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一庫ダム

堤高75m
G/FNW 1983年 水資源機構

2011.6.4見学

さりげなくデザインダム。


一庫ダムは、兵庫県川西市にある水資源機構の多目的ダムです。

いつでも行けると思っていた事もあり、今まで未踏となっていましたが、神戸のオールドダムを観た後でいい機会なので行ってみました。

国道173から脇道に入りダム直下を目指します。
かに料理の店が見えたら一庫ダムに到着です。(なぜこの場所に蟹料理??)



ダムの直下には広い駐車スペースがあり、それに負けないくらい大きな減勢工がお出迎え。堤高75m、堤頂長285m。



控えめなグレー塗装の2門のラジアルゲート。
巻揚機は側面の建屋にきれいに収められています。

ゲート間の扶壁にも窓がありますね。
見た目が煩雑にならない様に、窓の高さが揃っています。

窓からはどんな風景が広がっているのでしょうか?。



堤体下部には2門のコンジットが双子のように鎮座しています。

バランスよく配置された窓は完全にシンメトリーになっています。
こういう所がちゃんとデザインされているのは、水資源機構のダムの特色です。



副ダムにもシンメトリーに配置された配管(?下流に向け開口している)。
そこに止まる川鵜までシンメトリー。



少し歩いて真正面から見えるアングルを探しました。
減勢工から下流がぐっと右にカーブしているので、下流の左岸から真正面が拝めます。

コンクリートの斜面から、四角柱がにょきにょき生えて来た感じの外観です。

大きなコンジット建屋は、やもすると無骨で唐突な感じになり易いのですが、クレストゲートの建屋が上手くマス感を揃えて、上と下で同じ形状が反復するバランスの良い外観を造っています。

この辺りのデザインのバランス感覚は流石です。
さりげなく、実はとてもカッコいいダムと言えます。



下から見上げた後、再び国道を登って天端の高さまで来ました。
右岸に立派な管理所、こじんまりとしていますが情報満載の資料館もあります。

「水・人・自然の調和を目指す」
管理所の柱に力強く掲げられています。

水資源のダムとしては深層爆気装置を初めて導入したり、フラッシュ放流等で下流河川の保全に力を入れている一庫ダムです。



なんだか得体の知れないペイントが施された建物は、インクラインの建物です。



天端は2車線の県道で、遠慮なくびゅんびゅん車が通っています。



クレストゲートの上から見下ろします。
コンジットの赤い管理橋がいいアクセントになっています。

わざわざこの橋だけ赤く塗られているので、本当に外観上のフォーカルポイントとしてデザインされているのだと思います。



貯水池は知明湖と呼ばれ、公園も整備され、釣りやキャンプなどアウトドアのレジャー施設が充実しています。
昔々、毎週末くらいバス釣りをしていた頃があるのですが、一庫は良く釣れると同僚から聞いていたのですが、何故か一度も行かずじまいでした。

兵庫県の東の端っこにあり、知明湖の左岸の一部は大阪府の部分もあります。



不規則に思えて、実は高さを揃えたり、面を合わせたりしてデザインされているクレスト部分。

後の日吉ダムや、日奈知ダムのように、バリバリにデザインしましたー、と、いう感じではありませんが、相当デザインに気を配っている事が伺えます。



派手さはないけど、よく見るといい男。
そんな感じの一庫ダムなのでした。



一庫ダム
★★★★

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布引五本松ダム

堤高33.3m
G/W 1900年 神戸市営

2011.06.04 見学

バロン五本松。


立ヶ畑と共に、神戸で忘れてはいけない重要なダムに布引五本松があります。

1897年着工、1900年竣工。日本最初のコンクリートダムとして、神戸どころか、日本ダム史に燦然と輝く巨星であり、忘れるどころか会いたい想いはつのるばかりでした。

今まで30基以上の石張ダムを観てきて、石張ジャンキーを自称する僕ですが、ひょっとして布引五本松に出会ってしまったら、自己完結してしまい、急速にダムへの興味が無くなってしまうのではないか?そんな危険性も感じていました。

布引五本松に会いに行く。
それは、ダムファンの僕にとって、審判の日に等しいものなのです。

2011年6月4日、ついにその日はやって来ました。


布引五本松へのアクセスはとても変わっています。
まずロケーションが新神戸の裏山であり、市街地とは目と鼻の先にあると言う事。
さらに、ダムまでは麓から登山道を登るか、観光用のロープウェイで行くというのも他のダムにはない面白みと言えます。

神戸の街。
大阪で働いていた頃、市場調査で行った以来で少し懐かしい。



布引五本松ダムへのエントランス、神戸布引ハーブ園 ロープウェイ。
111年前に造られた日本で最も古いコンクリートダムへ誘うタイムマシンなのである。



ロープウェイの設備は真新しく快適。
スタッフの明るい笑顔に送り出されるダムファン。
4人乗りのゴンドラ、ちょっと寂しい。



山麓駅と山頂駅を結ぶロープウェイ。
布引五本松に向かうには、その間にある「風の丘中間駅」で途中下車となります。

別に「中間駅」でもいいのに、「風の丘」を付ける辺りが神戸っぽい。



乗車してすぐに眼下には手付かずの山が広がっていました。
滝なんかも見えてきて、ちょっと得した気分です。



そして、おもむろに彼は姿を見せ始めました。

布引五本松だ!!。



緑豊かなダムサイト。
樹木に埋まるように渋い色の堤体。
並々と水を湛えるオールドダム。

ダムサイトの高く茂った樹木は、一世紀を軽く超える歴史の証人と言えます。



一人スタンディングオベーションのゴンドラはダムの見える左に傾きますが、足をふんばって撮影続行。

非越流のシンプルな堤体。
中央に取水設備、クレストには歯飾りが並ぶ石張ダムの王道。

これは真近で観るのが楽しみです。



風の丘中間駅で下車し、散策路を進みます。

向かう先は貯水池のインレット。
布引五本松に会う前に、行って於きたい場所がありました。

国指定重要文化財の登録を受けている「布引水源地水道施設」は、メインの布引五本松ダムの他に、上流に分水堰堤、締切堰堤、下流の雌滝取水堰堤など複数の施設群から成っています。



散策路脇の林の中に注意しながら進むと、石積の堰堤を見つける事が出来ます。
布引水源地水道施設 締切堰堤です。

堤高8.5m、堤頂長30.5m、堤頂幅1.4m。
布引五本松ダムと同時期に造られた砂防堰堤を、後に嵩上した石積堰堤で、型式はなんとアーチ式コンクリートダム(堰堤)です。

この締切堰堤の上流に、分水堰堤と呼ばれる別の堰堤が、布引五本松ダムの完成から数年の後に造られました。
川の上流からの水は分水堰堤で取水された後、人工の隧道を通り、この締切堰堤の下流で布引五本松の貯水池に放流されます。
これは濁った水や土砂を貯水池に入れない為のシステムで、濁流は分水堰堤でカットされ貯水池を迂回して下流へ送る別の放流路へ送られる仕組みです。

砂防堰堤だった締切堰堤は、分水堰堤の完成に伴い、隧道を通って流れ込む水が川を逆流しない為の設備へと役目を変える事となりました。

写真を観ての通り、現在はダムの上流は堆積物で埋まり、水は下流側に溜まっている状態となっていて、ダムでありながら下流面で水を受け止めている(逆流を阻止している)、とても不思議な状況となっています。



ダムファンの目からは落とす事の出来ない希少な堰堤も、一般にはそれ程でもないのか案内看板もなく、散策路脇のフェンスには事務的に立入禁止のプレートがあるだけでした。

フェンスを避けて道路脇の林に登って撮影を試みますが、通り過ぎる他の人の視線が痛い・・・。



そんな締切堰堤とは裏腹に、しっかりとした案内看板もありアピールされているのが上流にある分水堰堤です。

堤高4.3m、堤頂長14.0m、堤頂幅0.9m。
アーチ式コンクリートダム(堰堤)

竣工はなんと1907年、我が国初の「アーチダム」なのではないかと思っていましたが、布引五本松ダムの下流にある雌滝取水堰堤も同じアーチ式コンクリート造で、竣工は布引五本松と同じ1900年。
どうも、この雌滝取水堰堤こそ我が国初のアーチダムなのかも。

締切堰堤と同じでフェンス越しの見学となります。薄い石積のアーチ・・・。
厳重なフェンスと茂った木々でその姿がほとんど見えないのが残念。



さらには、分水堰堤の真下には橋が架かっていて、さらに眺望が良くないのです。
この橋自体も分水堰堤付属橋という名称で国の重文の登録物件となっていますから、邪魔だとかあまり邪見にもできません・・・。



両手を上げて山勘撮影を試みます。
なんとか分水堰堤右岸の取水施設を見る事が出来ました。

ここで取水した水は、隧道を通って締切堰堤の下流に放流されます。
かつては、河川の流量で自動で開閉する弁が設置されていたそうですが、現在は電化されているそうです。

時代の変化に合わせ、少しずつ改良を加えながら、造られてから100年以上経った現在も現役で活躍中の施設です。



ここまでで、上流の施設は終わりですが、散策路はまだ上流へと続いていて、ちょっとだけ散策してみました。

味のある建物。
今年、スプライトがリバイバルしましたが、コーラとファンタの下の看板は勿論当時モノ。

これはいったい何の建物?
と、思って看板を見る・・・。



神戸市 投輪連盟
あけぼの茶屋専属 布引道場

初心者 経験者 歓迎

僕の知り合いでは、投げ輪は初心者も経験者もいませんが、みなさんの周りには居ますか??



布引道場の横を、クーラーボックスを持ったグループが上流へ歩いて行きました。
まだこの先に何かあるのかな?

グループが消えていった先を覗いてみると・・・。

わ、なんだこりゃ、人がわんさと居ます。



布引五本松の上流に大きな砂防堰堤があり、その周辺には若者を中心に沢山の人がバーベキューや川遊びをしているのです。



よく見ると、若者だけでなく、結構いろんな年齢層の人が居ます。
神戸の裏庭みたいな感じで、神戸っ子の恰好の遊び場所になっているみたいです。



バーベキューの匂いを嗅いで、早朝に自宅を出てからまだ何も食べていない事に気が付きました。
布引道場の近くに茶店があり、アイスを買って分水堰堤からの水の音を聞きながら食べる事にしました。

うんうん、爽やかでいいね。美味しい、楽しい。

・・・あ、溶けたアイスがカメラに落ちた。
でも大丈夫、防塵防滴仕様だから。(ペンタックスのエンジニアが泣いてるぞっ)



さあ、ひと休みしたら、いよいよメインの布引五本松へ。
貯水池左岸の散策路を行くと、樹木の向こうに白い石積の壁が見えました。



白い石張のクレスト部、とても落ち着いた佇まいです。
でも、荘厳な感じではなくて、青空をバックに明るく爽やかな印象を受けました。

その向こうには行き交うロープウェイも見えます。



散策路の眺めのいい場所にはベンチも用意されています。
のんびりとしたいい風が吹いてます。



そしてついに布引五本松に接近遭遇です。

ここで驚いたのは、手前の余水吐です。
この余水吐の辺りは、山の影になってロープウェーからは全く見えません。
どんな余水吐を持っているか予備知識が無かったので、ナチュラルに驚いてしまいました。



越流部に架かる管理橋の上も自由に歩く事が出来ます。
左岸の山の形に添ってカーブを描く余水吐。



鋼製トラスの管理橋は、ダム建設時の資材運搬用トロッコのレールを部材に再利用したとも言われています。
竣工時はもう少し長い橋でしたが、左岸端が土砂の堆積で埋没され少し短くなっているそうです。

また、橋脚の真っ白な石張(改修により石積風の石貼)で解る通り、近年の改修で手が加わっています。



意外な管理橋の存在と共にまた驚いたのが、越流した水の流れる溢水路です。
一部コンクリートが張られていますが、基本、左岸の岩盤を掘って出来ていました。

クラシック&ナチュラルなオールドダムのディテール。



狭い管理橋の上を小学生の列が通過します。
子供会のハイキングとかでしょうか?。至る所でいろんな人に出会う布引五本松。

管理橋を渡った先は、いよいよダム本体です。



白さが映える上流面。

1900年完成の日本で最も古いコンクリートダムですが、1995年の阪神淡路大震災にも見事耐えて見せました。
そして2001年、神戸市水道100年を契機に貯水池の堆積土砂の撤去、歴史的構造物であるダム本体の保全を目的に2005年まで補修工事が実施されました。

堤頂から少し下の段になっている所から下部が、耐震化補強工事で追加された部分です。
石張の高欄や、クレストの石張は竣工当初からの部分ですが、補修工事の時に100年の汚れを落とされたのでしょう、スッキリとした白さを取り戻しています。

また、基礎のグラウチングを追加するなど、見えない部分にも手が加えられています。



水道水源地でありながら非常にオープンな布引五本松ですが、天端へは立入禁止でした。



堤体中程に半円形の取水設備。

たぶんあの辺りの高欄の内側に、竣工時に係った技術者の名前が刻まれた石板があるらしいのですが、ここからは確認する事は出来ませんでした。



ダムサイト左岸の散策路はそのまま下流側へと続いています。
先程、ロープウェーから観た堤体下流面が見えて来ました。

非越流型の風格ある横顔。



明治になり開国からわずか数十年、この時代は都市部の人口増加や、諸外国から入ってくる伝染病を防ぐ目的で衛生的な水道が求められ、日本各地の港町を中心に近代水道が造られ始めます。

また、1820年代にイギリスで発明されたポルトランドセメントは、日本では1873年に官営の摂綿篤(セメント)工場が完成、さらに1881年に山口県に民営のセメント会社が設立され、日本でも混凝土(コンクリート)製の建造物を造る事が可能となりました。

この二つの時代背景の融合により、日本最初のコンクリートダムが産声を上げる事となります。

それが、布引水源地 五本松堰堤(布引五本松ダム)です。
堤高33.3m、堤頂長110.3m、堤頂幅3.6m



神戸の近代水道は、日本初の近代水道である横浜の水道を設計したイギリス人H.Sパーマーにより、最初の設計書が描かれました、1888年の事です。

その後、神戸でもコレラの流行や、人口の増加を背景に、内務省の雇技師W.K.バルトンの手で現在の水道施設群の原案が作られます。

1893年のバルトンの原案から日清戦争により計画は一時中断、4年後の1897年に起工する時には、著しい人口の増加に合わせ、布引五本松ダムはバルトン案のアースダムから現在のコンクリートダムに大きく設計が変更される事となります。

この時、バルトンに代って現在の重力式コンクリートダムの設計を行ったのが、吉村長策、佐野藤次郎ら日本人技師でした。

布引五本松の設計者についてまとめると、ダムサイトの選定がバルトン、工事長として全体を監督した吉村長策、実際にダム本体を設計したのが、バルトンを師としていた主任技師の佐野藤次郎という事になる様です。

ちなみに、バルトンはダムの完成を見ずに1999年に他界。佐野藤次郎は吉村長策が退任後工事長を引き継いでいます。



クレストの歯飾り部分のクローズアップ。
今世紀の補修工事で全体的に洗浄された事もありますが、緻密でしっかりと積み上げられた間知石は、とても100年以上も前の施工とは思えないしっかりしたものです。

石材の間を埋める目地は、内部にコンクリートを打設した後、目地の表面から1インチの深さを剥ぎ取り、その後モルタルを打ち、硬化後に再びモルタルを盛るという入念な施工が施されています。

これら日本初のコンクリートダムの施工技術は、後のダムの貴重な石杖となっていった事は言う間でもありません。



白いクレスト部と比べ、ゆるやかなバケットカーブから下は雑草も芽を出し、重鎮らしい表情です。

非越流式のスッキリとした姿は、背筋を伸ばした姿勢の良い紳士を思わせます。
明治生まれの趣ある神戸紳士は、男爵ってイメージがぴったりです。

布引五本松男爵。

バロン・五本松。



左岸の散策路を歩いてダムの下まで来ました。
堤体の直下は水道施設と言う事もあり立入禁止となっています。

アイアンのデザインが可愛いですね。



ダムの下に来たら、何処からともなく急にザバザバと言う大きな水音が聞こえて来ました。

いったいどこから聞こえるのか?と振返ってみると、ダムサイト左岸の少し下流に滝が流れ落ちていました。結構な水量で、滝の粒子が辺りに漂っています。
何処から来た水だろう?
滝の一番上の岩盤を見ると、人工的に岩を削って作られた滝である事が解りました。

え??

これってひょっとして・・・。

慌てて、今歩いて下って来た左岸の坂道を走って戻ります。



息も絶え絶え管理橋まで戻って来ました。

これです!滝の正体はなんと余水吐からの放流だったのでした。
左岸の岩盤を掘られた溢水路は、数十メートル下流で滝になっていたのでした。

この人工の滝は、余水吐から越流している時にしか見れない為、五本松かくれ滝という名前が付けられているそうです。



以上で、日本最古のコンクリートダム 布引五本松ダムの見学は終了です。

さて、冒頭のダムファンとしての最後の審判はどうなったのか?。
もうお分かりかと思いますが、ダムについて自分の中で完結してしまう何処か、さらにどっぷりと肩まで浸かってしまった気がします。

日本には観たい石張ダムがまだまだあります。

石張ダムだけでなく、日本のコンクリートダムは全てこのダムの子孫たちです。これからも、どんどんダムを観に行くぞっ。

帰りのロープウェイからバロンにお礼を言いつつ、そんな思いを新たにした布引五本松でした。



バロン五本松。
★★★★★


さてさて、またもや長編となったダム見学記ですが、おまけとしてもう少しお付き合いください。

えーっと。
日本人の風習と言うか、物の味方には面白いものがあって、同じ物が二つ並ぶと何でも夫婦(めおと)にしてしまうという趣味があります。

茶碗が二善あれば夫婦茶碗。
岩が二つ並んでいれば夫婦岩。滝が並べば夫婦滝。
(何故だか漁船だけは兄弟船ですが?)

なぜこんな関係の無い話をするかと言うと、前回レポの立ヶ畑ダムで、クレストゲートの謎は推理したのですが、何故ゆえ立ヶ畑は曲線重力式なのかという素朴な疑問が湧いて来たので、考えてみた訳です。

立ヶ畑の曲線重力式は、アーチダムや、重力式アーチとは異なり、力学的な要素は無さそうに見えます。
また、ダム軸を上流に湾曲させる(アーチダム状にする)事で、少しでも河床の標高が高い位置となり堤体積を少なくする効果もあると言われていますが、どうもすっきりしません。



今回、布引水源地を訪れて、本体の布引五本松は直線重力式ですが、付随する堰堤達が揃ってアーチ式なのには驚きました。
セメントが最新の新建材であった時代と言う事も関係すると思いますが、ダム設計の理想形として、技術者として「造ってみたい」という考えもあったのではと思います。

その、アーチダムへの思いが立ヶ畑ダムの堤体をアーチ状にカーブさせ、あの貴婦人のような美しい姿となって現れたのではないかとも思えて来ます。

貴婦人のような立ヶ畑。
そして、男爵・布引五本松。



あれ?ちょっと待てよ・・。
ひょっとしてこの神戸の街に並ぶ二つのダムは・・・。

「夫婦(めおと)ダム」

として設計・デザインされたのではないでしょうか???

神戸の裏山、生田川に雄ダム・布引五本松。
そしてわずか2キロ西の烏原川に雌ダム・立ヶ畑。
仲睦まじく並ぶ二つのダム、それは夫婦ダム。

近代水道の父・吉村長策と、バルトンを師としていた佐野藤次郎が、そんな和風な志向の持ち主であったかは謎ですが、立ヶ畑が曲線重力式という理由として、面白くて、個人的には案外しっくり来るのですが?。

みなさんはどう思いますか??。

おわり。
 

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立ヶ畑ダム

堤高33.3m
G/W 1905年 神戸市営

フェアレディ。


石井神殿を後に立ヶ畑ダムを目指します。
立ヶ畑ダムは布引五本松ダムと並び、神戸の近代水道を築いた上水道用ダムの名堤です。

石井ダムから下流の道は六甲山の遊歩道になっていて、自然の中で軽く汗をかくには絶好のルートとなっています。
この日も、お弁当片手のファミリーをはじめ、ハイキングの団体さんから山ガールまで沢山の人と出会いました。(徒歩で向かうダムって、誰一人で合わない事が普通なのですが)



大金鶏菊が綺麗に咲いた初夏の遊歩道。
おせっかいなのか、心配性なのか、手書きの注意書きが微笑ましいです。



烏原川に沿って、遊歩道をガシガシ進みます。



心地の良い森です。
神戸の街のすぐ裏山なのに、自然がいっぱいです。



森の中に突如石積のダム関連施設が現れました。
立ヶ畑ダムの上流施設です。

写真右奥にチラッと見えるのは取水堰堤。
烏原川からダムに必要な量の水を取水し、立ヶ畑ダムに水が送られています。

立ヶ畑は1901年着工、1905年竣工の日本で4番目に古いコンクリートダムです。
これら関連の施設も同時に造られ、100年以上も前のものです。
堰堤だけでなく水路の河床も全て石貼で出来ています。
とても丁寧な施工は、100年を超えるものには見えません。



正面の暗渠から出ている水は石井川の水で、取水堰堤で立ヶ畑ダムに送られずに余った烏原川の水と合流し、ダムを迂回して下流へ向かう水路に導かれます。

多連アーチ橋を思わせるするデザインが美しい締切堰堤。
締切堰堤はその名の通り、立ヶ畑ダムのインレットで烏原川を締め切っている堰堤です。

上水道用のダムなので、大雨で烏原川が濁った場合は水を貯水池に入れずに下流へパスする役目があるのかなと思います(推測です)。
また、ダム建設時の流転工の役目もあったと思われます(これも推測です)。



装飾的なリブが見応えのある鋼製ゲート。
気品と風格のある表情は、一世紀を経た者の証です。



締切堰堤の脇にある暗渠の入口。
重厚かつ緻密な仕上げが印象的。

暗渠を示すアーチ状の装飾が、本当に装飾だけの用途しかありません。
様式美と言うのは、礼儀作法に近いですよね。



締切堰堤を過ぎると、立ヶ畑の貯水池はすぐそこです。
遊歩道は貯水池をぐるっと一周しています。

左岸を歩いてダム本体に近づく事にしました。



ここでも多くの人とすれ違います。

しっとりとした森の匂い。
少しひんやりした空気が清々しい道。



静かな立ヶ畑の貯水池が見えて来ました。
想像していたよりも大きな貯水池で、ちょっと驚きました。



タケノコ堀りのグループとすれ違い、そろそろかな?と思っていたら、樹木の間に見えて来ました。

立ヶ畑ダムです!。



美しい弧を描く石積の堤体。
穏やかな銀面にそのシルエットがゆらいでいます。

緻密に積み上げられた石積は寸分の狂いもなく、その丁寧な仕事の一つ一つが、大きな堰堤の美しさの源となっています。



湖畔から天端へ向かうアプローチ、手摺は上品なカーブを描いています。
立ヶ畑ダムへのエントランスに相応しい優美なライン。



重厚な上流側の高欄、下流側の高欄が対照的に華奢なのは古いダムではスタンダードな様式です。
転落防止の為、フェンスが張巡らせてありますが、シンプルな柵で明るい塗装が施されていて、雰囲気を壊すような感じはありません。

天端がカーブしているので、フェンスで対岸が見えない所もなんだがワクワクしてしまいます。



フェンスの隙間から下流を見下ろします。

不思議な壁が立体迷路の様に並んでいます。
これは沈澄池と言う施設で、水の水質改善の施設だったそうです。
現在は、近代的な浄水場が出来ていますので使われていません。

壁の中ほどに、ダム本体のカーブに合わせた副ダムの様に見える厚い壁が見えます。沈澄池は上下2段になっていたのかな?と、思います。



クレストやや左岸寄りにある取水塔建屋。
上部まで全て石造りの荘厳な姿をしています。



神殿のような丸い柱。
全体のデザインは西洋建築を思わせるのですが、漢字のレリーフが妙にマッチしています。

中央の白いドアーには金色の「水」マーク。
教会のような宗教施設を思わせますが、日本では水もまた神の一つです。



クラシックな額縁を思わせるプレートには、立ヶ畑ダムの建設に携わった、吉村長策、佐野藤次郎の名前が刻まれています。

吉村長策は、日本初の上水道専用ダム 本河内高部ダムを長崎で手掛け、その後も、神戸、佐世保、呉等で多くの水道水源ダムを建設、日本近代水道の父とも呼ばれる一方で、海軍技師として軍港設備の建設に従事し、後に海軍省建築局長に就任します。

また、佐野藤次郎は、布引五本松ダムを設計、千苅ダムなど神戸の水道に深く携わった後、日本で最初のダム水道コンサルタント会社を設立、大井ダムや豊稔池など数々の名堤の建設に携わり、台湾の烏山頭ダムにも関与してゆきます。

まさに、当時のビッグネームがタッグを組んで建設されたのがこの立ヶ畑ダムなのです。



腰壁部分の細工も立体的で素晴らしい装飾が施されています。

これがダム施設の外壁なんて、とても思えませんが、しかし、これもまたダムなのです。



取水塔から堤体の中央辺りは、貯水池側の高欄にクレストゲートに関する構造物が並びます。



高欄の裏側(貯水池側)を覗くと、全体が真っ赤に錆びたウォームギヤがありました。カバーの一部は、錆び落ちています。



同じ部分を天端通路から観ると、高欄がくり貫かれ、鋼製の台座が残っています。



高欄の石材に切欠きがあり、かつてシャフトが貫通していた事が伺えます。
その昔は天端の上にゲート操作の機械が鎮座していたのかもしれません。


天端を歩いて右岸に来ました。

緻密な石積の曲線美。
他のダムとは一味も二味も違う甘美な気品が薫ります。



親柱に刻まれるのは、「大正三年拡張」の文字。
立ヶ畑ダムは、1914年に2.7mの嵩上工事が行われ、現在の姿になりました。



クレストを飾る帯状の装飾。
天端からおよそ2〜3m下に延びる2本のラインは、嵩上以前の天端の痕跡かもしれません。



そうなると気になるのは堤体中央のクレストゲートの存在です。
ゲートの越流部の高さは、帯状の装飾の位置とほとんど変わりません。



帯状の装飾は貯水池側にも同じ高さにあしらわれています。

この装飾が竣工当初の天端を指すのであれば、満水位の水位は竣工当初も、現在もほとんど変わらない様に思えます。
つまり、1914年の嵩上工事は、貯水容量の増加目的ではなく、クレストにゲートを設ける為の工事だったのではないかと思うのです(仮説、かなり大胆)。

では、1904年の竣工当時の立ヶ畑ダムは、どの様な姿だったのでしょうか?。



当時既に竣工していた、長崎の本河内低部ダム、西山ダム、そして同じ神戸の布引五本松ダム。

これら、立ヶ畑とほぼ同時期に建設された名堤に共通するのは、佐野藤次郎、もしくは吉村長策と言う二人の技師、そして、クレストにゲートを持たない非越流式の堤体という設計です。

嵩上前の立ヶ畑のオリジナルは、設計者と時代背景から察すると、これらと同じ非越流式であったのではないかと僕は推測しています。
その裏付けとして、堤体の真下の施設が減勢工ではなく沈澄池である事や、洪水が取水堰堤と締切堰堤で流入部分で制御可能であり、貯水池には他に主立った流入も無い為、本格的な余水吐を必要としなかったのではないかと思うのです。

ちょっと大胆すぎる推測ですが、全く余水吐を持たないのも不自然なので、クレストには砂防堰堤の水通し程度の越流部があったとも思えます。

後に何故クレストゲートが必要になったのかについては不明な点もありますが、今現在ではそのクレストゲートも使われている感じはなく、いかに1904年当時のダム設計が優れた物であったかを物語ります。

美しい姿を見ながらそんな妄想にしばしふけってしまいましたが、例の帯状の装飾がアーチ状の天端を強調し、より美しいエレガントな姿に魅せている事は確かな事実です。



アーチ状のダムのベストビューは、やや俯瞰ぎみに見下ろしたアングルと言えます。

最後にダムサイトの右岸にある階段を上がり、なるべく高い位置から眺めてみる事にしました。
ウエッジウッドブルーのペイントが爽やかな木製の門、細部まで神戸流。



滑らかなラインが美しい旋律を奏でます。

天端に美しいアーチラインを持ったダムは、時々女性にたとえられます。

曲線重力式の立ヶ畑ダム。
日本で初めてアーチ状の天端を採用したこのダムは、日本ダム史のファーストレディとして、気品溢れる姿で、次の百年も人々を魅了し続けるのでしょう。



神戸を見下ろす魅惑の貴婦人。
フェアレディ・立ヶ畑ダム

★★★★★

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石井ダム

堤高66.2m
G/FR 2008年 兵庫県営

2011.06.04見学

神が生れる瞬間。


2009年の秋、Dam Web Ring の第8回のオフ会として、「神鉄で行く烏原川のダムめぐり」オフが行われました。
このオフ会の模様は幹事を務められた夜雀さんが詳しくレポートされています。
http://yosuzume3.web.infoseek.co.jp/dam2/karasuhara-off/karasuhara-off_01.html

実は僕もこのオフ会に参加予定だったのですが、直前に新型インフルエンザに掛かり、数日会社を欠勤した結果、仕事の都合でドタキャンをしていました。
今日は、このオフ会のルートを独りで巡ってみようと、スタート地点である神戸電鉄鈴蘭台駅にやって来ました。

駅前のパーキングに車を入れ、線路沿いに歩いて、まずは石井ダムを目指します。
今まで無かったダム巡りのパターンに、いつもよりウキウキ度5割増し!。



線路沿いに800mほど歩くと、神鉄の線路とはお別れ。

その後は川に沿って進みます。
コンクリートに護岸された川ですが、石井ダムはこの川の下流にあります。



てくてく歩いて行くと、神鉄の車両基地がありました。
わ、なんだこの車両、すごく変わってる。



さらにその奥では、ミラーマンが洗顔中でした、ゴシゴシ。



車両基地を横目に進むとゲートが現れます。
歩行者は脇をパスして通れますが、一般車両はここまでです。



ゲートから先は住宅も無く、ダムまではハイキングルートといった感じです。

ほどなく公園が現れました。
石井ダムのインレット付近は公園が整備されています。
鈴蘭台からウォーキングしてきた人が、上半身裸でストレッチをしていました。



さらにずんずん歩くと、見えて来ました。
石井ダムです。

洪水調節を主目的としているダムなので、とても水位が低いです。



望遠で撮影。

このシンメトリーに配置された2本角は・・・。
そうか、石井ダムも天端側水路を持っているのか!

クレストの中心に2本角を生やすデザインは、宮ヶ瀬、比奈知に共通の天端側水路を持つダムの特徴です。
天端側水路に降りるエレベータ(もしくは階段室)の都合でこういう風になるのかな?と思います。



上流側のゲートは天地の薄い6門。
向こう側の放流ゲートはセンターに2門となっている様です。

丸いデザインのピアは、ゲートから堤体の一番下まで丸い柱状のデザインとなって真っ直ぐ貫かれています。
普段から水位の低いダムなので、上流面のデザインも気を配られています。


貯水池内は立入禁止です。
大雨になったらぐんぐん水位が上がりますから危険ですよ〜、という注意看板。



鈴蘭台駅からおよそ2km。
だいぶダム本体まで歩いてきました、もう少しです。



橋脚に記された満水位のマーク。
こんな高さまで水を貯めるのか!



ついにダムサイトに到着です。
お洒落な外観のダム管理所。



右岸からの石井ダム。
2008年完成の石井ダム、白いコンクリートが眩しいです。

丸いピアのデザイン、あえて横継目を強調した処理も独特です。



上流方向を観ます。
サーチャージの高さまで樹木が伐採はされていますが、緑が復活していて自然な感じです。
裸地のままだと景観を損ねる場合もあるので、あえて緑化しているのかも。



広い天端、もちろん散策自由です。
いたる所にベンチが置かれ、天端はちょっとした公園になっています。



天端の上に植え込みが・・・。

綺麗に整備されていてまるで違和感ないのですが、天端に植え込みって凄くないですか?
アベリアやコニファーなど、乾燥に強そうな植物ですが、雨水などの過剰な水の排水も必要ですよね?

ともかく、コンクリートダムの上に土があって、木が生えているのがとても斬新。



天端から下流を見ます。

スクエアな減勢工、その下流は年季の入った砂防堰堤があり、神鉄の線路が見えます。(神鉄の車窓から、ダムを真正面から観る事も出来ます)



不法投棄対策から、徒歩でしか来れない石井ダムですが、それでも沢山のお年寄りが世間話をしていました。
車で来れないので不便ですが、それが返って「隠れ家」的な散策スポットとして近隣の方には好評なのかもしれません。

時折、神鉄のガタゴトという音が聞こえますが、車の音が聞こえないだけでも、断然リラックス感が違います。



驚いたのは下流面に造られた遊歩道です。
天端からダムの下まで、堤体の表面に階段が造られています。

散策のおじさんがトコトコ降りて行きます。

こ、これはなんだか凄いぞ!!。



下流面の階段は後に置いておいて、とりあえず天端を歩いて左岸まで来ました。
とても凹凸の多い独特のデザイン。

エレベータ棟のデザインもすごく凝っています。(よくある四角柱ではない)



エッシャーの騙し絵を思わせる複雑な階段。

この写真だけではダムだと思う人は居ないんじゃないでしょうか?
ダムに係らず、こんな空間デザインって他ではちょっと観たことありません。



複雑な下流面の階段は両岸にあるのですが、左岸側は立入禁止となっています。
わくわくしながら右岸に戻り、降りてみます。

一歩一歩階段を降りる毎に表情を変化させる石井ダム。



時間を掛けてじわじわと堪能します。
下流面中程には踊り場もあります。



踊り場から見上げます。

ぐえー!
かっちょいい!!



踊り場から堤体を見上げて、何故このダムが天端側水路を採用したのか解りました。
この階段付きの下流面を造る為に、洪水吐をセンターにまとめたのではないかと思います。
(すぐ近くに天王ダムがあり、天端側水路の実績があったのも影響してる?)

さらに石井ダムは堤体内に多目的ホールを持っていて、これがダム目的のR(レクリエーション)の施設となっています。



下流面の階段は細かく踊り場や切替しがあり、とても変化に富んでいます。
設計者以外に、明らかにデザイナーの参画を感じます。



超至近距離から見上げる石井ダム。
階段を一番下まで降りる頃には、僕はすっかりこの石井ダムに惚れていました。

神殿のように神々しさまで感じる姿は、もはや信仰の対象です。

神様ーーーーーっ!



ダムの直下にあった禁止事項の看板です。

それによると、カメラ小僧のように真下からローアングルを狙ったり、
神として崇めたり、拝んだり、ひれ伏したりする行為は一切禁止されていません。

って、事はダム愛好家としては、やりたい放題と言う事です!!。



複雑な表情の石井ダム。
下から見上げた時の表情も完璧に計算済みです。

これだけ複雑な下流面は、通常のコンクリートダムの施工では難しく、特別な型や、異例の施工方法が必要であった事は想像が付きます。

重力式コンクリートダムは、水を受け止める質量、基礎地盤への安定、耐震性など、ダムとして必要な条件をクリアすれば、既存のデザインに捕われずもっと自由な形が出来るはずです。

石井ダムはアグレッシブにその事を伝えているように感じました。



石井ダムの階段を降り、そのまま下流向かう道は立ヶ畑ダムへ続きます。
遊歩道を歩きながら、何度も何度も振り返り石井ダムを後にしました。



石井ダム
★★★★★

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天王ダム

堤高33.8m
G/F 1980年 兵庫県営

2010.06.04見学

神戸の守護神。


今日は神戸に来ています。
神戸は港町のすぐ背後に、険しい山を控える独特の地形です。
天王ダムも、神戸の中心である三宮から直線で4〜5kmしか離れていません。

まずはダムの上流側からファーストコンタクト。
公園の奥にコンクリートの堤体が見えて来ましたが、ちょっと他のダムとは景色が違います。



それもそのはず、天王ダムは治水専用のダムなので、普段の水位は極端に低く、水の無い湖底を車で走ってここまで来られるのです。




今まで岐阜や静岡、三重などで同じような治水専用のコンクリートダムを訪問しましたが、水没するエリアに立ち入れるダムはこの天王ダムが初めてです。

しかも、水没範囲の中には野球場まであり、公園として地元の方の憩いの場として利用されています。
水没するエリアに公園なんて!?と、ちょっと驚きですが、河川敷のグランドや公園と同じですね。



堤体の中央にゲージに囲われた放流設備。

貯水ダムのオリフィスとは付いている水深が違いますが、一応水位を調節しているゲートなのでオリフィスと呼んで差支えないですよね。

穴あきダムとして紹介される事の多い天王ダムですが、オリフィスゲートで「水位」を調節していますから、「穴あき」と言うよりも「極端に水位の低いダム」なのかと思います。
(今まで観て来た他の穴あきコンクリートダムは、カラカラに水が無い)



見上げると非常に天地に薄いクレストゲートが並んでいます。

橋梁のようにクレストに鎮座する天端。



ダムを見上げた位置から天端へ行く道を探しましたが、それらしい道は途中で途切れていました。
天端へは、一旦国道428へ戻りトンネルの脇の狭道を入って行きます。



湖畔沿いの曲がりくねった道を進むと、ダム管理所があり、さらにその奥が天端です。天端の横には、兵庫県のダムではおなじみのタイムカプセル。



シンプルな天端です。
ですがカラータイルの路面は、お洒落な神戸っ子を主張しています。



天端から上流方向。
遠方に鈴蘭台の街が見えます。

ウエーディングのバサーが居ますが、本来は釣り禁止です。
(ウエディングじゃないですよ、水の中に立ち込んで釣りをする事をウエーディングと言います)



こちらは下流面です。

すぐ真下に国道428が通過しています。その国道からもダムは見えますが、交通量が多く、駐車できる場所も無いので、走行中の瞬間だけしか見る事は出来ません。
(根性据えて遠くから歩けば下流から見上げる事が出来るみたいです)

折角なので真下に駐車スペースを造って欲しい気もしますが、不法投棄の防止から難しいのかも。
また、非常にタイトな谷なので、物理的にスペースを確保する事は無理っぽいです。



右岸まで歩いてきました。
バケットカーブの無いクールな表情です。



上流側はこんな感じ。
対岸の白い建物が管理所です。



上流側に降りていける階段があるのは、水を貯留しないダムならではですね。



再び折り返して左岸へ戻ります、これはクレストの洪水吐の越流部です。
天端が少し下流にオフセットしているので越流部を上から観る事が出来ます。

自然越流の洪水吐は、沢山の門数をクレストに並べる事で、越流する水の厚みを薄くする事が出来ます。それはダムの堤高を抑える事に繋がり、同じ放流能力を維持しながら建設コストを抑える事が出来ます。

さらに、こんな感じで越流部の直上をオープンにすれば、ゲートの天地をより薄く出来て、より効果的なのかなぁ?と、空想。

それにしても、越流部が壁の様に薄い!



そうです!
もうお気づきでしょうが、この天王ダムは天端側水路を持っているのです。



左岸から下流面を観ます。
センターに天端側水路で集めた水の放流ゲートがあります。

クレストには薄い隙間がありますが、これはゲートでは無くて、天端側水路上の天端は橋梁の構造となっている為です。



もっと、正面から見えないかなあ・・・。

一応もう少し下流側まで行けるのですが、ズラッと養蜂の巣箱が鎮座していて、ミツバチが盛んに飛び回っているのでこれ以上は無理でした・・・。



何故、この天王ダムに天端側水路が?
ヒントは下流が非常にタイトな独特の立地にあるのでは?と思われます。

ダムの直下は真正面に別の山が壁の様に立塞がり、水は国道の手前で右に急ターンを強いられます。スムーズに下流の河川に水を流す為には、放流部分はストレートに、尚且つセンターにまとめたかったのではないか?。
憶測ですが、そんな風に思いました。



特徴的な天端側水路を持つ天王ダム。
そのデザインのディテールも、また他にない特徴があります。

マニア目線で観て、見逃せないのがこのクレストから曲面で立ち上がる導流壁の襟元です。
なかなかカッコイイ造形だと思うのですが、ただそれだけでは無くて、某有名ダムに似たデザインエッセンスを感じるのです。



例えば、
宮ヶ瀬ダムの、導流壁の立ち上がり部分の曲面。



さらには、こちらは比奈知ダム。
これも同じく導流壁の立ち上がり部分。



勿論、天端側水路だから導流壁の立ち上がりが曲面になる、と、いう直接的な話ではありません。

機能とは関係の無いデザインの細部に、歳の離れた兄弟のような血筋を微かに感じるのです。
何処でどう繋がっているのかは定かではありませんが、なんとなく近い物を感じるのです。



天王ダム
★★★

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糀屋ダム・徳畑ダム・茂利ダム

堤高44.1m(糀屋ダム)
R/AI 1989年 農水省

2010.5.8見学

兵庫県の翠明湖は、灌漑と工業用水の為に造られた人造湖で、主堤体として糀屋ダム、副堤体として徳畑ダムと茂利ダムの合計3基のロックフィルダムによって構成されています。

近くには、第1ダムから第5ダムまでの5基のダムを持つ太田ダムもあり、この一帯は、ラン&ガンの数打ちダムマニアにとっては格好のボーナスエリアと言えます。

僕も太田ダムの後に訪問したので、貯水池の上流からのアクセスとなりました。

まず最初に現れたのは徳畑ダムです。
堤高15.4m  堤頂長85m



とても可愛い、小さなロックフィルです。
副堤体なので洪水吐や取水設備も無い事もあり、通りすがりではダムだとは気が付かないかもしれません。



こちらは貯水池側。湖面が近いです。



徳畑ダムの天端を通過し貯水池の左岸を進むと、茂利ダムに到着です。
堤高17.1m  堤頂長96m

徳畑ダムよりほんの少し成長した感じの堤体。
ダムの袂に祠があり、そこから撮影。



徳畑ダムも茂利ダムも、裏側に道等はありませんが、小さな堤体なのでサクサクッと直下に降りてみる事も出来ます。
20m未満の小さなフィルダムに迫力を求めるのは無理がある様で、下から見上げても、のほほんとしたのどかな表情をしていました。



茂利ダムから貯水池を望む。
対岸の右岸側にメインの道路があり、副堤体のあるこちらの左岸は車通りもほとんどなく、静かな湖畔の森の中、といった感じです(カッコウは鳴いていませんでしたが)



茂利ダムを後に左岸沿いに車を進めると、ようやくダムらしい堤体が見えて来ました。

主堤体の糀屋ダムです。
堤高44.1m  堤頂長306.2m



残念ながら堤頂は立入禁止。



ごくスタンダードな非常用洪水吐です。



整形リップラップの滑らかな下流面。
岩の隙間にうっすらと雑草が生え始めているのも、灌漑用の里山ダムらしい味と言えます。



対岸の下に大きな建物が見えます。
灌漑用水などの施設だと思います。



堤体の真下にやって来ました。
広い芝生の向うに立派な堤体。広角レンズでもまるっきり画面に収まりません。



車で全容の写真が撮れる間合いまで離れました。

ダムの真下から耕地が広がっています。
時折行き交う地元の車も、軽トラか原付ばかりで、糀屋ダムには独自のゆったりとした時間が流れていました。



糀屋ダム・徳畑ダム・茂利ダム
★★

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太田第1ダム〜太田第5ダム

堤高55.5m(太田第一ダム)
R/P 1995年 関西電力

2010.5.8見学

奥多々良木発電所の多々良木ダムと黒川ダムを見学した後は、大河内発電所の揚水発電上池の太田ダムにやって来ました。
3週間前に下池の長谷ダムを見学しましたが、日没の為にその日は諦めた太田ダム、今日はリベンジなのでした。

関西電力の水力発電は、堤高日本一を誇る黒部ダムや、古くから電源開発された木曽川や庄川などが有名ですが、近年開発された大河内発電所は、奥多々良木発電所と共に、このエリアは現在、関西電力随一の水力発電地帯となっています。

長谷ダムの右岸の山頂にある太田ダム(上部調整池)は、第1〜第5までの5基のロックフィルダムにより構成されています。

第5ダムの近くにパーキングがあり、小さな公園が用意されています。

5基の天端を渡り、貯水池をぐるり一周できる道がありますが、関電の管理道路となっていて、関係者以外は立入禁止となっています。



山頂の盆地を利用した太田ダムですが、意外と眺望に恵まれておらず、第五ダム脇の公園からが各堤体を見る事の出来る唯一のポイントとなっています。

この辺りの地形は、切り立った山々が広がるエリアなのですが、太田ダムの湖畔は低く小さな山々に囲まれています。山頂にある貯水池は、とても不思議な感覚を覚えます。



公園のすぐ脇にあるのが太田第5ダム。
堤高26.5m  堤頂長101.5m

5基の内で一番可愛らしい小さな堤体です。
天端の右端に門があり、ここから先は立入禁止です。



太田第5ダムの向うに見えるのは、太田第1ダムの堤体です。
堤高55.5m  堤頂長175.3m

5基の中で一番背の高い第1ダム。
実際は、天端の標高は皆同じですから、ノッポと言うより、足が長いといった感じでしょうか?


赤い屋根の管理所の向うに太田第2ダムがありますが、残念ながらその姿を観る事は出来ません。

堤高44.5m  堤頂長397.1mの太田第2ダム。
高さは第1ダムに譲りましたが、たっぷりとした堤頂長を持ち、一番大きな堤体です。
ここからは見えませんが、衛星写真や地形図を見ると、太田第2ダムの堤体の右岸に非常用洪水吐らしきものがある様です。



反統計周りに貯水池の周囲を見て行きます。

奥まった入り江の向うにリップラップが見えますが、ダムではなく護岸だと思われます。
堤の真上に林があり、下流面は無いようです。



対岸に見える大きな2箇所の取水設備。ここから4基の発電電動機に水が落とされます。
向かって左が1・2号機への取水設備、右が3.4号機への取水です。

取水設備の左に見えるのが太田第3ダム。
堤高23.5m  堤頂長208m



地山を挟み、一番左に見えるのが太田第4ダム。
堤高29.3m  堤頂長406m

5基の中で一番長い第4ダム、ここから見えるのは全体の一部分です。



天端はどのダムも立入禁止の太田ダムですが、パーキングからの道を下ると、堤体の下を進む事が出来ます。

まずすぐに現れる太田第5ダムの裏側。
此方に下流の河川がある訳ではないので、下流側よりも「裏側」の方が表現としてしっくりします。



その先に車を進めると、堤高55.5mの太田第1ダムの裏側に到着です。
第5と同じ整形リップラップできっちり築かれたロックフィルダムは、女性的な優しい表情です。

真っ直ぐに伸びる階段もリップラップと同じ天然石で造られており、ちょっとした古代文明の遺跡にも見えます。



その先に太田第2ダムがあるはずですが、残念ながらここから先は立入禁止です。



車をUターンして、さっき左端にちょっとだけ見えていた第4ダムの左端に来ました。
やはり門があり、天端は立入禁止となっています。



400mを超える第4ダムの長い堤体。
取水設備も吐もありませんから、いたってシンプルな表情です。



この場所から対岸を見ると、第1ダム(左)、第5ダム(右)が見えました。
太田ダム(上部調整池)は結構広い貯水池です。

元々この場所には、明治時代に造られた太田池という人工の溜池があり、灌漑用水と、小規模の発電が行われていたそうです。
大河内発電所の開発により、太田池は再開発され面積は10倍ほどになりました。

地形図で見ると細い流れ込みがあるものの、現地で確認する限りこの太田ダムの貯水池に直接流れ込む河川は無い様に思われました。
そうです、驚いた事にこの太田ダムの湖水はほぼ100パーセント、下池の長谷ダムから水車によって吸い上げてきた水なのです!。

これだけ広大な貯水池なのに集水エリアと言える範囲はほとんど無く、あえて言うなら湖面上に直接降った雨水くらいなのです。



揚水発電の上池の太田ダムを観た後は、先日も訪問した下池である長谷ダムに再訪です。

堤高102m
男前の長谷ダムです。やっぱり格好いい!



再び関西電力のPR施設であるエル・ビレッジを訪れます。

前回訪問時は、閉館まぎわでろくに見学できませんでしたが、今日はここから出発する大河内発電所見学にも参加します。



見学の申し込みを済ませ、ちょっと一休み。

電力会社のPR館なのに、よくある様な発電に関する展示物がほとんど無いエル・ビレッジ。
発電に関する見学は、是非シャトルバスに乗って発電所を見学ください。と言う事でしょう。



時間まで、長谷ダムを見上げながらオープンテラスでお茶でもしようかな?

でも、壁に貼られた関西電力の番付け表を見つけて、ニマニア眺めているうちに、あっと言う間に出発時間となりました。




エル・ビレッジからマイクロバスに揺れれる事数分、ダム右岸の地下にある大河内発電所に到着です。最大発電出力128万kWは、揚水発電では日本4位の規模を誇ります。

高浜原発の深夜電力により太田ダムに吸い上げられた水は、4基の発電電動機によって電気が作り出されています。
1・2号機は三菱製、日立製の3.4号機は、周波数調整が出来る可変速型が採用され、より高度な発電システムとなっています。

4基全てがフルパワーで発電を行うと、たった6時間で太田ダムの水が底をつくのだとか。凄いです。

この時の見学ツアーは、たまたま参加者は僕一人だけで、シャトルバスも案内人の方も貸切状態だったので、いろいろとお話を伺う事が出来ました。



太田第1ダム〜太田第5ダム
★★★★

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黒川ダム

堤高98m
R/WIP 1974年 関西電力

2010.5.8見学

最大出力192万kW、関西電力 奥多々良木発電所は現在日本最大の出力を誇り、世界的にも有数の高出力の揚水発電所です。

下池はアスファルトフェイシングの多々良木ダム、そして上池はこの黒川ダムとなっています。



堤体の直下はどうぞと言わんばかりにお近づきになれます。
100m級のロックフィルは迫力充分です。

非常用洪水吐のスロープには別の放流設備が隠れていますね。

黒川ダムは揚水発電のほかにも、兵庫県により上水道や工業用水に湖水が使われる多目的ダムとなっています。



天端は徒歩で散策できます。

堤高98m、堤頂長325mという巨漢の黒川ダム。
ロック材にチェーン張りのガードが大型ロックフィルらしいゆったりとした表情です。

下流側にツツジの植栽があるのは下池の多々良木ダムと同じなのですが、沢山咲いていた多々良木と比べ、こちらはまだ蕾も付いていません。

揚水発電の有効落差387.5m、天端の標高が多々良木ダムより高い為でしょうか?。



山奥に築かれたハイダムなので相対的に周囲の山並みも低く、心地の良い情景が広がります。
ダム下の里には温泉もあります。



湖畔には風車。
関西電力の黒川風力発電所です。
黒川ダムの下からでもその姿がよく見えました、この地のシンボル的な存在です。

なみなみと湛える湖水。きれいな湖水は冷たそう。



堤頂上を往復した後は、ゲート付近の見学です。

洪水吐はラジアルゲートが1門、下池の多々良木ダムの余水吐よりゲート数が少ないのは、発電用の取水設備より水が送れるからでしょう。

そして、関電名物ブラックゲート。



黒川というダム名らしい、黒いロック材が使われるリップラップ。
ロックフィルには珍しく、犬走りがあるのも特徴的です。

ダムより上流には集落もなく、ちょっぴり矢木沢にも似た「さいはて」感も漂います。
周囲の景観もすばらしく、四季を通じて楽しめそうな黒川ダムでした。



黒川ダム
★★★


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生野ダム

堤高56.5m
G/FNWI 1972年 兵庫県営

2010.5.8見学

アスファルトフェイシングの多々良木ダムのカッコ良さにしびれつつ、揚水発電の上池である黒川ダムを目指します。
上池・下池の関係である二つのダムですが、直通で向かう道が無く、黒川ダムへは大きく迂回して国道429からのアクセスとなります。
その国道429沿いにあるのが県営の重力式コンクリートダムの生野ダムです。ダムは国号脇にありますので道に迷う事はありません。

飾り気の少ない実直な雰囲気の天端。



パーキングや公衆トイレの近くに、謎の構造物を発見。
丸いガラス窓がありますが、曇っていて中も良く見えません。

観測装置?水槽?モニュメント??

答えはどうもタイムカプセルらしいです。

そういえば、僕も小学校の卒業記念に同級生とタイムカプセルを作りましたが、今となっては出来れば永遠に埋まっていてほしい気がします・・・。
何を書いたかまで覚えてるので、タイムカプセルの意味も無いですし(笑)



下流を見下ろすと、河川維持の放流中です。

峠道の途中で脇道に入るとダムの真下への道がありますが、少し手前で金属チェーンにより車両で近寄る事は出来ませんでした。
たしか立入を禁ずる表示は無かったと思うので、徒歩でならダム下から見上げる事も可能かもしれません。

今日は、夕方になるまでに必ず辿り着きたい物件を控えていたので、先を急ぎます。ごめんね生野ダム。



天端から貯水池を見下ろすと、堤体のすぐ脇に有名外来魚の姿。しかもかなりのビッグサイズ。
50アップは確実にあります。

注)天端からの釣りは禁止されています。



貯水池は生野銀山が近い事もあり銀山湖と呼ばれています。

グッドサイズのブラックバスの写真を載せてしまうと、ひょっとして生野ダムの管理に迷惑がかかるかな?と、思っていたのですが、天端の見学後に湖畔沿いに車を走らせると、バサー向けのレンタルボート屋もあり、湖畔にはエレキ装備のボートがあちらこちらに。どうやらこの銀山湖は超メジャースポットだった様です。



クレストに2門のラジアルゲートを備える生野ダム。

巻揚機も露天設置で質実剛健な感じの生野ダムですが、ポリカの屋根が付けられていました。
この辺りだと、雪もそれほど積らないのかなあ?。



天端を左岸まで歩くとアバットに階段があり、ちょっとだけ登れるようになっていました。

実直で、シンプルな造りが渋い生野ダムでした。



生野ダム
★★★

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多々良木ダム

堤高64.5m
FA/P 1974年 関西電力

2010.5.8見学


関西電力のアスファルトフェイシング 多々良木ダム。
アスファルトフェイシングのダムは今回初めての訪問です。この時はまだロックフィルダムの亜種くらいのモノだろうと、まるっきり油断をしていました。

坂道を登ってダム本体の右岸に到着。一般見学者の駐車場はちゃんと用意されているのですが、気が付かず天端脇に駐車させて頂きました。

天端は基本的にクローズですが、日中は徒歩で散策できる様に開放されているようです。



右岸端にラジアルゲート2門の余水吐。
一直線のスロープ、フィルダムのごくスタンダードな仕様です。



素晴らしい天端からの眺望。これぞ日本の山村といった情景が広がっていました。
天端にはツツジが植えられ、競うように沢山の花を付けています。



美しい植栽と風景に誘われてか、天端にやたらと人がいます。

ハイキングのグループかな?と、思ってましたが、どの方も画材を手に風景スケッチをするポイントを探しておられる様子。

あちらこちらに、行き来されているのはスケッチの場所選びだけで無い様で、
「何処かに水道が無いか?」 「水があらへん」 と、筆洗い用の水を探している方も。
多々良木ダムは一企業の発電設備と言う事もあり、天端の両岸付近には公衆トイレは無いようです。

「こっちになんぼでも水あんのやけど・・・・」 恨めしそうに天端からダム湖側を見下ろすおじさん。

その声を聞いて、僕もつられてダム湖に目を向けました。
そういや、ツツジや下流の風景ばかり見ていて、肝心のダム湖の方をまだ見ていなかった・・・。

どれどれ?



!!!!!!!

目の前に広がるアスファルトの斜面。

0.5秒で多々良木ダムに秒殺です。

堤高64.5m、基礎地盤まで湖水の中もずっとこの黒い壁が続いている事を想像すると、鳥肌が立ちました。それに、アスファルトの巨大な斜面を見下ろして眺めていると、頭から湖面に吸い込まれそうな錯覚を覚えます。

しばらくいろんな角度からアスファルトを鑑賞します。



蒼い湖水にオレンジ色の網端が映えます。
両岸の岩盤の険しく、ゴツゴツした表情も印象的です。



再び天端の端っこに停めた愛車に戻ると、管理所の奥に駐車場がある事に気が付きました。車を移動し駐車場に停めると、そこからはアスファルトフェイシングが良く見えました。
ああ、最初からここに停めれば良かったのだ。

駐車場にはダムの案内看板のあり、揚水発電の上池の黒川ダムと比較する感じで略図も描かれていました。黒川ダムは通常のロックフィルダムとなっています。

略図ですが通常のフィルダムよりも勾配がきつい事が解ります、それに形状も上下面で同じ勾配。
勾配が急なのは、緩い傾斜と比較してアスファルトの舗装面積が少なく済む為なのでしょうか?

この多々良木ダムと良く似た、東京電力の八汐ダムを見学された「雀の社会科見学帳」の夜雀さんによると、八汐ダムの場合、舗装を行う施工機械の能力に関係があるとの事です。
舗装にはスリップフォームのような専用の機械が使われるのだと思います。納得。

そして、さらに驚いたのは断面の略図・・・・
コ、コアが無い・・・・!!!

後から思えば、コアが無いからアスファルトで表面遮水している訳で、いまさらコアが無い事に驚く方がおかしいのですが、とにかく、この略図を見た時は、本当にたまげました。
それと同時に、まるっきりこのダム形式について理解していなかった事に大きく反省です。

多々良木ダムは近隣に適切なコア材の採取地が無く、このダム形式が選ばれたそうです。



一直線に伸びた天端、それと平行にやはり真っ直ぐに走る湖面との境界線。
広大な黒い壁は、とてつもない迫力と存在感です。
これはフィルダムとは完全に違う、もちろんコンクリートダムとも違う。今まで見たどのダムとも違うオーラに満ちています。

子供の頃、
空って凄いな、宇宙まで空気ばっかりだ。
海も凄いな、海底まで水ばっかり。

意味も無くそんな事を思っていた時期がありました。
案外、今でもその思いは変わっていない自分です。
何故が解りませんが、「延々と同じ材質」と言うものに興味があったり、心惹かれるのです。

湖底までずっとアスファルト、そして中身は全てロック材。
個人的に、そのビジュアル以上に多々良木ダムに魅力を感じてしまうのは、きっとその為だと思います。



すっかり天端で時間を食ってしまいました。
それもこれもアスファルトフェイシングが魅力的すぎるからなので仕方ありません。

天端からダムの真下に公園のような施設が見えていました。
車で移動してみると、それは「あさご芸術の森美術館」でした。
美術館の周辺には、屋外にも彫刻作品が多数展示されています。

天端のスケッチ画の方々との接点がつながり、妙に納得。



本日の特別展は安藤広重でした。
東海道五十三次に代表される、人情味溢れ、ちょっとコミカルな広重の浮世絵。

実はファンなので、グラッと来ましたが入場してしまうと、今日のダム巡りはここで終了してしまいそうなので、ぐっとこらえてスルーします。



館内と、堤体直下の野外展示は有料スペースとなっています。
垣根の隙間からダムの真下を覗いてみました。

きれいに整備された青々とした芝生の上に、いくつもの彫刻が展示され、背後には巨大なダムの堤体が迫っています。
勿論、これは偶然ではなく、計算された空間なのです。

ダムと彫刻、まさに現代アートの競演やあ〜と、まで言ってしまうとさすがにマニア目線でも飛躍しすぎですが、ダムの堤体が美術品の背景として実に有用である事を示した好例です。

奥河内発電所のエル・ビレッジなどの例もあり、関西電力はダムの魅せ方が上手いと思います。



関西電力のアスファルトフェイシング、多々良木ダムは、そのビジュアル的な魅力は勿論、美術作品とのコラボという他には無い魅力に溢れた凄いダムなのでした。



多々良木ダム
★★★★★

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