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帝釈川ダム

堤高62.4m
G/P 2006年(再開発) 中国電力

2010.11.7見学


以前からずっと訪問してみたかったダムに、帝釈川ダムがあります。
堤高62.4mに対して堤頂長はわずか39.5m、日本一縦長のダムと言われています。

この日、温井ダムを堪能した後、中国道の東城ICから寄り道してみました。
景勝地帝釈峡にある帝釈川ダムは観光用の遊覧船も出ていますが、ダムサイトを訪れる場合は全く違う場所からのアプローチとなります。
左岸のダム本体の近くから向かうのですが、集落の隅っこの農道の先にあるのでカーナビによっては道が表示されないかもしれません。
なので事前に詳しい地図などでチェックされる事をお勧めします。

農村集落の外れ、ダムサイトに向かう道はチェーンが張られ、ここから先は徒歩となります。



ダムまでの道は、帝釈峡の散策歩道として解放されています。

地元の方の手でダムまでの地図のコピーが用意されていました。
複数枚用意され、持ち帰れる配慮がありがたいです。(晩秋とあり、ストックは無くなっていましたが)

「新帝釈川ダム」と書かれていますね。
帝釈川ダムは今世紀に入って大規模な再開発が行われています。



邪魔にならない場所に車を置き、ダムに向かいます。

渓谷の下にあるダムなので、ここから山道を下って行きます。
アスファルトの車道とは別に、真っ直ぐ下にショートカットする階段がありました。

木々の間にダム湖の水面がちらっと見えますが、ずーっと下の方です。



階段を下りると、再び車道に出ました。
濡れた落ち葉で滑らないようにそろそろと降りて行きます。

昨日の二級ダム登山(?)で足腰そこらじゅうが軋んでいます。
帰りは無事戻れるかな?。



森が開け、ダムの周辺設備が見えました。

写真の手前がダム湖上流。
ダム本体は正面の岩盤の向こうにあります。

岩盤の中腹に水平に屋根付きの巡視路が見えます・・・。



そう、なんと、帝釈川ダムまではこの巡視路の中を歩いて向かうのです!!

岩盤を水平に細長く削った棚に、鉄骨の屋根。
屋根は雨露をしのぐ目的もありますが、上からの落石から歩行者や脇のボックス内の配線を守る為だと思われます。

かつてないワクワク感にゴキゲンです。
岩盤に沿ってカーブしているので、先が見えない所もたまらん感じ。



周辺の岩は魚卵状石灰岩というものだそうです。
歩道の中に説明看板があり、見本のように石片がちょこんと乗っていました。



岩盤にそって100mほど進むと、巡視路は終着点に到達しました。
そう、ついに帝釈川ダムに到着です。



うわっ、なんかスゴっ。
今迄訪問したどのダムとも明らかに違う事が一目瞭然。

谷にを塞ぐと言うよりも「詰まっている」と言うか、「挟み込んである」雰囲気。
堤体は鋭い鋭角のV字型をしていますから、文字どうり渓谷に打ち込まれたクサビのイメージなのです。



嬉しい事に天端も解放され散策が出来るようになっていました。

40mに満たない短い天端です。
あえてじっくりと、じらしながら進みます。



この帝釈川ダムの歴史は古く、なんと1924年まで遡ります。
当初の堤高は56.4m、同年に木曽川に大井ダム(53.4m)が完成していますが、こちらの方が数メートル高く、堤高日本一のダムとして産まれました。

また、メイソンリー中毒として欠かせないのが帝釈川ダムは石積ダムであった事です。国内のメイソンリーダムで唯一堤高50mを超えるダム、それが帝釈川ダムなのです。
大井ダムが新しい工法と積極的な機械化で50mの壁を超えたのに対して、既存の工法でそれを上回っていたのが面白いと感じました。
とても急峻な立地です、まさに人の手によって造られた50m級の石積ダムだったのではと思います。

その後、完成間もない1931年に5.7mの嵩上工事を経て、さらに2002年から4年をかけた再開発で表面の石積は斫り落とされ、上からコンクリートを増設し近代的な現在の姿になりました。

天端の目につく場所に、再開発の工事を記念したプレートが飾られていました。



天端から下を見下ろします。

下流の水面が遠い!
導流壁の穴から河川維持の放流中。
直下の減勢池は、滝壺のようになっています。

しかし、驚くのはこれから。
このまま視線を上げて行くと・・・。



目の前に現れたのは、まさに断崖絶壁という切り立った一枚板の岩盤でした。

岩盤までの距離も近く広角レンズに交換しても画角に収まりません。
このブログ始まって以来初の縦写真です。



天端の高さから直下の水面までおよそ60m・・・。
そして、そこからぐぐっと空を突き破るほどの垂直の壁がそそり立っています。



これはダムサイトの地形図です。
堤体直下左岸の等高線に注目。こんなに密集した等高線は見た事ありません!。
ダム直下から等高線を数えると、岩盤の高さはおよそ150mもある事が解りました。

もの凄い地形です。よくこんな場所を見つけて、さらにダムを建設したと思います。しかも大正時代の事です!。



この急峻な立地の為、現在でも陸路では巡視路を徒歩でしかダムに行く事は出来ないと思います。
もし大きな物資を搬入する時は船やヘリコプターで運び込む事になるのかなと思います。

また、再開発の時は仮設の道路を造り工事が行われました。(現場が帝釈峡の国定公園内の為、新たに道を付ける事が難しかったそうです)



現在の堤体はクレストに非常用洪水吐として2門のラジアルゲートが備わっています。

再開発は大正時代の竣工から80年を経て老朽化が進んでいた事や、既存の洪水吐の放流能力が少なく出水期には水位を下げて運用する必要があり、35mもの未利用の落差があるなど、水資源をより有効に活用する為に実施されました。

また、この時同時に発電所の再開発も行われています。



天端を渡って対岸に来ました。

階段を数段上がると、その先には狭い素掘りのトンネルが真っ黒な口を開けていました。
中はどうなっているのか?何処まで続いているのか?入口からは全く想像する事もできません。入るには相当勇気が要ります。(って、事でUターン)

再開発以前は堤体の上に歩道橋があったはずです。
巡視路からこの素掘りトンネルまで真直ぐ水平に橋が架けられていたと思います。



どでどでどでどでどどど・・・。
渓谷にディーゼルエンジンの音を轟かせて遊覧船がやって来ました。

再開発により洪水吐の処理能力が上がった事で、年間を通して満水の水位での運用が可能となりました。

最も観光客の多い紅葉の時期に、岸際の裸地を見せる事が無くなったのは、景観の保全、しいては観光資源としての価値を飛躍的に上げる効果があったと想像します。

まさにいい事づくめの再開発です。



「おおお。」
お客さんの視線が一斉に例の岩盤に注がれ、パチパチとフラッシュが光りました。

「あんな所に人がいるよ・・・」
僕と目が合った人がそう言ってる気がしました。

遊覧船は岩盤を見せるように向きを整え、ゆっくりとターンすると、でろでろでろでろ・・・と、再びエンジン音と波紋を残し上流に戻って行きました。



現在の非常用洪水吐はクレストゲートですが、それ以前はどうなっていたんだろう?。

現地ではダムとは別に左岸に大きな2門のローラーゲートがあり、トンネル式の洪水吐がある事は解っていたのですが、明らかに大正時代よりもずっと新しく、少なくとも1960年代以降のものだと感じていました。(神奈川の城山ダムのピアと同じテイストを感じたので同じ年代ではないかと)

帰宅後に調べてみると、やはりこのローラーゲートは1966年に造られた洪水吐ゲートだと言う事が分かりました。
このローラーゲートは720㎥/sの能力があり現在も現役です。クレストに新設されたラジアルゲートの890㎥/sと合わせ、現在は1610㎥/sの洪水処理能力を持っています。

さらにそれ以前はと言うと、下流への放流はたぶん同じこのトンネルなのですが、岸の岩盤にそって水路が掘られ、111門もの木製の小さなゲートが並べられていたと言う事です。

巡視路下の水面近くに棚になっている所がその竣工当初の放流設備の名残だそうです。



大正時代に築かれた50m超級ダム。
国内石積ダムの最高峰。
日本一縦長の堤体。
高い貯水効率。
中国電力所有の最古参ダム。
幽玄で美しいダム湖。

この帝釈川ダムにまつわるエピソードはいくつでもあります。
しかも、現地までの行程はちょっとした冒険が味わえて、家族で訪れるのも良いかと思います。(遊覧船よりもきっと楽しいはず)



普通のダムでは飽き足らなくなった愛好家に、是非ともお奨めしたい逸品でした。

帝釈川ダム
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