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谷山ダム

堤高21m
G/P(機能停止) 1939年 神戸製鉄

2012.11.22見学


1012年の晩秋、山口県下関に今はもう使われていない廃ダムがあると知って、早速ちょっと行ってみました。
ダムを観て周るようなって数年経ちますが、ダムを知るまで車で琵琶湖より西は行った事が無かった事を思うと、慣れと言うのは本当に怖いですね〜笑。

夜明け前に自宅を出て一路西へ西へ。
お昼頃はに本州の端っこまで来ました。
眼の前に関門海峡大橋、背後の山はもう九州です。

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今回向かう廃ダムは、海からほんの少し山間に入った所にあります(あるらしいです・・・)
神戸製鉄の工場に工業用水を供給する目的で、戦前に建設された古いコンクリートダムなのだそうです。

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ここがダムへの入口、どこにでもある感じの山里です。
戦前のダムです、ダムサイトまでは当然のように徒歩で向かう事になります。

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丁度いい所に砂防に関する看板がありました。

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看板の端っこに、ちゃんと目的の「谷山ダム」も描かれていました。
県道から直線で300mといった距離です、楽勝でしょう(たぶん)。

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川に沿って畑の脇のあぜ道を行きます。
距離は無くとも油断禁物。長靴、手袋、クモの巣払い棒のフル装備。

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県道から100mほど進むといよいよ山の中へ。
ここでコンクリートの橋を渡ります。

ポイントは急がばまわれで、黄色い矢印のように進む事。
なんとなく上流へ向かうと、川沿いの赤矢印に進んでしまいますが、砂防堰堤で行き止まりになっています。

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道はあると行っても、廃ダムに向かう廃道です。
地元の環境調査のグループが、夏頃にホタルの生息調査にダムを訪問したと言う記事を見たので、とりあえず廃道ながらダムまでは行けるはずです。

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だんだん険しくなって来ました。
雨で道が荒れても整備される事も無いでしょうから、訪問する人は時には勇退も心得て向かってください。
あと、いくらダム巡りがレジャーとして認知されても、やっぱり廃ダムだけは家族向きじゃありません。

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途中で木の橋を渡りさらに進みます。
なんとなく、そろそろかな・・・。

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おおおおー!
茂った木々に隠れていたのか!!

林の向こうにコンクリートの壁がどーんと立塞がっていました。
無事、谷山ダム発見です。

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直下には人がかがんで入れるくらいの穴が。
位置的に底樋ではないので、堤体内や取水設備へ向かう穴かなと思います。

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御影石の銘板がありました。
「谷山堰堤」
昭和十四年の文字も見えます。

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茂った木々に阻まれて、触れるくらいの真下まで来ないと下流面は見えません。

ひょっとしたら、まだまだ石張堰堤である可能性も感じていたのですいが、国産セメントの一大産地である山口県にあって、流石にもう石張はとうの昔に脱ぎ捨てていたようです。

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堤頂部に小振りな洪水吐が複数並んでいるのが見えました。
ここから観ると自然越流式のようにも見えるのですが・・・。

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細く低い堤体導流壁。
車止め程の高さしかありません。これで大丈夫だったのか?大丈夫ではなかったのか??。

廃ダムの今となっては知る由もありません。

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直下からほぼ獣道の歩道を登ります。
幸い、訪問した2012年11月の時点では、特に危険と感じる場所はありませんでした。

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右岸天端に到着。
特に広場のようなスペースもなく、いきなり天端というのも徒歩で向かうオールドダムによくある感じ。

行く手を阻む倒木の枝が何かを言っているようで、少し緊張しつつ、先に進みます。

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天端の幅は1.5m程でしょうか、コンパクトですが高欄のコンクリート整形も品の良いもので、廃ダムとなった今も竣工時の美しさの残り香が薫ります。

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天端中央の洪水吐。
下から見上げた時は自然越流に見えていたのですが、どうも違った様です。

赤錆色の手摺りに囲われ、頑丈そうなハンドルがゲートの数だけ並んでいます。

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非常にシンプルなスライドゲートです。
ピアの溝に木板を差し込み、手動で昇降していた様です。

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扉体の木板は朽ち果てて一部を残すのみですが、ピアのコンクリートやハンドルなどの金属部分はよほど堅牢な造りだったのか、赤錆が表面を覆うだけで現役と思えるほどしっかりとしています。

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ゲートの辺りから下流を見ます。
木々が茂っていますが、およそ2km先にはもう海です。

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天端を左岸まで来ました。
こちらは山肌からの土砂に埋まりつつあります。

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それでも、コンクリートの堤体自体はしっかりとしてるように感じました。
左岸端でちょっとだけダム軸が折れている所がチャームポイント。

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今は全く使われていない廃ダムの谷山ダム。
貯水池はというとこんな感じ、池の底に雨水が溜っているといった具合。

背後に標高260mほどの山がありますが、明確に流れ込む河川も見当たらず、地形を見ると集水範囲が極端に狭い事もあり、本当に貯水できたのか不思議な感じを受けます。
ひょっとしたら、他の工業用水のダムにもある様に、他の河川からポンプアップした水を貯留していたのかもしれませんが、そういった設備らしき遺構も見当りません。

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右岸から貯水池内に降りてみます。
砂地の斜面は緩やかですが、慎重に慎重に。

天端から見た砂地の上に、無数の足跡があるのが見えていたのです。
夏のホタル調査の人の足跡だろうか?

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と、思って、例の砂地に降りて驚いた。
人間の足跡だと思っていたのですが、どうも全て動物の足跡の様です。

廃ダムの溜り水は周辺の動物の格好の水飲み場になっているみたいです。
(流石にクマはいないと思いますが)

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何はともあれ、ちょっと珍しいアングルからのコンクリートダム。
最初見た「やっつけ仕事」のような堤体導流壁とはうって変って、とても丁寧で美しい姿に見えます。

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貯水池の底は想像よりもしっかりしていて、足元が沈むような事もありません。
堆砂や堆積物もほとんど無かった、とても良好な貯水池だったようです。

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木板のゲートが朽ち落ちて、小さなアーチ橋が並ぶ可愛いゲートから向こうの空が透けています。

丸い取水設備を囲む細かい型枠の跡が、昼過ぎの陽光を受けグラデーションのように見えていました。

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思い立って訪れた下関の廃ダム。

決して誰にでもお勧めできる物件ではありませんので、もし行かれる方は十分安全に配慮して向かわれる事をお願いします。

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谷山ダム
★★★



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御庄川ダム

堤高21.8m
G/F 1958年 山口県営

2012.5.12見学


まだまだ沢山ある山口の県営ダム軍団ですが、岐阜までの帰り時間を考えて、徐々に東に向かう事にしました。
山陽自動車道でワープして向かったのは、岩国市にある御庄川ダムです。

県道から脇道に入ってわずか200m、乗馬場の奥に進むと直ぐにダムサイトです。
治水専用の防災ダムですが、山奥ではなくて集落のすぐ近くにあります。

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ベランダの手摺のような簡素な高欄。
天端は歩く事が出来ますが、中程でフェンスで塞がれて対岸までは行けません。

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貯水池はそれほど大きくありませんが、ちゃんと五瀬ノ湖と命名されており、地元にとって大切な場所である事を感じます。

堆砂が多く、全体に浅くなっているのが少し気になります。

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以前はダム下へ行くには、一度乗馬場まで戻る必要があったみたいですが、左岸に真新しい階段が付けられていました。

レジャー施設ではないので、急な管理用の階段です。
しっかりと手摺を掴んで慎重に降りてみます。

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見上げ御庄川。かなり個性的な風貌です。

重厚な印象は治水専用ダムの特徴でしょうか?
この春に訪れた和歌山の小匠ダムと同じ匂いがします。
但し、御庄川ダムは堤高21.8m、堤頂長101.5mと、小匠よりひと回り小さな堤体です。

変な所から伸びている堤体導流壁に注目。

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左右シンメトリーに開けられた丸い放流口、穴あき型の防災ダムなので常に流入量と同じ水量が流れ出ています。

穴の内面は鋼板で補強が施してあり、さながらF-4ファントムのエンジン噴射口といった感じ。
放流量を調整する機能は持っておらず、大雨で水量が増すと豪快にアフターバーナーが点火される事となります。

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さらに特徴的なのはセンターのクレストゲートです。
明らかに空家になっています。

ぽっかりと大きく空いた空間は、巣立って都会に出てしまった後の子供部屋のような寂しさです。

明らかにラジアルゲート用のピアです。
円弧状のガイドレールや、回転軸も埋め込まれています。

管理の合理化などの理由で取払われてしまったのでしょうか?。

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たしかに何らかの都合でクレストゲートが撤去されてしまう事例はある様です。

写真は滋賀県 姉川ダムの真下にある関西電力 曲谷ダムです。
こちらは双子が揃って都会に出てしまった様です。

(過去のレポはこちら http://side-way.jugem.jp/?eid=165

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しかし、曲谷ダムの状況と比べ、かつて鎮座していたはずの巻揚機の痕跡や、ピアの壁面に使用感がまるで無いのが引っ掛ります。
ひょっとして、竣工当初からこの姿だったのかもしれません。

防災専用として造られたダムですが、将来的には積極的に貯水を行い、多目的ダムへの転用なども想定されていたのかも・・・。

クレストを見上げ、またいつもの様に勝手な想像を膨らませますが、足元には既得水利権(?)と思われる送水設備がぽっかりと口を開けていますから、落水して送水先の田んぼの肥料にならないよう注意が必要です。

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一体このダムに何が起こったのか?
あるじのいない空っぽのゲートピアに、御庄川ダムの人生を垣間見たダム訪問でした。

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御庄川ダム
★★★

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末武川ダム

堤高89.5m
R/FWIP 1991年 山口県営

2012.5.12見学


温見ダムを後に、海の方へ下って行くと、すぐにまた湖面が見えてきます。
県営の多目的ダム、末武川ダムです。
ここまでコンクリートダムばかり見て来ましたが、末武ダムは山口県ではちょっと珍しいロックフィルダムです。

左岸に駐車場があり、車を降りて歩いて天端を見学します。

天気の良い休日とあって、散歩の老夫婦、家族連れ、ジョギングの人などなど、沢山の人の姿があります。

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貯水池は水没地の地名から、米泉湖と命名されています。

そして、ダム周辺の道路脇には、俳句や詩が刻まれた石板がいたる所に飾られていて、米泉湖文学碑プロムナードと名付けられています。

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天端の柵はロックフィルダムで時々見かける岩をチェーンで繋いでいるものですが、並んでいる全ての岩に石板が付いています。

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詩とか俳句とかよく分かりませんが、ずらーっと並んでいるので思わずひとつひとつ読んでしまいます。

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こういうちょっとユニーク(?)な俳句って、どこまで真剣で、どこから冗談なんですかね?
ともあれ、人生いろいろ、人の数だけ人生もある訳ですなあ〜。

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飾られている俳句や詩は、公募で集められた一般の方々が多いのですが、しれっと芸能人とかも混ざっています。これは故・丹波哲郎さん。

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山口らしい広い空。
湖面は蒼く、水も綺麗、心地よい貯水池です。

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堤高89.5m。
雑草が少し目立ちますが、きれいな整形リップラップの雄大な下流面です。

文学碑プロムナードなどの見所はあるのですが、肝心の堤体を眺めるポイントが少ないのが少し残念。

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右岸は岩盤を大きく削って、地山の上に長い長い洪水吐が作られています。
視界の向こうは採石場のようです、ひょっとして原石山だったのかもしれません(未確認)。

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長ーい洪水吐、300mくらいはありそうです。
スロープの上部にスリットがあり、オリフィスゲートからの水が出るようになっています。

下流の山の向こうは下松市の市街です。
そういや去年の暮れに大谷堰堤の探索で来たよなあ。
最近、同じエリアを何度も来てる気がする・・・。

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振り返って、貯水池側は大きくカーブした先にバスタブタイプの非常用洪水吐。
結構迫力もあります。

写真右手の高い壁の裏側に、オリフィスゲートの越流部とゲートがあります。

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洪水吐部分を別角度から。
手前の直線部分が非常用洪水吐。その奥にある半円がオリフィスです。
半円の中にあるゲートを閉める事で、洪水を貯める事ができるようです。

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ろっくふぃる
たまにみるのも
いいもんだ。


末武川ダム
★★★

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温見ダム

堤高36m
G/AWI 1960年 山口県営

2012.5.12見学

ふるさとのダム。


菅野ダムから瀬戸内海に向かって南進すること10km。
静かな湖面の向こうに温見ダムが見えました。

温見ダムもやはり山口の県営ダムで、ダム目的に工業用水を持っている事も共通です。この辺りの海沿いには、古くから日立製作所をはじめ沢山の大きな工場があります。

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右岸よりクレスト部。
階段で一段上に上がるクレストゲート、その向こうにはクラシックな半円形の取水設備が見えます。

とても趣きがあり、古い校舎を観るような何故だか不思議と心が和むクレストです。

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下流面の横顔です。

高欄のすぐ下から大きな弧を描くバケットカーブ。
いいですね〜いいですね〜。

以前、ダムのプロの方にバケットカーブについて質問した事があるのですが、バケットカーブには特に機能的な役割は無いそうです。
バケットカーブの有無は、設計者の美的感覚次第で、採用したり、無かったり、カーブを大きくしてみたりという具合だそうです。

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竣工は1960年。
50年代前後のダムに、時々見受けるテイストです。
シンプルで飾り気は少ないけど、何処か温かみのある造形だと思います。

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ダムサイトには温見ダム建設の父と銘打って、木原六郎という人の記念碑がありました。当時の下松市議で、地元の名士と言った方のようです。

県の養鶏組合連合会長も務め、割れた卵を有効活用して煎餅や卵ボーロの商品開発をした人物として地元で有名な方だとか。
それがすごいのか、どうなのか、良く解らないけど、きっと凄い人だったのだと思う・・・。

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天端は開放されていて立入自由。

と、言ってもクレストの階段の上はゲート巻揚機の建物が占領しているので、対岸に行ける訳ではありません。
こういう天端の場合、立入禁止となる事が多いのですが、大らかなダムの表情のように、とっても開放的なダムです。

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階段の上から下を見下ろします。
ストレートな堤体導流壁。副ダムはが無く、導流壁の幅と同じ幅の川にシームレスに繋がっています。

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その向こうに、里山の風景が広がっています。

いいなあ・・・
なんだか下から吹き上げる風まで心地よく感じます。

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里山の外れの優しいコンクリートダム。
竣工から半世紀、温見ダムはすっかり里山風景の一部になっているように見えました。

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温見ダム
★★★

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水越ダム

堤高18.8m
G/P 1965年 山口県営

2012.05.12見学


菅野ダムから2kmほど下流に向かうと、水越ダムに到着します。
水越ダムは県営の発電用コンクリートダムです。

堤体の右岸端に取水スクリーンがビルトイン、堤高18.8mの小振りなダムですがダム式の発電所を持ってます。

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ボートの舳先のように尖ったゲートピア。なんだか妙に戦闘的です。
クレストゲートはラジアルが3門。

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天端は車道ですが立入禁止となっています。
天端を渡った右岸はダム管理所があるだけで行止りです。

釣り人の立入や迷惑駐車で困っているのか、いたるところに立入禁止の表示があります。

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仕方ないので国道から距離を置いて見学するしかないのですが、ゲートの建物がキンキラキンでとにかく眩しい。(鍍金鋼板?)

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少し下流へ移動。
真赤なラジアルゲート、ダムの高さと比べてとても大きいゲートです。
それにしてもゲートの建物が眩しい。

鈍い色のコンクリート、真赤な鋼鉄のゲート(Kトラス!)、そしてメタリックな建物。
なんですかこのアクの強さは?

ジャーマンテクノですか。

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天端に入れず、いまひとつ眺望に恵まれていない水越ダム。
下流にまわってみましたが、このアングルが精一杯でした。

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水越ダム
★★

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菅野ダム

堤高87m
G/FWIP 1965年 山口県営

2012.5.12見学


山口県周南のダム密集エリア、続いてやって来たのは菅野ダムです。
近所の他のダムと同様、このダムも山口県が管理しています。

山口県の県営ダムは沢山ダムカードを発行していますが、生憎日曜で1枚もゲットできていません。

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堤高87m、堤頂長272mの立派な重力式ダムです。
クレストには3門のラジアルゲート。

そして手前の異様に大きな出っ張りが目を引きます。

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その出っ張りの上には、これまた巨大な建物。
選択取水設備の機械室です。

大きな出っ張りの上は、広いテラス状の空地になっていました。
取水設備の保守工事などの為のスペースなのかと思います。

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テラスから下を見下ろします。
直下の建物は発電所です。

発電所への取水口は選択取水とは別に、コンパクトな取水設備があります。
青色の鉄管は発電用の取水設備とは別に、選択取水からも発電に回せるように別ルートがあるのかと思います(詳細は不明)。

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2車線の車道が通る天端、国道434が通過しています。
やっぱり選択取水の建物が目立ちます。

手前に並んでいるのはクレストゲートの機械室。

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見事にプレハブ住宅っぽいゲート機械室。
郵便受けを付けたら、年末年始の郵便配達のアルバイトが誤配してしまうであろう・・・。

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閑静な貯水池です。
山口県内では、阿武川ダムに続いて大きな貯水容量を持っています。

阿部川ダムも県営なので、県営ダムが大活躍の山口です。

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貯水池の真中にぽっかりとボートが浮かんでいます。

望遠で見てみると無人でした、ワイヤーが張ってありますが、乗る時はどうするんでしょうか??。

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菅野ダム
★★★

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向道ダム

堤高43.3m
G/FWIP 1940年 山口県営

2012.5.12見学

多目的ダムの老舗。


川上ダムから北へ5kmほど、県営の向道ダムにやって来ました。
この辺りは地形が複雑なのか、川上ダムの上流っぽい場所ですが、全く別の河川にあります。

僕好みのクラシックなクレストが示す通り、竣工は古く戦前の1940年です。
そして驚いた事に、古いダムなのにダム目的はWIPに洪水調節が加わり、なんと多目的ダムとなっています。
洪水調節は後々に追加されたのかと思ったのですが、調べてみると竣工当初から担っており、実はこの向道ダムは日本で最初の多目的ダムなのだそうです。

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ダムサイトから横顔。
残念ながら天端へは入る事が出来ませんでした。

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いい感じの天端です。
巻揚機を収めている建物の窓も、シンプルながらちょっと洒落た外観です。

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ちょっと不器用な感じも味わいの一つ。
重厚な導流壁です。

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少し道を下って下流面に降りてみました。
手前は発電所、中国電力が運用していて、山口県との共同管理となっています。

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天端は立入禁止でしたが、真下は特に注意看板もなく割とフリーになっています。

見上げる距離からの向道ダム。
クレストゲートが奥まった所にあり、随分と堤体が分厚い感じがします。

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勝手に四国中国形と名付けているクレスト部。

高いピアにゲート室がパイルダーオン!。
このコクピット感がたまりません。

クラシックなローラーゲートは白く塗装され、快晴の青空を背景にオールドダムらしからぬ若々しくて爽やかな印象です。

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足元は滑らかな臼状に丸くなっています。
直下に天然のままの河床がのぞいていました。

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戦前に既にあった日本初の多目的ダム。
湖畔は春には桜が咲き誇り、周囲は自然に囲まれキャンプ場などもあります。
FWIPの他にも、地元の方々の憩いの場というダム目的も持っている向道ダムでした。

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向道ダム
★★★

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川上ダム

堤高63m
G/FWI 1962年(1979年再開発) 山口県営

2012.5.12見学


島地川ダムを観た後は、周辺のダムを観て周ります、島地川ダムから西にかけて、工業用水を確保する為、古くは戦前から沢山のダムが建設されて来たエリアです。

島地川ダムからおよそ8km、県営の川上ダムに到着です。
ダムの直下に県道の橋があり、真正面から観賞する事が出来ます。

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赤いクレストゲートが3門。
直線的な造形がクールでなかなか恰好がよろしい。

その下にも1門、放流設備を持っていますが、オリフィスにしては位置が低いけど、洪水調節も行うダムなのでやっぱりオリフィスかなあ?。

ちなみに河川維持放流は、一番下の別の放流管から出ています。

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天端のレベルまで来ました。
朝日を受けてシャープな堤体が輝いています。

スクエアなゲート設備が幾何学的な影を落としています。

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ダム湖は菊川湖と命名されています。
貯水は上水道と工業用水に使われています。

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管理所のガラスに、外に向けて川上ダムの紹介写真が貼られていました。

それによるとこの川上ダムは、周南工業地帯の水需要の増大に対応する為に、嵩上による再開発が行われたそうで、写真は再開発前の姿です。

嵩上の元となった先代は堤高46.5m、1962年の竣工。
再開発は1971年に着手、16.5mほど嵩上し、1979年に堤高63mの現在の姿になりました。

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左岸の管理所の下に、行止りの道があります。

最初に右岸から眺めた時、中途半端な所に道があるなと思いましたが、どうやらこの道は再開発以前のダムサイトの名残ではないかと思います。

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天端を散策していたらクレストゲートの真上辺りで鋼板が敷かれていました。
クレストゲートの門数だけ、鋼板も並んでいます。

あれ、これはひょっとして。

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上流からクレストを確認すると、ピアの中に戸当たりがありました。
例の鋼板の部分には、角落しを入れる穴があるようです。

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きりりとした精悍な表情。
重力式ダムらしい重厚感、なかなかの男前の川上ダムでした。

この後も周辺の県営ダムが続きます。

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川上ダム
★★★

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島地川ダム

堤高89m
G/FNWI 1981年 国交省

2012.5.12見学

新技術の夜明け。


2012年は日本のダム界に於いて特別な年となりました。
国際大ダム会議が京都で開催されるのです。(ダム訪問時は開催前)

世界中のダム技術者が日本にやって来ます、海外のダム技術者からは、日本のダムはどう映っているのでしょう?。
そんな事を考えていたら、いかにも日本らしい、日本を代表するダムを未だ観ていない事に気が付きました。

そのダムとは黒部ダム?、佐久間ダム?、それとも宮ケ瀬?
いえいえ、その日本を代表するダムとは、山口県にある島地川ダムです。

貧配合の超硬練りのコンクリートを締め固めるコンクリートダムの工法。
そう、RCD工法を使い初めてダム本体が施工されたダム、それが島地川ダムです。
RCD工法は日本のダム技術者が生み出した工法です、島地川ダムでの日本初は、すなわち世界初を意味しています。

遠征二日目、早朝の島地川ダムに到着しました。

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Roller Compacted Dam Concrete.
つまり、ローラーで締め固めるダムコンクリート、それがRCD工法です。

打設したコンクリートを、ブルドーザーで敷均し振動ローラーで締め固めます、コンクリートダムですが、実はロックフィルダムの工法に近いのがRCDの特徴です。
打設時に直接上に重機が乗る為、セメントと水分が極端に少ない超硬練りの「RCDコンクリート」が考え出されました。

それまでの柱状工法と比べ、一度に広い面積を打設する事が可能で、作業の安全性が向上、さらに工期の短縮など経済性に優れています。
また練ったコンクリートはダンプトラックで搬送可能であり、ブルドーザーや振動ローラーは汎用の機械を使用できる等の多くのメリットがあります。

それに、RCDコンクリートは水分量が少なく、コンクリートの宿命である水和熱による温度ひび割れの心配が少ないという、まさにいいことずくめの画期的な工法なのです。

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島地川ダムの表面を観ても、RCDだからと言って特別変ってる訳ではありません。

日本初、いや、世界初の偉業を記念して、ダムサイトにはRCD工法記念碑が建てられていました。

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クレストゲートが自由越流式の為、天端はスッキリとしています。
可動ゲートが無く、構造がシンプルであった事から、このダムがRCD第一号として選ばれた様です。

また、ダムサイトの両岸が急峻でケーブルクレーンの設置が困難であり、練ったコンクリートをクレーンを使わずダンプで搬入できるRCDのメリットが早速活かされる事となりました。

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オリフィスから純白の帯が流れ落ちています。
下に向けすぼまった堤体導流壁が綺麗です。

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合理的で経済性に優れるRCD工法は、この島地川ダムをかわきりに、玉川、月山、浦山、宮ケ瀬・・・と、名だたる大型コンクリートダムのスタンダードとして採用されて行く事になります。

ダムサイトにはRCD記念碑がありましたが、この島地川ダムの堤体そのものが、まさに記念碑と言えるのではないでしょうか?。

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日本のダム技術の金字塔。

島地川ダム
★★★


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大谷堰堤

堤高27.3m
G/I 1938年 蠧立製作所

2011.11.3見学

秘められた逸材。


全国のダムを調べていると、ダム便覧には掲載されていない、古いダムがある事に気付きました。
そのダムは重力式コンクリートダムで、堤高は27.3mもあり、十分ダムの条件を満たしているように思われ、これは必ず訪問して、自分の目で確かめる必要があると考えていました。

2011年11月、ついに現地に行くチャンスが訪れました。
このダムの存在を知ってから、はや2年の年月が過ぎようとしていました。

やって来たのは山口県K市
目の前は瀬戸内海、ここからダムのある山中に入って行きます。
(私企業の所有する物件の為、詳細な場所はふせておきます)



すぐにアスファルトは途切れ、道は未舗装になりました。
ダムに関係すると思われる建物が幾つかありますが、現在は使われていない様です。



道が急に怪しくなってきました。
ここは、元々は車も通れる道だった様ですが、堆積した土砂と、立木が覆いかぶさり、廃道状態になっています。

ここで、作業服を着た市の職員らしき方々とすれ違いました。
ダムの事を伺ってみたのですが、そこへ向かう道など、詳しい事は解らないとの事でした。



さらに進むと道幅も狭くなり、そして険しさを増しました。
途中で小さな谷川があり、土橋を渡ります。橋は上流側が崩落し、元々は土橋の中にあったはずの水道管が露出していました。慎重に足を進めます。



道は急に折れ曲がり、そこからは急斜面を這うように登ります。
これはダムが近い証拠です、ダム下から天端へ向かう道と思われます。

ここまで何箇所が分かれ道があったのですが、このダムへ向かうには、より険しい方の道を選ぶ事がポイントです。



生い茂る木々の向こうに石造りの構造物が見えました!。

ついに来た!
これが「大谷堰堤」です!

綺麗に積まれた、布積みの間知石。
想像していたよりも端正で美しい姿です。

それと同時に同じ山口県内の、とある堰堤にそっくりな事に一目で直感しました



その堰堤とは、山口市にある江畑溜池堰堤です。
堤高14.4m、堤頂長68.8m。1930年に完成した灌漑用のコンクリートダムです。

下の写真は前年に江畑溜池堰堤を訪れた時の写真です。
何処がどう似ている?、なんて説明は不要でしょう。



ガレ場のような道を登って天端の高さまで来ました。

堤高27.3m、堤頂長59.1m。石積ダムとしては立派なサイズ。
1938年の完成、石積ダムの建設時期としては最後の方です。

端正な佇まいは、実際の寸法よりも大きく立派なダムに見えました。



天端では、立派な親柱が出迎えてくれました。
アーチ状の抜き穴が施された、重厚なコンクリート高欄。



そしてこちらは、そっくりな江畑溜池堰堤の写真です。

堤高14.4mと、大谷堰堤よりもひと回り小柄で、天端の幅などの寸法は異なりますが、アーチ状の抜き穴などの細部も良く似ていて、同じ趣を感じます。



この大谷堰堤は、現在は日立製作所が所有する工業用水を取水するダムですが、竣工当初は江畑溜池堰堤と同じ灌漑用のダムだったそうです。

地理的にもそう遠くなく、大谷堰堤と、江畑溜池堰堤は、その設計に於いて何らかの関連を匂わせます。竣工年に8年の違いがあり、江畑溜池堰堤を参考に設計されたとしてもおかしくありません。

重厚な高欄の上に小動物の忘れ物。
今は訪れる人もなく、ひっそりとしています。



天端中央には取水設備。
半円形のスタンダードなものですが、屋根の形状や、質感を変えた壁のデザインはシンプルながら品の良さがあります。



取水設備正面には「大谷溜池」の書がありました。

大谷堰堤は、本来は「大谷溜池堰堤」と呼ぶべきなのかも。
ちなみに土木学会の「現存する重要な土木建築物2800選」では、「大谷(貯水池)堰堤」となっています。



書の名には「鮎川義介」とありました。

当初、農業用の貯水池として造られたと言う大谷堰堤。建設したのは後に日立製作所の基盤となる、久原鉱業(久原用地部)という企業でした。
この久原鉱業の初代社長、久原房之助は、日立鉱山(現在のJX日鉱日石など)の創設者であり、鮎川義介は久原房之助の義兄で、1928年に二代目社長に就任しています。
鮎川義介はその後、日産自動車などの日産グループを創る人物です。
大谷堰堤は1938年の完成なので、当時の社長は二代目の鮎川義介という訳です。



取水設備の辺りから真下を見下ろします。
3門の余水吐の越流部分と、両端の非越流部で、色の違いがはっきりしています。



ダム直下には別の構造物がありました、副ダムです。
江畑溜池堰堤も、副ダム(減勢池)を持つという特徴があります、この大谷堰堤にも、その設計が引き継がれている様です。



視線を上げると、木々の生い茂る谷の向こうは瀬戸内海です。
海が近く、海岸までわずが1キロしかありません。

その海沿いには日立製作所や、新日本石油の工場があります。
大谷堰堤はそれらの発展に寄与した水源地です。

竣工後に農業用水として給水した期間などは不明です。
堰堤を施工した事業者が、日立製作所の前身である久原鉱業なので、農業用ダムの名目で完成した後、ダム下流の農地を丸ごと久原鉱業が買収し、日立の工場地帯を形成したとも想像できます。
もしくは、既存の灌漑用溜池を久原鉱業が買収し、再開発したのかもしれませんが、その様な既存の池の存在も含め、はっきりした事は不明で、個人的な憶測でしかありません。



天端を歩いて左岸に来ました。
右岸と同じ立派な親柱です、かつては柱のくぼみに、堰堤名の銘板が入っていたのかも。



左岸よりダムを鑑賞します。

非常に美しい、整った美貌の持ち主です。
全国には沢山の石積ダムがありますが、その中でも確実に上位に入ると思います。

威風堂々というような力強い表現よりも、品格といった言葉が相応しい、上品なイメージなのです。



それには、両岸を少し張り出したデザインが効いているのかもしれません。
岩盤への接合部を利用して、城壁のような仕立てになっています。
かなり意匠に拘って、丁寧に造られた事を感じます。



クレストにつる植物が進出していますが、これもまた趣があって美しく感じます



余水吐部分のクローズアップです。
越流部の巻天端、バケットカーブに合わせたピアの滑らかな曲線。
丁寧な造りは職人技を思わせます。



天端より上流。
貯水池は小さく、インレットも含め天端から全容が見渡せる程度です。



ダムサイトのゴツゴツした岩盤が印象的。
何時から水没したままなのだろうか?湖面には立木の姿も。
堤高27.3mに対して、堤頂長は59.1mしかなく、なかり狭い谷に造られたダムです。



右岸から取水塔。
下流面の黒々とした色と比べ、正面は戦前のものとは思えない淡い色。



黒い湖面と、岩盤と、白い石積。
整った石積が湖面に栄えます。



天端でしばらく時を過ごした後、下流直下を目指して移動します。
坂道を降りて、谷川沿いに林の中へ。
歩道は完全に廃道状態なので慎重に進まなくてはなりません。



ほどなく、真下に到着。
減勢池にはほとんど水がなく、副ダムの上に登ってダムをを見上げます。
堤高は軽く15mを超えています、とても立派な堰堤です。

ここに来るまで、日立製作所の関連する建物がありましたが、どの施設も使われている気配がなく、現在は機能停止状態(廃ダム)なのかもしれません。

高欄のアーチ状の抜き穴が、クレストを綺麗に飾っています。
(アーチ状の抜き穴は、きっと、こうやって眺める為のデザインなのだろう)



角が丸く整形された滑らかな副ダムの表面。
越流部の曲面に合わせて、石材表面も丸く削られています。

水を滑らかに流す目的もありますが、見た目の美観がかなり意識されています。

2000年頃に完成した多目的ダムには、外観デザインを拘ったダムも多く見受けられますが、同じ様な事を、それより70年も前に既にやっていた訳です。



黒々とした石積表面。
石の材質は花崗岩だと思います。

戦前のダムには、迷彩の為コールタールを塗られたダムがあると聞いた事があります。
この大谷堰堤がそうであるかは不明ですが、墨のように真っ黒な表面に、その話を思い出しました、



こんな立派で美しいダムが、ほとんど人に知られる事なく存在していた事は、ネットで簡単に情報が入手できる世の中にあって、奇跡のような物件です。

私企業の施設であり、積極的な公開を望まれるのか不明な事と、現地までの道が必ずしも安全ではない事もあり、詳しい位置情報は伏せましたが、調べてみれば簡単に位置は判ると思います。
今の所、天端も含めダム本体には立入の規制はありません。(貯水池は立入禁止)

蜂などの予期せぬ危険もありますから、もし興味があり訪問される時は、充分気を付けて見学される事をお勧めします。



隠された山口の秘宝。

大谷堰堤
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