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銚子ダム

堤高47.2m
R/A 1977年 愛媛県営

2012.11.24見学


幸口ダムを調査した後、再び松山市に戻り国道33を南下、途中でとべ動物を左に見て(かばのいる動物園だ!)愛媛県営のロックフィル、銚子ダムに来ました。

雨はすっかり上がって晴れ間も覗いてきました。
雨上がりの空気の澄んだ気持ち良い日になりそうです。

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天端脇にダムの説明看板。
銚子ダムは農業用水の確保を目的とした灌漑用ダムです。

愛媛の農産物と言えばみかんが思い浮かびますよね。
このダムの水は果樹栽培用に送水されています。

堤体断面図が凄い。
何が凄いかというと、基礎地盤に結構な傾斜が付いています。
ダムサイトまで急な峠道を登って来たのですが、随分険しい所に建設された事が伺えます。

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すっきりとした天端。
道路用のガードレールを使っています。
立派なダムですが、華やかな印象はありません。質実剛健。

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綺麗に整えられたリップラップ。
下流の谷が深い事もあって、堤高以上の迫力があります。

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訪問したのは11月の暮れです。
水位はかなり低くなっていました。

法面は赤土ですが地形のシャープさが印象的です。

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堤体右岸端にある非常用洪水吐です。
コンパクトな扇形の越流部。

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そこからぐいーんと放水路が伸びています。

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でもって放水路は左にカーブして・・・。

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と、放水路はここから先が目玉なのに残念ながらスロープを眺望するポイントがありません。
南相木のように、地山の上をかち割る感じでカッコイイ洪水吐になってるはずなのですが・・・。

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スロープの一番下と思われる所が辛うじて天端から見えました。
砂防堰堤のような減勢工。

実はダム便覧に載ってる写真がカッコよくて来てみたのですが、撮影ポイントへのルートが解りません。
堤体のリップラップ上に点検用の階段が付いているのですが、ガードレールを跨いで越えた先にある為、これは行っちゃいけない階段だと思い諦めました。

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だからと言って、わざわざ愛媛まで来て簡単には諦めが付きません。
車で下流に戻って下から堤体に向かいます。

ところがこの銚子ダム、下流からダムへ行く車道がありません。
戦前のダムでもないのになんていう険しさ!本当に凄い谷に建設されたようです。

幸い、ダム下流の国道から堤体はわずか300m程しかありません。
なお且つ、国道からダムまでの間に滝があるようで、遊歩が付けてありました。

きっとこの歩道の先は銚子ダムの直下のハズ・・・。
(ここで、幸口ダムの帰りにクモの巣払い棒の竹竿を置いてきた事に気付く・・・最近こんなダム巡りばかりだ)

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ところが歩道を登って数十メートル。
眼前に切り立った巨大な一枚岩に阻まれてしまった。

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ちょろちょろ流れてるのが滝?
水量はともかく、とにかく凄い岩盤!
超広角レンズでも全容はまるで収まりません!。

でもって、肝心の歩道はここで終点でしたー。
堤体はすぐ近くのはずですが、この岩盤なので取り付く場所もございません。

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下のトンネルが国道379岩谷バイパスのトンネルです。
その背後の岩盤が例の滝。

そしてその背後に!

繰り返すようですが、なんだか凄い所にあるダムです。

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銚子ダム
★★★★




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幸口ダム

堤高20.6m
G/W(機能停止)1926年

2012.11.24見学


今回のダム巡りの旅、夜の間にしまなみ海道を渡り、3日目は愛媛県に上陸。

松山道伊予ICから、伊予灘を右手にJR予讃線にそって延々走ること1時間、大洲市長浜港の手前、長浜町拓海の石油基地のすぐ裏手に到着。
目的のダムは予讃線下の暗渠を潜った先にあると聞く。

この穴か・・・。


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暗渠を抜けると風景が一変。
藪の中に廃屋が見える。その昔は浄水施設に係る施設だったのだろうか。

昨夜からの雨は小降りになったものの、茂った雑草を冷たく濡らしている。
雨合羽、長靴、手袋、それにクモの巣払棒のフル装備で藪の中を進む。

この先にある「幸口ダム」は、大正時代に建設された、愛媛県で最初の水道水源地であるらしい。

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そんな幸口ダムも、時は流れ現在は廃ダムとなってこの山の中でゆっくりと余生を送っているのだとか。

今はほとんど人が入る事が無いのだろう、今まで何度かこの様な道を歩いたが、なかなかの荒廃具合。
しかし、坂の勾配は大したことがなく、順調に足を進める事が出来る。

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JRの暗渠から歩くこと10分。

そろそろ・・・。
そう思って藪の中に目を凝らす。

石張りの壁!あった!幸口ダムだ!!。

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坂を登りきり無事ダムサイトに到着。
しかし、あまりにも木々が茂り視界が全く効かない。

透き通った緑色をした水面がちらちらと見えるも、肝心の堤体はほとんど見えない。

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そしてこれが幸口ダムの天端。
2日前の谷山ダムを含め、今まで何基かの廃ダムを訪れたが、これほど荒廃が進んだ物件は記憶に無い・・・。

慎重に足元を確かめながら一歩一歩前進。

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と、言うものの、廃ダムとなった現在の幸口ダムの天端には欄干が無い。
これがデフォルトなのか、廃ダムへの改良工事によって撤去されたのか。

岸から離れるにつれ、次第に足元に進出した雑草が切れ気味になり、コンクリートの地肌も見えてきた。
しかし、依然と下流面は爆発するように茂った木々で天端の境目が解らない。

反対の上流側はまだ視界が利くが、堤高20.6mの立派なハイダムである。
転落したら只では済まない。

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天端の中程まで来た。
ここで天端は途切れ大きくえぐられた「水通し」に行きあたる。

推測であるが機能を廃止するに際して、砂防堰堤のように堤体の一部を切り取ったのだと思われる。
水通しの側面には元々の堤体の形状が残る、また、天端付近には竣工当初からと思われる石張りが見られ、元々の洪水吐の部分をカッターで深く切り取ったようだ。

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天端付近に残る石張り、四角い石材の布積みである。

右岸寄りに取水設備、左岸よりに洪水吐、たぶん洪水吐上には元々管理橋も無かったものと思われる。
どことなく宇和島市の柿原第一水源地堰堤との類似性を感じる。
柿原第一水源地は、愛媛県下でほぼ同時期に建設された水道水源地で、水道の通水は何カ月の違いでこちらの幸口ダムが先のようだ。

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足元にぽっかりと口を空けている取水設備。
穴は深く、堤体の一番下辺りまで続いていると思われるが、真っ暗で底は見えない。
手摺りの基部だったのだろうか、点々とボスのようなコンクリートの突起が縁に並ぶ。

穴の堤体側には梯子が備わるが、この幸口ダムの完成は今から87年前の1926年である、その間に改修が入っている可能性は多分にあり、現状が竣工時からの状態であるかなど、詳細は不明。

と、言うのも、この幸口ダム、下流面は石張りと言われているが上流の堤体表面には石張りが見られない。
普通に考えるとスタンダードな総石張りダムとして完成し、何十年か経た後、改修により上流面にコンクリートが打ち増しされたと考えるが、初めて型枠を用いて建設された、大井ダムの完成から2年後と言う微妙な竣工年代からすると、型枠を使いやすい上流面のみ型枠を用いたのではないか?そんな仮説も脳裏に浮かぶ。
もしそうだとすれば、ダム建設技術の過渡期を残す大変貴重な堤体と言えるだろう。

(ちなみに、手摺りの基部と思われる突起の断面に鉄筋が見られない・・・コンクリートを扱い慣れていない様な印象を受けた)

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小さな貯水池。

グーグルの衛星写真では枯れているよいうにも見えていた。
廃ダムの貯水池は、枯れたり溜ったりを自然に繰り返しているのだと思われる。

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振り返って下流方向を眺める。
山の間、すぐ近くに伊予灘が見えている、日没が美しいという伊予灘、ここから眺める夕日もさぞ素晴しい景色なのだろう。

この幸口ダムが水道専用のダムであった事は、ネット上の少ない資料からも確認出来るのだか、具体的な送水先についてはよく解っていない。
数キロ西の長浜港辺りか、もしくはダム直下の工業団地の水道水源であったのだろう。

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再び天端を慎重に戻り右岸に帰還。
やはり気になるのはダムの顔と言うべき下流面の姿である。

少し下流側に戻って目を凝らす・・・。

谷積み・・???
石張りの目地は土砂や苔等が覆いはっきりと確認できないが、どうやら石材の積み方は谷積みであるようだ・・・。(天端付近は布積・・?)

もう少しなんとか見えないのか・・・出来る事なら真正面から石張りを見上げたい。

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ほとんど道として体をなしていない道を進む。
そして、藪の中に埋もれるようにあった段差をひとつ降りてみる・・・。

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段差を降りた途端、ぱーっと眼の前が明るく開ける。

お!
思わず短く声が漏れた。

真正面どころか、降り立った所はなんと減勢工の中なのであった。

堂々たるその姿。
まさに90年近い歳月の重みと言うべきか。

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むせ返るような苔と土の匂い。
いつの間にか雨はすっかり上がっている。

切り取られた水通しから、四角い空が白くけだるい表情を除かせていた。

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特徴的な幸口ダムの導流壁、いや、壁と言うよりも洪水吐の越流部は堤体表面から薄く段差が付けられた形をしている。

そもそも、まだこの時代のダムにはたいてい導流壁が無く、越流部と非越流部を区分けしている事自体とても珍しい。
この低い段差で効果があったのかは疑問もあるが、当時として新しい試みが行われたと感じる。

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左岸側も右岸同様の段差、そして非越流部を飲み込むようにダム表面まで進出した樹木。

この幸口ダムを訪れるには、木々の葉が少ない晩秋から春先しかないだろう・・。
そう思い訪問する季節を調整して訪れてみたのだが、その読みは正しかったと感じる。
多分に木々が勢いを増す時期はさらに視界は制限され、訪問も困難だと思われる。

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その姿、両岸から木々に覆われ、天然の岩盤に還ろうとしているかの様にも見える幸口ダム。

誕生からわずか110年程しかない日本のコンクリートダムの歴史の中で、産まれ、そして静かに消えていく・・・これもまたダムの一つの姿なのかもしれない。

ありがとう幸口ダム。
別れ際、無意識にそんな言葉が口からこぼれ落ちた。

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幸口ダム
★★★★

尚、訪問時は服装、装備を整え、安全に充分配慮して見学下さい。

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台ダム

堤高42.3m
G/FNW 1991年 愛媛県営

2011.10.10見学

ダムは必要。


今回の四国遠征で楽しみにしていたのが、しまなみ海道を通る事です。
明石海峡大橋〜大鳴門橋と、瀬戸大橋のルートは何度か渡った事があるので、次は今治と尾道を結ぶ、西瀬戸自動車道「しまなみ海道」を走ってみたいと思っていたのでした。

瀬戸内に浮かぶ六つの島を結び、本州へと繋がるしまなみ海道、その島のひとつ、大三島に台ダムはあります。



しまなみ海道 大三島ICで途中下車、島の中心部に台ダムはあります。
ちなみに、台ダムと書いて「うてなダム」と読みます。



右岸の入口に貯水率を示すパネルがありました、本日は100%。
なんだか妙に得した気分です。

車道からも良く見える場所に掲げた看板は、地元の方々の注目が高い事を伺わせます。台ダムは上水道に水を供給する大切なダムです。



すっきり、シンプルな天端。
堤高42.3m、堤頂長225m.



天端から下流を観ます。
コンパクトにまとまった感じの減勢工です。



瀬戸内の貴重な水源地、只今貯水率100%。
曝気装置も稼働中。



台ダムの周辺図です。
真ん中の島が大三島、青色で湖のように見えるのが集水範囲です。
この台ダムに貯えられた水は、大三島以外にも隣の島々にも給水されています。

台ダムが完成して、他では時間断水を強いられるような異常渇水でも、この台ダムの給水範囲では取水制限で済んだそうです。
住民の生活だけでなく、多くの観光客が訪れる所なので、その効果はとても大きいと思います。

台ダムが造られた台本川は、河口まで全長3.7kmという、とても短い川です。
台ダムから河口までもたった2kmしかありません。

しかも、河口付近では天井川になっていて、台ダムは洪水調節の重要な役割も持っています。



降った雨が直ぐに海へと流出してしまう、小さな島の貴重な水源。

これって、日本の地形の縮図そのものです。

島にはダムが必要でした。
そして、ダムが出来て、島は以前よりも安心して暮らせるようになりました。

時々、環境破壊のシンボルのように言われるダムですが、そもそもダムは、人が暮らす環境を整え、環境を作るために造られます。

それでも、環境破壊と言うのであれは、どうやったら環境への負荷を減らして、効率の良いダムを造る事が出来るかを考えるべきで、環境破壊だからダムはいらないというのは、少し違うように思います。



日本の縮図。

台ダム
★★★

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玉川ダム

堤高56m
G/FNWI 1970年 愛媛県営

2011.10.10見学

リトル奥只見。


石手川ダムを観た後は、そのまま国道317を北上して、玉川ダムに来ました。

玉川ダムは県営の多目的ダムです。完成は1970年、最も多くのダムが建設されたこの時代らしく、無機質で愛想のない外観が特徴です。



あと10キロも北上すれは瀬戸内海ですが、周辺はまだまだ緑が多く、咽かな環境です。湖面にはカヌー、川鵜の姿も。



クレストにはフラップ付のラジアルゲートが1門。
そのピアの中から下流を見ます。

ストレートに長くの伸びた減勢工。
すぐ脇に竹藪が進出していました。



左岸下の放流設備。
結構な勢いで放流中でした。

ダム目的は洪水調節、河川維持、上水道、それに工業用水。



この時代のコンクリートダムは、実直で飾り気の無いのが特徴ですが、ここまで簡略的な天端も珍しいです。

材質、コンクリート、アスファルト。
以上!。



しかも、壁状の鉄筋コンクリートの高欄がとても薄い。
余分な体脂肪の少ない、アスリートの様なコンクリートダムです。



ダムを訪問する時は、国道から脇道を降りて、天端の脇まで車で乗り付ける事が出来ます。ダム管理所は、国道脇なので、天端から一段高い所にあります

ダムサイトの法面に、管理所に登って行ける巡視路があったので、散策ついでに登ってみました。



軽い気持ちで登り始めましたが、直ぐに後悔する事に。

日頃の運動不足が祟っています。
ドアーtoドアーのマイカー通勤なので、普段、外を歩く事はほとんどありません。
生活サイクルの中で、唯一、お日様の下を歩くのが、ダムだったりします。

階段の途中から観る玉川ダムの姿。
シャープで凛々しい表情に励まされつつ、もう少し上まで登ってみる事にしました。



しかし・・・。

階段を登り切った所でまさかの施錠封鎖!ショック大!!。

幸運にも、管理所の当直の方が外に出ておられて、お願いして特別に開錠して敷地内に入れて頂きました。
ゼーゼー言って登って来たので不憫に思われたのかもしれません(笑)。



疲れも吹っ飛ぶ管理所からの眺望。

あ!これはっ!
そうです、日本一高い重力式コンクリートダム、奥只見ダムにそっくりです!

質実剛健なシャープな表情、下流面と水面のコントラスト、何故か丸い網端まで奥只見のイメージに近いです。
もちろん、ダムをこの位置から俯瞰できるというのも、奥只見と共通する特徴と言えます。

昨日勝手に認定した、プチ下久保、奥出ダムに続いて、今日はリトル奥只見を発見しました!。



玉川ダム。
★★★

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石手川ダム

堤高88m
G/FAW 1972年 国交省

2011.10.10見学


松山市の市街地から数キロ、愛媛県庁からも10数キロの場所にあるのが国交省の多目的ダム、石手川ダムです。
松山市からのアクセスが良く、脇を通る国道317は、しまなみ海道と松山市を結ぶ最短ルートと言う事もあり、観光バスやレジャーの車が大挙して流れています。

堤高88m、堤頂長277.7mの巨体。
ダム目的は洪水調節、かんがい用水、上水道となっていますが、中でも重要なのは上水道で、松山市の約半分の水道水源となっているそうです。



天端から下流、大きな減勢工です。
河川維持でしょうか?、バルブより放流中。



下流の施設は発電所ではありません。
石手川北部揚水機場と読めます。



目を引く左岸のフーチング。
ブロックがとても巨大。一段で、建物で言うと一階分くらいありそうです。

こういう所に惹かれてしまうのは、ダム依存症の末期症状と言えます(笑)。



大きく見える石手川ダムの堤体。
左岸は少しカーブしています。



左岸の管理所にお願いして、管理所敷地内から撮影させて頂きました。

管理所の正門を入ると、休日だからか人感センサーが働いて、自動で退去を促すアナウンスが流れてちょっと驚きましたが、対応下さった職員さんはとても親切な方でした。

いかにも大型コンクリートダムという、威風堂々とした風情です。
クレストには真赤なラジアルゲートが2門、下部には放流中のバルブの他に、コンジットゲートも1門備わっています。



堤体にグラフィカルなアクセント。
多分、設備の何らかの補修工事で足場を立てた跡かなと思います。



最後に、交通量の多い国道を歩いて、正面が拝めるポイントに行ってみました。
国道は歩道なが無かったり、トンネルがあったりするので要注意です。

ここからなら、クレストの様子もよく見えます。
白い補修跡もレベルメーターみたいで面白いですね。

松山市に給水する貴重な水道水源です。
どうせなら、現在の水位がビジュアルで一目でわかる様に、下流面にこんな電光表示を付けてみては如何でしょうか?



石手川ダム
★★★

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佐古ダム

堤高31m
G/A 2001年 農水省

2011.10.10見学

柔らかなコンクリート。


パワードコンクリート・志河川ダムの次は、国道11を西に向かい、佐古ダムに来ました。
堤高31mに対して、堤頂長は210mもあり、かなり横広の堤体です。
集落の外れにあり、長い堤体を横たえていました。



減勢工の下流に架かる橋の上から。
気持ち下流面の傾斜が緩く見えるのは、おっとりとした表情の為でしょうか?。
自然越流式の薄いクレストゲートが5門。



導流壁が曲線を描き、かなり個性的なデザインとなっています。
でも、個性的なのは導流壁だけではなくて・・・。



導流壁から続く減勢工の形が面白い。
教会の鐘のような形をしていて、漏斗の様に水を集める形状になっているのです。

(写真は近すぎて全容が写っていません、副ダム下流から下流の用水路への部分です)



とても変わったデザインの佐古ダム。
曲線を多用した導流壁は、滑らかに減勢工へと連続しています。

何処となく、淡路島の成相ダムや、比奈知ダムのニュアンスが・・・。



いやいや、ニュアンスだけじゃなくて、この角の丸いフーチングは、成相ダムやお隣の北富士ダム、そしてやはり比奈知と共通のディテールです。

これらのダムは、何処かで何らかの関連があるのかもしれません。



ダム下の放流設備の屋根も比奈知に似てる?と、思うのは少々こじ付け過ぎ?。
水の使用目的に合わせ、5錠の放流バルブを持っています。



堤体のディテールも個性的ですが、負けず劣らないのが越流面の色です。
最近、濁流が流れたのかな?と思ったのですが減勢工の中は堆積物もなくキレイ。

なぜこんな茶褐色に?他では見ない色のストライプ。


東の山から太陽が昇ってきました。



ダム直下は減勢工の脇まで畑なっています。
うーん、個性的すぎる。



右岸の道を登って来ました。
対岸の左岸に管理所、見学者の駐車場は右岸にあります。

すっきりとした快晴の秋空。
湖面が鏡のようです。

志河川ダムと同じでクレストゲートぎりぎりまでめいっぱい満水の湖面。
佐古ダムは志河川と同じく、農業に使う灌漑用水専用のダムです。
一般的に冬は農閑期ですが、道後平野では冬季の裏作が行なわれており、まさにその水瓶がこの佐古ダムなのです。

このめいっぱいの貯水量を観て、下流面の茶褐色のストライプの謎が少し解けました。かなりの頻度で、常に水が流れている事が多いのだと推測。



湖面に眩く網端が映えます。

天高く、網端燃ゆる秋。



湖面に映る山並みが綺麗ですね。
佐古ダムは、志河川ダムと同じ事業で整備された、いわば兄弟ダムです。

但し、その生立ちは少し変わっています。
かつてこの場所には佐古谷池という土堰堤がありました。1845年完成という150年前の古い堰堤で、堤高15m、堤頂長90mと、当時としは立派なアースダムでした。

平成元年度からの道前道後平野農業利水事業の中で、新しくコンクリートダムとして再開発したのがこの佐古ダムです。



天端を散策します。
個性的な堤体のデザインと比べ、オーソドックスでシンプルな天端です。



日差しが心地よい秋の朝。
小鳥もやってきました。



天端から観ると減勢工の全容が良く見えました。
ね、変わってるでしょ?。

下調べの時に、衛星写真でこの形を見つけた時は、
「なんじゃこれ?」と、思わず口から出ていました。



真正面から観ます。
きゅーっと、すぼまった部分の両岸は、ぎりぎりまで畑と水田になっています。
水田では米の収穫の真最中。



写真を撮っていたら、散歩のおじさんがやってきました。

「雨が降ると、ここから水が流れ出る。そりゃあキレイなもんだ。」

おじさんは、ちょっとぶっきらぼうな言い方をして、またすたすたと去って行きました。たぶん、写真を撮るなら雨上がりがチャンスだと、言いたかったのだと思います。

それに、おじさんの口調は何処か得意げでした。
ダムの越流が美しい物として、おじさんの目には映っているのです。

この佐古ダムが、地元の方に親しまれている事が分かり、嬉しくなりました。



天端を渡った左岸にある管理所。
屋根の形が面白すぎます。

個人的には雪が積もる心配がいらない土地柄が羨ましい。



再び、下流面と減勢工。

その形も変わってますが、申し訳程度の副ダムと、極端に低い導流壁も独特です。
下流の送水路も狭く、それは、クレストからの放流量が最大でも多くないと言う事です。

そうであれば、クレスト5門の幅広の越流部は、本来の能力には必要なく、もっとコンパクトな設計もできたはずです。
つまり、この下流面の形状は、外観デザインを重視して設計されたのではと感じるのです。



ここまで推測して、頭の中で点と点が一本の線で結ばれました。

下の写真は、さっき観て来た志河川ダム。
同じ利水事業で建設された兄弟ダムです。

以前、神戸の布引五本松ダムのレポートで、五本松ダムと、お隣の立ヶ畑ダムのデザインは、雄ダム、雌ダムの関連性を持った、夫婦(めおと)ダムなのでは?と推論をしました。

そうです、男らしいダイナミックな志河川ダム。
曲線を多用し、しとやかな表情の佐古ダム。

この2基は兄弟ダムではなくて、実は意図的にデザインされた、夫婦ダムなのではないでしょうか!?。



右岸の少し離れた位置からの佐古ダム全景。
柔らかな印象のダム本体と、そこから滑らかに広がる減勢工。

佐古ダムは、150年も前に築堤されたアースダムからリニューアルしたコンクリートダムです。
アースダムの大らかな情景を、冷たい表情のコンクリートで壊す事の無いように、柔らかく優しいデザインを必要としたとも思えます。

雄ダムの志河川ダムと、雌ダムの佐古ダム。
訪問時は是非セットで見比べて欲しい夫婦ダムでした。



佐古ダム
★★★

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志河川ダム

堤高48.2m
G/A 2010年 農水省

2011.10.10見学

THE Powered concrete.


四国遠征最終日の3日目は、愛媛の志河川ダムからスタートします。
松山自動車道 いよ小松IC下車、国道11号を西へ7〜8キロほど走り、左折して数百メートルで到着。とてもアクセス良好な物件です。

早朝の志河川ダム、そこには思いもしなかったダムワールドが広がっていました。



うわっ、なんだこのカッコ良さ!
V字谷に打ち込まれたクサビのような風貌です!。

クレストには4門の自然越流ゲート。
導流壁が高く、天端の直下から立ち上がっています。
内側に倒れ込んだ様に見える(本当は倒れ込んでいない)導流壁、インパクトある造形です。

やや左岸よりに配置されたクレストゲート。そのため左岸側は堤址導流壁、右岸側は堤体導流壁と少々変則的なレイアウト。



高い導流壁から連なる減勢工も高く、迫力十分。
直下に架かる橋にも行けそうなので、後から行ってみましょう。



ひとまず、左岸の坂道を登って堤体正面に到着。
クレストゲートぎりぎりまでお水たっぷりの湖面。



左岸のモダンなデザインの管理所。

志河川ダムの事業者は中国四国農政局ですが、維持管理は土地改良区(道前平野土地改良区)が行なっています。
そうです、実はこの志河川ダム、見た目のイメージと異なり(?)灌漑用水専門の農業用ダムなのです。



管理所前から下流を望みます。谷の向こうの空の下は道前平野。

さまざまな表情のコンクリート。
ダムサイトは一面クールグレー一色、コンクリートに囲まれた世界。

うーん、かっこいいぞ!志河川ダム。



天端からV字の導流壁を見下ろします。
遠近感が誇張され、これまたかっこいい!。

ずばっと伸びる減勢工もいい感じです!。



右岸寄りの下流面、こちら岸は狭いながらも非越流部の下流面があります。
いずれにしても、きれいなV字をしたスタイリッシュな堤体です。

2010年竣工の真新しいコンクリートは白く、地表を埋め尽くしています。
いやあ、これはかっこいいダムだ!。



右岸寄りにある取水設備。

ごくオーソドックスなものですが、打ちっぱなしコンクリートのモダンな外観は、このダムの風貌によくマッチしています。



右岸には真新しい記念碑など。
淡々とした説明が映画のプロローグを思わせます。

雨量が多い太平洋側に比べ、同じ四国でも瀬戸内のこの地方は、打って変わって年間降雨量は全国平均を大きく下回り1300mm程しかありません。
その為、40年ほど前の道前道後平野農業利水事業において、太平洋側の仁淀川水系に面河ダムが建設されました。
面河ダムの水は四国山地を導流トンネルで貫き(!)、瀬戸内川の道前道後平野を潤します。

志河川ダムは、面河ダムからのかんがい用水に加え、新規のかんがい用水と、冬季の裏作用水を確保し、農業経営の安定と合理化を図るべく建設されました。



天端を見学した後、直下に降りて来ました。
ダムの下は、ちょっとしたイベントもできそうな公園が整備されています。

見上げ志河川。
スッキリとシャープなダム本体、そこから伸びる長い減勢工のバランスが絶妙。

何度も言います、かっこいい!。



広く平坦にコンクリートが打たれた左岸直下。
減勢工の外壁に触れる所まで自由に登る事ができます。



こんな所まで行けます。
まさに、コンクリート・ワールド。


これは壁打ちテニスの跡?
注意しないと減勢工の中にボールが飛んでいきませんか?。



真下に架かる橋から。

堤高は48.2mと、特別高くはありません。
しかし、コンクリートの造形は迫力に充ちて、観る者を釘付けにします。

the パワード・コンクリート。



エッジの効いた導流壁、大きく開けたクレストゲート。
その姿は、神々しくもあります。



どの角度から観てもカッコイイ!。

ダムのデザインって、どういったプロセスで、どういった人がデザインするのか、よく知らないのですが、この志河川ダムの場合、一見すると質実剛健で意匠的要素が立ち入る隙が無い様に見せて、実は「どうだ!かっこいいだろー」て、設計した人は確信犯じゃないかと思います。



ダム直下の公園エリアの一画に、ちょっと見慣れない感じの所があったので行ってみました。

遠くからは全く見当も付かなかったのですが、これが想像を超える珍設備。
実は、仮排水トンネル跡を利用した、コウモリ類の保全設備でした。



ただ単純にコウモリの為に解放しているだけでなく、コウモリが生息し易いようにコウモリの止まり場(ピット)を設置するなど、結構凝った施設となっています。

日本には30種以上のコウモリ類が生息しており、この志河川ダム周辺にはそのうち5種類が確認されているそうです。



農業用のダムと言えば、まず、のんびりとしたアースダムが思い浮かびます。
コンクリートダムだとしても、どこか牧歌的な表情のダムが多いのですが、
そんな中にあって、パワー溢れる造形で驚かせてくれた志河川ダムでした。



志河川ダム
★★★★

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野村ダム

堤高60m
G/FAW 1981年 国交省

2011.4.30見学

ダンディ・ノムさん。


本日最後のターゲットは、愛媛県西予市にある野村ダムです。
宇和島から車を飛ばして到着した頃には、太陽は大きく西に傾いていました。



貯水池は朝霧湖。
ゴールデンウィークなので、湖面にはカスケードこいのぼり。

ダムサイトにはつつじの生垣があり、公園になっていて、ジュースの自販機もあります。その為か、ひっきりなしに家族連れやデート中のカップルなど訪問者多数。
人が集まるから自販機があるのか、自販機があるから人が来るのか。

僕も水を買って、車中に常備のカロリーメイトで遅すぎる(&侘びしすぎる)昼食タイム。



真っ直ぐな天端は車道となっています。いつもの様に歩いて散策。

大きな選択取水塔。
サイズも立派ですが、天端にとても近いのも特徴的。


朝霧湖はブラックバスでも有名なポイントらしいです。

取水塔は一見恰好のストラクチャー(釣り用語で、魚が居付く人工物をそう呼ぶ)ですが、左右は光の届かない湖底から、鉛直に切り立った広い壁なので、余程魚影の濃いフィールドで無い限り、ここにはバスは居ないと思います。(魚影の濃い湖なら、他にもっと良いポイントもある)



下流を観ると、もの凄く大きな減勢池がありました。
この壁の高さ!まさに迫力の減勢工。



右岸まで来て横顔拝見。
飾り気の無い実直な造り、低く構えたクレストゲートがスマートです。



湖面には大きなフロートが浮かんでいました。
イベントステージとして使われるものかと思います。



左岸と同じように、右岸側も公園になっていて、ダムサイトは観覧席になる階段状のスロープがあります。

カモに餌をあげる子供たち。
何処からともなく子供からお年寄りまで、いろんな人が途切れる事なくやって来る野村ダムです。

来訪者に優しい野村ダム。あえてノムさんと呼ばせて頂きます。



「野村ダムは、とにかく下流からの姿がめちゃめちゃカッコいい!」
そんな事前情報を確かめるべく、下流面を目指します。

一度ダムサイトからふもとに戻って、別の道でダムの真下を目指します。

下流の道を進むと真正面にノムさんが見えて来ました。
適当な所で車を降りて、歩いて向かう事にしました。

カッコいいダムを、じっくり見ながら近づきたいと思っていました。



睨みを効かす2門のクレストゲート。
噂どうりのど迫力堤体!

減勢工の壁が学ランの襟だとすると、間違いなく番長クラスです。
番長ノムさん。

でもお客さんには優しいノムさん。



減勢工がゆるく左にカーブしているのが、少し斜に構えている粋な男前をイメージさせるノムさん。

堤高は60m。
ゲートと減勢工の迫力で、もっと高いダムだと錯覚してしまうノムさん。

人にとって一番大切な、飲み水と食べ物、そして住環境を司るFAWのノムさん。

力強さは優しさ。
実に男らしいダンディなノムさんなのでした。



野村ダム
★★★★

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柿原水源池第一貯水池堰堤

堤高18m
G/W(廃) 1931年 宇和島市水道局

2011.4.30見学

四国最古のメイソンリー。


須賀川ダム上流には、さらにもう一つ古いダムがあります。
名前は、柿原水源地第一貯水池堰堤。

第一という番号が示す通り、バットレス風の第二貯水池よりも古く、1931年に造られました。
現在は須賀川ダムの完成に伴い水道水源としての役目を終え、宇和島の森の中で静かな余生を過ごしているとの事でした。(なのでダム便覧には載っていません)

位置は第二貯水池堰堤から上流に800mと大した事はありませんが、役目を終え廃止された物件と言う事もあり、堰堤への道はかなり荒れています。

歩道が完全に崩落して途切れている場所もあり、それなりの心得と装備が必要です。
(第二堰堤は家族でも気軽に訪れる事が出来ますが、第一堰堤は歩道そのものが廃墟化していますから家族で訪れるのは無理です)



元々はもう少し道幅も広かったのかもしれません、第二貯水池の最上流部には立派なコンクリート橋が残っています。
熊鈴を鳴らしながら落ち葉の上をざくざく進みます。



橋を渡ると、歩道の表情が一層険しくなりました。
ここから右手に渓谷を観ながら斜面に沿って坂道となります。

この坂道を登り切った上が、きっとダムの天端です。
うっそうとした林の中をガレた足元に注意しながら進みます。

歩道は荒れ、斜面に伝わる一筋の棚でしかありません。
廃止施設なので監視カメラも無く、巡視の人も来ません。
転落して動けなくなったら生命に係ります。はやる心を抑えて慎重に慎重に・・。



坂の中腹まで来ると、木々の向こうに白く泡立つ斜面が見えました。
柿原水源地第一貯水池堰堤に間違いありません。



木々の向こうから水が堰堤を乗り越えて行く音が聞こえます。
しかし、木々が茂ってその姿を上手く観る事は出来ません。

見上げると天端のラインがかすかに確認できました。

視覚よりも聴覚を刺激するファーストコンタクト。



さあ、いよいよ天端に到着です。



天端に到着。
満水の湖面が目の前に広がっていました。

幅1mにも満たない狭い天端。
下流側の華奢な手摺と比べて、貯水池側の高欄は分厚く頑丈な造り。
貯水池の水面は、天端の路面の高さまで上がっています。
水面の波くらいなら、高欄で受け止めてしまう構造です。



貯水池側の様子です。
天端の左半分は越流する構造です。

水面上から見える非越流部は高欄部分だけで、越流部との違いは高欄の有無だけ。



その為、岸際の歩道からも水面がやたらと近く、しゃがむと水面に触れる事が出来そうな程です。

そんな様子が解るかな?と思って自分の足を入れて撮影してみました。
ちなみに、今回も長靴で来ています。



改めて堰堤本体を観ます。
堤高は18m。
下から上まできっちりと布積で積み上げられた表面。
天端から垂直に始まり中程で大きな弧を描く下流面、石積ダムファンを唸らせる美しいダム勾配です。

積み上げられた石材は少し小さめの印象。
それよりも、石材の間の目地がほとんどなく、まるでぎゅうぎゅうに貼り込んだタイルのような緻密な表情です。

竣工は1931年。
石積ダムとしては後発で、既に他のダムでは石積を脱ぎ捨て初めていました。
1900年の桂貯水池堰堤、布引五本松から始まった日本の石積ダム、30年余りの間に技術も進んで行ったのでしょう。



第一貯水池堰堤で残念なのは、その緻密で美しい姿の全貌を見る事が出来ない事です。

全ては森の中。

長い間水道水源として水を供給し働き続けた堰堤の末路としては寂しい気もしますが、表面を天然の石材で覆われたメイソンリーの廃ダムは、これからもゆっくりとした時間の中で自然と一体になって行くのでしょう。



以前、徳島の御所池のレポートで、御所池を「舞鶴の桂貯水池堰堤から続く石積ダムのシルクロードの終着点」と紹介しましたが、実はシルクロードはさらに愛媛まで伸びていた事が解りました。

さらに資料を見直すと、この第一貯水池の竣工年1931年は御所池(1935年竣工)よりも古く、明谷ダムと並び、四国地方最古のダムである事が解りました。

終着点だと思っていましたが、実は始発点でもあった柿原水源地第一貯水池堰堤でした。



柿原水源地第一貯水池堰堤
★★★★


おまけ。

今回、この記事を書きながら資料や地図を観ていたら、須賀川ダムの上流にもう1基古いダムがある事に気が付きました。
場所は、須賀川ダムのもう片方のバックウォーターです。

ひょっとして柿原水源地第三堰堤??
しかも、地形図や衛星写真を観察すると、アーチ式か、曲線重力式の可能性が大きいです。

岐阜から愛媛はとっても遠いので、誰か探って来て下さい(笑

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柿原水源地第二貯水池堰堤

堤高15m
G/W(廃止) 1951年 宇和島市水道局

2011.4.30見学

ラディカル・バットレス。


バットレスダム。
それは、オールドダムファンにとって、宝石のごとく光り輝く憧れのダム型式。
立ち並ぶ扶壁と梁、遮水壁が造る独自の造形が一番の魅力ですが、現存数6基と圧倒的に数が少ない事や、険しい山道を歩く事となる富山の2基をはじめ、どのダムも簡単には訪れる事ができない地にある事が、ロマンに満ちた魅力の根源となっています。

柿原水源地第二貯水池堰堤を初めて知ったのは、たまたま見ていた1冊の本でした。
INAX出版 「とっておきの風景 水辺の土木」



全国の希少な橋や堰堤などの土木遺産を、伊東孝教授の解説と、西山芳一先生の美しい写真で綴った1冊。
本章とは別の対談形式の記事の中に、500円玉ほどの小さなモノクロ写真といっしょに「バットレスダム」として紹介されているダムがありました。
それが今回訪れる事になった柿原水源地第二貯水池堰堤です。

記事の中では詳細には触れず、愛媛県宇和島市にあるとだけ記されていました。

愛媛県・・・。
やっぱりバットレスダムへの道程は遠く険しい。
だが、ひょっとして幻の国内7基目バットレスダムではないのか?。

と、言う訳で現地に飛んで確認して来ました。

場所は須賀川ダムの「脱ぎ捨てたパンスト形」貯水池の、片足のインレットを少しだけ遡った場所です。



手前にあるのが柿原水源地取水堰(洗い堰)
大正時代に造られた宇和島市の上水道、この洗い堰はその時に築かれた取水堰だと思います。

その上流にもうひとつ、人工の構造物が見えます・・・。



無骨な壁が両岸に茂る木々の向こうから睨みを効かせています。
これが、柿原水源地第二貯水池堰堤なのかっ!。



どきどきしながら右岸の道を歩きます。

横から観る取水堰。
堤高は目測で5mにも満たない小さな堰です。丸く整った野面石がきっちりと積まれていました。
堰全体はゆるいアーチ状になっていて、苔生した両岸の表情も趣があります。

大正時代の古いものなので、ひょっとしたら内部まですべて石積の石工ダムかも・・・と、思いますが真相は不明です。



取水堰を横目に林の中を歩きます。
元々は自動車も通れる道だったと思うのですが、長年積もった落ち葉と腐葉土でふかふかした道です。

数十メートルも歩くと視界の先に分厚いコンクリートの扶壁(バットレス)が見えました。



落ち葉の道からコースアウト、茂った枝をくぐると幻のバットレスはもう目の前。



見上げるとそこには、今まで見たことの無い異様なダムがそびえ立っていました。
垂直に切り立ったコンクリートの壁、それを極太の扶壁が支えています。

どうも、この扶壁で壁を支える構造が、水辺の土木の中でバットレスダムと紹介された所以で、丸沼ダムや、笹流、真立のようなバットレスとは異なる物でした。
言うなれば「バットレスもどきダム」、型式としては重力式コンクリートが正しいようです。

でも、そんな事はどうだっていいと思えるこの色香!!。
7つの無骨なバットレス、その表面はざらざらと乾燥し深いしわ模様が刻まれています。



その、乾いた象の足のようなバットレスの間に入ってみました。

目の前は遮水壁。
意外な事に、壁の表面は一面水苔で覆われていました。

実はこの堰堤はトップオーバー型の全面越流タイプで、結構な頻度で堰堤上を水が越えて行く様です。



そのまま振返って、苔に覆われた遮水壁を背に下流側を観ます。
バットレスに負けない凄い存在感の凸凹した叩きが広がっています。



大小さまざまなブロックを積み重ねた不思議な光景。
木曽川の大井ダム下流左岸のブロックをスケールダウンした感じでしょうか?
それでも一段一段は50cmくらいの段差があります。



何段も飛び降りるように下まで降りてみました。

叩きの下は堰堤と同じ川幅で、数十メートル下の洗い堰に繋がっています。
左手に湧き上がっているのは貯水池から取水設備を通って来ている水です。

ボコボコと湧き上がる水と一緒に水の粒子が舞い上がり、辺りは新鮮な水の香りでいっぱいです。



段差を降りて見上げます。

岩盤を削ったような荒いコンクリート。
不規則ながら一定の方向に向いた無数の段差、立ちはだかる扶壁、壁。
水の香りに包まれて、まるで海底遺跡に迷い込んだ錯覚を覚えます。

これば凄い堰堤だ!。

コンクリート表面に凍害防止剤を塗布され、滑らかで女性的な肌の丸沼ダムや富山のバットレスダムとはまるで違う、男性的な剥き出しの肌。

なりふり構わず打たれたブロックはコンクリートアーマー。

戦闘的な扶壁式堰堤〜ラディカル・バットレス。



興奮ぎみにしばらく周囲をぐるぐる徘徊。
その後、ブロックに腰掛け幾度となく堰堤を見上げます。

堰堤の正面形状は川幅いっぱいに広がったスクエアな形状。堤高は15mと河川法でダムを名乗れる高さがあります。
凸凹した叩きの下の水面にもコンクリートの面が沈んでいて、15mの下半分は基礎地盤から叩きの厚みかもしれません。(扶壁付きの壁自体の高さは6~7m?)
そう思うと、よりいっそう不思議な堰堤に思えて来ました。(断面形状ってどんなんだろう)

下から見上げる堰堤。
左岸寄りに丸い高欄がチラっと見えています。

一息ついて落ち着いたので、貯水池側に移動します。



落ち葉ロードをザクザク登って堰堤の右岸に来ました。
天端は壁の頂点にすぎず、人は歩く事が出来ません。



ほぼ垂直の下流面に比べ、上流側は少しだけ角度が付いていました。
岐阜の大洞防災ダムや、尾道の門田貯水池堰堤に近い形状です。

形状からすると砂防堰堤に近いのですが、水道水源地として造られました。
また、すぐ上流に既に既存のダムがあり、砂防堰堤としての役割は最初から無かったと思われます。

ますます謎が深まる柿原水源地第二貯水池堰堤。



向こう岸に見えるクラシックな取水塔。
1951年完成なので、完成当時から少しレトロなタイプだったかもしれません。

上流面が鉛直であれば堤体に張り付いた半円形の取水設備になると思いますが、上流面に勾配がある為、独立した塔になったと推測。

こちらから観ると貯水池の中に孤立している様に見えますが、向こう側に橋が架かっています。



愛媛県、宇和島市の山間に不思議なダムがあります。
柿原水源地第二貯水池堰堤。
長い名前が示す通り、この上流に第一貯水池堰堤もあります。

1951年に完成したこのダムは、その後1975年にすぐ下に須賀川ダムが完成した為、現在は一線を退いています。



柿原水源地第二貯水池堰堤
★★★★

※堤高や竣工年等の情報は、夜雀さんの雀の社会科見学帳を参考にさせて頂きました。ありがとうございました。


おまけ

堰堤の付近は古い浄水場跡が公園になっています。
水路には新鮮な水。

中を覗くとカワヨシノボリが居ました。
僕の家は長良川の源流に近い所で、家の前はアマゴやイワナも釣れる渓流ですが、チチコ(地元ではチチコと言う)はすっかり姿が無くなりました。

何気ない水路にこんな魚が居るなんて、とても水が良い証拠です。

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