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飯豊川第一ダム

堤高36.9m
G/P 1915年 東北電力

2012.10.08 見学


内の倉ダムから加治川治水ダムへの道すがら、途中にある飯豊川第一ダムを探します。飯豊川第一ダムは、1915年竣工の大変古いコンクリートダムです。

ダム便覧の位置情報から事前に地点登録しておいたナビを頼りに到着しました。
左の脇道の先に飯豊川第一ダムがあるはずです。

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橋を渡った先にあると思うのですが、立入禁止で渡る事ができません。

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橋のたもとからダムがあるとされる方向を探るのですが、何やら人工の構造物がある事は確認したのですが、これがダムであるかは判別不能です。

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県道に戻って、徒歩で周囲を探します。
丁度、怪しい部分の辺りはスノーシェードになっていました。
幅が狭く、片側交互通行のシェードの中を徒歩で散策します。

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先程の人工構造物ですが、水力発電所のようです。

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水力発電所の背後には山の上から水圧鉄管が伸びていました。
どうやらこの地点に飯豊川第一ダムがあるというのは間違い情報のようです。

自宅で解ったのですが、この発電所は加治川治水ダムのさらに上流にある、加治川ダムから水が来ている加治川発電所であるようです。

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いちど諦めて、加治川治水ダムを堪能した後、帰路に沿って再び捜査再開です。
途中でコテージのような可愛い建物があったので車を降りて確認してみます。

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ビンゴ!

玄関先に「飯豊川第一ダム管理所」の文字。
間違いありません!飯豊川第一ダムに到着です。

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どきどきしながら管理所の辺りを探します。
管理所から少し上流に立入禁止のフェンス。

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おお〜!!
ついに!ついに!発見!飯豊川第一!!感無量です!!!

感激したのは、探すのに苦労したからではありません。
オールドダムが大好きな僕にとって、古いコンクリートダムのベスト10を制覇する事は、一つの目標になっていました。

1900年に完成した布引五本松から始まった日本のコンクリートダム、機能停止の藤倉堰堤も含めると、1915年竣工の飯豊川第一ダムは日本ダム史上7番目のコンクリートダム(堤高15m以上)なのです。

これでついに日本のオールドコンクリートダムベスト10コンプリート達成です!

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曲線重力式のダム本体。
見学できるアングルが限られ、堤体下部を観る事は出来ませんが、堤高は36.9mもあります。

39.6mは現代の基準では決して高くはないですが、何せ1915年(大正4年)です。
30m代前半の布引五本松、西山、立ヶ畑よりも高く、実は当時日本一の高さを誇っていました。

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実際にダムがあった地点はダム協会の地点情報から下流に300mの川の合流点でした。
川の合流点に利水ダムを造ると言うのは、今回の旅路の初日に訪れた新小荒ダムとも共通し、効率よいダム建設の一つのセオリーなのかもしれません。

ダム協会の地点情報は帰宅後に報告して、今現在は正しいこの位置に変更済となっています。
(みんな大好きDamMapsは、ダム協会のデータを基に、別の管理者さんが作っていますので、まだ更新されていませんのでご注意を)

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ダムの下流は剥き出しの険しい岩盤。
ほとんど天然状態という感じがいかにも大正時代のオールドダムです。

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肝心のダム本体ですが、石張ではありません。
実はおよそ10年程前に排砂ゲートの撤去等の大改修が実施され、竣工時の姿を残す部分は皆無の姿となっています。

シンプルで現代的な姿に全面改修されたオールドダム。
それでは、およそ100年前の竣工時はどの様な姿だったのでしょう?。

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管理所脇にあった放流注意の看板。
何処のダムでも見かける、ごく普通の看板なのですが、実はここに答えがありました。

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看板に描かれた飯豊川第一ダム。
全面越流は現在と共通ですが、天端越流部中心に構造物と、それに向かう管理橋が描かれています!。

放流注意の看板は実物のダムを参考に描かれている事も多いので、これが竣工当時のオリジナルの姿と見て間違いないと思います。
天端中央の構造物は撤去された排砂ゲートでしょう。
オリジナルの飯豊川第一ダムは、岐阜県の細尾谷ダムに近い姿であった事が解りました。

そして、この看板にはまだまだ気になる事があります、お判りでしょうか?
そうです、キャラクターがどう見ても「杉浦茂」っぽいのです。
(手塚治虫が、唯一敬称に先生を付けて呼んだと言われる漫画界の巨匠)

「ううう、ううう、あぶないですぞ、ごちゅういめされい」
「うひゃあ、これはじくじった」

この看板自体は新しく、つい最近作り直された物のようですが、元々の図案の価値を知っていて、あえてオリジナルのまま復刻したんじゃないかと推測します。

そうなると、ひょっとしたら杉浦茂本人のデザインだったりして!!


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すっかり話題が逸れてしまいました。
飯豊川第一ダムの下流には、発電所への沈砂池なんかも見る事が出来ます。

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飯豊川第一ダム
★★

古いコンクリートダムは、まだ行った事のない北海道の千歳第三、第四ダムを除外すると古い方から35番目まで訪問しました。
北海道では、金山ダム、笹流ダムを観れば、国内のHGとバットレスもフルコンプです。

こりゃーいかねばならんかなー北海道、でも遠いよね〜。

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加治川治水ダム

堤高106.5m
G/F 1974年 新潟県営

2012.10.08見学

二つの幸せ。


内の倉ダムから加治川本流を上流へ進みます。
途中、1915年竣工という古い飯豊川第一ダムを探しましたが見つける事が出来ず、とりあえず先にさらに上流の加治川治水ダムを訪れる事にしました。

内の倉ダムからおよそ10km、
目の前に巨大なコンクリートの壁が現れました!!加治川治水ダムです!。

加治川治水ダムはその名の通り、洪水から下流を守る為に建設された治水専用の巨大要塞です。

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クレストの真っ赤なゲート、1門ながらかなり大きなラジアルゲートです。
脇に青いドアーが見えます、比較してゲートの大きさがよく解ると思います。

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その下には2門のコンジット、
加治川治水ダムには、他に放流バルブ(ハウエルバンガー)も持っています。

伸び伸びとした感じのゲートレイアウトに、堤体の巨大さが覗えます。

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右岸の道を登ります。
堤高106.5m、堤頂長285.5m.

ゲートやエレベータシャフトが中心に集中し、取水設備も無いので、ゲートから両岸にかけては非常にすっきり。

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とにかく、堤体がでっかく広い。
堤体の中心と岸際で天気が異なるくらい広い!。

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坂道を登ると、ちょっとお城ちっくな(?)管理所がお出迎え。
県営ダムなのでちゃんとダムカードもあります。

朗らかな職員さんと少し談笑した後、天端に向かいます。

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天端は徒歩であれば入る事が出来ます。

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天端に入って、いきなり目を奪われたのは貯水池の中にある綺麗な芝生広場でした。

治水専用ダムなので、水はほとんど貯められていません。
荒涼な湖底が広がっているものだと想像していたので、こんな綺麗な公園がある事に驚いてしまいました。

(横にダム湖があるのに、公園内にも池があるという不思議&贅沢感!)

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望遠レンズにチェンジ。
おお〜、なんだか楽しそう。

後で行ってみよう!

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変わってこちらは天端から下流の眺めです。
険しい山の表情。

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クレストゲートから直下を見下ろします。
さすがに100m級!迫力が違います。

治水専用ダムですが、最近の治水専用のような「穴あきダム」ではありません。
基本、流入はそのまま下流にスルーさせますが、放流は管理用(だと思われる)のダム式発電所を通して放流しているそうです。
発電所停止時や、発電を上回る流入がある時には放流バルブが使われています。

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左岸まで来ました。
堂々たる姿です。

こりゃー新潟県随一のコンクリートダムだな〜と、思いましたが、新潟には巨獣奥只見や、ギガント奥三面などがあると直ぐに思い出しました。

少し不運な加治川治水ダムです。

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でもこの迫力は奥只見や奥三面にも負けていません!

湖水を貯めていないので、上流面の断崖絶壁感はハンパじゃないです。
治水専用なので、取水設備などの構造物が無い事も迫力に拍車をかけていると思います。

迫力ターボ・フルブースト!!

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そしてさらに凄いのは、堤体の迫力に対して、のんびりムード漂う貯水池内の物凄いギャップ感。

100m級の深いダム湖の中のパラダイス?
堤体は砦のようでもあり、キングコングの原住民の集落とか、進撃の巨人の街を思い出しました。

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天端を見学した後、早速ダム湖内の公園に降りてみました。

おお〜!!

凄い光景です。
普通のダムだと、建設中の湛水前じゃないと見れない光景です。

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小さな駐車場は既に満車状態。
止めれなかった車が路肩に並ぶ盛況ぶり。

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わわわ〜!っと、思わず芝生の上を堤体に向かって走ってました。
(ひょっとして本当にわわわ〜って声出てたかも 笑)

広い芝生広場と巨大ダム。
ダムが目の前に見えているけど、思ったより距離があって、四十過ぎのおじさんは途中で息が切れてしまいました。

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息を切らして上を見上げると、青ぃ秋空の下に網端が見えました。

うわ〜凄いな〜、網端があんな高い所にあるよ〜。
今、自分が居る所がダム湖の底だという不思議感覚。

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天端レベルの車道から網端のフロートが垂れていました。
出番の無い事が幸せという、少し変った加治川治水の網端です。

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さすがに堤体直下は安全面もあり無理でしたが、ここまで近寄れたら大満足です。
超広角レンズに替えましたが近すぎて入りきらず後ろに後すざり・・・。

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今回の訪問の為に、これだけエキストラを集めるのは本当に苦労しました。

いやいやいや。

各地のダムに公園あれど、これだけ盛況なダム公園はなかなかありません。
しかも、ここは新潟の深い深い山中で、展示施設無ければ、飲食店もお土産屋さんも本当に何もありません。

あるのは空と森と芝生とダムだけ。
凄い集客力!。

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老若男女、遊びに来ている方々もさまざま。

お弁当を広げているグループも多いですが、ぶらっと来てみましたといったカップルが一番多い気がします。

「来てみたけど何もないや、つまんないから帰えろ〜」
なんてお客さんは一人としていません。
皆さんここが目的で、何十キロも車を走らせ来られてるのかと思いました。

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羽越豪雨を契機に、二度と同じ災害を起さないと建設されたこのエリアの防災ダムたち。
加治川治水ダムはその中でも圧倒的な存在感を持った巨大ダムでした。

その砦のような大きなダムは、水害を恐れる事が無くなった下流の幸せと、美しい公園で余暇を楽しむ上流の幸せ、二つの幸せに囲まれ、実に頼もしい存在に見えました。

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加治川治水ダム
★★★★★


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内の倉ダム

堤高82.5m
HG/FAWP 1973年 新潟県営

2012.10.08見学


新潟、福島、山形そして再び新潟と周って来た今回の旅路も、そろそろ最後の水系となります。

胎内川から西に加治川に入ります、越後平野から山裾に入り数キロ、トンネルを抜けると新潟県の多目的ダム、内の倉ダムが姿を見せました。

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複雑な形状のダム正面(上流面)、そうです、内の倉ダムは国内でわずか13基しか作られなかった中空重力式のコンクリートダムなのです。

特徴的なダイヤモンドヘッドが見えます。
傾斜のついた取水設備が上流に向けてふんばっている堤体の形状を示しています。

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赤い2門のクレストゲートの下、ぽっかり空いた四角い穴の中にオリフィスゲートの扉体が見えています。

内の倉ダムはこれらゲートの他に、大小3箇所の利水用バルブを持っています。

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ダムサイトに中空重力式を示す模型が展示されていました。
コンクリートで作られている事もあって、すごくリアル。

こちらは上流側です。
分厚いダイヤモンドヘッド、この面で水圧を受けとめます。

ダイヤモンドヘッドは傾斜が付けてあり、バットレスダムのように垂直にかかる荷重もダムの安定力として利用しているのだと思います。

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こちらは模型の下流面です。

ダイヤモンドヘッドから下流側に向って、鉄道のレールのような形をしています。
レールで言うくびれの部分を中空重力式ではウェブと言います。
堤体は複数のウェブが並列に並んだ恰好になり、その隙間が空洞(ホロー)となる訳です。

ダイヤモンドヘッドで受けた水圧は、主にウェブ部分で基礎地盤に伝えられます。
なので下流面の壁は薄く形もスッキリ。

ダムによって下流面が開放された形もあり、国内では唯一宮崎の諸塚ダムが該当します。
(諸塚はウェブの壁の中にもさらに空洞があり、開放/空洞/開放/空洞・・・と並ぶ形状をしています)

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天端から一気に傾斜が始まる下流面も中空重力式の特徴です。
傾斜も重力式とくらべかなりの急勾配。

重力式とは同じコンクリートを使いながら、全く異なる考え方のダムと言えます。
外見は重力式とそれほど違わないかもしれませんが、例えるなら、同じ物を、盛って作るか、削って作るか、の違いくらい実は別物なのかもしれません。

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急斜面の奥に河川維持放流の音が響いています。

いいねえ〜
なかなか、ふぉとじぇにっくです。

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すっきりとした天端。
開放され、徐行さえ守れば車両も通行できます。

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天端にある各建屋は筋状のデザインが施され、何気に洒落ています。
天端は重力式であればコンクリートの山頂といった所ですが、ここは中空重力式なのでビルの屋上と言った方がイメージが近いかも。

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平野部から少し山に入った位置にあるので、結構お客さんもやって来ます。
ダムサイトでは地元の野菜などの露天も店を開いていました。

内部のホローを使って、毎年コンサートが行われているそうで、横山ダムと並び、一般でもホロー内部の見学チャンスが多いダムと言えます。
さらに今年はコンサート以外に〇〇〇なんかも予定されているとの事で、今年はちょっと内の倉が話題となりそうです。
いやー、めでたいめでたい。

ホロー内は横山ダムと井川ダムに入った事があるのですが、絶対にハマります。
まだ行った事ないよと言うダムファンの方は、一度見学される事を強くお勧め。

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天端の中程で上流側を見下ろしたところ。
オリフィスの穴と、ダイヤモンドヘッド。

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洪水吐は直下で右に急角度で向きを変えています。

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本当に真下でぎゅん!と右にカーブ。

流れを整える為か、それとも減勢工の壁の保護か?
減勢池の中に2列のリブが立っています。

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内の倉ダムは、当初、農水省(当時は農林省)のかんがい用ダムとして開発が始まりましたが、羽越豪雨を受け、洪水調節を追加し新潟県営のダムとして完成しました。

国内わずか13基の中空重力式、82.5mの堤高は、畑薙第一ダム(125m)、井川ダム(103.6m)に続き、3番目に背の高い大きなダムです。

1957年に国内初の中空重力式として井川が完成し、60年代には全国に10基ほど建設されましたが、1973年完成の内の倉ダムを最後に、以後この型式のダムは造られる事は無くなりました。
セメントが以前よりも安価になり、逆に人件費が高くなるなど、複雑な中空重力式を採用するコストメリットが無くなった事もありますが、内の倉ダムの建設中にRCD工法の島地川ダムが着工するなど、新たなコンクリートダムの建設方法が確立されつつあった時期でもありました。

さらに時代は流れて、現在は監査廊以外でもエレベータシャフトや放流管など、どんどんプレキャスト化が進んでいるので、いっその事、ダイヤモンドヘッドやウェブをプレキャストで作って、いつの日か中空重力式が復活しないかな〜、なんて空想は、いくらこの形式が好きでも無理があるよね・・・。

そんな事を思いつつ、内の倉ダムを後にしました。

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ちなみに国内13基の中空重力式で、これで未踏は北海道の金山ダムを残すのみとなりました。
今までのダム巡りで、未踏エリアは北海道、沖縄、そしてなぜか千葉の3道県なので今年はどれか一つくらいは訪問したいなぁと思っています。

内の倉ダム
★★★★


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胎内第一ダム

堤高35m
G/P 1962年 新潟県企業局

2012.10.08見学


胎内川ダムから、さらに上流にある胎内第一ダムを目指します。

道すがら、骨材プラントや土捨場(建設発生土の仮置き場)の前を通ります、全て胎内川上流部に建設中の奥胎内ダムに関るものです。
これら県道沿いのダム建設用の敷地は、胎内川ダム建設時の土捨場などを再利用し、より環境負荷の少ないダム建設が行なわれています。

胎内川ダムからおよそ3km、胎内第一ダムに到着です。
ローラーゲートの高いピアが、ここにダムがある事を主張していますが、もしピアが無かったら存在に気が付かないかもしれません。

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地形の関係でほとんど堤体を見る事の出来ない胎内第一ダムですが、訪問時は異様なほど沢山の車が駐車されていました。(すごい山の中だけど、やたら車がいっぱい!)

ダムサイトが奥胎内ダム建設の関係者用駐車場となっているようです。
沢山並んだ車のナンバーはまちまちで、北海道以外はほぼ東日本のナンバーが揃っているんじゃないかと思うほどでした。(全国からダム屋さんが集まっているんだな〜)

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満車の駐車場の端っこから、かろうじてダムの真横を観る事が出来ます。
胎内第二とよく似た構造です。

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ダム天端への入口。
天端までの階段はスノーシェードで覆われています。

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入口にはこんなお知らせが・・・。
一応、お願いすれば天端に入れるようです。

(但し、どう見ても対岸に道があるように思えないのですが・・・利用者は地元の山の所有者さんくらいか?)

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中を覗かせて頂きました。
天端へのドア、空いてますね・・・。

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小さな胎内第一ダムのバックウォーター辺りに奥胎内ヒュッテがあり、こちらの駐車場は登山や釣りなどのアウトドアを満喫するお客さんで満車状態となっていました。

奥胎内ダムの建設現場はすぐそこなのですが、ここから先は関係者以外立入禁止。
ガードマンのおじさんにやんわりと追い返される事になります。
現在本体の打設真最中の奥胎内ダム、予定では2016年に打設完了、2018年完成となっています。

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胎内第一ダム
★(よく見えないのだ)


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胎内川ダム

堤高93m
G/FN 1976年 新潟県営

2012.10.08見学


胎内第二ダムを後に、胎内川に沿ってぐんぐん山の奥に進みます。
7〜8kmくらい行くと目の前に大きなダムが現れます。

新潟県営の胎内川ダムは、羽越豪雨を受けて建設が進められた、洪水調節を主目的としたコンクリートダムです。

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シンメトリーに配された3門のゲート。
クレストにラジアル1門、下の双子ゲートは高圧ラジアルゲートです。

双子はコンジットだと思ってましたが、新潟県のHPではオリフィスゲートと紹介されていました。
つまり上下のゲートの高低差分が洪水期の洪水調節容量になるのかな〜と思います。

打ち継ぎ目が強調された黒いコンクリート。
直線だけのストレートな造形は、いかにも硬派といった表情です。

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山間の狭いダムサイトです。

特徴的な管理所の形、雪対策かなと思います。
赤いクレーンは繋船設備です。

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管理所の手前に県道から谷にせり出した棚状のパーキングがあります。
Hの文字が示す通りヘリポートとしても使われています。冬季は県道が通行止めになる為ダム管理にヘリが使われるそうです。

他にお客さんも無かったので、ヘリコプターで来た「てい」で、停めてみましたー。

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周辺は胎内二王子県立自然公園になっています。

二王子と言っても、ダム界の二人の王子の事ではない。念の為・・・・。

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天端は解放されています。
山並の深さが印象的です。

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天端から車を停めたパーキング(兼ヘリポート)を観ます。

むむっ・・・。
パーキングの下に何か隠してますね・・・。

洪水調節と河川維持を目的としている胎内川ダムですが、建設中に起きた石油ショックを契機に、ダム完成後に発電所が追加で建設されています。
なので、ひょっとして発電所がらみの建物なのかと思いましたが、どうでしょうか?。

ダム式発電所(風倉発電所)は新潟県企業局で運用され、県が所有するスキー場やビール園等のレジャー施設、球場やホールなどのレクリエーション施設に電力供給されているそうです。

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静かな湖面に秋晴れの空が映っています。

細濁りの湖水は上流の奥胎内ダムの建設の関係かなと思いましたが、大石ダムの湖水も同じ色だったので、この辺りの特色なのかもしれません。(少しの雨で濁りやすい地質であるなど)

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わお。

下を見下ろして思わず声が出ちゃいました。

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階段状のアバットメント、一ッ瀬ダムのミニミニ版といった感じ。
奥三面と似たコンクリートブロックのガードレールがいいアクセントになっています。

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羽越豪雨を教訓として建設された胎内川ダム。

「二度と同じ災害を起させない」
渋い色をした力強いコンクリートにそんな想いを感じるのでした。

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胎内川ダム
★★★

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胎内第二ダム

堤高41.5m
G/P 1959年 新潟県営(新潟県企業局)

2012.10.8見学


大石ダムからおよそ10km
胎内第二ダムは、その名の通り胎内川にある「2番目」のダム・・・と、言いたい所ですが、正しくは新潟県企業局が運用している「胎内第二発電所」に付随するダムという意味です。

ややこしいのは胎内川には他にもダムがいくつもあり、最下流にこの胎内第二、その上流には胎内第一発電所があり、さらに遡ると、胎内川ダム、さらに胎内第一発電所へ送水している胎内第一ダム、そして最上流に現在建設真っ只中の奥胎内ダムがあります。

(いっそ、北陸電力の神通ブラザーズみたいに、胎一〜胎四とかにしてくれたら覚えやすいのに。)

とかなんとか思いつつ、到着しました胎内第二ダムです。
真っ黒な堤体。

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クレストにローラーゲート1門のシンプルな堤体。
ちょこっと吐きが出来るのか?扉体の中心にスリット状のものがあります。

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写真を撮っていると、時々背後を大型車が通過します。
建設真最中の奥胎内ダムの現場へ向かう車です。

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堤体脇にある管理所。
看板には「ダム」と「発電所」が並列して書かれていました。
胎内第二発電所はダム式の発電所です。

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天端は立入禁止なので道路脇から眺めます。
堤頂長90mのコンパクトなダムですが、堤高は41.5mと思いのほか高さがあります。

ぐっと肩の中にローラーゲートを押し込んだ姿は導流壁が深く、小柄ながら力強い形をしているなと感じました。

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豪雪地とあって、天端上の屋根は急角度になっています。
どさーっと、屋根の雪が貯水池に落ちるように工夫されていました。

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両岸に山が迫る湖面はそれほど広くありません。
ここから3kmほど上流に胎内第一発電所があります。

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胎内第二ダム
★★

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大石ダム

堤高87m
G/FP 1978年 国交省(北陸地方整備局)

2012.10.8見学

人と水害、水害とダム。


山形、福島を源流に、越後平野北部を横断し日本海に注ぐ荒川。
その荒川に沿って走る国道113号で西へ向かいます。

道すがら、赤芝ダムや岩船ダムが見えました。
実は7月の東北遠征でも立ち寄っていたルートなのですが、その時は前日に宮城の被災地を歩きまわり疲れていたり、生憎の雨天だったりで、横川ダムや大石ダムは未踏となっていました。

鷹の巣温泉を過ぎた辺りで山なみが開け、そこから南側の集落に入って行きます。
集落の奥を少し山に入ると大きなコンクリートダムが姿を現します。

北陸地方整備局の多目的ダム、大石ダムです。
朝日を背中(ダム的には正面)に受けて、渋い色の堤体がより黒く見えていました。

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2門の赤いラジアルゲート。
無駄の無い辛口の外観は、1970年代のコンクリートダムの特徴と言えます。

1967年、この地を襲った集中豪雨は、100名を超す方々が亡くなるという未曽有の大水害となります。その羽越水害を契機にいくつかの防災ダムが整備される事になりました。
大石ダムはその中の1基です。

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遠くからダムを観ていたのですが、何処かから誰かに見られているような強烈な視線を感じます。

天端に沿って左岸を観ると・・・・。

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とりあえず歩いて天端に向かいます。
天端右岸端に展示施設もあります(訪問時は閉まっていました)

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真面目さが滲み出ている天端の様子。
しゃきっとしてます。

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ずらっと並ぶプランター。
ダムは冷たいコンクリートの塊ですが、こんな所に管理者さんの顔が見れる気がします。

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とろんとした表情の貯水池。
ダム目的に発電を含んでいますが、実質的には防災ダムとなっています。

「二度と水害犠牲者を出さない。」
低い湖面はそう言っているように見えます。

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右のクレストゲートから直下を観ます。
細長い減勢池が見えました。

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ホェ〜ホェ〜
何処かから、ずっと尺八の音が聞こえていました。

辺りを探すと、ダム下の小さな公園で尺八を吹いている人がいました。
朝の谷間に響く尺八の音、なかなか趣があります。

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天端を横断して左岸に来ました、大石ダム名物「大したもん蛇」です

た・い・し・た・もん・だぁーーっ!!

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大したもん蛇は、地元関川村で営まれる、大したもん蛇祭りで使われる蛇の形の御神輿で、その長さ82.8mは、世界一長い蛇の御神輿としてギネスブックにも載っているという事です。

関川村に伝わる「大里峠伝説」は、村を流れる荒川を堰き止め、巣となる湖を造ろうとする大蛇の民話で、最後に大蛇は僧侶や村人より退治され、村は水没から守られるという伝説です。

地方によって蛇行しながら谷を駆け下る土石流を「蛇抜け」と呼び、大蛇に例える事例があります。
大里峠伝説は土石流(大蛇)によって発生した河川閉塞(土砂ダム)による水害がモチーフになっているのかな?なんて想像が膨らみます。

そして、大したもん蛇祭りは、この大里峠伝説を題材とした、水害犠牲者への鎮魂のお祭りなのだそうです。

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大したもん蛇が安置してあるトンネルは、グラウチングトンネルを兼ねていると思いますが、途中でカーブしていて、貯水池左岸に抜ける事が出来ます。

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頭部だけ安置された大したもん蛇は、トンネルの送風機みたいでちょっと悲しい・・・。

トンネルの天上には吊下げ用の金具がずっと並んでいるので、以前は長い胴体まで全部安置されていたと思うのですが・・・。

ちなみに大したもん蛇の本来の全長82.8mは、羽越水害が発生した8月28日にちなんだものだと言う事です。(なんだかジーンと来てしまいました・・・)

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トンネルを抜けた左岸から。

水害を思わせる伝説が残されている通り、この地方はその昔から大水害に度々見舞われていたのだと思います。
そして未曽有の被害をもたらした羽越水害。

その後、大石ダムができました、さらに上流には横川ダムも完成しています。

村々に伝わる古い伝承、伝説は、過去の災害を後世に伝え、今を生きる人々を戒めるものであったと思います。
関川村に伝わる水害をもたらす大蛇の伝説は、ついに本当の伝説として、過去のものになろうとしているのかもしれません。

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最初、見た目の面白さから一度観てみたいと思っていた大石ダムの大したもん蛇ですが、少し調べて行く間に、実は深い意味がある事が解り、驚いてしまったダム見学となりました。

人々と水害、水害とダム。
いろんな事を教えてくれる大石ダムでした。

大石ダム
★★★



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豊実ダム

堤高34.2m
G/P 1929年 東北電力

2012.10.6見学


鹿瀬ダムから阿賀野川を上流におよそ12km、豊実ダムも鹿瀬ダムと並び阿賀野川を代表する名堤です。

川に沿って走る国道から俯瞰でダムが見えました。
堤高34.2m、堤頂長233.2m。
鹿瀬ダム完成の翌年、1929年に完成しています。
竣工当時はまだ日本発送電の発足前で、東信電気という電力会社によって造られました。

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眼下には広大なダムワールドが展開されています。
鹿瀬ダムと同じで川の蛇行点に造られていますが、カーブ手前の鹿瀬と違い、カーブを抜けたポイントにあります。

右岸を取り囲む水路は第二豊実発電所への導水路です。
美しいカーブを描く導水路。
残念ながら手前の雑草が邪魔をして、思ったような写真が撮れませんでした・・・。

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ラジアルゲートが川幅いっぱいに連なるダム本体。
当然ながら1歳年上の鹿瀬ダムによく似ています。

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対岸の左岸には竣工当初からの豊実発電所があります。
左岸の壁に取水口からの導水路が見えます、少し複雑な形にドキドキ。

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そのすぐ下の豊実発電所は大規模な改修工事の真最中でした。
改修と言うよりも、新たに新築するような勢いです、建物がでかい!。

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発電所が工事中とあって、人も車の多いのですが、残念ながらほとんど近寄れないダムのようです。
ダム直下に行けそうな道もこんな感じでゲート封鎖。

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柵の隙間から望遠レンズをにゅっと出して撮影。
ゲートの色が渋いです。
赤い中部電力と、茶色の北陸電力の中間って感じ?。

ちなみに中電のゲートは赤い赤いと言われてますが、実はそれほど赤いゲートのダムが多い訳ではありません・・・(話題脱線)

表面が傷んで見える下流面、竣工から80年を経た渋い表情です。

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また少し移動して国道脇の空地(資材置き場?)の片隅に来ました。
工事中の発電所が目の前です。

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象の肌のようなコンクリートの表情。
80年前のダムですが、人間に例えると幾つくらいなんでしょうか?。

老朽化が著しくて廃ダムになった発電用ダムってあまり聞いた事がありません。
って事は、現役のダムであればみな現役世代(定年前)って事ですよね。

この豊実ダムだって、案外、人間だったら働き盛りの40代だったりして。
げ、俺と一緒じゃん(笑)

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大小さまざまなクレーン、沢山の人の姿が見えます。
真新しいコンクリートの放水口が二つ見えます。

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発電所の下手に古い魚道があります。
ちゃんと水が流れていて現役のようです。

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ダム本体と違い、良いコンクリートが使えなかったのか?それとも凍害によるものか?
痛みが激しい魚道に豊実ダムの長い歴史の片鱗を観るような気がしました。

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オールドダムと新しい発電所。

「商売道具新調したさかい、まだまだ若いもんには負けへんで!」
そんな気合充分な豊実ダムでした。

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豊実ダム
★★★★

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新小荒ダム

堤高19.2m
G/P 2003年 東星興業(株)

2012.10.6見学


鹿瀬ダムを後にさらに阿賀野川の上流へ向かいます。
順番から行くと次は豊実ダムなのですが、少し寄り道して新小荒ダム(小荒ダム)に向かいます。

谷川の狭道を登って、予め調べておいたダム地点に到着しましたが、ダムらしき物は見えません。
山の上から水圧鉄管が降りて来ています。
んん?この上に調整池があってそこが小荒ダムなのか??

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水圧鉄管が引き入れてある建屋。
「東星興業株式会社新下平発電所」と記されていました。

うーん、新下平か・・・小荒じゃないのか、じゃあ小荒は別の何処かにあるのか?

そんな事を思って周辺をウロウロしてみたら・・・。

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発電所の大きな建物の裏手、谷の下にダムが見えました。
探していたのはこれです!新小荒ダム。

大正時代に造られた古い小荒ダムを元に、再開発したのがこの新小荒ダムです。

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それにしても水が綺麗。
堆砂により多少浅くなっているとは思いますが、水底が丸見えです。

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ダムまでの道を降りて行きます。
管理橋を越えて登山道につながっているのか?特に規制線はありません。

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管理橋を渡ります・・・。

ひーっ!
現れたな!宿敵グレーチング!!

でもダム好きも4年目になると高所も多少なりと慣れて来ました。
と、言っても10mも無いと思いますが(笑)

(レンズ効果で足が長く見えるぞ!わーい)

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管理橋から下流を観ます。
ダムサイトは険しい岩盤に挟まれた渓谷です。

円弧を描いたアーチ型の副ダムを有していました。

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副ダム下の左岸には、素掘りの仮排水トンネルがぽっかりと、大きく不気味な口を開けています。

副ダムをよく見ると水流に削られ鉄筋が露出しています。
再開発前からの物でしょうか?、ひょっとして日本ダム史上最古参の副ダムかも?。

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管理橋を渡った右岸からダムの全景です。
堤高19.2m、堤頂長24.2mの小柄な取水ダムです。

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貯水池は小さく、ダム湖と言うよりもダム淵といった感じ。
効率的に取水する為か、谷川の合流点にあるのが特徴です。

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堤体左岸に集まっているダム設備。
新小荒発電所への取水口と、排砂ゲート。
小柄なダムながら、がっしりした頑丈そうな造りです。

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堤高の割に敷き幅のある分厚い堤体です。
再開発の元となった石張の小荒ダムは堤高23mと現在の堤体よりも堤高がありました。
広い敷き幅はその名残かもしれません。

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排砂ゲートの直下だけスカート部がさらに厚く、そして鋼材で補強が施されていました。
うーん、プリミティブ。

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日本のコンクリートダムで17番目に古い小荒ダムを元に、リニューアルした新小荒ダム。

かつての石張の姿は想像するしかありませんが、深い渓谷と澄んだ水が印象的な、閑静なダムであった事が伺えます。

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新小荒ダム
★★

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鹿瀬ダム

堤高32.6m
G/P 1928年 東北電力

2012.10.6見学


揚川ダムから上流におよそ10km、蛇行する阿賀野川に沿って国道459から鹿瀬ダムが姿を見せました。

竣工は古く1928年(昭和3年)、日本有数の水力発電地帯である阿賀野川水系で、最初に本流に建設されたコンクリートダム、それが鹿瀬ダムです。

それは、オールドダムが好きな僕にとって、本州最後の大物というダムでもありました。

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着工前に既に完成していた木曽川の大井ダムを参考に、半川締切工法によって建設されたそうです。

堤高は32.6mと既に50m級であった大井には及びませんが、ラジアルゲートが並ぶ堤頂長は304.2mと大井よりも25mほど長く、堂々たる堤体です。

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ダム右岸にあるのが第二鹿瀬発電所です。
ダム完成から半世紀を経て1973年に増設された発電所です。

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少し場所を移動しました。
ダム直下は大きく開けています。

手前に第二鹿瀬発電所、竣工当初からの鹿瀬発電所は対岸の左岸にあります。

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川の蛇行点に建設された鹿瀬ダム。
阿賀野川はダム直下で大きく左にカーブしています。

蛇行箇所は直進部分よりも川幅が広く、30m級の高さでも、長い堤体を築く事により、貯水容量を確保したのかもしれません。
また、水量の豊富な阿賀野川にあって、洪水を流下させる為に必要な放流能力を確保しようとすると、おのずとクレストゲートは多連化してこの様な姿になるのかも。

当初からの発電所が川のカーブの内側にあるのも設計意図があるのだろうと思います。(洪水から施設を守る、堆砂が少ないなど)

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20連のうち1門から放流中。
渋い赤のラジアルゲート、Kトラスが実によく似合います。

日本発送電の発足以前の堤体である事を、角のある平坦なピアの造形に感じます。
どこか黄色味を感じるコンクリートの色は、付近の川床の岩盤の色を感じました。

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対岸にある鹿瀬発電所。
この向きからだと小さな建物に見えますが、実はずっと奥行きがあり、6台の発電機を持つ大きな発電所です。
また、この建物の奥には魚道もあります。

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発電所よりも気になるのが、すぐ横にあるコンクリートの壁です。
壁の向こうは発電所への送水路なので、壁の上部の穴は余水吐かもしれません。(積極的に水が出るようには見えません)

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右岸の天端近くに来ました。
残念ながら天端は立入禁止のようです。

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川幅は広くゆとりがありますが、堤体の両岸はそれぞれ発電所に占拠され無駄なスペースはほとんどありません。電気の工場感が漂います。

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静かな湖面と多連ゲート。
貯水池は山水画を思わせる景勝地となっていて、遊覧船も運航されています。

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昭和初期に建設された大規模ダムである鹿瀬ダム。
ここで造られた電力は電気化学工場に送電され、日本の国力の源となりました。

300mを越えるコンクリートの堤は、当時の人々にとって初めて目にする、壮大な建造物であった事と思います。
一つの時代の象徴であった鹿瀬ダムは、今現在も現役で人の暮しに役立っています。

ダムという物が、いかに長い歳月にわたり使う事の出来る施設であるかを感じ、文句なしの日本の名堤 鹿瀬ダムを後にしました。

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鹿瀬ダム
★★★★


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