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山崎ダム

堤高不明
G/P 電源開発

2011.10.9見学


早明浦ダムから吉野川に沿って下流に車を走らせます。

しばらく走ると、吉野川をまたぐ堰が見えて来ます。
電源開発の山崎ダムです。
山崎ダムは、早明浦発電所から出た水の逆調整用の堰として造られた施設です。

右岸の駐車場にあった看板の図面よると、堤頂長240.7mとありました。
堤高は記されていませんが、15mに満たないのは見ただけで直ぐに判ります。



ひたすら対岸までまっしぐらに伸びる管理橋。
幅は狭く、2m弱といった感じです。

歩道として解放されていますが、二輪車も通行可です。



蛇行しながらゆったりと流れる静かな湖面。

川が蛇行を繰り返すという事は、それだけ上下流で高低差が無いという事かと思います。
川は少しでも低い土地を求めてフラフラと蛇行する性質があるからです。

それは、ひとたび洪水は起こると、周囲の広範囲に水害の危険があると言う事ですが、上流に早明浦ダムが完成し、その危険は無くなりました。



管理橋から下流を観ます。

黄昏時の吉野川。
上流と変らない大らかな流れです。



3門ある可動ゲートは左岸に寄せて配置されています。
6.1m×28.0mのシェル構造ローラーゲートが2門。
それに、左岸端に5.5m×4.0mのローラーゲートが1門。

小さい1門のゲートは河川維持放流など、常用の小規模放流に使用されているのかなと思います。



管理橋を渡り切り、左岸に来ました、写真右が上流です。

両岸ともに樹木が植樹され、ダムを観察するには眺望は良くありません。
黒い幹の樹木は桜かなと思います。

今頃はさぞかし綺麗に咲いている事でしょう。



吉野川の川面を観ながらの帰り道、管理橋の真下の浅瀬に沢山の魚が群れていました。ヒラヒラと体をくねらせると、ギラリと銀色に光って見えました。

姿は毎度おなじみのニゴイさんに見えますが、こんなに群れているのは初めて見ました。ニゴイさんも、少し似ているウグイさんも産卵は春なので、なぜ群れているかは謎。

しばらく群れニゴイの写真を撮って車に戻ります。



振り返ると、バイクで犬の散歩に来たおじさんが、僕が写真を撮っていた所で下を観ていました。

「さっきの兄ちゃん、何の写真を撮ってたんだ?。あ、これか?」

って、感じ。



と、言う事で第3回四国遠征2日目は無事終了。
明日は愛媛県を巡ります。

山崎ダム
★★


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汗見ダム

堤高18.5m
G/P 1972年 電源開発

2011.10.9見学


稲村ダムから下界に降りた後は、「四国の命」早明浦ダムを再訪しました。

真正面に架かる県道の橋より。
近からず、遠からず、橋からの早明浦ダムは絶妙の距離感です。
ダム下の広場では自動車のイベントが行われていて、オーディオからの音楽が聞こえていました。



橋の左岸にある吉野公園に車を置いて、左岸沿いに散歩してみました。
以前に来た時は、天端をメインに見学したので、ここに来るのは初めてです。

途中に電源開発さんの施設などがありました、早明浦ダムでの発電は電発さんが行っています。

堤高106m、堤頂長400m。
水資源機構の多目的ダムで、ダム目的はFNAWIPと多岐にわたっています。

四国のダムの代表格ですが、その働きと存在感は、日本を代表するダムの一つと言って差し支えないでしょう。



見上げ早明浦。

凄いな、かっこいいなあ。
またもや惚れ直してしまいました。



早明浦ダムでドキドキした後は、一昨年「発見」された汗見ダムへ向かいます。

竣工は1972年と40年も前ですが、夜雀さんの調査でその存在が明らかになり、最近になってダム便覧に登録されたという珍物件です。

早明浦ダムのすぐ下流で吉野川に合流する汗見川をおよそ8Kmほど上流に遡ります。厳重なフェンスの向こうにシンプルな堤体が見えました。
電源開発の汗見ダムです。



全面越流のダム本体。
形状が単純なので写真では小さく低く見えるかもしれませんが、堤高は18.5mもあり、立派な重力式コンクリートダムです。



ガラス色の綺麗な水。
完成から40年を経たとは思えない白く綺麗なコンクリートは、苔を生す暇もないほど頻繁に越流している証かと思います。



それを裏付けるかのような左岸端の状態。
堤体本体と、左岸の繋ぎ目は表面が摩耗して鉄筋が露出していました。



堆砂著しいダム正面。
早明浦ダムへ送水している取水口や排砂ゲートは手前の右岸にあります。

越流部の丸みが可愛い。



ここで取水した水は早明浦ダムへ送られています。

堆砂が多く、貯水池というより砂防ダムを観るようですが、送水の機能には差障りはない様です。



汗見ダム
★★


おまけ。
本日の四国遠征2日目ですが、大森川ダム訪問を最優先としてしましたが、
もう1箇所、予てから訪問したいと思い続けていた場所がありました。

早明浦ダムの貯水池上流部に架かる「三ッ石橋」です。
著名な写真家の印象的な作品で見覚えのある方も多いかと思います。

静かな貯水池に突如として現れる、赤く不思議なトラスの橋です。
早明浦ダムを訪問した際は、ちょっと寄り道してこの橋を探してみるのも良いかと思います。


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稲村ダム

堤高88m
R/P 1982年 四国電力

2011.10.9見学

天空のバルコニー。


念願だった大森川ダムを訪問し、無事下界に戻ってきました。
現在時刻は午後1時、さて次はどのダムに行こうか?。

前回、天端が工事中だった大橋ダムと、高藪取水堰堤を再訪してもいいし、お気に入りの長沢ダムに行くのもいいなあ。
そういえばこのエリアで未踏のダムがありました。
大橋ダムを下池として揚水発電を行っている四国電力のロックフィル、稲村ダムです。

稲村ダムの位置は大橋ダムから南東におよそ5km、地図上では近いのですが、いざ向かうとなると小一時間延々と峠道を登る事になるので、時間に余裕が無いと訪れるのが難しい物件です。

ダムの手前で、とても不思議な岩山に出会いました。
もしかしたらと思ったのですが、後から四国電力本川発電所のパンフで確認すると、やはり稲村ダムの原石山でした。

最近のダムは原石山を水没エリアや湖畔となる場所とする事が多いかと思うのですが、これだけ目立つ所にあるのは珍しいと思いました。

原石山の周辺は計画的に植林され、岩肌と緑のコントラストがとても自然で、お世辞抜きで美しい景観だと感じました。
環境破壊の象徴のような言われ方もされるダム建設ですが、その爪跡が美しい景観を造りだしているとしたら、どうなるのだろう?。

剥き出しの岩盤が美しい景観であるかは個人の主観もあるけど、この風景がもし自然界の天然の産物であったなら、ダイナミックな絶景として人気の行楽スポットになっているのではないか。

なんて事を思いつつ、稲村ダムを目指します。



ダムの周辺は、ここもまた秘境と呼ぶに相応しい辺境の地で、稲村ダムが建設される前は、何も無かった所だと思います。
そんなロケーションなので、稲村ダムが完成しても、ここには稲村ダムしかありません。

(四国はロックフィルの事をロックヒルと呼ぶのか?たしかに岩の丘と呼びたいのも解るけど)



原石山から1〜2キロほど進むと岩村ダムに到着。

ふもとから一気に500mほど駆け上がって来ました、天端の標高はおよそ1100m。
ここは少し秋が深まっています。



ダムサイトには広い駐車スペースが確保され、小さな公園のように整備されていました。

独特の緑掛かった四国の石、えーっと、名前は緑色片岩だっけ?。
公園スペースには、その緑の砕石が敷き詰められていました。
この辺りでは当たり前に観る石だけど、地元の人にも、ちゃんとその美しさの自覚はあった訳です。



稲村ダム本体を左岸から。
天端は立入禁止となっています。



堤高88m、堤頂長352m。
とても立派なロックフィルダムです。

立入禁止の天端は柵などもなくスッキリ。
その事もあり、ロックフィルダムとしては異例なシャープな顔をしています。



リップラップは整形タイプの様なのですが、大小の石が混在する特徴的な表情をしています。
ひとつひとつの石も平らで角が鋭く尖っている感じです。

苔や雑草がほどんどなく、乾いたドライな印象。
陽光を照り返し銀色に輝いて見えました。



リップラップの下の方を観ると、広く高く盛土がされていました。
アスファルト舗装の道も見えます。

天端からリップラップの中を葛折れに降りて行く巡視道がある様です。



東を向いたダム本体、南北に長く広大な貯水池。

北西方向の大橋ダムの貯水池にある本川発電所まで、落差560mを使って揚水発電を行なっています。



駐車場などの周辺施設が綺麗に管理され、色白のリップラップから新しいダムかと思ったら、1982年竣工と思いのほか古いダムでした。

標高1100m、天空のバルコニー。
聞こえるのは鳥のさえずりと、風が木の葉を揺らす音だけ。
雲は手の届く場所にあり、隙間からの陽光がリップラップを眩しく照らしていました。

訪問には少し手間と時間が掛かりますが、ドライブ気分で余裕を持って訪問されるのをお勧めしたい心地よいロックフィルでした。



稲村ダム
★★★

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大森川ダム

堤高73.2m
HG/P 1959年 四国電力

2011.10.9見学

孤高の騎士。


大森川ダム。
それはダムに心を奪われてから、ずっと忘れる事なく思い続けていた、僕にとって幻のダムである。

高知の山奥深く、吉野川源流部の支流である大森川渓谷にあり、ダムへと向かう林道はどれも難所の酷道であり、通行止めも多い。

最初にアタックしたのは2010年の2月。
この時は林道が工事の為、完全な通行止めであった。
諦めがつがず、ダメ元で林道入口から数キロ入ってみたものの、生憎の雨天でダート路面はぬかるみ、工事現場まで達する事なく撤退を余儀なくされた。

2回目のアタックは2011年5月、この時の四国遠征も雨に祟られた。
さらにアタック予定の前日に子供が熱を出し、急遽帰還命令が下され断念。
大森川に嫌われているのか。ダムの神よ、何故試練をあたえたもう。

そして、3回目のチャレンジを慣行したのは2011年10月の事であった。
今回アタックを10月としたのは訳があった。
まず、ダムまで続く全長11キロにも及ぶダート林道は雨が降るとぬかるむ事が予想され、10月は晴天が多く天候が安定する時期である事。
そしてもう一つは、ダム便覧やネット上の大森川ダムの写真は何故か曇天の写真ばかりであった事。

晴天の大森川ダムを観てみたい。
すっきり晴れ渡った秋空をバックに大森川ダムを観て、そして写真に収めたい。

鏡ダムに立ち寄った後、国道194を北進。
午前9時、大森川渓谷沿いにダムへと続く林道の入口に到着。

大森川ダムまでは、これ以外にも林道が存在するが、通行止めが多く、例え開通していても常識では想像もつかない超ウィザード級のハード林道であり、素人が2駆の乗用車で行くのは自殺行為に等しい。
唯一、普通の車で行けるルートがこの渓谷沿いの林道であり、そこから向かう大森川ダムこそ、普通車で現地まで行けるダムとしては、最高難易度のダムと言える。



林道入口から数キロは林の中を地形に沿って進む林間ダートである。
10キロ以上もダートが続く、タイヤにダメージを与えない様に慎重にデミオ号を進める。

焦る事はない、今日は大森川ダムのみを落とす計画なのだ。



林間ダートを3〜4キロほど進むと視界が開けて来る。
今度は谷底まで100mはあろうかという山腹を延々と進む事になる。

ここは天国への階段か、それとも地獄の入口か。



去年の冬にアタックした時と比べて、非常に走りやすいダート林道。
実は、最近補修がされた様で、深い轍は砕石がきっちりと敷き詰められ、覚悟していたより路面のコンディションがとても良い。時々、車体の底をコンコンとノックされるが全くの想定内である。

但し、轍を埋める砕石は拳大の石が多く、常にパンクの危険がつきまとうため進路は慎重に選ぶ必要がある。

また、待避所が悲しいほど少ない。幸い一台も対向車が無かったが、運が悪いと何百メートルもバックする事になるかもしれない。

ともかく、昨日迷って突入した普当池左岸のダート林道と比べたら、これでも快適とすら感じてしまう。
一度地獄を味わうと、直ぐに免疫が出来てしまうダムファンの性が恐ろしい。



さらに進むと、はるか眼下に見えていた渓谷がすぐ側に見えるようになる。
ここからダムまではアップダウンも少なく、快走ダートが4〜5キロ続く。

さあ、難所は超えた!。



ダムまであと1キロの地点に渓谷を渡る橋がある。
橋を渡るとダム左岸にあるダム管理施設に、そのまま進むとダム右岸に達する。

僕が選んだのは、そのまま直進して右岸に向かう道である。
橋から上流へ500m、ゆっくりと車を進める・・・。

前方の谷間にコンクリートの巨大な壁が見えてきた!!

高鳴る期待!
心臓の鼓動が聞こえてきそうだ!




おおおおおおおおお!



をををををををををををををを!



ついに来たーーーーーーーーー!!!
幻のダム、大森川ダム!!!

雲ひとつない快晴の空。
大きく翼を広げるその勇士。

大森川!
嗚呼!大森川!!

美しいV字の谷底から築かれた73.2m。
カッコイイにも程がある!



胸元に刻まれるのは巨大な十字架か。

左右に伸びるホロー内部と通じる換気口への巡視路。



しゃーばばばばばばばばば。

深い渓谷を跨ぐ大森川ダム。
河川維持の放流の水音は、塞がれた谷底に反響し、辺りを支配している。

ここからまだ300mは離れているが、音源が耳元にあるほど近くに感じる。
まるでヘッドホンで音を聞いているようにさえ感じるのは、眼前の風景が現実離れした絶景である為か。

これは現実か、それとも夢か。
現実世界にしては、あまりにもヴァーチャルな空間。
現実ならずっと眺めていたい、夢なら永遠に。



真直ぐに落ちる人工の滝。
意図的に刻まれた横継目のライン、ラディカルな堤体デザインにとても良く似合う。

ごつごつした河原の自然な情景が、現実世界と僕を結ぶ唯一のロープ。



林道は相変わらず一台も車が来ない。
放流の音だけが高知の秘境に響き渡る。

持参したコンビニ弁当で昼食。
一時間ほどダムを鑑賞していたら、天端の向こうから雲が湧いて出てきた。
最初、日本晴れの青空で鑑賞できたのは、奇跡的なタイミングだったのかもしれない。ダムの神様に感謝。

太陽が真上に近くなると、堤体の中程、十字架の少し下辺りで堤体の色が変っているのが解る。
中空重力式の堤体は、途中で傾斜が切り替わっていて、光線の当り具合で表面の明るさが異なって見えるのだ。



時間はまだ余裕がある。
蛇に睨まれた蛙の様に、またしばらく堤体を観ていたが、林道を奥に進み堤体右岸に行ってみる事にした。

ダム直下からダム右岸へ上る坂道。意外にもここだけコンクリートで舗装が。
快適、快適。



坂道を登り切ると直ぐにダム本体の右岸に到着。
天端は厳重なフェンスにより立入禁止。

岸沿いの車道から間隔なく始まる天端、とてもタイトである。



フェンスの隙間からレンズを出して写真を撮る。

イージス艦の装甲を思わせる硬質な表情。

全ては省コンクリートの為に。
無慈悲でクールな造形は、中空重力式ならではの迫力と魅力に溢れる。



そこには、バケットカーブといった、技術者の主義志向が反映できる要素はない。

高欄でさえ只のコンクリートの一枚板でしかなく、そこから一気に突き落とす様に始まる下流面。



途中で勾配が切り替わるが、それも構造的な要素の一つでしかないのだろう。

山の中に射す光のように、全てが直線で構成された大森川ダムの姿。



唯一、この大森川ダムの外観で曲線が使われているジャンプ台の基部。
木々に隠れているがジャンプ台は側面からアーチ形状にくり抜かれている。

これも省コンクリートの為、アーチ状であるのは力学的な要素。
何処までもクール、それが大森川ダム。



ダムサイトを少し離れ、上流面を望む。

わずが15年の間に13基のみ建設された中空重力式ダム。
この大森川ダムの竣工は1959年。
1957年完成の井川に続き、中空重力式としては国内二例目のダムである。

省コンクリートが目的であり、よって小型ダムの施工例が無く、73.2mもあるこの大森川でさえこの型式では特別高いダムではないが、シャープな風貌がそう思わせるのか数値以上に高いダムに感じる。

U字谷に造ってこそ真価を発揮する型式であり、191mの堤頂長はこの型式では短い方である。
但し、下流面から観たV字谷の光景は両岸の山の張り出しによるもので、実際の堤体正面形状は、もっとU字谷に近いものではないかと想像される。



静かな貯水池。
矢木沢ダムや三浦ダムにも通じる最果て感が漂う。

実際、吉野川最上流の源流部に築かれた長沢ダムを下池とした揚水発電の上池を担うのが大森川ダムの使命であり、名実ともに最果ての秘境と言って良いだろう。



対岸に見えるダム管理所。
左岸にもほとんど平地がなく、非常のタイトな立地である。



揚水発電専用のダムである為、ダム本体には取水設備などは一切無い。
クレスト中心に構えるクレストゲートも1門のみと潔い。

クレストから此方の右岸に延々と伸びている物がある。
先程、渓谷に水音を反響させていた河川維持用のホースの様だ。



1997年の河川法改正により、発電用ダムに於いても河川維持の為の放流が義務となった。
クレスト脇からの放流は、半世紀にのぼる大森川ダムの歴史の中では、つい最近の変化だと言えるだろう。

堤体から右岸へと続く2本のホース。
岸に一旦上陸したホースは右岸に沿い、貯水池に浮かぶ取水設備へと繋がっていた。



僕にとって幻であった大森川ダム。

記念写真など滅多に撮らないのだが、3年と8ヶ月、15万キロを付き合ってくれたデミオ号と記念撮影。

高知の自然と水の恵みにも感謝。
電気のある便利な暮らしも、大森川ダムの様にひっそりと人知れず働き続けているダム達のお陰である。



高知の秘境にその姿を魅せる大森川ダム。
それは想像を超える恰好良いダムであった。

ダート林道を延々一時間ほど進んだ先にあり、誰しも勧められるダムでは決して無い。しかし、ダムファンなら可能であれば是非訪問して欲しい名堤である。

多少苦労しても、必ず期待以上の驚きと感動を持って迎えてくれるだろう。



秘境にそびえる孤高の騎士。
大森川ダム

★★★★★

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鏡ダム

堤高47m
G/FNWIP 1966年 高知県営

2011.10.9見学

「四国の命」、高知の分け前。


今回の四国遠征の最大の目的は、大森川ダムを訪れる事でした。
遠征2日目は、ターゲットを大森川ダム1基に絞って挑みます。

高知道南国SAで車中泊をして、朝一に向かったのは高知県営の多目的ダム、鏡ダムです。

ターゲットを大森川1基に絞って於きながら、いきなりの寄道ですが、このまま大森川へ向かうと丁度8時くらいに林道を通過する事になるので、工事などの関係車両と林道で遭遇しそうな時間を避ける為の時間潰しなのでした。

鏡ダムまでは高知道伊野ICから僅か数キロ、高知市の中心街からも10キロ程度のアクセスの良さ。
そのアクセスの良さから何時でも行けそうなイメージがあり、未踏のダムファンも多いのではないでしょうか?。
確かに、少し足を延ばせば「四国の命」早明浦ダムや、貴族的なルックスの大橋ダム、穴内川と大森川の2基のHGなど有名処のダムが多いこのエリアにあって、少し影の薄い鏡ダムです。

早朝の鏡ダム。
ダムの右岸下に立派なウッドデッキの展望スペースがあり、ダムを愛でる事が出来ます。

周辺は沢山の桜が植樹され、桜の名所となっているそうです。
立派な広いウッドデッキはお花見の宴会スペースなのかも。



印象的な濃赤のラジアルゲート。
クレストセンターに非常用洪水吐 9.5×9.5m 1門。
左右にオリフィスゲート 5.3×5.3m 2門の布陣。

鋭い造形の堤体導流壁もヒーローの襟みたいでカッコイイです。



ボリューミーな副ダム。
ダム巡りの朝一なのでOKですが、何基も見た後では胸焼けしそうなボリュームです。両岸に三角断面の非越流部があり、副ダムですがちょっとしたダムの風貌。



副ダムの中に見えるのは仮排水の跡でしょうか?。
ガチガチに川床を固めていなくて、天然の岩肌が見えるのも印象的です。



右岸の道を登って、車で天端を通過しました。
大きなダムですが天端の幅が一車線程度と狭めで途中で停車する事もできず、写真はいきなり左岸となります。左岸に見学者が使えるパーキングがあります。

対岸の白い大きな建物がダム管理所ですが、こちらの左岸にもダム本体から直接生える感じで建物があります。



対岸に新しく管理所が出来て、こちらの建物は引退しているみたいです。
無人の建物には「管理棟」のプレートが後付けされていました。



左岸から天端。
天端は右岸端で少し折れ曲がった形をしています。



無人の管理棟の柱に「展望台↑」の文字。



左岸のパーキングに車を停めた時から、建物の屋上が気になっていました。
管理棟の屋上に手摺やベンチらしきものが見えていたのです。

ダムサイトの右岸には幼稚園や保育所があり、園児のお散歩でここに登る情景が頭に浮かびました。
管理棟の屋上を展望台として開放、ナイスなアイデアです。



ところが今日は日曜、しかも朝の6時とあって、残念ながら利用できませんでした。

「タバコの火には気をつける。」

きっと愛煙家が作った看板ですね(笑)。そうじゃなかったら多分禁煙なので。
愛煙家にとって世知辛い世の中です、ダム展望台くらい思う存分吸って下さい。



展望台を諦めて天端を歩きます。

ラジアルゲートの真っ赤なアーム。
思いのほか白いコンクリートは放流の頻度が高い証かもしれません。

白い斜面と踏ん張った両腕。
スキージャンプ競技の選手の目線みたいですね。
ピッ、ピッ、ピッ、ポーン!と音が鳴ったら、飛び出して滑り出して行きそうです。



ダム下には発電所。
FNWIPと働き者の鏡ダムです。
発電事業は四電でも電発でもなく、高知県営の様です。



その名の通り鏡のような貯水池。
ダム名の鏡は、鏡川という河川名が由来です。
急峻な山地から短い距離で一気に海へと注ぐ四国の河川は、どの川も美しい川ばかりです。

鏡ダムの水源は鏡川の水の他に、早明浦ダム上流の堰堤から導水トンネルで水が供給されています(高知分水)。



四国四県に水を供給し、文字通り「四国の命」である早明浦ダムは、高知にありながら実は高知県内への流量配分はわずか4%でしかありません。
(徳島県48%、香川県29%、愛媛県19%、高知県4%)

この4%というのが、高知分水から送られた鏡ダムへの給水分だと思います。
(間違っていたらごめんなさい)



少し影の薄い鏡ダムでしたが、高知市民に親しまれているとても立派なダムでした。その役割も大きく、時間潰しに訪問したのが申し訳ない素敵なダムです。

これからの桜の季節に是非お勧めしたいダムと締めくくり、罪滅ぼししたいと思います。

鏡ダム
★★★

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奥出ダム

堤高18.7m
G/A 1991年 高知県営

2011.10.8見学

プチ下久保。


謎のフィルダム(あえてロックと言わない・・・)普当池を調査して、一時はガス欠の危機にあった本日のダム巡りの予定は完了です。
日没まで少しだけ時間があったので、近くの奥出ダムに行ってみる事にしました。

ジル蔵池や普当池のあるこのエリアは、他にも灌漑用のアースダムがいくつもあり、15m未満の溜池も含めると沢山の土堰堤があります。

集落の奥にコンクリートの構造物。ありました、奥出ダムです。
奥出ダムはアースダムの多いこのエリアで唯一のコンクリートダムです。



竣工は比較的最近(?)の1991年。
1キロほど西にコンクリートダムの和食ダムが計画中で、このエリアは、古いダムはフィルダム、新しいダムはコンクリートで・・・といった感じ。

堤高18.7mの小さなダムですが、天端はちゃんと車道になっています。
いつもの様に歩いて散策。堤頂長も62mとコンパクト。

あっと言う間に右岸かと思えば・・・。



おやーっ?

右岸の端っこが折れています。
しかも、ぱきっと直角90°コーナー。



わっ、下久保だ、下久保だ!。

右岸の副堤体の部分はダム本体とほぼ同じ長さがあり、その感じも下久保にそっくり!。



見事な直角コーナー。

副堤体の部分はそんなに高さはありませんが、盛土をしているかもしれないので基礎地盤からの堤高は外観からは不明です。



今迄、「堤体が直角に折れているダムは?」とクイズが出たなら、下久保ダムが正答でしたが、マニアックな人は是非「奥出ダム!!」と答えて下さい。



プチ下久保。奥出ダム

★★


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普当池

堤高17m
R/A 1956年 高知県営

2011.10.8見学

ミステリー・ゾーン。


最新鋭の綺麗なダムも好きですが、どちらかと言うと古くて渋いダムが好きです。

一日で幾つものダムを巡る時は、古いダムは極力落とさずに見学しています。
いつもコンクリートダムが主体ですが、ロックフィルも特徴があったり、竣工が古いものは観るようにしてきました。

日本のロックフィルで、歴史ある古いダムベスト3はこの3基です。

第一位
日本最古のロックフィルは、岐阜県の小渕防災ダム。
完成は1951年です。
丸山ダムや小里川ダムなども近く、古いダムですが比較的訪れやすいダムです。
ダム湖の上を東海環状自動車道が通過しており、知らない間に通過しているという人も多いのではないでしょうか?



第二位
岩手県の石淵ダム。
小渕防災ダムよりも着工が早く、見方を変えればこちらの方が古いとも言えます。
小渕防災ダムは、1948年着工、1951年完成。
石淵ダムは、1945年に着工、完成は1953年です。
現在真下に胆沢ダムがほぼ完成しており、やがて胆沢ダムの湖底に永久保存される事となっています。



第三位
天空の楽園こと、群馬県の野反ダム。
こちらは1953年着工、完成は1956年です。
非常に美しいロケーションの中にあり、とても好きなダムのひとつです。



さて、日本のロックフィルを古い順に3基ほど観て頂きましたが、この3基が一般的なロックフィルとは少々違う事に気が付かれたでしょうか?。

そうです、この3基全て表面遮水型なのです。
鉄筋コンクリートの遮水壁で水を留めている、ごく初期のロックフィルに採用されていた型式です。
そうとなれば、ある疑問が生れるのは至極当然と言えます、その疑問とは・・・。

「日本で最初にコアを持ったゾーン型ロックフィルはいったいどのダムなのか?」

ダム便覧で調べてみると、野反ダムに次いで4番目に古いロックフィルは、高知の「普当池」というダムである事が判りました。

しかし、ダム便覧には写真が1枚も無く、遮水の型式も、どの様な姿のダムであるかも判りません。
それどろか、位置さえ未確認であり、普当池というダムが本当に実在しているかも確証がありませんでした。

と、言う事で、位置未確認の普当池を発見し、表面遮水であるか、それともゾーン型であるのか、その疑問を解き明かす為、四国は高知へと向かったのでした。

地形図と衛星写真で、事前に目星を付けた池に向かいます。
土佐湾の海原を右手に見て国道55号を東進、御殿ノ鼻という小さな岬の辺りで左折して山側の集落の中へと車を進めます。

河川は赤野川水系赤野川・・・ん、何処かで聞いた事ある・・・。
しかも、この道は見覚えがあるぞ、わりと最近この道を通ったな・・・。
実は、半年前に訪れたジル蔵池のすぐ近くだったのでした。

目星を付けていた池に到着。
堤体の上はアスファルト舗装の農道となっていて、堤高はどうみても5m程度。

これが普当池なのか?。
しかも、堤体の造りはどうみてもごくありふれた野池であり、もし堤高を満たしていてもアースダムに分類されるものです。



わざわざ高知まで来て、なんか違う感じの野池だった・・・ではあまりにも中途半端です。
周辺の農道を行き来して、周囲をくまなく探査しましたが、結局それらしい池の発見には至りませんでした。

こうなったら、現地で情報収集です。
農作業中の地元のおじさんに声を掛けてみました。

「こんにちは、すみません、あそこの野池は何という池ですか?」
「あ、あれは〇〇池だ」 (池名は念失)

「そうですか、普当池という池を探しているのですが、ご存じありませんか?」
「普当池?・・・あんた、どうせこれじゃろ」
(ルアーロッドを振るジェスチャー、バス釣りが嫌われている様だ)

「いえいえ、釣りではなくて、溜池の調査をしています」
「あ、そうですか!、えーっと、普当池はですね、この道を・・・」

と、いうやりとりを経て、ついに普当池の場所が判りました。
「溜池の調査」という言葉がかなり有効に働いた様で、かなり詳しく教えて頂く事が出来ました。調査と言っても、バス釣りと同じで個人的な遊びには変りないのでかなり恐縮。

何はともあれ、ともかく普当池と名の付く池が、実在している事はこの時点で確定しました。

集落の外れから林道に入ります。
500mほど進むと、コンクリート舗装が終わり、道はダートになります。
このコンクリート舗装の終点が普当池の目印です。



路肩に車を停め、林道の下を見ます。

あった!

林の木々の向こうに水面が西日を反射して輝いて見えました。



林道からダム本体までの道は、獣道的なラフロード。
つる草に足を取られ、転びそうになりながら水面の方に向かいます。

見えて来ました。
これが、四国初、いや、近畿以西で最初に完成したロックフィル。
そして、日本初のゾーン型ロックフィルダムなのでしょうか!?。

ざざざざざっ・・・。
はやる気持ちを抑える事が出来ず、斜面を駆け下ります。



がさがさがさ・・・・。

斜面を駆け下りると、いきなり左岸端の洪水吐の中に降りていました。
吐の上に橋が無く、左岸から天端へ向かう場合、洪水吐の中を横断する事になります。

そして、この洪水吐の中から普当池の堤体を観ます。

どきどき。



んんん・・・・・・?

なーんかイメージ違う。

ロックフィルダム・・・と、いうか。

・・・アースダム???。



草むら状態の天端を進みます。
ほとんど人が訪れる事が無いのか、踏み跡もありません。



天端から下流。
堤体の真下は当然といった感じで林になっています。

そこそこの堤高があり、目測ですが普当池の堤高17mと合致しました。
ここが普当池と考えて間違いなさそうです。

ただ問題は、そこにはロックフィルらしいリップラップはなく、天端の草むらがそのまま下流面全体を覆っています。



天端を渡って右岸に来ました。
岸に耕運機が置いてありました、右岸にも道があるみたいで本当はこちら岸から行くと良いのかもしれません。

水面の上に見える石貼は、見様によっては整形リップラップに見えない事もありません。
山林の中なので、完成後半世紀の間にリップラップ全体が雑草に覆われてしまったのでしょうか?



下の写真は、同じ水系で3キロほど上流にあるアースダムのジル蔵池です。
竣工は普当池の前年の1955年なので、同じ時期に造られたダムと言えます。

普当池と良く似ています・・・。
素人なので外観でしか判断できませんが、同じと言っていいと思います。



疑った目で観ると、アースダムにしか見えない堤体です。

ダムの周辺は赤土の山林で木々が茂っています。ロックフィルの主な材料である石材が沢山取れるような感じではありません。
この場所にロックフィルを築堤するには、別の遠い所から原石を運び入れる必要がありそうです。

また、投石法で築堤したとすると、トロッコの軌道の名残があっても良さそうですが、その様な遺構も見つける事はできませんでした。

ダム友の夜雀さんに意見を伺ってみると、
堤高が17mしかないのなら、均一フィルのアースで充分築堤可能な規模である。
ゾーン型にしろ、表面遮水にしろ、ロックフィルで造らねばならない理由が無い。
との考察を頂きました。おおおお、流石は少佐、指摘が鋭すぎる。



結局、表面遮水ではないと言う事は解ったものの、ロックフィルダムであるかについては結論に至る事ができませんでした。

また、位置未確認ダムを確定するには石碑や銘板などでダム名か、池の名称を確認し、本当にそのダムであるかの確認が必要なのですが、位置未確認物件の捜索は初めてで、僕の調査力ではそれらを発見するに至りませんでした。

その後、位置未確認ダム探査の東の雄、D侍さんの現地調査により銘板が発見され、この池は正式に普当池と確定される事になりました。
現在はD侍さん撮影の写真と共に、ダム便覧に位置情報も記載されています。

また、ダム協会から普当池の管理者様にダム型式の再確認を行なって頂いたのですが、「ロックフィルダムである」という回答であったそうです。

うーむ。謎が謎を呼ぶダムミステリー。

ミステリー・ゾーン。
普当池
★★


ちなみに、普当池を探して林道に入った時、ダムの水面を見落として、ダート林道をそのままずっと奥まで行ってしまいました。

轍掘れ掘れダート。
下手に停車すると亀になってしまいそうだったので、突っ切ったらフロントが大変な事になっていました。
これもダムを見落として行き過ぎた為でしたが、自分のダム巡り史上最も過酷なダートでした。
普当池に行かれる人は、くれぐれもご注意を!。

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ジル蔵池

堤高21.5m
E/A 1955年

2011.5.1見学


あちこちのダムをちょこちょこ巡っていますが、自分の中では一応テーマごとに目標を立てて、訪問ダムを決めています。

堤高の高いダム、
希少型式のダム、
石積ダム、
戦前のダム・・・・・。

そして、「個性的な特徴のあるダム」と言うのもターゲットにしています。

その中でも「変なダム名」のダムも何故か妙に気になって仕方ない。
ただ単純に、ダムの名前の響きが面白いってだけなのだけど、ダム便覧で知ってしまうと訪問しなければと使命感を感じてしまうのです。

呑吐(どんど)ダム、梵字川(ぼんじがわ)ダム、土呂部(どろぶ)ダム。

この3基は日本3大珍名ダムとして、近くを巡った時にルートに盛り込み見学を完遂。このジャンルは制覇かとほくそ笑んでいた矢先、新たに便覧でこのダム(ダム名)を知ってしまったのです。

「ジル蔵池」・・・

ジ、ジ、ジルぞう??。
ジルってなんやねん、しかもジルだけカタカナってなんでやねん。

場所は高知県、赤野川水系 メサイ川
メ・・メサイ・・・、ジオン公国か?
それとも、地元では、「めっちゃメサイ川じゃけん」とか言うのか?
メサイってどういう事や???

と、思い続けて約1年、次に四国に行く時には必ず行ってやると決めていました。

ちなみに、ダム便覧にも写真が無く、位置こそ確認されているものの、本当に現存しているのかもはっきりしていない物件でした。

雨の魚梁瀬ダムの帰り道、土佐湾沿いに走る国道55号を逸れて集落の裏山を登ります。ずっと下に海岸沿いの集落、その向こうは大海原です。
だいぶ山の上に登って来ましたが、目指す池への半分も登っていません。

こんな山の上なのに、本当にアースダムがあるのか?
アースダムは平野の山裾にあるイメージが強いので、ちょっと不安ですが、すごい山の上なのに、まだちゃんと水田があるのです。

・・・こんな高い所に水田が、きっとジル蔵池から引水した「ジル蔵米」に違いない。勝手に想像しながら集落を奥に奥に進みます。



やがて水田も民家も途絶え、道は寂しい感じの林道となりました。
こんな感じのくねくね林道をひたすら登ります。



舗装路面が途絶えると、車が方向転換できるスペースがありました。
地図で確認すると、ここはもうジル蔵池の湖畔のはずです。



林の奥に水面が見えました!
ジル蔵池かは未確定ですが、とにかく池がある事は確実です。



昨夜からの雨は未だ止まず。
車を停めた所からは、未舗装の狭道が続いていました。
この先の道路状況が不明なので、長靴&雨カッパのフル装備で歩きます。

左側はすぐ池なのですが、茂った木々で様子は解りません。



しばらく歩くと木々が途切れようやく池の姿が見えて来ました。
遠くに堰堤・・・・と、ヘラ師。

こんな山奥なのに、こんな悪路なのに。
恐るべし釣り師。



ようやく堰堤本体に到着。
立派な土盛ダムです、池の名前を示す物は何もありませんが、位置的にジル蔵池に間違いないと思います。



ネット上でも初お目見え?
これがジル蔵池です。

今まで何処にも写真が無かったのですが、想像していたよりもずっと立派な貯水池です。

周囲の山々がとても低く見えますが、山々が低いのではなくて、ジル蔵池自体が山の上にあるのです。
農業用のアースダムですが、ロケーションは揚水発電の上池のイメージがぴったり来ます。



天端から下流面、堤高は21.5mです。
目の前は深い森が広がるばかりで人工物の姿は一切ありません。



とても綺麗な形の堤体。
竣工は1955年なので、それほど古いダムではありません。



上流面は、水面から上の部分は下草が覆っていますが、全面石張りで整えられています。

上流には民家もありませんから水も綺麗。

山の上なので集水範囲も極端に狭いと思うのですが、こんなに水を貯める事が出来るのは多雨地域ならではなのかもしれません。



堤頂長60mほど、歩いて行くと左岸には余水吐がありました。



余水吐の中で糸を垂れるヘラ師のおじさん。
のどかです。

「すみませ~ん、この池の名前は〜ジル蔵池で合ってますかあ~?」

雨音に対抗してちょっと大きめの声で聞いてみると、「間違いないよ」との答えを頂きました。

余水吐に架かる丸木橋。



丸木橋、もとい、電信柱橋・・・。



電信柱の上から下流面。
側面石積のスロープが森に消えて行きます。




ところで、唐突ですがこれは ジルさん。



ジルさんと、ジル蔵池。

いやいや、ちょっとやってみたかっただけです。
(意味不明と言う人はスルーして下さい  汗)



おばかな写真を撮っている間に、いつのまにか雨が上がっていました。
静かな湖面に大きな空が映ります。

土佐湾を見下ろす山の上にジル蔵池はたしかにありました。
(名前の由来は解らなかったけど)

日本人にとってお米ってやっぱり特別な存在なんだなあ。
揚水上池のような凄い所のアースダムを見ながら、そんな事を思いました。



ジル蔵池
★★★

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魚梁瀬ダム

堤高115m
R/P 1970年 電源開発

2011.5.1見学

四国最高峰。


今回の四国遠征でメインのひとつに予定していたのが電源開発の魚梁瀬ダムです。
久木ダムからぐいぐい坂道を登ってやって来ました、右の脇道を進みます。
雨に濡れた森、雨はまだ降り続いていました。



視界が開け、大型ロックフィルが姿を見せました、魚梁瀬ダムです。

堤高は115m。
106mの早明浦ダムより高い四国の最高峰、それが魚梁瀬ダムです。



リップラップの中を走る管理道路。

周囲が急峻な地形と言う事もあって、ダム建設時の道路が残されて管理道路として使われている様です。
あの道からは、どんな情景が広がっているのでしょうか。



対岸に余水吐が見えます。
ピアの形状から察すると、2門のローラゲートを持っているみたいです。

LOVE ローラーゲート Byでんぱつ。



残念ながら天端は立入禁止、手前にフェンスがあり、これ以上近づく事は出来ません。

ダム下を見下ろすと丸い建屋の発電所が見えます、行ってみましょう。



真下の久木ダムの貯水池を大きく迂回して真下に到着。

堤頂長は202mしかなく、115mの高さに対して随分と縦長のダムです。
堤体積も280万㎥と堤高の割に極端に少なく、ほぼ同じ高さの玉原ダムの半分でしかありません(玉原ダム 116m 543万㎥)
深い急峻な谷底に造られた魚梁瀬ダム。
計画当初はアーチ式コンクリートダムの案もあったとの事ですが、それも納得の地形です。



巨大なジャンプ台。
直線的でスクエアな造形、とても迫力があります。

・・・・降りやまない雨、しかも風も出て来ました。
レンズに水滴が付いてびしょ濡れ、カメラを構えて10秒も持ちません。

こんな時に限って、k-5とセットで買ったDA 18-135 mm 3.5-5.6 WRを家に置いてきていました・・・。



まあるい魚梁瀬発電所。
中部地方のダムファンとしては、九頭竜川の湯上発電所を思い出します。



高知の深い森、谷底に築かれた大型ロックフィル。
スクエアなジャンプ台、丸い発電所、稲妻模様のリップラップ。

これで雨さえ上がってくれれば最高なんだけど・・・。

ちょっとそっとじゃ再訪できる場所ではないので、もっと観たり撮ったりしたいのだけど、雨足はひどくなるばかり、後ろ髪を引かれつつ後にする魚梁瀬ダムでした。



魚梁瀬ダム
★★★★


おまけ。

魚梁瀬ダムのあるエリアは、台風の通り道で日本屈指の多雨地帯。
そんな事で木が良く育ち、かつては林業が盛んなエリアでした。

魚梁瀬森林鉄道は、切り出した木材を運び出す林業用の森林鉄道で、魚梁瀬ダムの建設に伴い、代替の自動車道が整備されにより廃線となっていますが、一部はそのまま自動車道に改良され現在も通行する事が出来ます。

特に谷を渡る幾つもの橋は、森林鉄道時代の姿をそのままに残し、貴重な土木遺産として国指定重要文化財、経済産業省の近代化産業遺産に認定されています。

写真はその一つの堀ヶ生橋。
スパンの長さ約43m、近代に建築された充複式単アーチ橋では国内最大級だそうです。(橋には詳しくないです、橋のたもとの説明看板にそう書いてありました・・・)



昭和16年に架けられた古い橋は、高欄のデザインも見事なのですが、トラックにでも衝突さてたのか一部壊れていました。

で、割れたコンクリートの中から出てきた鉄筋。これって鉄道のレール?。
橋にも鉄道にも詳しくないのですが、これって面白くないですか???。



さてさて、ここまでが長い前置き。

ダムファンとして何故この橋を紹介したいかと言うと、この堀ヶ生橋には森林鉄道ならではの面白い特徴があるからなのです。

橋の中央に、左右に広がった場所があります。
これが何かと言うと、汽車をやり過ごす待避所だそうです。



外観はこんな感じ、待避所はアーチ橋の中央と、両岸の出っ張った橋台の上にもあります。

これって、何処かで見た事ありませんか?

そうです!



同じものが日本全国のダムにもありますね。

写真は丸山ダムの天端に見られるテラス状の突起。

もちろん、丸山ダムの天端には汽車は走った事はありませんが、ケーブルクレーンを使って打設する前は、ダム上にやぐらを組んで軌道を敷き、コンクリートを運んでいた時期もあったので、ダムデザインの歴史からは天端と鉄道は全く繋がりが無い訳ではありません。

丸山ダムのテラスには、建設時も含め機能的な役割は無く、外観デザインの要素だと思いますが、ダムのクレストのデザインがそれまでの既存の橋をモチーフとしてデザインされたならば、これらテラス状の突起は鉄道橋の待避所がルーツとなっているのでは無いかと思うのでした。



※この話、僕がそうなんじゃないかと思っただけなので、ご注意を!!(笑)

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久木ダム

堤高28m
G/P 1963年 電源開発

2011.5.1見学

雨の似合うダム 2。


平鍋ダムから上流に向かうと久木ダムがあります。平鍋ダムへの脇道とよく似た道を進みます。

途中で鹿と遭遇する事2回。
写真を撮ろうと車から降りると、道に覆いかぶさった木々が激しく揺れ大粒の雨だれが落ちて来ました。猿の群れの偵察隊に監視されていたみたいです。

この森で人間は少数派。もののけ姫の獅子神の森をイメージ。



道路脇の木々の向こうにダムが見えました。
久木ダムです。

平鍋ダムとお揃いの青いラジアルゲートが鮮やかです。



ダムサイトまで来ましたが、平鍋ダムと同じでフェンスの先は立入禁止。
バッチャープラントの「検問所」まで同じ造りです。



フェンスに貼りついて堤体を観ようとしますが、これで精一杯。

口数の少ない寡黙な昭和男はとてもシャイです。



ダムサイト周辺では他に堤体が見えそうな場所は皆無で、仕方なくさらに上流の魚梁瀬ダムへ向かいます。

ダムサイトへの脇道から県道に戻ると、奇跡的に真正面が見えるポイントを見つけました。

堤高28m、堤頂長94.5m。
竣工は1963年、平鍋ダム(竣工1960年)に続き電源開発により築かれました。
また、魚梁瀬ダムの直下にあり、魚梁瀬ダムの逆調整池の役目も持っています。

やや小ぶりながら味のある働き者の表情。
これも平鍋ダムと同じで雨が良く似合うダムだと思いました。



久木ダム
★★

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