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立岩ダム

堤高67.4m
G/P 1939年 中国電力

2010.11.7見学


中国自動車道吉和SAで車中泊し、すぐ近くの吉和ICから立岩ダムを目指します。
インターを降りて10キロ少々なのでそれほど遠くはないのですが、民家もなく狭路が延々と続く貯水池のインレット側からのアプローチとなります。
この立岩ダムへは、もうひとつ東の戸河内ICから向かうのがベターかもしれません。

11月の早朝。
霧につつまれた少し眠たげな空気は、まだ夜の匂いを残していました。



左岸の管理所脇に車を停めて歩きます。
立岩ダムは1939年に竣工した戦前のコンクリートダムです。

堤高は67.4m
これは戦前・戦中に完成しているダムではなかり高いダムと言えます。
戦前は〜1941年まで、戦中は〜1945年までとすると、この様になります。

1. 塚原ダム  87m      1938年
2. 三浦ダム  83.2m   1945年
3. 小牧ダム  79.2m   1930年
4. 大橋ダム  73.5m   1939年
5. 祖山ダム  73.2m   1930年
6. 立岩ダム  67.4m   1939年
7. 千頭ダム    64m      1935年
8. 岩屋戸ダム   57.5m  1942年
9. 帝釈川ダム   56m     1923年
10.小屋平ダム  54.5m  1942年
                  (間違いがありましたらご連絡ください)

こうやってランキングにしてみると、エンペラー塚原の凄さが判りますね。
千頭ダムが実はこんなに高いダムだったと言うのも驚き。

立岩ダムですが、立地と周辺の山林の都合で正面から堤体の全景を見る事はできません。
マニア的には少し残念ですけど、そういうミーハーな部分はまるで関心がないぞ、って所も発電用ダムの男らしい魅力だったりします。



クレストには6門のラジアルゲート。
角ばったゲート間の扶壁の形状が際立って見えます。

この時代のダムならば、もっと角の取れた形状をしていると思うので、この辺りは後から改修工事が施されているのかなと想像しました。



左岸の県道から脇の歩道を進むと、意外な事に天端が解放されていました。
集落の途切れた深い山中なので、てっきり天端には入れないと予想していたのです。

天端の幅は5m弱といった感じ。真っ直ぐに対岸まで伸びています。



ダム中央部にならぶクレストゲートの設備。
巻揚機は下流側の天端通路から一段高くなった場所に並んでいます。

その下の隙間から越流面が見えるはずなのですが、二段のガードレールで厳重に塞がれています。



ガードレールの隙間にレンズを突っ込んで下流面を拝見。
真っ黒なコンクリート、男の色香が香ります。

この時代のコンクリートダムは、越流面や導流壁の、水に逆らわない自然で素直なカーブが持ち味ですね。
例にもれず立岩ダムもいい表情をしています。



管理所は県道脇にあるので、ダムを渡った先の右岸にあるのは取水設備や関連の建物の様です。
発電所への取水設備は、ダム本体とは数メートル離れた岸にあるのですが、天端から通路が渡されていました。

ねじる前のウインナーのような網端も特徴的。



霧に煙る貯水池。

がらららら。
しゃぽーん。

時々、岸部から石が転げ落ちる音がしました。
鹿か猪の仕業かもしれません。



静まり返った山中にあって、一人黙って黙々と仕事を熟す。
そんな、とても男らしい風情のある立岩ダムでした。

立岩ダム
★★★★


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