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笹流ダム

堤高25.3m

B/W 1923年 函館市営

 

2017.7.30 見学

 

<2017.8.18 記事を追記>

 

ようやく訪れる事の出来た函館の笹流ダムです。

 

言わずと知れた、1923年完成の日本最初のバットレスダムと呼ばれている名堤です。

管理が行き届いた美しい公園内にあり、この日も散策される地元の方や、夏休みの子供達、BBQを楽しむ多くの公園利用者の姿がありました。

 

バットレスダムと聞いて想像するのは、何処も険しい山中の秘境と呼ぶのが相応しい場所のイメージがあり、子供達の声が響く長閑な笹流ダムの姿に最初は戸惑っていましたが、ダムを見上げて3時間くらい過ごしていたらすっかり馴染んでいる私がありました。

 

ここ笹流ダムは、もうすぐ100年になろうとする古い水道施設です。

元々は他のバットレスダムと同じように深い森に覆われた険しい場所であったに違いありません。

ダムが完成し、近代的な水道が整備され、街が発展し現在に至っているのです。

 

下から見上げる堂々たる笹流ダムの姿は、どこか誇らしげに見えました。

 

IMGP2471.JPG

 

これで国内のバットレスダム(アンバーセン式)は現存6基、廃止2箇所、類似堰堤も含めフルコンプリートとなりましたが、古いダムが好きな私としてはスッキリしない点がありました。

 

それが幻のバットレスダム「手井ダム」の存在です。

 

国内最初のバットレスと呼ばれる1923年完成の笹流ダムから遡る事5年、当時日本の統治下であった樺太に、後に王子製紙に統合される樺太工業によって真岡(現在のロシア領ホルムスク)にバットレスダムが造られていたのです。

 

手井ダムの竣工は1918年。真岡の製紙工場への給水を目的に建設されたとされています。

21.21mとされる堤高は、現在の河川法としても立派にダムと呼べるものであり、145.44mの堤長は現存のバットレスダムも含めても規模の大きいダムであった事が伺えます。

 

下の絵は大正時代に描かれた日本統治下の樺太を紹介した観光用の鳥瞰図です。真岡の右(方角では南になる)に位置する手井の山中に描かれているのが手井ダムです。

(よく見るとバットレスダムの鉄筋コンクリート製の扶壁も忠実に描かれている)

貯水池右岸には、当時日本の鉄道省によって敷かれた豊真線のループ線も描かれています。真岡の港は海流により厳冬期でも使用出来る最北の港として大いに栄えたそうです。

 

00鳥瞰図真岡ほうしん線ループ.jpg

 

当時の豊真線を中心とした地形図です。

左上の手井の街から伸びる山間の路線沿いに貯水池が書かれています。

右下のループ線との位置関係から観て、鳥瞰図に描かれた貯水池と観て間違い無いでしょう。

 

04豊真(ほうしん)線路線図 樺太工業貯水池.jpg

 

地形図の貯水池のクローズアップ

「樺工貯水池」の記載が観て取れます。

樺工貯水池→つまり樺太工業貯水池、樺太工業とは手井ダムの事業者です、

地形図に描かれている貯水池が手井ダムと断言して間違いないでしょう。

 

04豊真(ほうしん)線路線図 樺太工業貯水池.jpg

 

そしてこれが今現在の真岡の地図、現在のホルムスクにあたります。

ホルムスクから南下した山間に貯水池らしきものが観てとれます。

 

05ホルムスク地図.jpg

 

衛星写真です。

右岸には線路跡と思しきものが見られ、貯水池の形は地形図に描かれた「樺工貯水池」と完全に一致します。

なんと!これは私も全く予想しなかったのですが、少なくとも手井ダムの貯水池はほぼ当時のまま現存である事が確認出来ました。

手井ダムは凍害に弱いとされるバットレスダムであり、さらに日本統治下での日本企業のダムです。

資料でその存在を知ってからずっと探し求めていたものの、貯水池も含め跡形も無いと推測していた為、これは本当に驚きです!。

 

06ホルムスク衛星写真.jpg

 

衛星写真を拡大して貯水池の名称を確認します。

vdkhr.Taynoye・・・

・・・テイノィエ?・・テイノイエ?・・・手井の池!!

と、キターーーー!と熱くなってしまいましたが、vdkhr.Taynoyeを翻訳すると「秘密の貯水池」と言う意味でした。

それはそれで意味深ですが、多分「名称不明の池」と言うような記述なのだと思います。

 

06ホルムスク衛星写真2.jpg

 

では肝心のダム本体を観てみましょう。

これが真の日本最初のバットレスダム「手井ダム」の現在の姿です!

 

07.jpg

 

・・・流石にバットレス形式のダムはそこにはありませんでした。

明らかにアースです・・・。

 

08手井ダムの現在.jpg

 

貯水池側はコンクリートで遮水が施されています。

一見、バットレスダムの遮水壁の様に見えますが、傾斜がまるで違う為、関連は無さそうです。

 

水面に近い部分にマルチプルアーチの豊稔池によく似た形状が確認出来ますが、この部分はよく解りません。

手井ダムはバットレスダムでも笹流ダムと同じ平坦な遮水壁を持つアンバーセン式とされており、マルチプルアーチとの関連は無いと考えています。(手井がマルチプルアーチ式であったとすると、これはこれですごい驚きですが)

 

09手井ダムの現在2.jpg

 

マルチプルアーチ風の部分を違うアングルから、コンクリートミキサーも見えます。丁度この部分の修繕中に撮られた画像なのかもしれません。

 

10手井ダムの現在3.jpg

 

遠くロシア領サハリンの地に跡形も無いと推測していた、日本最古の幻のバットレス「手井ダム」は、ダム本体こそ別形式に建て替えられているものの、貯水池自体はほぼ当時のまま現存している、と言う結論に至りました。

 

少し引っかかるのは、どうやって現在のアースダムに再開発したか?というプロセスです。

もしかしたら既存の手井バットレスをそのまま土石で埋め立ててアースダムを形成していたら・・・。

 

謎のダムはまだまだ秘密を秘めているかもしれませんね。

 

 

<2017.08.18 記事を追記>

 

一旦は、「貯水池は現存、但しダム本体はアースダムに建て替えられている」と、結論つけた日本最古の幻のバットレスダムでしたが、どうしてもマルチプルアーチ状の上流面が気になって、再度調べ直してみました。

今迄は、ダムの位置や、現存か否かに調査の重点を置いていたので、ダムの形状、形式に絞って再考察です。

 

結論から言うと、ど凄い結論に至りました!

 

まず、資料写真などから、かつての手井ダムを観てみます。

 

堤高 21.21m、堤長145.44m

竣工は笹流ダムよりも5年早い1918年

外観の第一印象は、何よりダム中心から伸びる洪水吐のスロープが目を引きます。

 

上流面の写真があれば一目瞭然なのですが、残念ながらその様な写真は見つける事ができませんでした。

 

12手井写真.jpg

 

天端が写りこんだ貯水池の様子。

例の洪水吐の上部も写っています。

 

02樺太工業株式会社真岡工場附属手井貯水池.jpg

 

こちらは現在の貯水池の画像です。

右岸の形や山並みは、たしかに同じ場所である事を示しています。

 

10手井ダムの現在3.jpg

 

ほとんど残っていない手井ダムの写真の中で、形状や構造が解る貴重な1枚。

手前の線路は豊真線と思われます。

この写真はもう5年くらい見ていますが、特徴的な洪水吐の他にも何かしらずっと違和感を感じていました。

 

maoka14[1].jpg

 

それは遮水板を支える扶壁(バットレス)の間隔でした。

今まで自分の目で観てきたバットレスダムと比べ、扶壁の間隔が異様に広いのです。

 

下は群馬の丸沼ダムです。

一見しただけでも扶壁の間隔が手井ダムとは違います。

丸沼ダムは堤長88.23m、径間数11で、扶壁の間隔は単純に計算しておよそ8mです。

 

 

同じ計算を他のバットレスダムで算出すると、以下の様になります。

笹流ダム  約8.31m

恩原ダム  約7.80m

真立ダム  約8.74m

真川ダム  約8.67m

三滝ダム  約9.16m

どのダムも7mから9mに収まる扶壁間隔であり、堤高や堤長に関係なく、8m前後が扶壁間隔のスタンダードと考えられます。

 

では、写真に違和感を覚えた手井ダムの扶壁間隔はと言うと、資料や文献に明確な径間数の記述が無い為、写真等で推測し計算します。

 

12手井写真.jpg

 

右岸側6径間、左岸側3径間、洪水吐部1径間の合計10径間と過程した場合。

堤長145.44m÷10=14.54m となります。

(左岸に、まだ2径間程度隠れているとして、12径間としても12.13m)

やはり写真で感じた違和感通り、手井ダムの扶壁間隔は他のバッレスとは異なり、長大な間隔であった事が考えられます。

 

初めはこの事に特別な意味を感じず、本邦最初のバットレスダムとして、その後のダムとは別の構造計算がされていたのでは?程度に考えていました。

ですが、当時のバットレスダムやマルチプルアーチダムに関する資料や論文を読み解くと、大変興味深い記述を発見しました。

 

そこには、バットレスダムの形の一つとして、マルチプルアーチが考案された狙いと特徴が記されていました。

 

文献を要訳すると、

1.マルチプルアーチは材料費を節約しコストを追求した形式として考案された。

2.バットレスダム(アンバーセン式)と比較してもマルチプルアーチは安く建設できる。

3.平坦な遮水壁のアンバーセン式に比べ、遮水壁をアーチ状とするマルチプルアーチは、扶壁間隔を広くとる事が出来る為、扶壁の枚数が少なく、よってアンバーセン式よりも低コストである。

 

なんと!マルチプルアーチは、アンバーセン式バットレスよりも扶壁間隔を広くとれる事が一番の狙いだったのです!。

 

アメリカでの当時の算出では、マルチプルアーチは重力式と比べ10分の1の費用で建設可能であり、

アメリカ ユタ州に建設された Mountain Dell Damに於いては、アンバーセン式での試算20万ドル以上に対して、マルチプルアーチ14万ドル(計画時の試算)であったとされています。

 

下の写真はそのMountain Dell Dam の写真、

試算によりマルチプルアーチで建設されたダムです。

竣工が手井ダムの前年である1917年である事にも注目です。

 

157875pv[1].jpg

 

W134JDFot07A[1].jpg

 

これ、手井ダムに良く似ていませんか?手井ダムの前年に造られたダムです。

(ちなみに堤長172m、径間数16で、扶壁間隔10.75m)

 

Mountain Dell Damの、貯水池側マルチプルアーチの様子。

 

W134JDFot08B[1].jpg

 

そして、手井ダムの現在の姿・・・!

 

最初に画像を観た時は意味が解らなかったマルチプルアーチの様な形状は、

ずばりそのまま、マルチプルアーチダムの上流面だったのです!!

 

09手井ダムの現在2.jpg

 

さらに、現在の姿を示すGoogleの写真を詳しく観察して行きます。

上流面を写したもう1枚の写真がこちらです。

 

手井1.jpg

 

この写真を拡大してみます・・・

絶対に驚きます!お食事中の方は口の中のお味噌汁を飲み込んでから見てください!

 

10月.jpg

 

中央左岸寄りのアーチの一つだけに、何かしらの構造物が観てとれます、

 

そう!あの洪水吐です!

径間数(アーチ数)や位置関係を鑑みても、洪水吐の呑み口と観て間違いありません!

 

12手井写真.jpg

 

マルチプルアーチダムの下流面を土石で埋め立て補強、

かつ、堤体上部にコンクリート製遮水壁を追加しダム全体を嵩上げ。

これが現在の手井ダムの姿であると断言して良いと思います!

 

写真に撮影年月日が記されています

13:01 21/CEH  2014 ですから、2014年9月21日ですね。

 

手井1.jpg

 

もう一枚の写真の日付は、2014年10月11日となっています。

上の写真の翌月に撮影されている事になります。

(全体が良く写っている写真ですのでアーチ数を数えてみました、10連アーチ(10径間)のマルチプルアーチの様です)

 

09手井ダムの現在2.jpg

 

この10月の写真も拡大してみましょう。

お茶してる方はコーヒーを飲み込んで!

 

10.jpg

 

9月の写真で残されていた洪水吐は新しいコンクリートで埋められ、左岸には新しい洪水吐が工事中である事が観てとれます。

マルチプルアーチ部分は石積みの目地のような細かい線が見えますが、これは目地ではなく、網の様な物が掛けられている様です。

Googleに寄せられた写真は、この工事を前後して撮影されたと思われます。

 

Googleでの衛星写真です。

左岸の新しい洪水吐が良く写っています。

堤体の嵩上げ工事によって貯水位が上昇したのか、マルチプルアーチ部分は水没して、新しい洪水吐から越流している様に見えます。

 

下流の中心に洪水吐とは別に水路のが見えますが、竣工当初の洪水吐は下流側の土石盛り立て工事により開渠から暗渠に変更され、その水の放流路だとしたら、面白いと思いませんか?

 

07.jpg

 

最終結論です!

 

1918年に完成した真の日本最初のバットレスダム 手井ダムは、

 

1.バットレスダム(アンバーセン式)ではなく実はマルチプルアーチ式であった!

2.堤体下流側は土石で埋め立てられ、下流からは一見アースダムの様だが、ダム本体も現存であり、鉄筋コンクリート製アーチ型遮水壁は遮水壁として現役である。

 

以上!手井ダム調査でした(すっかり笹流ダムとは話が外れましたね)

 

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新中野ダム

堤高74.9m

G/FNW 1984 北海道

 

2017.7.30 見学

 

当ブログ初の北海道!と、いうか私自身北海道初上陸なのでした。

 

1960年に完成した函館市営の水道ダム、中野ダムを嵩上げし治水機能を持たせたダムだそうです。

既存ダムの嵩上げによる再開発ですが、ダム名に新がついて名前が変更しています。

 

ダム下の公園のミニチュアダムも有名ですね。(写真は本物の方です)

 

IMGP2470.JPG

 

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八田原ダム

堤高84.9m

G/FNWI 1997年 国交省

 

2017.5.14

 

山口や広島で古い石積ダムを再訪した帰り道にまだ訪れた事がなかった八田原に立ち寄りました。

かっこいいとウワサの八田原は本当に迫力十分な男前のダムでした。

 

IMGP1399.JPG

 

IMGP1409.JPG

 

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俣野川ダム

堤高63.9m

G/P 1984年 中国電力

 

2016.09.11見学

 

この日の最終目的地だった俣野川ダムです。

下流真下に橋があり、シンメトリーな姿を真っ直ぐ見上げる事ができました。

 

IMGP0616.JPG

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高瀬川ダム

堤高67m

G/FNW 1982年 岡山県営

 

2016.9.11見学

 

この日、中国地方のダムをいろいろ再訪しつつ、新成羽ダムから鳥取の俣野川ダムに向かう途中に突如現れたのが高瀬川ダムでした。

日没までに俣野川ダムにたどり着きたかった為、駆け足で天端を往復しただけでしたが、全くチェックしていなかったダムの出現にいいもの拾った感がありました。

 

IMGP0561.JPG

 

IMGP0558.JPG

 

 

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奥小路低所水源地堰堤

堤高 13.55m

G/W 1919年 江田島市企業局

 

2017.5.13 見学

 

広島県江田島にある水道水源地です。

元々は旧海軍の軍港水道の為に建設されているので、本庄水源地堰堤の弟分のような石張堰堤です。

 

きっちりと積まれた石積みの表情や、天端の鋼管製の手摺に海軍産まれである事がにじみ出ていました。

低所水源地と言う名前の通り、他に高所水源地もあるらしく、そちらの堰堤はアースダムとの事です。

 

IMGP1285.JPG

 

兄貴分の本庄水源地堰堤のような凝った造形は観られませんが、天端だけ緑がかった石材が使われ、形状ではなく色味で加飾されたクレスト部。ちょと他では見たことも聞いた事もない装飾は感動ものです。

爽やかな青みを感じる色味が海軍ぽくて素敵です。

 

IMGP1280.JPG

 

一般解放されていないので、見学は敷地の外からフェンス越しに眺めるだけになります。

堤高15m未満の小振りな堰堤ですが、趣のある美しい姿は石張ダム好きな方にはたまらない物件です。

上水道の水源地として現役の水源地ですので、必要以上貯水池に近寄らないようマナーを守って訪問をお願いします。

 

 

 

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浅川ダム

堤高53m

G/F 長野県営

 

2017.1.4 見学

 

完成まで紆余曲折ありました長野県浅川ダムです。

建設中から幾度と足を運んでいましたが、試験湛水によるサーチャージを無事迎えました。

普段水を貯留しない運用となる浅川ダムですので、クレストからの越流は貴重なシーンになります。

(防災操作中の越流はこんな穏やかな状況ではないでしょうしね)

 

IMGP0995.JPG

 

 

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河内川ダム

堤高77.5m

G/FNAWI (建設中)福井県

 

2016.4.9 見学

 

福井県が建設を進めている多目的ダムです

訪問時から1年以上経ていますので、今頃はだいぶ立ち上がっていると思います。

完成が楽しみですね。

 

IMGP9620.JPG

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岩井谷ダム

堤高16.2m

G/P 1960年 北陸電力

 

2013.8.2見学

 

北陸電力さんの発電用取水ダムです。

管理者さまのご好意により特別にご案内頂きました。

非常に山深く険しい所にあります、無許可での訪問は厳禁です。

 

IMGP4723.JPG

 

IMGP4747.JPG

 

IMGP4742.JPG

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旧美歎水源地貯水池堰堤

堤高19.5m

G/W(取水終了)鳥取市

 

2013.11.4 見学

 

国指定重要文化財の指定も受けている由緒ある石積み堰堤です

鳥取市の水道水源地として整備されましたが、現在は砂防堰堤として余生を送っています。

 

IMGP6130.JPG

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