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満濃池

堤高32m
E/A 1959年(再開発) 満濃池土地改良区

2010.2.13見学

満濃池は、とても古い農業用溜池である。

最初に築堤されたのは700年頃、その後、幾度となく決壊し、満濃池の歴史は決壊と修復、嵩上げの歴史と言えるかもしれない。
何せ、飛鳥時代から平安時代の話なので、当時は充分な洪水吐が備わっていなかった事だろうし、ひょっとして、「洪水吐」というものが発明される以前かもしれない。
(竹林征三著の「ダムのはなし」の中に、洪水吐の歴史について書かれていたと思うが、資料として持ち歩いているうちに、紛失してしまいました・・)

修復の記録の中で有名なのは821年の弘法大使による再築だろう。
満濃池略史によれば、「弓状堤防などの指図と説法をされた」とあり、興味深い。遣唐使として唐から持ち帰った築堤法だとしたら面白いが、詳細は不明。

結局、その後も決壊し、鎌倉時代からの400年以上放置され、湖底に池内村という集落があったという。
移り住んで来た農民にとっては、干上がった湖底は開墾の必要もなく、肥沃な土壌で都合が良かったかもしれないが、後の再築により移転を余儀なくされた事かもしれない。
(ひょっとして日本最初の水没集落か?)

現在の満濃池は1959年の嵩上げ工事によるもの、堤高32mの立派なアースダムで、その広大な湛水面積は139ha、愛知県の入鹿池(140ha)と並び、日本最大の農業用溜池となっている。


満濃池の朝。
穏やかな湖面が眩しい。



広大な湛水面積の割りに、堤頂長は155mと意外なほど短い。
近代に嵩上げを繰り返した満濃池であるが、その昔、最初にこの場所に目を付けた人は凄いと思う。

堤体の貯水池側は石積で補強されてる、勾配もゆるやか。



堤頂部はパーキングとなっていて、朝早くから沢山の車が並んでいた。
堤頂を右岸まで歩くと、山裾に料理屋さんがあり、「ヤーコンうどん」の幟が立っている。
どんなうどんなのか気になる・・。



右岸の洪水吐きは、トンネル式だ。



右岸の丘の上には立派な神社。
この袖野神社は満濃池の守護神が祭られる古い神社であるが、満濃池の嵩上げ、拡張に伴い現在の地に移転されている。



堤体の下流面には車道と、そこから枝分かれした歩道があり、下に降りる事ができる。



洪水吐のトンネル出口。放流路は剥き出しの岩盤。



灌漑用水の出口、満濃池樋門は国の登録有形文化財の指定を受けている。



公園の一番下には小型の取水堰堤がある。
小さな転倒ゲートが2門。堤体の表面は周囲の景観への配慮か、石貼りが施されている。



大阪の狭山池と並び、日本最古級の歴史あるダムは、沢山の方が訪れ、とても和やかな感じを受けました。

日本に農業がある限り、香川にうどんがある限り
これからも満濃池は田畑を潤し続ける事でしょう。

次は何方か、ヤーコンうどんのレポをお願いします(笑)



満濃池
★★★

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