越流ゲートが並びます。

今でこそ少し珍しい小さなゲートですが、当時としてはよくあるタイプだったのではと思います(現存しているのが珍しい)




フェンス越しに違うアングルから。

余水吐はちょうど堤体が折れた所にあります。




湖の対岸を観ると、遠くに流れ込みが見えました。
真壁ダムの水は利根川にある綾戸ダム(堤高15m未満 取水堰堤)から送られて来ています。




再び、堤体の中央辺りに戻って来ました。
この辺りは露出が多い部分です。

下流側はずっとこんな感じでのどかな雰囲気です。
ダム施設の敷地なので家屋も建つ事が無く、竣工時の地形の起伏がそのまま残されているのかと思います。

堤体と平行に赤い鉄橋が見えます。



すごく立派な鉄橋。
真っ赤な塗装も鮮やかでよく目立っています。

これはいったい何の橋かと思えば・・・。



実は水路橋なのでした。

これも発電所に関係する水か?

と、一瞬思いましたが、正体は水資源機構の群馬用水でした。
この部分は、赤城幹線の真壁第一開水路と呼ばれる部分です。

でも、この用水、ダムに全く関係ないかと思えば、奈良俣ダム、矢木沢ダムから流れて来た水なんだそうです。

あの奈良俣・矢木沢ですよ!
ダムマニア的に、一流ブランド水ですよ!



さてさて、真壁ダムの堤体の長さの様に、まだまだ今回のレポは続きます。
実はまだ、真壁ダムの魅力の半分までしか紹介していません。

残り半分はと言うと・・・。

下流の遠くに巨大な丸い塔が見えます。
真壁ダムから水を送っている佐久発電所のサージタンクです。



真壁ダムからサージタンクに向けて移動します。

畑や住宅地の中にある盛土の土手に登って、そのまま歩いて行くと・・・。



土手の端まで来たらそこから先は・・・・!

!!!

ダムからサージタンクまでおよそ1.3km。
極太の水圧鉄管が、ずばーーっ!と、伸びているのです!



デミオ号と比べてこの驚きの太さ。

水圧鉄管は、畑と住宅地のど真ん中を縦断しています。
なので、数百メートル於きに水圧鉄管の下を潜って横断できる道が付いています。



ごく普通の庭先に延びる極太鉄管。

1920年代の建設なので、当時は今ほど住宅も無かったと思います。
宅地の中に水圧鉄管があるのではなくて、家々は後から建てられたのかと。



ありふれた普通の風景と、巨大建造物のコンビネーション。
アニメ風と言うか、日本的と言うか。



サージタンクの所に来ました。
高さ75m、内径12.5m。この巨大なサージタンクは渋川市のランドマークとして親しまれています。

また、タンク周辺は桜の名所としても有名で、小説の舞台にもなっています。
( 「佐久発電所の桜の下で」 今井信雄 著 )

現在のタンクは昭和の終わりに建て替えられた2代目。
先代のサージタンクは、当時、世界一の高さを誇っていました。

シルバーに輝く円柱、ぐるぐる巻き付いた階段が、何処かしら女性的でエレガントな雰囲気。
真壁くんのサージタンクなので、江藤ランゼと名付けよう。(謎)



ようやく長い水圧鉄管の終点です。

佐久発電所は関東水力発電が建設。
その後日本発送電を経て、現在は東京発電の発電所となっています。



真壁ダム〜水圧鉄管〜佐久発電所の全景はこんな感じ・・・。
(日本昭和村 絵付け体験にて)



そのほとんどが盛土に覆われ、上部の一部しか地表に出ていない長大な堤体。
迷彩風の模様が残る戦前のコンクリートダムは、大海原を走るUボートをイメージさせます。

キラ星輝くスターダムが名を連ねる群馬の中では、いまひとつ目立たないダムですが、それも潜水艦らしいキャラクターと言えるでしょう。



真壁ダム
★★★★★


おまけ。

ダム左岸にある商店(廃屋)。
品ぞろえの無いタバコ自販機、公衆電話・・・。

「毎日が特売 家庭不用品・日用品・青果・鮮魚・仕出し」

家庭不用品・・・
きっと、お店が潰れたのは、家庭不用品の売れ行き不振だろうな・・・



| あつだむ宣言!(清水篤) | ダム群馬県 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
2011/09/12 8:19 PM posted by: 夜雀
お疲れ様です。

噂には聞いていたが・・・
真壁君、想像以上に凄いダムですね。

あちこちの設備の写真を見て思い出したのは某沈砂池です。

これって川でないところに設けられていて取水堰からの送水で満たしているんですよね。

うーむ。
佐久のシンボル・麗しのサージタンクに送水する前に沈砂池の役目も担っていたと考えるのはそれこそ妄想なのかなぁ。

きになるきになるー。

   夜雀 拝
2011/09/13 3:08 PM posted by: あつだむ宣言!
お疲れさまです。

ここも面白い物件でしょ〜

衛星写真で見ると、水を送っている綾戸ダムにも沈砂池がある様に見えます。
謎は是非訪問して探って下さい。

鹿沢ダムと似たイメージもあって、まだまだ沢山秘密がありそうですよ。
いきなり何もない丘の上に500mを超えるダムを造らないと思うので、今思うと、ここも元々天然の湖沼があった所にダムを築いたのかもしれません。

本当はサージタンクの根元辺りが公園になっていて旧サージタンク関連の展示物等もあったみたいですが、見落としています。

桜が見事らしいので春先とかお勧めです。
2012/11/11 1:41 AM posted by: k chan
見慣れた風景がweb上にあって驚きです。

中学生の頃は毎日前を通りましたが、あれはダムだったのですね。低いからそう思ってませんでした。通称・貯水池とか調整池。

その頃(昭和60年前後)にサージタンクの建替え・鉄管の取換え、池の浚渫(泥がいっぱい溜まっていたらしい)をしていました。また、新しいサージタンクに皆違和感を感じていました。ロケット型⇒いきなりただの筒でしたから。

ちなみにここは緩傾斜地の農村で、家屋の移転などしてから掘り下げて作ったようです。赤い橋のところに小さい川があって少しだけ谷になっています。

あの店が廃屋になっていたのは知りませんでした。ちょっとショック。時は流れた・・

是非またいらして下さい。

2012/11/12 12:21 PM posted by: あつだむ宣言!
k chanさま、はじめまして、コメントありがとうございます。

サージタンクが町のシンボルだなんて、なんていい所なんだろうと思って散策しました。

たしかに真壁ダムは、そのほとんどは埋め立てられてコンクリートの壁の印象が無いので、ちょっと広い溜池ってイメージですよね。

ダム本体の辺りはダム関連の敷地と言う為か、竣工当時の地形が残っているのも特徴ですよね。

ロケット型のサージタンク、今では写真でしか見れませんが、実物をご覧になっているのが羨ましいです。
name:
email:
url:
comments:
Trackback
トラックバック機能は終了しました。