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頂吉ダム

堤高36.5m
G/W 1939年 門司市

2010.10.10見学

それぞれの人生。


頂吉ダムは、鱒渕ダムの貯水池の「中」にあります。
鱒渕ダムから、湖の右岸を走る事1〜2キロ、頂吉ダムに着きました。

ちなみに、頂吉と書いて「かぐめよし」と読みます。



無愛想な冷たい高欄。
その先には半円形の取水設備。(正しくは、取水設備の名残・・・)



茂った木々の向うに非越流形の堤体が見えました。
堤高36.5m、堤頂長は135mほど。

クレストから緩やかなバケットカーブを描いた切石の布積みの堤体です。
そう、頂吉ダムは石積のダムなのです。



頂吉ダムは水道水源として1939年、門司市によって建設されました。
その後、1973年に下流1.5キロの位置に県営の鱒渕ダムが新しく建設され、その役目を終えた頂吉ダムは、鱒渕ダムの貯水池に上部を残し沈む事となりました。
頂吉ダムが現役で活躍したのは、わすが30年ちょっとに過ぎません。

発電ダムや灌漑ダムと比べ都市近郊にあり、飲水の水源地として人々に観られる事を意識した水道用ダムにとって、高欄の装飾は最もダムの美しさをアピールできる重要な部分です。
鱒渕ダムの建設に際して、1972年、頂吉ダムには改造工事が施されました。
水道水源の石積ダムにそぐわない無機質な高欄は、この時に改造を受けたものではないかと思います。



天端はサイクリングコースとなっていて、自動車では往来が出来ません。
遮る物が無いので、釣り客の車が進入していますがダムを渡った先で行き止まりとなっています。

オールドタイプの取水塔は、設備が取り外され半円形の形だけテラスの様に残されていました。



天端から対岸の左岸下流を見ると、すっかり朽ち果てた洪水吐が見えました。

頂吉ダムは廃ダムが決定した後も、堤体に通水用の穴を空けられる事なく、そのまま鱒渕ダムに沈められています。
現在の鱒渕ダムの湖水は他の谷筋からの流入で賄われており、この場所からの流れが断ち切られても問題無いようです。

元々あった左岸の洪水吐の一部が取り壊され、上流からの水は洪水時にのみ、ここから下流に放流される様です。
それがかなりの頻度で起こるのか、濁流に破壊された様子が痛々しい。
湖面は鱒渕ダムの貯水池です。



天端から上流の様子。
鱒渕ダムの貯水池とは頂吉ダムの堤体で分断されていますので、上流は頂吉ダムの残存湖と言えます。
やはり流れが滞ってしまうのか、下流側の鱒渕ダムの湖面とは水の色が異なります。
それでも、頂吉ダムを挟み、両側の湖面の水位は同じに見えるので、何処かで繋がっているはずです・・・。



天端上の取水塔の跡から真下を見ると、取水用のラッパ管が残されていました。
カニの目のようでちょっとユーモラスに見えます。

ひょっとして、頂吉ダムの残存湖と鱒渕ダムの貯水池は、これらの取水管で繋がっているのかもしれません。



左岸に残る洪水吐の越流部です。

越流部は石積みで造られていました。
水路はダム本体の左岸で完全に断ち切られていて、ここから水が溢れて流れて行く事は二度とありません。
貯水池の中に茂った木々が、それを物語るかの様です。



例の取水塔跡のテラスから右岸を見ると、信じられないものにギョッとしました。



場所からすると、ダムの岸から投棄された別の物かもしれませんが、コンクリートで整形されたそれは、かつての頂吉ダムの高欄ではないかと思うのです。
表面が滑らかで新しく見えるのは濁流を被って泥でパックされている為のようです。

無残にも割れた断面から、玉石コンクリートが見えます。
また、鉄筋が入っておらず、鱒渕ダム建設に伴う改造工事で、鉄筋無しの高欄は危険と判断され、新しく鉄筋入りの高欄に変える為カッターで切断され、そのまま湖底に投棄されたのではないか・・・。

無残な高欄(らしきもの)の亡き骸。

新しいダム建設の周辺工事で、予算面で充分では無かったのかもしれないが。

これではあんまりだ・・・・。



それでも、今も頂吉ダムは立っている。
サイクリングコースの天端からは、時折明るい声が聞こえ、湖面を背景に写真だって撮ってもらえる。

頂吉ダムが役目を終えて40年近く経ちました。
既に、現役で給水していた期間よりも長い年月をこうして過ごしているのです。

そして、これからも、ひっそりとした余生が待っています。



今回のダム巡りは、長崎からスタートして、佐世保を経由して福岡、北九州と、石積のオールドダムをメインに訪問して来ました。

当時のまま大切に使われている石積ダム。
未来に向けて新たな一歩を踏み出した石積ダム。
時代に合わせ、改良を重ねてきた石積ダム。

どのダムも、それぞれ違った道を歩んできたと言えるでしょう。
九州最後に訪れた頂吉ダムは、他とはちょっと違った人生が待っていたのです。



人生もそれぞれ、ダムの一生もそれぞれ。

頂吉ダム
★★★


追記
まだまだ石積ダムを巡る旅は続きます・・・。

| あつだむ宣言!(清水篤) | ダム福岡県 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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