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大河原発電所取水堰

堤高14.9m

G/P 1919年 関西電力

2012.12.7見学


昨年末、水力ドットコムで有名な「日本で最も多くの水力発電所を見た男」ことHisaさんが著書を出版されました。
その名も「水力ドットコム」と言う本の中で紹介されている物件がこの日のターゲットです。

まずその目的地までの道標となるのが御存じ高山ダム。
名張川の守護神としてあまりにも有名な重力式アーチダムです。

名張川はこの高山ダムの直下で木津川と合流します。
そして、その合流点にあるのが、大正8年(1919年)に建設され、今もなお関西電力の手で電気を産みだしているのが大河原発電所取水堰です。

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目的の取水堰は高山ダムのすぐ近くです。

以前、高山ダムに来た時は、その存在すら知らずスルーしていました。
今日は天ヶ瀬ダムを経由して宇治方面から来てるので、下流から向かって高山ダムの手前およそ1キロといった地点です。

見えた!

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真っ白な越流が眩く輝いています(そして写真に撮り辛い)。
大正時代に建設された取水堰堤は当然ながら石張造りです。

堤高は奥ゆかしく14.9m。
あと10センチでダム便覧にも載って、よく知られる事になっていたと思います。

実は、Hisaさんの出版以前から存在は薄々気が付いていましたが、石張ダムの調査範囲をローダムにまで広げると、この先とんでもない泥沼にはまる気がして、今日まで訪問を敬遠していました。
ところが、Hisaさんの「水力ドットコム」の写真でその姿を拝見して、これを見なくして石張ダムは語れないぞ!!という思いが強くなったのでした。

初見の取水堰、イメージ通りのとても立派で堂々とした姿です。
なんか妙に感動。

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対岸に口を空ける暗渠。
位置的に排砂設備かな?と、思います。

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一歩一歩、歩く事で徐々に見える角度が変わっていく事を楽しみながら、すぐ傍まで来ました。

これが大河原発電所取水堰の全容です。

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堤体表面、とても綺麗なカーブです。
堤体の深部に向かって孤を描くような塊感があります。
全体としてシンプルなシルエットと言う事もあり、その塊感が質の高さを感じさせ、品格さえも漂わせています。
高さが15mに満たない取水堰堤ですが、名堤と呼んで全く差し支えありません!!。

うーむ。
思わす独り唸り。(顔は多分ニヤニヤしてたと思う)

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手前の左岸には魚道と思われる設備があります。

一番前の平坦なスロープの用途ははっきりとは解りませんが、水位を調節する放流路かな?と思います。
(越流部は木板をはめる構造なので、木板の保守作業の時に通常より水位を下げる必要があるのかな?と、)

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貯水池対岸には、これまた石張の年季を感じる設備。
発電所への取水口だそうです。

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右岸には堤体のすぐ近くにもゲート設備とおぼしき構造物。
堤体の穴の近くなので排砂ゲート?とも思えますが、現役なのか遺構なのかも不明(見た目は完全に遺構です)

写真手前は越流部なのですが、本来整然と並んでいるはずの木板がことごとく破壊され、支柱に漂流物がモサモサと絡む、少し可愛そうな状況でした。
たぶん、夏にこのエリアを襲った記録的豪雨によるものじゃないかと思います。

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ところが、板が流され残った支柱に夕暮れの低い日差しが当たって、貯水池側に櫛状の影を落としていました。

流芥のモサモサはちょっとアレですが、これはこれでなんだが綺麗・・・。

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ゴミがゴミに見えないよう、思い切ってモサモサは白く飛ばしてみました。
なんだろ、ふわふわした不思議な感じ。

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どうでしたか?大河原発電所取水堰。
高山ダムを訪問した際には、是非立ち寄ってみる事をお勧めします。

僕は越流部分の木板が治って、本来の姿になった頃を見計らって、また再訪したいなと思っています。

IMGP0794.JPG

大河原発電所取水堰
★★★★



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大正池

堤高 26.5m
G/A 1960年 京都府

2011.8.28見学


8月下旬のとある休日、今日は京都に来ています。
朝一に天ヶ瀬ダムを見学。天端の高欄が変わって初めての天ヶ瀬、いつみてもアーチっぷりがいいですね。



天ヶ瀬ダムの後に訪れたのが、京都府内の農業用ダムで唯一のコンクリートダムと言う大正池です。

名前だけ聞くとアースダムのようなダム名ですが、それもそのはずで、昭和28年の水害で決壊した、旧大正池と、旧二ノ谷池の二基の溜池を統合し、旧二ノ谷池の跡地に再建したという生立ちを持っています。

真下の車道から、ダムの下流面が見えました。
本当はもっと真下まで行けるはずですが、雑草が盛大に伸びていてこれが限界。



大正池の湖畔にはキャンプ場などがあり、貯水池左岸に駐車場もあるのですが、バンガローの利用客で満車だったので、仕方なくダム下の路肩に止めて歩いて貯水池に向かいます。



左岸のバンガロー辺りからの眺めです。緑に囲まれた自然な表情の貯水池。

ダム直下から遊歩道を登って来たのですが、いつのまにか水面の高さを越えて、ダムを見下ろす高さまで登っていました(汗。

湖畔は「大正池グリーンパーク」として整備され、散策路や浮御堂などがあります。



今度は遊歩道を下って、堤体左岸に来ました。
ダム本体の中心に取水設備、シンプルな構造です。



天端から貯水池を見ると、子供向けのカヌー体験が行なわれていました。
手前には、餌に集まる鴨など。



天端の真ん中でクイズがありました。
ダム好きなら解りますよね。



右岸がら横顔。
左岸の奥の建物は、立ち並ぶバンガローです。

大きなダムではありませんが、大正池はレジャー施設も充実した心地よいダムでした。



大正池
★★

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豊富用水池

堤高28.6m
E/A 1952年 豊富用水土地改良区

2010.5.8見学

満水豊穣。


今日は京都福知山のアースダムにやってきました。

豊富用水池は、戦争での工事中断を挟み13年の歳月を要して1952年に完成した農業用のため池で、京都府内の農業用ため池の中では最大規模の貯水量を誇っています。

里山の少し奥まった所にある豊富用水池、左岸には「満水豊穣」の石碑。



天端を散策します。

小島みたいな取水設備、現在は堤体から桟橋が架けられていますが、以前は左岸から吊橋があったみたいで、橋台だけが左岸に残されています。


のどかな貯水池の風景。
山並みに新緑が映えます。

貯水池は透明できれいな水を湛えています。



右岸には自然越流の洪水吐、岸にそってカーブする越流部は、なかなかの色気です。



そのすぐ横にもう1箇所洪水吐があります。
こちらはスライドゲートを持った非常用洪水吐でしょうか。
ゲートから下流はトンネルとなっています。



芝生の中に見つけた散弾の薬きょう。
子供の頃、よく拾って集めていました。



左岸から堤体の真下へ道があったので歩いて降りてみました。
真下には放流設備があり、水路が横切っています。



水路はダムの真下を横切った後、先ほどの洪水吐からの水と合流します。
木々に隠れてよく見えないのですが、自然越流の吐からの水だと思うのですが、トンネル式の吐の行き先はよく解りませんでした。



日本晴れの春の空。
飛行機雲が真っ直ぐ伸びていきます。

灌漑用のアースダムの気持ち良さって、格別なものがありますよね。
空気もきれいだし、周辺は決まって沢山の緑に囲まれているからでしょうか。



豊富用水池
★★

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高山ダム

堤高67m
GA/FNWP 1968年 水資源機構

2010.4.29見学

やって来ました高山ダム。
福井の鷲ダムで初めて「重力式アーチ」という魅力的なダム形式を知った僕としては、いつ訪問しようかと今まで未踏のまま温存していた一基です。

残念ながらいまひとつの天候ですが、それでも雨に濡れ、黒光りする堤体はより迫力が増して見えました。

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湾曲した下流面に並ぶ常用洪水吐のゲート室。
下流の1箇所を見つめるように4門並んでいます。

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天端は車両通行可。
コンクリートの高欄が低く、その上に転落防止のアクリル板が並びます。

おおっ!下流面が良く見えるように見学者への配慮なのかっ!
と、一瞬よろこびましたが、天端を通行する車が、対向車を確認できる為のものだと思います。

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曲面の堤体に、直線的な導流壁の組合せが無骨で格好よく見えます。見ようによっては、黒部川の怪物 宇奈月ダムのような重厚さ。

クレストゲートが、天端の下に低く構えているのも特徴的。
堤体にぎゅぎゅっとゲートが押し込まれていて、密度が高く緊張感のある造形。

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上流に比奈地ダム、室生ダム、青蓮寺ダムなどがあるこの高山ダムは、とても多忙なダムです。
頻繁に放流が見られるダムとしても知られていますが、この日もホロージェットバルブから豪快に水が放たれていました。

対岸にガントリークレーン。関西電力の発電所があります。

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水たっぷりの月ヶ瀬湖。
南北に長い高山ダムの貯水池は、とうとうと流れる大河川のように見えます。
たぶん、周辺の山が低く、ダム湖の水深をイメージさせないのかと思います。

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貯水池に見える設備は、湖水を鉛直方向に循環させ表面に集まる植物性プランクトンの異常発生を抑える水質保全の設備だそうです。

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天端レベルからの眺めを満喫したら、やはり下流側からの正面も見ないとね。
左岸の県道を少し下り、脇道から再び堤体を目指します。

京都らしさを感じる風流な川の表情。
目の前にじわじわと堤体が見えて来ました。

ああ〜ダムがすきでよかった。

こういう時が、愛好家として一番幸せを感じる瞬間ですよね。

いつの間にか雨も上がり、日差しも射して来ました。

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重力式アーチを知ってるかい?

重力式の力強さと、アーチ式の優雅さ。

その二つを併せ持つ奇跡のダム形式なんだぜっ。

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高山ダム
★★★★

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桂貯水池堰堤

 堤高12.4m
G/W 1900年 舞鶴市営

2009.4.4見学

妖精の住む堰堤。



桂貯水池堰堤。

19世紀最後の年に完成という堤体は、現在の河川法で言うダムには満たない堤高であるが、同年、わが国初の重力式コンクリートダムである布引五本松ダムが、この堰堤の半年前に完成しており、日本最古級のコンクリート製堤体という事には変わりない。

また、舞鶴旧鎮守府水道施設として、国の重要文化財に指定される銘堤体でもある。

堰堤は岸谷ダム正面の道を数百メートル奥へ分け入った所にある。岸谷ダムとは距離的には近いが、川筋は別の谷川である。
道路地図で観ると岸谷ダムと相向かいに、名も無い貯水池が描かれている事が多いが、この池は桂貯水池とは無関係であり注意が必要だ。実際の桂貯水池は地図には載らないほど小さな池なのだ。

ダムは林道を車で進むと右手に見えて来る。
ダムサイト近くまで林道を登ると堰堤はよく見えるが厳重なフェンス越しの見学となる。
狭い林道であるが、車は手前のカーブの路肩に停める事が出来る。
岸谷ダムと同じく、舞鶴の軍港の給水施設として旧日本海軍により作られたが、現在も市の水道の水源として現役の貯水池なのである。

より堰堤に近づきたい場合は下流に小さな社があり、神楽などを奉納できる空き地があるので、その奥から歩道が通じている。但し、みだりに立入る事が禁止されているので注意が必要だ。

ここから先は幽玄な谷川と森の世界だ。

ふかふかの地面はもちろん、谷川の岩肌や、森の立木までが鮮やかな緑色の苔に覆われる姿に言葉を失う。
念の為、長靴と軍手を着用、見事な苔の芸術を剥がしてしまわない様、何も触らず、ルートを吟味して進む。
一歩一歩、地面を踏みしめる度、腐葉土と苔のみずみずしいアロマが湧き上がる。

桂貯水池堰堤は、その奥にじっと、しかし堂々と姿を現した。

茶色く湿った石貼りの堤体。
自然越流式の吐きには青々とした水草(苔ではない)を生やす姿は、掛け軸の亀が尻尾の様に苔を生やしている姿を連想する。

下流面の水が流れる部分は少し窪んだ形になっており、両脇が導流壁の役目を持っている。
天端から流れるように自然なカーブを描く下流面はドレープと表現したい美しいもので、クレストの越流部の石柱も、積み上げる石の材質や形状を切り替えるなど凝ったディティールを持っている。
それは、最古のコンクリートダム、海軍の施設という生い立ちから想像もできないエレガントなものであった。

谷川の全てを覆う苔、美しい曲面をすべり落ちる清流、時折ポタポタと木々からの雫が傘を揺らす。
100年前も、これからも。

桂貯水池堰堤
★★★★★

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岸谷ダム

 堤高30m
E/W 1921年 舞鶴市営

2009.4.4見学

カスケード洪水吐。

岸谷ダムは舞鶴若狭自動車道 舞鶴東インターから程近い水道用のアースダムである。

大正10年完成と歴史あるダムであり、堤高30mと言う規模は当時のアースダムとして最も高い部類であり、現在でも立派な堤体と言えるのではないかと思う。

竣工当時は日本各地に沢山のアースダムが作られた時期であるが、この岸谷ダムは、舞鶴港での軍艦への給水を目的として作らたダムであり、施工主は旧日本海軍、つまり海軍の施設であった。

現在は舞鶴市営となり、上水道用の貯水池として使用される。

堤体正面に管理所があるが、門は堅く閉ざされている。
水道施設と言う事もあり、一般の見学は開放されていない模様だ。

堤体右岸には特徴的な階段状の洪水吐きがあり、この部分は一般道から見上げる様に見学する事ができる。

植栽も美しく整えられ、一般開放がされていないのが残念でならないが、市職員の堤体への愛情を感じる事が出来てとても良かったと思う。

岸谷ダム


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由良川ダム
 堤高15.2m
G/P 1924年 関西電力

2009.4.4見学

見えない・・・



由良川ダムは、和知ダムの下流にある竣工1924年という歴史あるダムである。

僕が偏愛してやまない、天端レス全面越流タイプの重力式コンクリートダムである。

JR山陽本線の立木駅あたりからダムに近づけるはずだったが現地で何故か道が判らなかった。

その道でダムサイトまで降りて行っても、正面側からの見学は難しいと予想していたので、諦めて下流から堤体が観えるポイントを探す事にした。

立木駅付近からは、ダム湖や、ダム本体も上流側からなら、遠くから観る事が出来るのだが、このタイプの堤体は上流から観ても実質何も見えない為、下流から堤体をどうしても観たかったのだ。

川はゆるく右にカーブをしているので、雨の中、左岸の道を何往復かして、ようやく部分的だが下流面を拝見する事が出来た。(写真)邪魔な電線はご愛嬌。

僕の写真ではよく解らないのだが、右岸に発電用の取水口があり、左岸には現在の使用は不明だが魚道がある様だ。

堤体の上空にあるのは吊橋らしいが現在は使用されていない様だ。
天端通路が無いため架けられたのだろうか。

肝心の堤体であるが、高さ15.2mとは思えない。もっと高く見えたのは、僕がこのダムがとても素晴しい価値のあるダムとして妄想を膨らませすぎなのだろうか。

いつかまた会いに行きたい。由良川ダム。
★(見えないからなぁ、仕方なし)



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和知ダム
 堤高25.2m
G/P 1968年 関西電力

2009.4.4見学

発電命。



大野ダムの下流、由良川にある発電用のダムである。
見学は右岸の国道から眺める事が出来るのみで、駐車も路肩の待避所などで停める。

堤体は、天端から直接バケットカーブが始まるシンプルな形状。黒ずみ、苔も生やしている。

上流、下流共に発電関係の施設がごちゃごちゃと集まっている感じのダムである。
それが、なりふり構わず発電するんだ、という風情で頼もしい。

山の中のダムではないので湖水はあまり澄んではいなかったが、大野ダムと共にヘラブナやバス釣りが楽しめるらしい。

和知ダムは4門あるクレストゲートの内、第3ゲートがダム竣工直前アーム部より破壊し、湖水が全て流出する事故を経験している。

見学時は冷たい雨が降り出して、どこか物憂げな表情を見せていた。

和知ダム
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大野ダム
 堤高61.4m
G/FP 1960年 近畿地方建設局

2009.4.4見学

昭和の香る路地裏。



平成16年の台風23号で、川の堤防が決壊し、観光バスの屋上に37名の乗客らが取り残されたニュースを覚えているだろうか。
あの時、ダムが溢れるぎりぎりまで放流量を抑え、無事全員の救助に貢献したのがこの大野ダムである。

ダム周辺は桜の名所で、偶然今日、桜祭りが開催されている事を日吉ダムからの車中のFMで知った。
ほどなくダムに到着するが、先ほどから冷たい雨が降り始め、肝心の桜も今年は開花が遅れ3分も開花していない様子。お客さんよりイベントスタッフの方が目に付く状況であった。
地元の子供達による太鼓の演奏も中止になったそうだ。明日は晴れるといいな、と思った。

ダムの管理棟にはビジターセンターが隣接しており、ダムについての資料を自由に閲覧する事が出来る。中には貴重な図面や工事日誌の類も多い。

ビジターセンターを後にダム本体に向う。
右岸は本来なら今時期咲き誇っているはずの沢山の桜があり、散策路が作られている。
ダム建設のプラント跡だろうか、朽ちたコンクリートの遺構が残っている。

1960年竣工の堤体はクレストにラジアルゲート3門、コンジットの3門も高圧ラジアルゲートで、常用洪水吐にラジアルゲートを採用した初期のダムであるそうだ。
コンジット上の丸いデフレクターが力こぶの様で頼もしい。

天端は徒歩で見学ができる。
ダム下を望む、何段にも分けられた減勢池が味わい深い。
右岸の建物は発電所だろうか、ガントリークレーンが剥き出しの建屋は、同世代の新丸山発電所との共通する点で、当時の電力不足を補う為に急ピッチで建設が進められた証かもしれない。

右岸寄りで軽く折れている天端を進むと、通路の両側をゲート室の建物で囲まれた空間に行き当たる。
僕が大野ダムでとても気に入っている空間だ。

およそダムの頂上とは見えないその通路は、ゲートピアを迂回する様にクランクし、板金で囲われた建物と、雰囲気のあるコンクリートで囲まれ、何処かの街の路地裏の風情なのである。

ゲートピアの頂上には巻上機室とは別に屋上があり、鉄パイプの手摺りが付けられる。
洗濯物が干されていてもだれも気にも止めないだろう。エプロンよりも白い割烹着が良く似合う。

大野ダム、1960年竣工。昭和30年代の路地裏がそこにはある。
★★★


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日吉ダム
 堤高67.4m
G/FNW 1997年 水資源機構

2009.4.4見学

テーマパーク・ダム



日吉ダムは、水資源機構の新進気鋭の多目的ダムである。

堤体周辺は「地域に開かれたダム」として整備され、ダム見学をはじめ、天然温泉や室内プールなどのレジャー施設が、ダム建設現場跡地を利用され作られている。

ダム見学は右岸のビジターセンターをはじめ、堤体内の監査廊を拡張して作られたギャラリーなど、他に類を見ない充実ぶりで、見学用のパンフレットまで用意してあり、ダムにいて学べるテーマパークと言えるほどである。

また、ダム正面は広大な芝生が敷かれ、ごみひとつなく綺麗に管理されている。
訪問時は、一面鹿の糞だらけであったが、おそらく季節的なもので、沢山レジャー客が訪れるシーズンには存分に楽しめる広場であるだろう。

レジャー、ダム見学施設の充実、洗練された展示物も去ることながら、愛好家であれば見過ごす事が出来ないのがクレストの放流設備を中心としたダムデザインである。

ビルや橋梁などの建築物と同じく、石積み構造から始まったコンクリートダムは、優美さ、エレガンスに主眼をおいたデザインは普遍的なものであり、コンクリートダム創世期の布引五本松から、最新の浦山ダムまで100年以上続けられらた永遠のデザインテーマであると思う。
だがしかし、この日吉ダムに至っては、日本ダムデザイン100年を覆す斬新さを持っている。

ジオメトリックな面構成を持つシャープなゲートピアの造形は、可動ゲートというメカニカルな構造物を支え、カバーするデザインとしては理に叶っているのかもしれない。

これから先100年後、日吉ダムのこの意欲的なダムデザインはどの様に評されるのだろう。

未来志向 日吉ダム
★★★
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