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万場調整池

堤高28.6m
FA/AWI 1994年 水資源機構

2010.9.11見学

水の貯金箱。


愛知県の地図を見ると、渥美半島の根元辺りに明らかに人工と思われる大きな溜池があります。ダムに興味を持つ以前から気になっていました。
それが万場調整池です。

1968年に全面通水した豊川用水は、その後の農業用水の需要増加に伴い豊川総合用水事業として、1977年から再び整備事業が進められました。
新たに大島ダムを建設、調整池も4箇所作られる事となりました。

万場調整池はその時に作られた調整池のひとつです。
豊川用水全体では7箇所の調整池があり、その内、東部幹線は5箇所。大原調整池も豊川総合用水事業で作られた同じ東部幹線の調整池で、言ってみれば兄弟のようなダムです。

万場調整池の西側の駐車場にやってきました。
綺麗に草を生やした堤体はアースダムに見えますが、万場調整池は只のアースではありません。
アスファルトで表面遮水を行う、アスファルトフェイシングダムなのです。



以前、大阪府の狭山池では本堤体が解らず、結局、貯水池を歩いて一周するはめになった事がありました。
今回もそのパターンかと思って、久々にDAHON号を持ってきました。

あっけなく、直ぐに本堤体と思われるものが見つかりましたが、折角なので自転車で天端に向かいます。



周辺は遊歩道が作られ公園となっています。

日も傾き、涼しくなって来た事もあってか、ウォーキングの人がチラホラ。
この感じも狭山池に良く似ています。



歩いている方ばかりで、自転車は僕だけですが、乗入禁止の標識も無かったので問題ないと思います。(もし間違っていたらごめんなさい)

放流設備が見えますね。堤体右岸の下になります。
アスレチック遊具から子供たちの歓声が聞こえて来ました。



遊歩道の坂を登って、天端に行こうと思ったらゲートが閉まっていました・・・。

この先に、豊川用水の資料館もあるはずなのですが、5時に閉門(土日祝は4:30閉門)との事でした。残念。でもよくある事。



うーん、なんだか物足りない。
と、言う事で自転車もある事なので、調整池を周ってみる事にしました。

東西に長い長方形をした万場調整池。
写真左が本堤体となっています。

現在位置は、左下のコーナー辺り。

調整池の周囲の道は3重になっていて、外から車道(公道)、遊歩道、管理道路と、なっています。
一番内側の管理道路は、立入禁止。

自転車で反時計周りに遊歩道を散策です。



遊歩道に沿って公園が伸び、小川も作られています。

アスファルトフェイシングは本堤体だけではなく、調整池をぐるりと全周に渡って施されているはずですが、水際まで距離があり、ここからはよく見えません。



この小川に囲まれたエリアは「長篠城跡」。
ふむ・・?。



さらに進むと、「大野頭首工」が現れました!。
って、事は、この先の上流には・・・。



出ました、宇連ダムです。

しかもクレスト放流中。宇連ダムのクレスト放流はなかなか観られないぞ〜っ。

公園に沿って、豊川用水や、周辺の観光スポットが再現されている趣向の様です。



プチ豊川用水とさよならして、南東のコーナー辺りに来ると、展望台があったので、自転車を降りて登ってみました。

広大な水面。
貯水量は500万㎥ほどあり、豊川用水の調整池の中では一番大きなものです。

低地を掘って造られた調整池は、地盤が砂地である為、池の底は全面にわたりゴムシートで遮水されているそうです。

文字で書くとサラッと書けちゃうけど、それって凄くないですか?
さらに、水を貯める前の光景を想像してみると、もしかして物凄い情景なんじゃないですか??



高さ2〜3m程の展望台ですが、アスファルフェイシングが良く見えます。
水面に夕日が反射して金色に輝きとても綺麗です。

岸に沿って走っている道路は管理道路なので立入禁止です。



遊具の並ぶ公園を通って、ここは北東のコーナー辺り。
取水設備が見えます。



この近辺の遊具な何故かどれも野菜をモチーフにしています。
(だいこん鉄棒は、その中で一番シンプルなものです、他はあっけに撮られて写真を忘れるほどエキセントリックな遊具がどっさりあります)

万場調整池の周辺は、広大な農地が広がり、野菜の一大生産地となっています。
もちろん、それは豊川用水があってこその農地であり、野菜なのです。



取水塔への管理橋の上に黒い点々が見えます・・・。



わわっ。なんじゃこりゃー。

すっかり川鵜のコロニーとなっていました。
川鵜は湖畔の大きな木にコロニーを作りますが、人工の溜池には手頃な樹木が無かったのか。



対岸を見るとアスファルトフェイシングに切れ目があるので、洪水吐かな?と思って望遠端で覗くと、吐ではなく流入口である事が解りました。
万場調整池の水は、東部幹線の水が豊富な時にポンプアップして貯水されます。

豊川用水のホームページでは、子供向けに「水の貯金箱」と説明がしてありました。上手い表現ですね。

この流入口の西に、越流式の余水吐があります。



予想外の面白さだった万場調整池の散策もそろそろ終点です。

天端を通ってゴールしたい所ですが、立入禁止。
対岸の建物が管理所と展示施設かなと思います。



北西のコーナー部分、堤体の右岸となります。
一周3.3kmのお気楽サイクリングでした。



オーバルサーキットのバンクのようなアスファルトフェイシング。
湖底はゴムシート遮水。

いつものダムとはまるで違う万場調整池ですが、ここにしかない楽しさ、美しさがありました。



万場調整池
★★★

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大原調整池

堤高47.9m
R/AW 1993年 水資源機構

2010.9.11見学

潤いを未来に。


水田の中の道を曲がり、山の方へ向かいます。
果樹園や集落の中を進み、橋を渡ります。



橋の上から。
これは豊川用水東部幹線です。

豊川用水は豊川や天竜川を水源とし、豊橋から東三河、渥美半島を潤す大規模な農業・水道・工業用水です。
戦前に計画されていましたが本格的な工事は戦後間も無く開始され、20年の歳月を経て1963年に完成しました。
水源にはこの用水の為に造られた宇連ダムや、新しく作られた大島ダム等があります。
その下流にはいくつもの調整池があり、それらは水路で結ばれています。



橋の先の高架をくぐると・・・。



目的地の大原調整池の目の前に出ました。

東名高速で名古屋方面に向かうと、車窓から視界に入るので見覚えのある人も多いのでは?。
高速道路から見られる事を意識してか大きな看板が掲げられています。

「潤いを未来に」



左岸側を登って堤体の横まで来ました。
道は両岸にあり、パーキングも両岸にありますが、対岸の右岸のパーキングには案内看板やトイレがあり、どうやら駐車場は右岸側がメインの様です。

写真は洪水吐の越流部から。



駐車場から天端まで歩いて行くと、トラックの轟音がすぐ近くで聞こえます。
ボリュームはそれほどでは無いのですが、妙に透き通った不思議な音で・・・。

実は東名高速の騒音が、洪水吐の壁に反響して耳に届いていた音なのでした。



堤体の左岸から下流を観ます。

洪水吐の水路が真っ直ぐ長く伸びています。
本来なら真下から、洪水吐を見上げれる様ですが、この日は周辺が工事中で拝見する事が出来ませんでした。



赤いカラー舗装の天端通路。
堤頂長は351mと、たっぷりあります。



振り返って左岸の設備。
洪水吐の越流部と、その奥の建物は巡視艇の倉庫とインクライン。
駐車場はその奥で、遊びに来た家族連れの姿もありました。

越流部の高さやインクラインが示す通り、とても水位が高いのですが、これで通常らしいです。

元々、この場所には3段になっている農業用の溜池があり、大原調整池はその池を沈める形で造られました。
本来の集水範囲は狭く、この満水の水はダム正面の東部幹線の余剰な水をポンプアップして貯水しています。
揚水発電ならぬ、揚水調整池って感じでしょうか。



天端を散策しつつ下流を観ると、東名高速が良く見えます。

日本で一番たくさんの人に見られているダムは、有名観光地の黒部でも、人気スポットの宮ヶ瀬でも、ファミリーに人気の遊園地がある御所ダムでもなく、案外この大原調整池かも。

下流面のリップラップは石がとても小さくソフトボールくらいの石が敷かれていました。
表面の化粧かな?と、思われます。(上流面のロック材は一般的な大きさ)



下流の写真を撮っていたら、知らない間にシャツが水でびしょ濡れになっていました。
天端のアベリアが散水中なのに、全く気が付いていなかったのでした。

ひ〜道理で涼しいと思った。

水を浴びてアベリアもススキも元気いっぱい。
我が家のアベリアは雪の重みで酷い事になったのに、いいなあ雪が無いって。



少し西に傾いた日差しを受ける調整池。
遠くから遥々やって来た水ですが、とても澄んでいて綺麗なのが印象的でした。



大原調整池
★★

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入鹿池

堤高25.7m
R/FA 1991年 愛知県営

2010.3.20見学

入鹿池は、以前にも何度も訪れた事のある場所です。
但し、今回は今までとは違い、ダム愛好家として訪れてみました。



香川県の満濃池と並ぶ、この大規模な灌漑用溜池の歴史は古く1633年にまで遡ります。
新田開発のために築かれ、当時は百間堤とも呼ばれていたそうです。

ずらりと並ぶ多くの石碑がその歴史を物語ります。
また、明治元年の大雨によって発生した「入鹿切れ」は、日本ダム史に於いて最大の悲劇の場所となりました。



勿論、現在の入鹿池は当時の惨状を物語るものは何もありません。
堤頂部には何件もの貸しボートや、食堂が軒を並べ、おでんの匂いと一緒に、のどかな空気が流れています。

この食堂の店名は「名竜亭」、名古屋ローカルだぎゃ〜。



昭和の終わりから平成にかけての防災ダム事業によって、現在の入鹿池は農業用水の他に防災の役目も担っています。

ダム便覧によると、この入鹿池のダム形式はロックフィルとなっています。
僕の記憶の入鹿池は絶対にアースフィルだったので、今回、改めて確認する為に訪問したという訳です。

現地を訪れてみても、やはり、どっからどう見てもアースダムなんだけどなあ。
改修工事により、ロックフィルになったのだろうか?。でも、改修工事でダム形式変更って有り得ないと思うのだけど。



日が傾き、そろそろレンタルボートの帰着時間のようです。
いそいそと納竿したボートが桟橋に帰って来ます。

入鹿池は、わかさぎ釣りの他に、昔からバス釣りのポイントとしても有名です。
ですが、相当なタフレイクで、とあるトーナメントでは、参加選手全員ノーフィッシュという伝説があります。
以前、レンタルボートに魚探を付けて池を縦断してみましたが、延々水深5〜7mのフラットボトムで、魚が居付きそうなポイントやストラクチャーは皆無だった記憶があります。

湖畔に灯台が見えます。
入鹿池の右岸は「博物館 明治村」の敷地が広がっています。
明治村は、明治時代の貴重な建築を移築し、保存展示をしている老舗のテーマパークです。



てくてくと堤頂長724mの入鹿池を歩いて来ました。堤の右岸端には取水塔と、洪水吐があります。
ボート屋さんの桟橋をお借りして、ダム湖側からの洪水吐をパチリ。

ちなみに、この一番右岸寄りのボート屋さんは中日新聞の釣果欄に情報を提供していますので、大物が釣れたらここで自慢しましょう。



入鹿池名物、無防備な洪水吐。
ここまで近寄れるゲートはちょっと思い当たりません。

この長い転倒ゲートは、常時倒れていて、上を越流できる状態になっています。
ゲートを立てれば、1mほど貯水位を上げる事ができます。

端っこのキザが可愛い。



上の写真では、近すぎて良く分かりませんね。洪水吐の上に架かる橋のたもとからの眺め。
あんな所までトコトコと歩いて行けるのですよ。



洪水吐の上の橋を渡ると、古井戸のような物が。
ポンプが付けられていますが、用途は不明。



その奥には龍神大王の祠があります。
後ろの建物が取水塔です。

この奥に小さな入江とインレットがあり、そこで釣った48cmが僕の入鹿池バスレコードです。



プチ自慢はさておき、今度は下流面を歩いて左岸に戻ります。

こうやって見るとロックフィルには見えない事は明らかですが、ダムと言うより堤防ですね。

余談ですが、オランダのロッテルダムや、アムステルダムの「ダム」は、堤防という意味。
あっちでのダムとは、日本で言うダムよりも範囲が広いそうです。
だから、ロッテルダムは「ロッテル川の堤防の町」、アムステルダムは「アムステル川の堤防の町」と、言う意味なのだとか。



堤体の下に凄い建物がありました。
入鹿用水土地改良区事務所です。



国宝犬山城で有名な愛知県犬山市ですが、先程の明治村の他にも、リトルワールド、モンキーパークなど、レジャー、観光に力を入れています。

堤体の下流面には道路が作られていました。



その堤体の道路ですが、堤体下流面上とあって、一般車両は通行出来ません。



でも、その道を徒歩で登って行くと、当たり前の様に普通の住宅が建っていますし、各家にはガレージもあったりします。さっき前を通ったレンタルボートや、食堂のご自宅みたいです。

うっかりすると忘れてしまいそうですが、ここはダムの堤頂部です。



入鹿池
長い歴史を刻む大きな溜池は、地元の暮らしに密着し、多くの方に愛されていました。



入鹿池
★★★

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大野頭首工

堤高26m
G/AWI 1961年 水資源機構

2009.11.14見学

琥珀の放流。


大野頭首工は、上流の宇連ダム、及び大島ダムからの水を豊川用水へ送る為の取水施設である。

この日は、滋賀の宇曽川ダムから、三重の中里ダム、愛知の長篠堰堤とかなり変則的なダム巡りルートであった為、大野頭首工に到着する頃には、早い秋の夕暮れとの競争となった。

下流からの姿は、右岸の国道151からの方が良く見えたかもしれないが、とりあえず管理棟のある左岸を目指す。



管理棟のある付近は、一般車両は進入禁止。
敷地の入口付近の路肩に車を止め、歩いて向かうと、水門のような姿が見えて来た。
対岸には立派な魚道も見える。ダムの左岸には豊川用水の取水口がある。

3門のローラーゲート、両端の2門にはフラップが備わり、左の1門から放流が轟々と唸りを上げる。

普段は徒歩で歩く事の出来る天端であるが、放流中はトラ柵が置かれ立入禁止となっている様だ。
ダムカードを頂くついでに天端への立入をお願いすると快く承諾して頂きました。

天端から眺めるフラップボードからの放流。

南西向きのダムを、低い夕日が照らす。
水の中に直接夕日が射し込むと、雨で少し濁りが入った水は、琥珀の輝きを魅せた。



大野頭首工
★★

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長篠堰堤

堤高8m
G/P 1912年 中部電力

2009.11.14見学

アマゾン式。



長篠堰堤、または長篠発電所余水吐とも呼ばれるこの堰堤は、白水堰堤、藤倉堰堤と共に、日本三大美堰堤のひとつとされる。

長篠の戦いの古戦場から川を数キロ遡ると、右手に濛々と水煙が湧き上がるのが見えて来た。

天然の岩盤を利用した発電所への導水路、そこから濡れた岩石を伝い、こぼれ落ちる水流が美しい長篠堰堤・・・。
の、はずであったが、昨夜から今朝にかけてかなりの雨量だったらしく、水墨画のような美しさではなく、周辺に轟音と水飛が飛び散る、パワフルな水と岩のスペクタクルとなっていた。

余水吐とは川の流れを挟んで此方の右岸は、マス釣り園となっている。
晩秋とあり休業中の様で、天然の岩盤を利用したイケスには魚も居らす、辺りは閑散としていた。

100mはあろうかという長い導水路の上流には、川を堰き止めるコンクリートの堰堤と、鋼鉄製の遮水壁がある・・・はずであるが、こちらも豪快に越流真っ盛りで、施設の全容はまるでつかめない。
鉄製の遮水壁はコンクリートの扶壁の間にあり、一応越流部と、非越流部のセクションがあるはずだが、完全なる全面越流の状態。



水に濡れた岩盤はよく滑る。
両手にカメラと三脚。今、転倒したらカメラを守って腕の骨を折るか、腕を守ってカメラを壊すか、どちらが安く済むだろう・・・なんて事を思いつつも二度、両足共に地面から離れ、どっと冷や汗をかく。
それよりも最悪落水でもしたら、まず助からないだろう、確実な死が足元に口を開けている。

細心の注意を払って近くに寄ってみた。
自分の立っている岩盤は堰堤よりも少しだけ低く、昏々と流れ来る水面が目線の高さで見える。
この長篠堰堤は水のパワーを感じる所だ。



湧き上がる水飛沫。
カメラの前玉は一瞬にして水浸し。それ以前にメガネが濡れて何も見えず、服も濡れてしまった。



この堰堤から導水路を経て送水される長篠発電所は、当時の豊橋市は軍需産業などの発展もあり急増した電力需要を補うべく建設。
現在はJR飯田線に送電しているとの事である。



長篠堰堤がナイアガラ式と呼ばれる理由は、余水吐からの越流の姿ではなく、長篠発電所の縦軸式の発電が、当時ナイアガラ式発電と呼ばれていた事に由来するそうだ。

今回訪問した長篠堰堤は、ナイアガラと言うよりも、明らかにアマゾンな状態なのでした。

長篠堰堤
★★★★



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馬ヶ城ダム

堤高16.6m
G/W 1933 瀬戸市営

2009.6.7見学

馬ヶ城ダムは、愛知県瀬戸市営の上水道用貯水池のダムであり、昭和8年に瀬戸市の中心街に水道が通されて依頼、馬ヶ城浄水場は休む事なく市内の水道水を送り続けている。

通常、馬ヶ城浄水場(及び馬ヶ城ダム)は関係者以外立入る事は出来ないが、毎年、年に1日だけ一般開放されると言うので車を飛ばして行ってみました。

馬ヶ城浄水場の敷地内は庭園の様に整備され、落ち着いた雰囲気の中に小川が流れ、小さな橋が架かる。



管理事務所は、レトロ趣味で後に建てられたものではなく、浄水場が作られて以来、大切に使われて来た由緒ある木造の建物である。
現代の建築からすると、一室が狭いこじんまりとした間取りで、床や壁、照明器具も当時のままの様に思われた。
木製サッシュのガラスも趣味の良い形ガラスで、勿論今では入手できない。お聞きするとまだ数枚予備のガラスがあるそうで、やはり古い物を大切に使い続けるにはそれなりの心配りや苦労がある様だ。



事務所の手前に流れる小川は、馬ヶ城ダムの放流水の水路であり、庭園の中を流れの上流に歩くと木々の間から堤体が見えて来る。

幅の広い自然越流式洪水吐を持つ小柄な堤体から、純白のレースのカーテンが初夏の風になびいている。



この馬ヶ城ダムは美しい越流を魅せる事で名高い名堤であるが、常時越流している訳ではなく、限られた開放日の中で、これほどのはっきりとした美しい鱗模様を拝見出来るのは奇跡的である。

後で職員の方にお聞きしたのだが、実は、越流が最も美しくなる様に、数日前から貯水池の水位を調整されたとの事で、まさに、管理職員さん認定のベスト越流なのである。

今日、こんなに美しい越流が見れる事は奇跡では無かったが、美しい鱗模様はそれ自体奇跡であり、それが鑑賞できる事が幸運である事は間違い無い。

堤体は高さ16.6mの小柄のもので、左岸の林の歩道を登ると簡単に天端にたどり着く。
純白のレース編みの左右は一面グリーンのベルベットで覆われ、青い土のアロマが香る。



貯水池は堤体の規模からすると立派なもので、周囲は水際まで眩いほどの緑輝く森に囲まれる。

この地は焼物の名産地でもあり、ダムが完成した当時は、森の木々は焼き釜のくべ物として完全に燃やし尽くされ、日本三大はげ山のひとつと呼ばれた土地だったらしい。
現在の美しい森からは全く想像できないが、自然の治癒力と、長い歴史を感じさせるエピソードである。
現在でも貯水池周辺の森を散策すると陶器片がたくさん見つかるそうである。

水を磨く浄水場へは、普段は付近の天然河川から送水される。
この貯水池は、天然河川の水量が不足する時、水の取り入れ口を逆流させ、河川へ水が送り戻される仕組みとなっている。
堤体の貯水池側に水の取入口、兼、取水口があり、今日は河川から此方へ水が送り込まれていた。

さわさわと音を立て、流れてゆく鱗模様。
馬ヶ城ダムの越流部が、何故この様な美しい模様を描くかはよく解らないそうだ。
コンクリート表面の肌の影響もありそうだが、水の流量と、堤体の傾斜角の組み合わせにより、コンクリート面で水泡が生まれ、転がる様に鱗を描く様に思えた。

時間をかけ、ゆっくりと見学をしていたら、すっかり日が陰り一般公開の終了時間になってしまった。
さっきまで日が当たりキラキラと輝いていたカーテンは、しっとりとした落ちついた表情を見せている。



手前の植栽は楓、秋にはまた違った美しい情景がある事だろう。

「秋には公開されないのですか?」

後片付け中の職員さんに尋ねると、

そう言って頂けるのは本当に有難い事です。
ですが、少ない職員で、お見せできる庭に保つのは大変であり、水道施設という性質上、見学回数を限定せざるを得ないのです。と、お話下さいました。

毎年、水道週間の日曜に行われる馬ヶ城浄水場一般開放。
とても楽しく見学させて頂きました。

純白のレースのカーテン。馬ヶ城ダム
★★★

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山口堰堤
堤高17.1m
G/砂防 1934年 愛知県

2009.2.28見学

愛知県瀬戸市 海上の森の中に赤い壁は確かにあった。

山口堰堤 昭和9年、既存の砂防堰堤を改修し、農業用水の利水を行った多目的ダムの草分け的存在であるらしい。
但し、その後取水は行われなくなり、現在は再び砂防堰堤として、道さえない森の中でその余生を送っているのだと言う。

海上の森の駐車場へ車を停める。早春の森を散策するハイカーで駐車場は賑わっている。
整備された歩道へ向かうハイカーを背に、独り空き地から藪を漕いで突き進むダム愛好家。

今日は長靴を履いて、河原に降り遡上してダムを目指す。
「川あれば上流にダムあり」
河原に降りる事が出来ればダムまでは一本道、迷う事は無いだろう。

藪を漕いで河原へ降りる。森の中とは言え、都市近郊であり生活ゴミが目に付く、まだ2月だと言うのに、水にはすえた匂いも感じる。夏季にはとても訪れる事が出来ないだろう。

悪戦苦闘、しかし読みは的中し、目前に山口堰堤が姿を表わした。


 
砂防堰堤の頂上に小振りのラジアルゲートを並べた姿は、今迄観たどの堤体と明らかに異なる。
右岸の堤体の一部は一段低く水通しになっており、川の水が溢れ、階段状の岩盤補強の上を滝の様にこぼれ落ちてゆく。
 
錆付いた鋼のラジアルゲートの粒子達が、垂直に近いコンクリートの壁を朱色に染めている。それはカルシウムの粒子が長い年月をかけ鍾乳石を作るかの様だ。


 
しばらく赤い壁を眺めていたら、まだ春は遠いと云わんばかりに冬の夕日が斜めに射し込んで来た。

ぐずぐずしていられない。一度来た河原を戻り、再び空き地から天端を目指す事にした。

身を屈めて這う様に藪の中を進む、方角と距離感が判っているから迷う事は無い。
厳しい藪は多分50m位だろう、ダム左岸の山まで来るとかつての歩道も残り、林の木々の間から再び山口堰堤が見えてきた。

天端に立つ。錆付いた欄干は決して当てにしてはならない。

ゲート巻上機は手動式でプリミティブだ。
船の舵に似た大きなハンドルが付くが、赤錆びだらけの減速機と共に、完全に時の流れを止めてしまった様だ。



堆砂で激しく埋まっている貯水池は、一面枯草に覆われ、冷たく乾いた夕暮れの風が物哀しく吹くばかりだ。

ダムと廃墟のコラボレート。山口堰堤
★★★★★
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越戸ダム
 堤高22.8m
G/P 1929年 中部電力

2009.2.28見学

玄人向け。



東海環状自動車道 豊田環八ICを降りて直ぐ、矢作川に越戸ダムはある。
ダムまでのアクセスはとても良好だが、見学者用のパーキングが無く、近くの待避所に車を停める。

天端は当然の様に通行禁止。
見学も左岸管理事務所脇のフェンス越しとなり、眺望にめぐまれない。

竣工は昭和初期、1929年と大変古いダムである。
 少し色褪せた赤いラジアルゲートが川幅一杯に12門並ぶ。

ゲートピアは一部改修により新しく盛られた部分もあるが、竣工当初の姿を見せている。ゲート巻上のプーリーがテラス状に張り出した上に乗っている。

ごついゲート扶壁と、ダム正面の全面を占める越流部は5年先に造られた大井ダムと良く似ている。
特に越流面の下部は、河床の岩盤の高さに合わせ2次曲面のみでつじつまを合わせている手法は大井ダムと同じもので、他のダムにはあまり見られない。

減勢工と呼べそうな部分もなく、天然の河床が露わになっているのも特徴的だ。
この河床にコンクリートを打つと、兼山ダムの様なテーブル状の減勢工になるのだろう。
また、堤高のスペック以上に高く見えるので、河床の掘削は非常に浅いのかもしれない。
 
あまり有名なダムではないが、観れば見るほどに味のある、通好みの堤体である様だ。

越戸ダム
★★
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雨山ダム
 堤高21.5m
G/FNW 1995年 愛知県営

2009.2.28見学

低く、長く。



雨山ダムは県営の洪水調整や水道用のダムであり、豊田市の木瀬ダムと用途もデザインも良く似
ている。

堤高のスペックは21.5mと低く、この高さは基礎地盤からの高さであり、減勢工がそこそこ深い事もあり、減勢工のほとりから見上げて感じる堤体の高さは10mといった所ではないだろうか。
その為、ダム下と天端の行き来も楽々である。
天端とダム下で普通に会話が出来そうな距離感だし、天端から飛び降りても骨折くらいで済みそうな感じだ(試してはいませんけど)

立入自由の天端から下を見ると、やはり木瀬ダムに似たT字形の減勢工が見える。
低い重力式の堤体と幅広の越流面の組み合わせにはこの形状がベターなのだろう。

ダム下にはちょっとした公園が整備されていて、たぶん湖水を利用してるのか池が設えてある。

ダム湖はさすがに広くはないが、穏やかな湖畔は自然な緑も多く和やかな感じである。

右岸の管理所の下にバサーがルアーを投げている。
湖底の形状も穏やかだろうから、ダム湖全域に魚が散り、さぞ攻略のし甲斐があるだろう。

高さ21m、長さ160m。異様にロー&ワイドのプロポーションが、一見ダムには見えない印象的な堤体であった。

雨山ダム
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木瀬ダム
 堤高33m
G/FNW 1999年 愛知県営

2009.2.28見学

ひしゃげた猫の顔。



木瀬ダムは愛知県豊田市にある1999年竣工の比較的新しいダムである。
ダムの用途は洪水調節の他、水道水などに使われる。

放流設備は、中心にオリフィス1門を挟み、自然越流式2門×2組の構成、白いコンクリートが冬の澄んだ空に映える。

堤高は33mと高くない。
幅広の越流部から放流水を受けとめる為、減勢工はT字型をしており、今まで観たダムの中では岐阜県の大ヶ洞ダムに近い形だ。

ダム下の左岸はパーキングと小さいがよく整備された公園があり、訪問時は地元のシルバーの方が掃除や柘植の剪定などをしておられた。

天端も解放され、勾欄には地元小中学生の手形の陶板が並んでいる。

木瀬ダム
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