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世増ダム

堤高 52m
G/FAW 2003年 農水省(東北農政局)

2012.7.15 見学

コロンブスの卵。


大湊堰堤を満喫した後、再び下北半島を南下、八戸の世増(よまさり)ダムにやってきました。
堤高52m、堤頂長247m。
洪水調節に加え、農業用水と水道水を供給する多目的ダムです。

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クレストの上にひときわ高く、目を引くゲートピア。

最近のダムはゲート設備をできる限り低く配置し、すっきりと見せる設計が多い中で、この世増ダムのクレストはその潮流とはまるで逆行しています。

しかし、
これが不細工かと言えば真逆でとてもスタイリッシュでカッコ良いんです!。

まさに逆転の発想、「コロンブスの卵」と言うべきデザインです。

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左岸の道を登って天端レベルまで来ました。
広い見学者駐車場に森湖の横断幕&幟旗。

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どうです?なかなかの男前ですよね。

明らかに見た目のカッコよさを意識しています。

「わー、ビジュアル系やー、ビジュアル・スターやー」

独り旅も2日目になるとだんだんと独り言が口からこぼれます。

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コンクリートの造形もシャープ&クール。
ナイフエッジな越流部に注目!。

そして、なんだか見慣れない感じだなーと、思ったのですが、それもそのはず、よく見ると天端の橋脚が下流の斜面から生えています。

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ダム軸の真横から観るとこんな感じ。

通常は越流部の上にピアや橋脚が並びます。
世増ダムは天端を大きく下流側にオフセットして、越流部には何もありません。

橋脚を越流部から無くする事で、橋脚の断面積分だけ越流水深を浅く抑える事が可能です。
しれっと目新しいクレバーな設計の世増ダムです。

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その天端を歩きます。
高く立派なゲートピア。

赤レンガを模した外壁、角部は石材の柱状の意匠が施されています。
背の高い建物ですが、さらに外観を高く見せようとする意図が伺え、そしてそれは成功しています。

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真正面から見上げると、ちょっとだけ可愛く見えるゲートピア。

赤レンガ調の壁面にある銘板を見ると「オリフィスゲート」とありました。

「あれ?オリフィスなの?」

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そうなのです、高くそびえるゲートピアから、なんとなく勝手にクレストゲートをイメージしていたのですが、これらのピアは4門全てオリフィスゲートの物でした。

非常用洪水吐のクレストゲートは、例のナイフエッジな自然越流ゲートです。

「いやー、やっぱりカッコいいねぇー。びじゅある・すたー♪」
と、またまた独り言。

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ゲートピア付近から下流。

多目的ダムである世増ダムは、青森県、東北農政局、八戸圏域水道企業団、洋野町の共同事業として建設されました。

ダム完成後も、目的別に各施設をそれぞれの事業者によって管理運営されています。

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青森で見つけた、ちょっと男前のコンクリートダム。
八戸のビジュアルスター。
世増ダム

★★★★

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旧大湊水源地沈澄池堰堤

堤高7.9m
W(取水終了)/G(A?、GA?) 1909年 むつ市

2012.7.15見学

重文という勲章。


浅虫ダムを訪れた後、延々陸奥湾沿いに下北半島を北上、目指すはむつ市にある旧大湊水源地です。
下北半島は初めて訪れますが、広い平野と大きな空、それに遠慮なく伸びた真っ直ぐな道路は、既に海峡の向こうの北海道を思わせ、本州の最果ての地である事を感じさせます。

むつ市の市街地を抜けると目的の旧大湊水源地はあと少しです。
案内看板に導かれて坂道を登り、振り返ると、軍艦らしき艦船が見えました。

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大湊水源地は、1909年、大日本帝国海軍の軍艦への給水を目的とした軍事施設として建設されました。
ロシアのバルチック艦隊に備え、北海道の防衛の要所として大湊に水雷団が設置された事がルーツという、100年を越える歴史ある名堰堤です。

二度の大戦を経て、海軍の解体後は施設が大湊町に引き継がれ、1976年までむつ市の上水道水源としれ使われた後、給水を終了した現在は市民の憩いの場となっています。
水源地公園への坂道、同じ軍港水道出身の本庄水源地と同じように、周辺は現在も自衛隊の土地になっています。

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狭いながらもよく整備された駐車場、そこから先は綺麗な公園となっています。
地元の方が犬の散歩、辺りの木々は桜かなと思います。

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公園には四角い蓮池がありました。
実は、使用しなくなった浄水施設(濾過池・配水池)を利用したものなのだそうです。

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蓮池から公園を山手に入ると古めかしい建物があります。八角形の不思議な小屋は、乙水槽という当時からのものです。
堰堤から取水した水を、浄水施設と、艦船へ直接送水するルートへ分岐させる施設で、外観上は小さな小屋ですが、およそ4mの深さのある地下施設です。

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公園の上を分断する新しい橋。
水源地大橋は2007年に完成した国道338号の新しいパイパス道路です。

堰堤の真下を通過するこの橋は、景観検討委員会を設置し、公園と調和し景観を損なわないように設計されました。

橋の下をくぐると、視線の先に石張の小さな堰堤と、赤い取水塔が見えました。

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旧大湊水源地沈澄池堰堤。

堤高は7.9mに過ぎませんが、石張の重厚感ある造形は、鮮烈なオーラを水源地の森に放ち、数値以上の存在感を示しています。

石張ダムが好きになって、何年もこの堰堤を観たいとずっと思っていました。嗚呼、感無量!!。

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堤頂長はわずか26.5mというコンパクトなもの、しかし、クレストはゆったりと優美なカーブを描き、観る者を魅了します。

クレストの4門の洪水吐、アーチ橋を模した形状が特徴です。
輪石の中心に要石も有り、構造的にもアーチ橋と呼べるかも知れません。

日本初のアーチダムと紹介される事の多い大湊堰堤ですが、下流面には通常の重力式ダムと同じような勾配があり、外観上は曲線重力式といった印象です。

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築堤当時の文献を紹介した記事によると、ダムサイトは「軟弱な砂礫と粘土層であり出水も多い」と記録があるそうです。
地盤が軟弱であった為、水圧を分散できるアーチ式を採用したとも言われていますが、正真正銘のアーチ式ダムと呼べるかは、素人判断ですが少々疑問符が付きます。

但し、時代背景としては当時既に、神戸の布引水源地の雌滝取水堰堤や締切堰堤等のアーチ式ダムの施工例もありますがら、大湊堰堤がアーチ式だとしても不思議ではありません。
軟弱地盤への荷重の分散を狙い、下流面に勾配を付け敷幅を広げたとも推測できますので、実際の所はもう少し調べてみなと解りません。

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非常に丁寧に張られた間知石、モルタルの目地も細く、みっちりと張込まれています。

なんと言っても、海軍の軍事施設として建設した堰堤です。
100年を経た現在でも、緻密に整った石張は高い建設技術を感じさせます。

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そして、石張堰堤ファンとして、最高の驚きと感動を感じたのはこの下流面です。

両岸を天端レベルまで覆ったアバット。
堰堤本体の石張と滑らかに一体化をしているのです。

アーチダムの基部としての役割(?)。
確実な事は岸の土止めと、放流水からの保護を目的とした「石の鎧」である事です。

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堰堤下に覗く放流管(排砂用だと思う)。
その周囲も、石の鎧で完璧に覆っています。

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天端から真下を見下ろします。

隙間なく張り込まれた石材。
生物のような有機的な曲面は、恐竜のウロコをイメージさせます。

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石張をくまなく観察するとさらに面白い事に気が付きました。
堰堤本体は間知石の布積ですが、岸のアバット部分は谷積なのです。

谷積と布積の境界線がはっきりと良く見えません。
二つの積方が自然に溶け込むような切替部分はまさに職人技です。
事実、この堰堤の築堤は遠く九州から石工達を呼び寄せて造られたそうです。

さらに特徴的な事は、どうもこの大湊堰堤は「コンクリートダム」ではなく、石張の内部も石材を詰めた正真正銘のメイソンリーダムではないかと思われる事です。(僕個人の推測です、いろいろと調べたのですが明確な解答には至りませんでした)

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すっかり見事すぎる石張に目を奪われていましたが、改めて堰堤の他の部分を見学します。

堰堤中心には赤い取水塔があります。
遠くから観てもよく目立つ、シンボリックな取水塔は、実は木造である事が分かりました。
桟の入った年季ものの窓の中には、湾港設備らしいマリーンな浮き輪が吊るされています。

天端の柵は公園化した時に増設した物だと思われます。
現地で良く観ると膝丈の極端に低い手摺が当時のまま残されています。

鋼管の細く簡素な手摺は軍艦のデッキ上と同じ物かもしれません。
いずれにせよ当初は軍用施設として造られただけに、民間人が通行する事は想定外だったのかもしれません。

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小さな堰堤なので、貯水池も相応のコンパクトなものです。

下流面のアバットに見られた石張(谷積み)は、上流側の貯水池内の両岸や底面にも張りめぐらされているのだとか。

市民の憩いの場として余生を送る現在は、鯉の泳ぐ池となっています。

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貯水池のインレットは石張で覆われた水路状になっています。

「大湊ダム」
「大湊第一水源地堰堤」
「旧大湊水源地堰堤」
さまざまな名前で呼ばれている堰堤ですが、現地の案内看板には、「旧大湊水源地水道施設」「沈澄池堰堤」と記されていました。

沈澄池(ちんちょうち)という名称から察すると、貯水池は沈砂池の役割も担っているようです。

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さらに上流は幾つもの砂防堰堤が連なり、公園として整備されています。
せせらぎの聞こえる心地よい散策路です。

砂防堰堤群は改修工事が入っていると思いますが、基本的に当初からのものだと思います。
これらの砂防堰堤群は、貯水池(沈澄池)への土砂の流入を抑える役目もあり、とても良く出来た水源地だと思いました。

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小さく静かな水面に、赤い取水塔が写っています。
早朝からの雨は下北半島を北上する途中で上ってくれました。

堰堤の向こうの構造物はバイパス道路の水源地大橋の橋脚です。

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その橋は公園から直接歩道へアクセス出来るようなっていました。橋の上から堰堤を見下ろします。

しばらく眺めていると、ひとりの男性が天端に現れました。堰堤をあらゆる角度からカメラで撮影されています。
効率よく非常に手慣れた感じ、それにレインコートと長靴で武装した姿は、明らかに観光客とは異なるオーラを放っています。

学術調査に訪れた大学教授に違いない。

そう思って声を掛けてみると、全国の石アーチ橋を訪問されている「石アーチ橋ファン」の方でした。但し、その訪問件数や深い考察は学者レベルの凄い方です。
この大湊堰堤のクレスト洪水吐がアーチ橋状になっているので、はるばる関東からバイクで訪れたとの事でした。

そしてなんと、この方のホームページに、ちょこっと登場させて頂きました!。
http://18.photo-web.cc/~miyasama2748/HOME/P84mutushi.html

(「宮様の石橋」HP内、「ねじりまんぽ」のコーナーは必見です!!)

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石アーチ橋ファンの宮様と別れた後、堰堤の下流側を散策しました。
堰堤の下流も貯水池内やインレット部分と同じように石張の水路状となっています。

細部まで丁寧な造形、軍港の建設に関連しているので、この様な造作はお手の物だった事でしょう。

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堰堤の下流約30mにある「仕切堤」
堰堤の洪水吐から溢れた水も、この仕切堤から浄水場へ取水できるようになっています。

また、逆に渇水時には堰堤下部の排砂管を空ければ、わずかな水でも取水できる仕組みとなっています。

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仕切堤脇にある取水口「第一引入口」(現地の案内看板より)、訪問時は改修工事(保存の為の工事)の最中でした。

この取水口は文献によっては「第二取水」の名称になっています。
その場合、主堰堤が第一取水と解釈する事も出来るので「大湊第一水源地堰堤」とする呼び名と合点がいきます。

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この美しい堰堤と周辺の水道施設群は、取水終了後の1984年にむつ市文化遺産、1985年 近代水道百選、1993年 青森県文化遺産、2001年には土木学会の「日本の土木遺産」と、次々に文化財の認定を受け、ついに2006年には近代水道施設史上での価値が高いとして、国の重要文化財の指定を受けます。

軍港施設として産まれた大湊堰堤は、人間に例えると海軍を退役した元軍人といった感じでしょうか。
100歳を超える御大の胸には、誇らしげに数々の勲章が並び、その中でも国の重文と言うひときわ大きな勲章が輝いている事でしょう。

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旧大湊水源地沈澄池堰堤
★★★★★



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浅虫ダム

堤高9m
G/FN 2002年 青森県営

2012.7.15見学

新しいシステム。


早瀬野ダムでテンションが上がった後は、東北自動車道〜青森自動車道の終点、青森東ICで降りて、陸奥湾沿いの国道でさらに北上します。
昨日から個性的なダムばかり見て来ましたが、またしても変り種を訪れる事にしました。

陸奥湾に面した浅虫温泉の山側にあるコンクリートダム、浅虫ダムです。

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これが浅虫ダムのダム本体全景です。

異様に低い堤体、高さは9mしかありません。
215mに及ぶ長い堤頂長、そして広大な洪水吐、幅は広い部分で35mもあります。

このとても風変りな浅虫ダムは、すぐ下流の浅虫温泉を洪水から守る為に造られた、治水を主目的としたコンクリートダムです。

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全長わずが5kmの浅虫川ですが、密集した温泉街の中を川が貫通している為、川幅を広げるなどの治水工事では用地取得の面で不可能とされました。
その為、温泉街の上流500mに計画されたのが浅虫ダムです。

しかし、ダム予定地の地下を流れる地下水は温泉の希釈水として重要な水源であり、基礎岩盤までコンクリートを打ち、遮水してしまう従来のコンクリートダムでは歴史ある名湯の死活問題です。温泉街が洪水から守られても、これでは意味がありません。

そこで考え出されたのがフローティング形式という独特の構造です。
ダムサイトの地表から基礎地盤まで杭を打ち並べ、その上に浮いた状態でコンクリートの堤体を建設します。
ダム本体の下には直径2m、長さは基礎地盤まで届く7〜23mの杭が39本×2列。
岸付近には一部連続地中壁を使用しています。(本数などは図面を読んだ数)

広い減勢工の部分はそれとは別に、直径40cm、長さ7mの無数のPHC杭(プレストレスト高強度コンクリートパイル・・・名前がカッコイイ)が、広大なコンクリート面を下から支える構造となっています。

これにより、浅虫川の水を貯留し洪水を防ぐ一方で、ダム本体の下を流れる地下水は従来どうりスルー出来る、他では類を見ない特殊なダムが完成しました。

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減勢工の周辺は芝生広場になっていて、カモシカや蛍をモチーフとした記念碑。
でっかい蛍のモニュメントは夢に出てきそうなリアルさ。

浅川ダムの貯水池は「浅川ほたる湖」と命名されています。

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減勢工の右岸端は下流への放流路があります。
通常のダムであれば河川維持の放流がされている部分ですが、浅虫ダムからは水が流れ出ていません。
実はダムを迂回して別の水路が設けてあり、ダムにより浅虫川が枯川になっている訳ではありません。

さらに、サーチャージを越え、設計洪水位を超えるような大きな出水でない限り、ダム本体を越流し、ここへ水が流れ込む事がないように設計されています。

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通常の洪水に対応する放流設備は、貯水池左岸に洪水吐と放流路が造られています。
トンネル式の放流路はおよそ1km下流の陸奥湾に直接放出される仕組みです。

海が近く高低差も無かった事もあると思いますが、既存の鉄道トンネルとすれすれで交差する為、かなり厳しい条件での工事だったそうです。

既存の河川とは別の放流ルートの開通は、たとえサーチャージを超える大雨となった場合でも、ダム建設前と比べ確実に下流への水量を減少させる、実効性の高いシステムです。

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地図上ではダム本体を一辺とした四角い形をした貯水池ですが、それは貯水池の中に貯砂ダムが設置されている為です。

浅虫ほたる湖には上下に3連の大きな貯砂ダムがあり、一番下のメインの貯水池には極力砂が堆積しない構造となっています。

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貯砂ダムの上流からの眺め。
上流部は自然な河川の雰囲気があり、公園となっています。

きっと、本当にほたるが飛び交っているのでしょうね。

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フローティング式コンクリートダムと言う変わったタイプの浅虫ダム。
実際に訪問して調べてみると、とてもシステマチックに考え抜かれた実戦的なダムである事が解りました。

大雨で温泉街を襲う河川は、同時に温泉街の大切な地下水脈の源でした。
浅虫ダムの特徴はそんな特殊な状況下で考え出されたものですが、他のダムでも参考になる点が多い優れたダムではないかと感じました。

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浅虫ダム
★★★

ちなみに、浅虫ダムは堤高9mしかないのに、ダム便覧にダムとして掲載されています。ダムの堤高が基礎地盤からの高さだとすると、地盤が深い所だと堤高30m以上と解釈する事も出来ます。

それが掲載されている理由であるかは不明ですが、もしそうなら、奥津発電所の懸崖水槽もバットレスダムとして掲載して欲しいなぁ、なんて事を思いました。

↓バットレスのフローティングダム 懸崖水槽
http://side-way.jugem.jp/?eid=392

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早瀬野ダム

堤高56m
R/A 1985年 農水省(東北農政局)

2012.7.15見学

アスファルト・ミュータント。


遠部ダムを後に次に訪問したのは、遠部ダムから10キロ弱の所にある灌漑用のロックフィル、早瀬野ダムです。
最近、ダム便覧で存在を知って、ちょっと気になっていたロックフィルなのですが、これが途方もない曲者でした・・・。

奥羽本線碇ヶ関駅前から集落を奥に入りしばし、車のワイパーの向こうに目的のダムが姿を見せ始めます。

むむ・・?壁??
運転しながら初めて目にする早瀬野ダムの姿は、高いコンクリートの壁に見えたのです。
しかし、そんな事で驚くのはまだまだ早かった。

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えええーーーっ!!!???

事前情報で 「それ」 を知識として知っていたものの、実物を目の当りにすると迫力がまるで違うのです。

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慌てて車から飛び出してもう一度。

ええええええーーーーーーっ!!!!!??????

実は、早瀬野ダムはロックフィルダムでありながら、表面にアスファルトフェイシングを施した、フィルダム界の突然変異(ミュータント)なのです。

しかも、しかもですよ。
通常、アスファルトフェイシングは遮水の為に上流面を舗装します。下流面は傾斜は急ですが岩を敷き詰めた表情はスタンダードなロックフィルと大きくは変りません・・・。

そしてこれが早瀬野ダムの 「下流面」 です。
写真は決して貯水を抜いた状態の上流面ではありません・・・。

いやあ、面白い、面白いよ早瀬野ダム。
こんな面白いダムが青森の山の中に人知れず潜んでいたのです。

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敷地の中にはフェンスがあり入る事が出来ません。
それでも雨に濡れた真っ黒な斜面を目の当りにして、ただただ茫然と立ち尽くすのみです。

しかもこのダムの堤高は56m、堤頂長も285.9mもある巨体です。
こんなに変っていて、なおかつ巨大。

名古屋人で言うと、トーストの上にマーガリンと小倉あんをダブルで塗って食うくらいのテンションアップです。

僕も思わずメガネが汗で曇ってしまうほどのハイテンションな光景がそこにはありました。

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一旦車に戻り、右岸の坂道を登り天端まで来ました。
そのまま車で天端を通過して、左岸に管理所、その裏手に一般車両のパーキングがあります。

ごく普通の大規模ロックフィルのダムサイトです。
でも、そこから見える光景はロックフィルとはまるで違う異次元の世界が広がっています。

上流面も真っ黒なアスファルトが雨に濡れ光って見えています。
天端の付近はコンクリートブロックが敷き詰めてありました。

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そしてやはり見所は下流面です。

高さ56m×長さ286m。広大なアスファルトの一枚板。
アスファルトフェイシングダムでは関電の多々良木ダムに匹敵するサイズ。
全長なら東電の八汐ダムを上回ります。

多々良木も八汐も広大なアスファルトフェイシングを上流面に持っていますが、貯水により水面から上部しか見る事が出来ず、巨大なアスファルト舗装の全貌は、工事誌の資料写真を観るか、頭の中で想像するするしかありません。

そしてこの早瀬野ダム下流面。
全て剥き出しの巨大アスファルト舗装。

これが凄くないはずがありません!。
そう思いませんか??。

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今日はダム巡りには辛い生憎の天候ですが、雨はアスファルトを黒々と見せています。

堤体の一番下部が雨樋のように、アスファルト舗装の表面に降った雨を集めるような形状になっているようです。

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大きな堤体に相当する広大な貯水池です。
水も澄んでいて綺麗なダム湖です。

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左岸にあるゲート&スロープ式の洪水吐。
赤い2門のラジアルゲートが真っ黒な堤体によく似合っています。

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減勢工の端に、じゃばじゃばと音を立てている水がありました。
堤体表面に降った雨が集められ、減勢工に注がれていました。

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他で類を見ない不思議な構造の早瀬野ダム。

どうやら建設当初はごく普通のセンターコアを持つロックフィルとして建設が進められたのですが、この川の水質がロック材に悪影響を与え劣化させるものだと解り、水とロック材を遮断する為にアスファルト舗装が施されたのだそうです。

一見すると明らかなアスファルトフェイシングフィルですが、表面遮水のアスファルトフェイシングダムと異なり、ちゃんとセンターコアも持っており、アスファルト舗装は二次的な表面保護のような構造のようです。

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ロックフィルのミュータント。
度肝を抜かれた早瀬野ダムでした。

★★★★





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遠部ダム

堤高43m
G/F(N?) 1974年 青森県営

2012.7.15見学


東北道津軽SAで一夜を過ごし、朝一で向かったのは県営の遠部ダムです。
津軽SAはダム巡りを始めて、最初に車中泊をした場所で、個人的に思い出深いSAです。
前回はナビに地点登録していたものの、未踏となっていたのが遠部ダムでした。

碇ヶ関ICで高速を降りて3kmほど、遠部ダムに到着です。
遠征二日目は天気予報どうりの雨の中でのスタートとなりました。

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1974年に洪水調節と不特定用水のダムとして建設。
その後、最近になってゲートレス化の再開発が行われています。

クレスト両脇の真新しい非常用洪水吐が誇らしげに見えます。

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クレストの中心にあるのは竣工から35年間下流域を見守り続けていたゲートの痕跡・・・。
2門のラジアルゲートは支持部を残し撤去されています。

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その下にあるのは従来からある放流バルブの設備です。
バルブの辺りだけコンクリートが新しく、バルブ自体は更新されてるのかなと思います。

(ダム便覧の情報だと、再開発により不特定用水を廃したとあります、それだとダム目的は洪水調節(F)のみになると思うのですが、実際の所はどうなのでしょう?)

両脇に翼のように左右に広がる導流壁も新しく追加された部分です。
下流面に走る明るいグレーのラインは堤体の補修でしょうか?
メカニカルなクレストとマッチして、独特の個性的な外観を演出しています。

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雨に濡れたアスファルト。
残念ながら天端は封鎖されて入る事は叶いませんでした。

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遠部ダムの上流面です。
自然越流の非常用洪水吐があるだけで、随分と現代的なダムに見えるから不思議です。
かつて2門あったラジアルゲートの部分はスクリーンが取付られ、現在も洪水吐の役目を引き継いでいます。

クレストから大きく突き出した建物は放流バルブの予備ゲートに関係するのか、ラジアルゲートが無くなった現在も現役であるようです。
(建物に赤っぽい塗装を施すのは青森のダムの特徴でしょうか?)

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遠部ダム
★★★

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一の渡ダム

堤高15.6m
G/P 1931年 東北電力

2012.7.14見学


秋田で藤倉水源地を訪れた後、そのまま青森まで脚を伸ばしました。
明日の天気予報が雨なので、雨が降る前に落として於きたい物件があったのです。

堤高91m、堤頂長330mを誇る浅瀬石川ダム。
立派なこのダムは以前に訪問していて、今日のターゲットではありません。

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角が取れ丸みを帯び、淡く赤い色に塗られたダム設備。
津軽のりんごをモチーフにしているのでは?郷土愛に満ちた浅瀬石川ダムです。

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本日強行軍で向かうのは、浅瀬石川ダムの貯水池、虹の湖上流部にあるという、一の渡ダムです。

ほとんど無名のダムですが、存在を知っているダムファンなら「えっ!」と、きっと驚く見学困難物件です。(実は、本当にダムまで行けるのか、この時点でも解っていませんでした)

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虹の湖を南進して上流部に向かうと、湖面から上部を出したコンクリートの塊が静かに佇んでいました。

浅瀬石川ダムにより水没した沖浦ダムです。
1933年に着工、1944年に竣工した沖浦ダムは発電と共に洪水調節も行う多目的ダムの先駆けとなったダムでした。

ダム便覧から消えたダムとしてダム便覧保存館に当時の写真が残っていました。
http://damnet.or.jp/Dambinran/binran/Hozon/HzKietaFr_205.html

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今日の目的はこの沖浦ダムでもありません。

沖浦ダム跡から橋を渡り対岸へ、ダート林道を突破して到着したのが東北電力 一の渡発電所です。

以前、対岸から谷を奥に分け入った二庄内ダムへの道も酷いラフロードでしたが、この発電所までの道も劣らないデスロードです。(余裕が無くて林道の写真はありません)

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発電所に水を落としている水圧鉄管。
水は浅瀬石川ダムの水を使ったものではなく、ダム湖上流の川から導かれたもので、発電所を通った水が浅瀬石川ダムに注がれる仕組みになっています。

ターゲットの一の渡ダムはこの水圧鉄管の上にあるとされる調整池で、ここから徒歩でアタックとなります。

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電子国土を見て予想した通り、水圧鉄管の付近に巡視歩道がありました。
熊鈴を盛大に鳴らしながら葛折れの歩道を急ぎます。

まだまだ日没が遅い時期ですが、30分以内に到着しなかったらタイムアウトと決めていました。

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歩道の途中で振り返ると浅瀬石川ダムの湖面が随分と下に見えました。

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さらに坂を登り続けると、大きな丸い構造物が見えました。
発電所のサージタンクです。

どうやら、ほぼダムのある高さまで登り終えたようです。

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サージタンクからは山の斜面を水平に奥へ奥へと道は続いています。

この感覚・・・。
富山の真立ダムを訪れた時にそっくりです。
但し、距離的には真立ダムの10分の1程度なのでダイジェスト版といった感じ。

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ところが、なかなかダムに到着しません。予想ではそろそろ・・・と言った距離なのですが。
さらに道は尾根を越えて緩やかに下り初めました。

えっ?まさか道が違ってる?
暮れていく日差しに心寂しくなって来ました。

でも、長野のセバ谷も、尾根を越えた先にあったよな、もう少し先に行ってみよう。

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坂道を下ると視線の奥に人工の構造物が見えて来ました。
一瞬、山を越えて関係のない所に出ちゃった!?と、思いましたが華奢な手摺は目指す一の渡ダムのものだと直ぐに確信しました。

あと少しです。

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そしてようやく到着、
煙突のある建物は管理所ではなく、流芥の処理設備のようです。

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フェンス沿いに裏手に周るとありました!

堤高15.6m、堤頂長63.6m
1931年に竣工した一の渡ダムです。

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強行スケジュールでこの山の中のダムに挑んだのは理由がありました。
そうです、この一の渡ダムは石張ダムなのです。(我ながら酔狂だ)

ダムの敷地内は立入禁止で下流からも堰堤を観る角度は限られて、近寄る事も出来ません。
レンズ越しに見る一の渡ダムの石張は、これまた不思議な個性的な表情です。

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張られた石は正方形の間知石ですが、目地がやたらと細く、波打っていて不自然です。

どうやら完成から後に何らかの目的で、表面にセメントが吹き付けられたようです。
不自然に見える目地は、セメントの上に描かれた筋模様かと思います。

茂った木々で全容が見えない事もあり、全体に同じ処理が施されているのか、部分的なのか詳細は解りませんでした。

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鋼管の手摺の向こうに調整池の湖面が見えました。
なみなみとした水面も見えます。

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その奥に上流から水が送られて来る送水口が見えました。
周囲を人工的に作られた調整池は、地図ではほぼ正方形の形をしています。

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石張が示す通り、1931年竣工の一の渡ダムは東北では最も古いダムのひとつです。
その後に沖浦ダムが着工しています

沖浦ダムは浅瀬石川ダムにバトンを渡し、湖面に沈む事になりましたので、一の渡発電所は、以前はもう少し低い位置(沖浦ダムの湖畔)にあったのかもしれません(想像です)。

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今回、発電所から徒歩で山を越えて到着しましたが、現地までデスロードの車道が来ていましたので、何処からか車で来られる可能性もあります。(車両進入禁止かもしれないので可能性とします)

苦労して辿り着いてもあまりよく見えないので、お勧めは出来ませんが、こっそりこんな石張ダムを隠している東北は、侮れないエリアであると感じつつ下山しました。

一の渡ダム
★★★



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二庄内ダム

堤高86m
R/A 1995年 農林水産省

2009.10.10見学


二庄内ダムは浅瀬石川ダムのダム湖へ流れ込む二庄内川に造られた灌漑用のロックフィルダムである。
浅瀬石川ダムの湖畔からダムへ向かう林道に入ると、いきなりのダートだが気にしないで川沿いに奥へ入る。

1キロほど入ると路肩の空き地に看板がある。
以前、この場所にあった大穴ダムの案内である。
堤体の写真を見るとロックフィルのようにも見えるが、竣工の時代からするとアースダムだろう。



看板にもある通り、目指す二庄内ダムは1995年と、比較的新しい方のダムだと言うのに、この道の悪さはどうだろう。
特に、看板の先に数軒の建物があり、そこから先は只でさえ狭いダートなのに、道の両脇から雑草が・・・。



自宅からおよそ1.050Km。ここで怯んでいては折角ここまで来た甲斐が無いと言うもの。
草を刈っていないだけなので、たぶん太い木や枝は無いに違いない。(だろう)

わさわさわさわ・・・・がさがさがさ・・・・・



うっ・・・。
道幅いっぱいに広がる水溜り・・。一度車を降りて水深を確認したいのだが、車の両脇は背丈より高い雑草に阻まれドアも開けられない。

退却〜。と、言ってもUターンも出来ないので今来た道を延々バックで戻る・・・。

わさわさわさわさ・・・・がさがさごそごそ・・・・・ごりごりごり・・・・ぎぎぎぎぎ・・・・きゅ〜ん、がっがっ・・・・汗。

デミオ号のボディがどうなったかは、想像にお任せ致します。ぐっすん。



諦めて再び浅瀬石川ダムへ戻る帰り道。
位置的に大穴ダムが撤去された場所あたりだと思う。

青森の秋の朝。深い森いっぱい眩いばかりに朝露が輝く。
デミオ号のボディはちょっと悲しい感じになっちゃったけど、なんとなく許せてしまう美しい朝なのでした。

この後、現地の軽トラとすれ違う。二庄内ダムへは軽四駆が一番良さそうだ。
帰宅後、地形図を再確認すると、引き返した地点からでも、落葉した時期であればダム本体が見えそうな事が解った。
あるいは徒歩で向かっても良かったが、この日は時間の都合で断念しました。

※本ブログは実際に見学した物件のみをアップしていますが、今回は未踏物件ですが特別に記事にしました。

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浅瀬石川ダム

堤高91m
G/FNWP 1988年 国土交通省

2009.10.10見学

林檎ダム。



浅瀬石川ダムは、青森県を代表するダムである。

前日から丸一日かけてたどり着いた青森県。
その晩は津軽SAで車中泊し、朝を待って黒石インターを降りる。ETCの料金表示は¥1.000-。

実は、産まれて今まで東北の地を踏んだ事がなく、そんな未到の地に興味もあって連休を使って遠征してみました。福島まではこの夏に田子倉へ行ったけど、それより東も北も僕にとっては未知の領域なのである。

「浅瀬石川ダムは、クレストの建物がピンク色に塗装されている・・・」
先日予習で、便覧で見た記事を頭の中で反すうしながら、インターから浅瀬石川ダムへの道を走る。
遠くには岩木山の雄大な景色、道路脇の斜面はそこいらじゅう、りんご、リンゴ、林檎畑。

青森県津軽ときたら、やはり特産はりんごの様だ。
そのうち遠くに岩木山にも負けない、堂々とした堤体が見えて来た。

やや西向きの堤体なので、太陽が昇る前に正面を撮影するため、今回は最初にダムの真下へ向かう。脇道からやや細い道を下ると、狭い耕地を使って、ここにもりんご畑・・・・。

わっ、これは!



そう、クレストの塗装色はピンクなんかじゃない。これはりんご色なのです!。

普通、りんごの色は赤だと思うけど、ここ津軽で栽培される「ふじ」は、真っ赤じゃなくて、ほのかな赤色をしている。浅瀬石川ダムの塗装色は、まさにその「ふじ」の色なのでした。

多目的ダムである浅瀬石川の堤体はクレストに4門のラジアルゲートに、センターにオリフィス、2門のコンジットとフル装備。広く深い減勢工が、りんご色の塗装とは裏腹に実に男っぽい。

車で管理棟のあるダムサイト右岸まで上がってきました。
まだ早朝の6:00。さすがに展示施設も閉館中で、ダムカードもゲットならず、仕方なし。

管理棟側から見た天端、向かって右が下流面。
両岸に放流や取水の設備が立ち並び、例のりんご色の効果もあってテーマパークの通りみたいに見える。USJでこんな通り無かったっけ?。



りんごは塗装色だけじゃなくて、至る所のモチーフに使われています。

それに、クレストの建物の形状、屋根の部分の角が大きく面取りされて、一つ一つが丸いイメージなんですね。色だけじゃなく、形状もりんごをモチーフにしているみたいです。



心が和むディティールの浅瀬石川ダムですが、早朝の秋の湖面は冷たい表情。
やはり北国なのだ。



ふじりんごの産地、津軽の浅瀬石川は郷土愛にあふれるすばらしいダムでした。
地元の方にとって、りんごと同じくらい親しまれている事でしょう。

浅瀬石川ダム
★★★★



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